その5
上原修司は、およそ3ヶ月ぶりにメソッドルシファー東京本社に出張していた。
航空宇宙開発部門長に、大樹町での基地建設に関する定期報告をしなければならない。
東京本社は渋谷にあるが、中心街の喧噪からは少し離れた場所に、数年前に最新設備とデータセンターを備えた本社ビルを建てている。
彼は最初に本社5階の航空宇宙開発部へ顔を出し、自身のデスクで書類作業を済ませつつ東京に居る部下に指示を出し、報告書の書面を整えてから部長室へと出頭した。
「......という状況でございます」
佐伯部長は、シガレットを半分まで吸ってから、渋面のまま灰皿に擦り付けた。
「という事は、計画の半分も進んでいないのではないか」
部長の詰問に、上原は冷や汗をかきながら言い訳をする。
「い、いえいえ!土地買収そのものは順調に進んでおります!来年には、買い取った廃坑で無重力試験施設の着工もスタートしますし、ロケット発射施設の整備も同時に進めてまいります。
問題は先程も申しました通り、例のワンダーステラの連中が......」
「もうよい!」
声を荒げる部長に、上原は震える。
「で、ですが」
「聞くところによると、ワンダーステラの連中が雇った探偵だか何だかが、最近我々の身辺を探っているそうでは無いか」
「そのようです。しかし、瑣末な事ですので」
「確かに、諸々の事はちょっとやそっとでは探り出せないようになっているからな。だからと言って、守りを怠るような事があってはならんのだぞ!」
「は、はい!申し訳ありません!!」
「ふん、まあそんな事だろうと思っていたからな。もうその件は、以後は別の”部隊”に任せる。
上原支部長は、土地開発に専念するがいい」
「は、はっ!」
報告を終わらせた上原が、部長室を出た先の廊下で妙な男とすれ違った。
その男は上原と入れ替わるようにして部長室に入っていった。
(まさか、この男は......)
その男は、背格好こそ普通のビジネスマンのように見えているが、目つきや挙動がわずかながら他の人間と異なるような感じで、その不気味さが裏社会の人間である事を直感させる。
しかし、事勿れ主義を尊ぶ上原としては、彼の存在を見なかった事にして自らを守る事に徹していた。こういう事は本社に居るとしょっちゅうある事だ。
何しろメソッドルシファー社自体が、創業からたった十数年で年商1兆円以上という国内筆頭の大手IT企業と成りおおせた事実が、この企業と裏社会とのつながりを如実に臭わせているのだ。
そんな企業内で生き残る為には、ある程度の処世術が必要なのは自明であり
上原にとってはそれが「妙な”匂い”のする案件には手を出さない、見ない、聞かない」という事であり、そうした嗅覚を研ぎすます事で、権謀術数渦巻くこのIT企業において北海道支部長の地位に上がれたのである。
今後も、粛々とその手法を継続していこうと上原は心に固く誓った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
あの日から2週間が経った。
俊哉は、平らにならされて今や工事現場と化したトーチカ跡をフェンスの外から眺めていると、後ろから瀬菜が声を掛けてきた。
「あっと言う間に工事って、進んでいくんだね......」
「瀬菜」
「ごめんね俊哉くん、本当にごめん......
お父さんがああいう人だって、ちゃんと言い出せなくて、あの日からちゃんと顔を向けて謝れなくて、後ろめたくて、学校でも避けるようになっちゃって、今日も、本当に、ごめんね......」
「ふ、ふん。
そんな事気にするんじゃねーよ。俺は学校じゃずっと前からあんな感じだしよ、別に何も思わねーよ」
「で、でも......」
俊哉は今日もまた、学校の同級生と喧嘩してしまったのだった。
彼は先日から、学校内でもペットボトルロケットの面白さを広めようという考えで「ペットボトルロケット同好会」を課外活動として立ち上げる事を認めてもらおうとして、理科の専門教諭と相談したり、あれこれと活動をしていたのだが
部員が思うように集まらず、更には例の同級生連中が度々邪魔を仕掛けてくるので、ついにまた拳を出してしまったのだ。
「それより瀬菜、お前は入るよな。ペットボトルロケット同好会。理科の先生に話したら、他の部活動に邪魔にならない時間と場所なら校内でもロケット打ち上げても良いってよ!」
「う、うん......やっぱり、ごめん。お父さんの事もあるし、しばらく勉強に専念しないと......」
「ふーん......そうかよ。ま、別に良いけどよ!俺一人になったってロケット打ち上げてみせらあ!!」
「俊哉くん......私、何も出来ないけど、応援してるからね」
「ふん!まあ見てろって!
みんなをビックリさせるような大きいロケットを学校で打ち上げてみせるからさ!」
「うん!」
「......ところでさ、コロのヤツ、何処に行っちまったんだろうな」
「そうだね......」
二人はいつまでも、茜色に沈む工事現場を見つめていた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
その日に俊哉が家に帰ってから間もなくして、父親の浩一も家に帰ってきた。
「あれ?お父さん、今日は早いんだね」
「おう、仕事が一段落してな。
ところで俊哉、今度の日曜日に、お父さんの会社の施設を見学してみないか?」
「えっ?それって何の施設なの?」
「無重力実験施設っていうんだ。
近所の山中にある鉱山跡を利用して、縦穴に巨大なエレベーターみたいなものを作って、それを落として模擬的な無重量状態を生み出すんだ。
先日に竣工して、今度の日曜日がマスコミへのお披露目イベントがあるんで、その時に従業員の家族も招待出来るんだ。どうだろう?」
「えっマジで!?行きたい!!」
浩一は、俊哉が久しぶりにはしゃぐのを見てほっとした。
何しろ俊哉はここ最近落ち込んでいるようだった。父親としても何か出来ないかと思っていた時に、このような機会が生まれたのは渡りに船だったのだ。
「おし、じゃあ一緒に見に行くか!」
浩一も破顔一笑して頷いた。




