その3
翌日、登校して来た俊哉は
案の定また放課後に担任に呼び出されて叱られるはめになった。
たっぷり小一時間は叱られつつ、心はもうあの廃墟に飛んでいた。
あのコロポックルに再び会いたい気持ちで一杯だったのだ。
だから、説教が終わるなり学校を飛び出していった俊哉には
学校の下駄箱付近でひそかに俊哉を待ち続けていた女の子の存在に気付かなかった。
「あ、あの!た、高城君......!え?あ......行っちゃった.......」
猛ダッシュで辿り着いた廃墟には、まだ誰も来たような気配が無かった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ......あ、アイツは......?」
周りを見回しても、誰かが居るような気配はない。
しかし、昨日も作業をしていたらいつの間にか現れたのだし、今日も同じようにしていれば現れるかも知れない。
俊哉は、とりあえず気を取り直して、またペットボトルロケットの打ち上げと改良に没頭し始めた。
カサッ、カササッという草むらをかき分ける音がして
俊哉がその音の方向に顔を向けると、あの女の子が再び姿を現していた。
「お、おう!また来たのかよ」
「......ん」
女の子は、恥ずかしそうにして手にしたフキの葉で顔を隠しつつも
葉の陰から顔を少し覗かせながら、小さくうなずいた。
「な、なんだよお前、ひょっとして暇なのか?」
俊哉も本当は彼女に会えて嬉しいのだが、どうにも格好がつかず、どもりながらも横柄な言葉遣いになってしまう。
「お前、ひょっとしてこのロケットが気に入ったのか?」
「......?」
「ロケット。これのことだよ」
と言いながら俊哉は、手にしていたペットボトルロケットを掲げてみる。
「......ん」
彼女は、恐る恐るとだが彼に近づいて来て
彼の手にあるペットボトルロケットを見上げた。
「触ってみるか?」
「......ん」
彼女はさらに恐る恐ると、ゆっくりとした動きで手をロケットに近づけさせ、一瞬ロケットに触れたと思うとすぐに引っ込め、と思えばまたゆっくりと手を出し
しまいには、彼女はゆっくりとさするようにロケットを撫で回した。
「よし、持ってみな。ってか持てるか?」
500mlを二つ連結したペットボトルロケットは、彼女の身長よりも大きい。
俊哉は彼女が手にし易いように、ロケットの尻を地面に付けて立てて支えた。
彼女はロケットを抱きかかえる格好になってロケットの中を覗き込む。
「ははは、面白えーヤツだなお前。
......そういえば、お前、何て名前だ?」
「......?」
その質問に彼女は、不思議そうに首を傾げた。
「お前、ひょっとして、名前無いのか?」
彼女は首を傾げたままだ。
「そうか......よし!俺がお前に名前を付けてやるよ!」
「......ん」
「そうだな......コロポックルだから、コロはどうだ?んじゃ決まりだな!お前の名前はコロ!」
「......こ、ろ」
「そうそう!ってか、お前喋れるんじゃん!あ、俺の名前言うの忘れてた!あちゃー、駄目じゃん俺。じゃあ改めて、俺の名前は俊哉ってんだ!コロ、よろしくな!!」
と俊哉は彼女に対して手を差し伸べると、コロと名付けられた彼女はゆっくりと自分の手を伸ばし、俊哉の手というか人差し指をその小さな手で握った。
その日は結局、コロにペットボトルロケットの事を説明するだけで、あっという間に時間が過ぎてしまった。
俊哉がどれほど丁寧に説明しても、コロがペットボトルロケットについて理解してくれたかどうかは甚だ怪しかったが。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
その日から、俊哉とコロは毎日のようにその廃墟跡で一緒に遊ぶようになっていた。
もちろんペットボトルロケットが遊び道具である。
コロは最初、ペットボトルロケットの噴出力に驚いていたが、だんだん慣れていって、しまいには自ら発射のグリップを握るようになった。
コロは、ペットボトルロケットの打ち上げに成功した時のように喜んではしゃぐ時は、フキの葉を傘代わりにしながら不思議な踊りをするのだった。
そんなある日、コロと一緒に新しいペットボトルロケットを組み立てていた俊哉は、妙な視線を背中に感じていた。
(誰だろ......学校を出てからずっと誰かが付いて来てるみたいだったし、もしかしたら例のアイツらか?)
いつも俊哉に悪戯を仕掛けている(俊哉はそれをイジメだと絶対に認めたくはない)同級生達が、ついにココを見つけてしまったのかと思うと非常に腹立たしくなった。
もはや一発お見舞いしてケジメを付けるべきだと覚悟を決めた俊哉は、立ち上がってくるりと振り向くと
気配を感じる方向へと一気にダダッと駆け寄り、コンクリ壁の陰に生える草むらを乱暴にかき分けた。
「ついにココまで来やがったなてめぇ!!今度こそ殴ってやるから覚悟しろ!!
......って」
「ご、ごめんなさい!!」
冷静になって見れば、そこに居たのは同級生の女の子だった。
「え、えぇ?」
「ごめんなさいごめんなさい!!つい高城君の後を付けちゃったの!!」
「え?な、何で?」
「あ、あの、その......あれからずっと気になってたんで」
「はぁ......よ、よく分かんねーけど......あれからって何だよ」
「あ、え、えと......覚えてない?」
「んっ、えーと、あ、いや......」
そういえば、何週間か前に教室でこの女の子が消しゴムを落として、それを拾ってやってから俊哉の周りで色々と起こるようになった気がする。
「あーあれね、あれ。まぁ気にすんなって」
俊哉がごまかすように笑うと、女の子も少しほっとしたような表情を浮かべた。
「それで、あ、あの......高城君、ここで何やってるの?」
「ここで?えぇと......そうだな......何て言うか」
ペットボトルロケットの事を上手く説明出来るか、そして理解してくれるかどうか俊哉が逡巡しているうちに、その女の子が別のものを発見してしまった。
「えぇ!?な、何あの子!?ち、ちっちゃーーーい!かわいーーい!!」
目を輝かせながらその女の子は、ペットボトルロケットの陰に隠れていたコロの所にまで駆け寄りながら嬌声をあげていた。
「ね、ねぇねぇ高城君!!この子いったい何なの!?お人形さん!?でも動いて歩いてるんだけど!!ねぇ触っていい??もう触っちゃう!!あぁーかわいい!!」
「うぅうわわ!!コロがビビって怖がるだろーが!!勝手に触るなよ!!」
俊哉が慌てて制止するのも聞かずに、その女の子はコロをあっという間に捕まえて抱きしめてしまった。
「この子、コロっていう名前なの!?かーわいい!!ね、コロちゃん!!私は上原瀬菜っていうの!!よろしくね!!」
なにげに初めてその女の子の名前を知った俊哉だったが、彼女の腕の中でブルブル震えて縮こまっているコロが心配になった。
「う、上原、さん?......その、コロを離してやってくれねーか......?コロがビビってる」
「えっ!?あっ!!ご、ごめんなさい......私、ついつい触っちゃって」
瀬菜の腕から解放されたコロは、よろよろと地面に座り込んでしまった。
「お、おいコロ......大丈夫か?」
俊哉が呼びかけると、コロはとりあえずうんうんと頷いた。
「ほっ......え、えーと、上原さんさぁ......」
「あっ!あの......瀬菜で、いいよ」
「えっあっ、じゃ、じゃあ、瀬菜?」
「は、はい!」
何となく調子が狂った格好の俊哉だったが、やはり気になった事を聞いてみる事にした。
「あのさ、ここに行くってこと、誰かに言ったりした?」
「え?ううん、言ってないよ?」
「じゃあ、ここに来るまでに他の誰かに会ったりした?」
「ううん、それもないよ?」
「ほっ......あのさ、実はこの場所は、俺達の秘密基地なんだ。俺とコロ以外、誰も知らないし誰も来ないんだ。
だからさ、えっと......瀬菜も、ここの事、秘密にしてくれねーか?」
「う、うん!分かった」
「よし、分かってくれれば良いや」
「その代わり、私もこの秘密基地に来て一緒に遊んでいい??」
「え、えぇえ!?」
「あっ、だ、駄目......?」
「うぇえ......い、いや、駄目って訳じゃねーけどさ......そ、そうだ!コロにも訊いてみてくれよ!
元々ここに居たのはコロなんだからさ!」
「そうなの......?
ね、ねぇコロちゃん、一緒に遊んでも、いい?」
瀬菜が真摯な顔を向けてコロを凝視すると、コロは一瞬ビクッとなったが
コロもじっと瀬菜の顔を見つめたあと、ゆっくりとだが、こっくりと頷いた。
「やった!!」
「こらこら、OKが出たからってコロに乱暴するんじゃねーぞ」
「するわけないじゃん、もう!」
コロを再び抱きしめてぶんぶんと身体を振るのを見た俊哉は若干心配になるのだった。
「ねえ、コロちゃんって、人間じゃないよね?もしかして、妖精さんなのかな?」
抱いていたコロを近くにあるコンクリの瓦礫であつらえたテーブルの上に載せながら、瀬菜が首を傾げながらコロの小さな身体を見回すと、コロも一緒になって首を傾げた。
「いや、妖精っつーか多分だけど、そいつはコロポックルっていう妖怪みてーなんだ」
「あ!知ってる!!アイヌの民話とかに出てくる小人なんだよね!?確かに服装とかアイヌっぽいし、絶対にそうだよ!!」
「で、そいつの名前が無かったからコロポックルのコロって名付けた」
「えーーー!もっとかわいい名前にしてあげればよかったのに!!」
「あんだよ、コロも喜んでたからいいんだよ!」
「そうなの?コロちゃん」
瀬菜がコロに向かって訊くと、コロは少し首を傾げたがゆっくり頷いた。
「うーん、まあコロちゃんが納得いってるならいいかぁ。じゃあ妖怪ってことは、何か魔法とか得意技とか使えるのかな?」
「だからさ、どっかのゲームとかじゃねーんだからそんなのあるかよ」
「あるかもよ?ね、コロちゃん?」
コロは首を傾げたままだ。
「そういえばコロちゃんは人間の言葉、どれくらい分かるのかな?」
「さぁ、でもそこそこ理解出来るみたいなんだよな。このペットボトルロケットも、どういう物か何となく理解出来てるみてーだし」
「そうそう!さっきからずっと気になってたけど、そのペットボトルロケットって、何?」
「あー......」
結局その事を説明しなきゃいけないのかよと、俊哉が少しガックリしたが
とりあえず何をする物なのかを説明する事にした。
「へー、ロケットの一種なんだ」
「ってかロケットが何なのか、知ってるんだ」
「当たり前でしょ!大樹町民なら誰でも知ってるもん」
そういえば、大樹町ではかなり昔から、ロケットの打ち上げに使う宇宙基地の誘致活動が行われていると、前に父親から訊いた事がある。
今では航空宇宙実験基地として、1000m滑走路と巨大なハンガーと管制塔が整備されていて
更に将来的には、H2クラスのロケット発射施設と整備施設も建設されるという。
「そうか、まあそうだよな。でもこのペットボトルロケットの事は知らなかったのかよ」
「うーん、でも前にも見た事あるかも。あっそう言えば、中学の人達が何かやってたような」
これはあとで父親に聞いた話だが、大樹町では昔は小学生でもペットボトルロケットを作れる授業なり講座なりが開かれていたらしいが
ある時に事故を起こして小学生が怪我を負ってしまって以来、ペットボトルロケットは中学生以上の年齢でないと取り扱い出来ないようになってしまったらしい。
「ふーん。じゃあ、瀬菜もやってみるか?丁度試作機をもう一個作ろうと、材料とか色々持って来てるんだ」
「えっ本当!?それなら作ってみたい!!」
「よし、さっきまでコロに作り方教えてたから、コロと一緒に作ってみな」
「やったぁ!!コロちゃん一緒に頑張ろうね!!」
コロも瀬菜に向かって微笑みながら頷いた。
瀬菜がコロと一緒になってペットボトルロケットを完成させる頃には、夕方になってしまっていたし
形もいびつで、ちゃんと飛べるかどうかわからない代物になっていた。
「まぁ初めてにしては上出来じゃねーの?飛ばすのはまた明日にして、もう日も暮れちまったし片付けて帰ろうぜ」
「ふぅ、しょうがないね。コロちゃんまた明日ね」
3人で周りを片付けて道具をしまい込むと、俊哉と瀬菜はコロに別れを告げた。
「コロちゃんって、家はどこにあるのかな」
「さあな、大体アイツ、いつも何処からとも無く現れるんだ」
「ふーん。
ねえ、SNS交換しよ!」
「えぇ!?な、何だよ突然!!」
「だって、連絡手段が無いと困るでしょ」
「ってーか、俺スマホとかケータイの類、持ってないんだけど」
「えぇ!?今時持ってないとか有り得なくない!?」
「ってか持ってるのが当たり前なのかよ......」
「だって、不審者とかに追いかけ回されたら怖いでしょ?」
「まぁそうだけどさ......あー家のパソコンのアドレスなら知ってる」
「本当?じゃあ教えて」
俊哉がうろ覚えなパソコン用メールアドレスを瀬菜に教えると、瀬菜は真剣な表情でスマホに登録していた。
「今日は楽しかったね!!じゃね!!」
瀬菜の家の近くまで来ると、彼女は俊哉に向かって手をぶんぶんと振ってから家に帰っていった。
「ははは、変なヤツ。あー今日は散々な一日だったなぁ」
そう言いながらも俊哉は、何となく心地よい気分になっていった。




