その2
「......へ?
な、何......?」
俊哉は呆然としながら、ようやくの事で声を出した。
何よりもまず、女の子のサイズがおかしい。
どう見ても、たった20cm位にしか見えないのだ。
なので、彼女の身体の半分が草むらに埋もれている。
また、纏う服の意匠も独特だ。
そういえば、以前学校で見学に行ったアイヌ会館にある
北海道に昔住んでいたと言うアイヌ人の伝統装束によく似ている。
そして女の子は、片手にフキの茎を持ち、茎の先の葉を傘のようにして頭の上に翳していた。
「......えっ!?えっ!?お、お前は何者だ!?
どっどっどこから来たんだよ!?」
俊哉はその姿がどう考えても異常な事にようやく気付き仰天しながらも、質問を投げつけた。
「......ん」
その女の子は、もう片方の手で
トーチカの外の、よく茂った雑木林の方を差した。
「......へ、へぇえ......
あー、そ、そうだ、あ、ありがとうな、これ......」
彼は思い出したかのように、受け取った部品を見せてお礼を言った。
「......ん」
彼女はかすかにうなずいた。
「えぇーっと......あ!そうだ!」
彼はしばらく、頭の中が真っ白になっていたが、ようやくここに来た本来の目的を思い出した。
「お、お前、ロケットの打ち上げ、見、見るか?」
「......?」
彼女は、可愛らしげに首を傾けた。
「よ、よし、空気充填完了!これよりスーパーフェニックス号、打ち上げを開始します!!」
ようやくの事で器具を組み立て、自転車用ポンプで空気も入れ終わった俊哉は仰々しく宣言すると、発射台に据え付けたペットボトルの口先からワイヤーを伸ばし、遠隔操作用のグリップを持って発射台から数メートルほど離れた。
「お、おい、お前も発射台から離れてろ、危ねえぞ!」
彼女に注意を促すと、自身も草むらに伏せる。
彼のまねをして女の子も彼の近くに寄り、身を伏せた。そうすると彼女は完全に草むらに埋もれて隠れる格好となった。
「5、4、3、2、1、0!!発射!!」
言うなり彼は、遠隔操作グリップを一気に握った。
ブッッシューーーーーーーー!!!!!
グリップの挙動でラッチが外れたペットボトルロケットは、俊哉の据え付けた発射台から勢いよく飛び出し、高圧になった空気と水を噴き出しながら大空に向かって打ち上がった。
しかし、十数メートルほど高く上がったところで、推力を失ったロケットは放物線を描きながら発射台の近くの草むらに落ちていった。
「よ、よーしよーし!!成功!!」
しかし俊哉は、それでも満足そうな大声を上げて
ペットボトルロケットの落ちたところに走っていった。
何しろ、今までは発射台で暴発したり、打ち上がったと思ったらその場でくるくると回転して水をまき散らしたり
酷い時は発射台ごと倒れてしまい、俊哉が伏せている所にペットボトルが飛び込んで来て危うく怪我をしそうになった事もあったのだ。
だから、少なくとも真っすぐ空に向かって打ち上がった事は、俊哉にとっては大成功と言えた。
「ど、どうだ!!見たか!?見ただろ!?スゲエだろ!!って......」
ペットボトルを回収してから、女の子に向かって話しかけたが
いつの間にか、その小さな女の子の姿が見えなくなってしまった。
「あ、あっれぇーーー......?居なくなっちゃった......」
彼は改めて、トーチカの付近を探しまわったが
女の子の姿はどこにも見当たらなかった。
「っ、ちぇっ......逃げちゃったのかよ......っていうか、まさか、あんな小さな人間が居るわけないよな......じゃあ、あれは夢だったのかな......それとも錯覚ってヤツかなぁ」
器具をトーチカの陰に隠し直しながら、彼はそう呟いた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「高城さん、この設計指示書の事なんだけど......」
ロケットの巨大なパーツが転がる雑然とした研究室で
CAD画面を睨んでいた高城浩一が振り向くと、CEOが書類の束を持って立っていた。
「柳川さん、何かありましたか?」
ここでは柳川CEO以下社員全員がさん付けで呼び合う。
某自動車メーカーから転職して来た社員の提案で、堅苦しい上下関係を無くそうというものだ。
それ以外にも、ワイガヤだのカンバンだのといった自動車業界用語が飛び交う光景は、いかにも転職組の寄り合い所帯らしいワンダーステラの社風になりつつある。
「えっと、B列14番の機構がさ......」
すぐに内容が専門的な領域に移り、二人とも技術的なコミュニケーションに没頭する。
現CEOである柳川もまた、ロケットを造りたくて造りたくてウズウズする質の人種だ。
そういう点ではフォン・ブラウンやコロリョフに近いかも知れない。
ワンダーステラの研究所は、大樹町の中心市街地から西に3キロほど離れた、牧場と小麦畑以外は何も無いような、だだっ広い空き地の真ん中にあり
外見はほぼバラックの集合体に毛が生えた様なものだった。
唯一褒められる点があるとしたら、敷地面積の広さで
特に一番大きい建物は、セスナ機程度なら3機は余裕で格納出来るほどの空間がある。
元々は農作物をダンボールに梱包して保管しておく為の倉庫だったが、持ち主の農家が廃業した事で倉庫群も更地になる寸前のところを
企業の創始者だったIT企業の社長のH氏が10年ほど前にポンと即金で購入したのだった。
購入当時のH氏は羽振りが良かったのだが、その後脱税やインサイダー取引などの容疑で逮捕、収監されてしまい
お役目を終えて出所した頃には、H氏の資産はことごとく押さえられており
H氏が行くべき場所は、仲間と設立したこの宇宙開発ベンチャーしか残されていなかった。
しかしその後も彼は精力的に事業を回すべく、知名度を利用してメディアで宣伝に勤め
クラウドファンディングで割とまとまった資金を得る事に成功し
ようやく本格的なロケットを打ち上げられる所まできた矢先に、病で倒れたのだった。
H氏の遺言により、まだ20台で入社したての柳川青年がCEOに抜擢され
彼の周りを、SF作家兼実業家やJAXAのOBや工学専門家やらが幹部として固める事となった。
CEOに柳川が選ばれた理由はシンプルに地頭が良く度胸が据わっているからで
実際に彼と相対した客は、H氏も人を見る目だけはあったものだなと感心したのである。
「柳川さん!!ちょっと来てくれませんか!?」
血相を変えた総務部長が急に二人のいる所に飛び込んで来て
柳川に向かって言った。
「ま、またアイツらが......」
「何!?またかよ......」
柳川達がすぐ外に出ると、研究所敷地のすぐ側でスーツ姿の男数人に出くわした。
「おい、お前ら!!」
「おやおや、ワンダーステラの社長さん達じゃないですか。
そんなに血相を変えて、如何致しましたか?」
「何をとぼけている!ふざけるな!ここは俺達の研究所だ!」
「いいえ、間もなく私達メソッドルシファー社の資産となるべき場所です。今日は測量しに参りましただけですが」
見れば、向こう側で測量技師らしき作業服姿の数人が機械を設置しているようだ。
「どういう事だ!?まさか」
「いいえ、とりあえず我が社はこちらの土地100ヘクタールほど購入しましたので。間もなくこちらに我が社の新しい研究所が建つ予定です。そうですね、地上10階のビルを数棟に大型ロケットの組立棟も建てましょうか。むろん、貴方がたが鉱山跡に持っているものより大規模な無重力試験施設もね」
「なぜだ!なぜこちらの邪魔ばかりする!?」
「だから何度も言ったでしょう。御社の元社長であったH氏と我が社の間で取り交わした契約書は未だに有効ですから」
「もうその件は終わった筈だ!!ウチの弁護士とも...」
「ですから、こちらの弁護士は違った見解を持っている訳ですよ」
「くっ、こいつら.......」
「駄目ですよ柳川さん、弁護士の人も手を出すなと念を押していたじゃないですか」
「しかし......そういえば、例の件はどうなってるんだ?」
「まだです。不正を確実に暴ける程の証拠は未だ集まっておりません.......」
「くそっ、今は耐えるしか無いのか」
結局、メソッドルシファー社のエージェント達が作業を終わらせるまで
柳川達は手出しも出来ず、見ている事しか出来なかった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
俊哉は陽が暮れてから自宅に帰って来たが、父親の浩一は、残業の為か未だ帰って来ては居なかった。
よくある事なので、予めスーパーで買って来た総菜とレトルトの御飯をレンジで温めて、一人で夕食を食べる。
夕食を終えた俊哉は、居間にあるパソコンを立ち上げて調べものを始めた。
浩一は息子の俊哉へ、教育上の方針でスマホの類を与えていない。
その代り、パソコンの使い方やプログラム等を習わせようとしている。
浩一自身がパソコンオタクでもあり、自宅には昔から使っていたPC-98シリーズやMSX等が今でも置いてあって息子に自由に触らせている。
もっとも、俊哉が今立ち上げたパソコンはHP製の最新型だ。
「んー......アイツって何者なんだろう......人間じゃ無さそうだよな」
独り言を呟きながら俊哉は、あのトーチカで遭遇したあの女の子の正体を探ろうと、ネットであれこれと検索し始めた。
「アイツって妖精かな......それとも幽霊?いや、あんな小さい幽霊居るかよ」
俊哉は女の子の装束にヒントを得て、アイヌ関連のサイトを見て回ろうとした。
「んん、アイヌの文化って色々あるんだな......変な化粧してるなぁ」
と、サイトの一画に気になるワードが見えた。
「アイヌの妖怪?」
ワードをクリックすると、アイヌの伝承にある妖怪や精霊の類が一覧表示された。
「あっ......まさか、これかな」
ーーーコロポックル。アイヌの妖怪で、小人の姿をしている。
普段は草むらに隠れていて人間に悪戯をする事もあるが、彼らはとても恥ずかしがりで、余り人前に出てくる事は無い。しかし人間の家の近くに棲み付き、人間の助けをなすという。
また人間とは、姿を隠しながらも互いの産品を交換しあうという、交易の一種を行っていたという話もある。
基本的にはこちらから害を与えない限り無害であり、里と土の守り神でもある。
一説には、西洋の妖精であるコボルトとの関連も指摘されており、ユーラシアを西から東まで移動した古代アルタイ語系民族がアイヌ人の祖先と交流し、その時に西洋の民俗伝承の一部も伝わったのだという。
コボルトは土の精でもあり、元々は炭坑跡などに棲んでいるが、その近くに村があると、村の古い家に棲み付いて隠れながら家事の助けをしてくれる。
しかし粗略に扱うと、逆にその家に祟りをなすという点もコロポックルと似ている。
一般的には、こういう伝説が言い伝えられている。
すなわち、昔はアイヌの人間達とコロポックルは共存していたが、その頃からコロポックルは人目を避けつつも人に贈り物をしていた。
ある時、村に住む一人の男が、深夜に村まで贈り物を届けに来たコロポックルの女を無理矢理捕まえてしまい、女は美しかったものの泣きながら村から逃げ去っていった。
その事件以降コロポックルが人間の前に姿を現す事は無くなってしまったという。
「へぇ、そんな物語もあるんだなぁ」
そういえば、あの女の子も結構可愛かった気がする。
そんな事を思いながら次のページを見ると、別の物語が載っていた。
どうやら、実際にあった目撃談らしい。
曰く、太平洋戦争末期の頃に北海道で対ソ戦の準備をしていた陸軍駐屯部隊の1兵士が、十勝の海岸付近で、コロポックルらしき小さな女の子に遭遇したという話だった。
兵士は軍事訓練中に事故にあっていた。しかしそのコロポックルの女の子がーーー
「ただいま」ガチャ、と玄関の戸が開き、父親の声がした。
「あ、お父さん。お帰りなさい」
「なんだ俊哉。もうこんな時間だぞ。
俺なんか待ってなくていいから、早く寝なさい。
風呂には入ったのか?」
「あ!入ってないや」時計を見ると、もう10時近くになっている。
俊哉は慌てて風呂に入ると、すぐに寝床に入って眠ろうとした。
しかし、今日に色々あった事がいつまでも思い出され、なかなか寝付く事が出来なかった。
父親の浩一は、寝酒を呑もうと居間の戸棚にある酒瓶を出した際に
隣の書棚机で起動したままになっているパソコンに気付いた。
「俊哉め、電源落とし忘れたんだな。やれやれ......」
電源を落とそうとして、スリープ状態のパソコンを一度起こしてみると
開きっぱなしのブラウザ画面を見やった。
「ん?コロポックル?何でアイツが......」
浩一は何か考え込むようにして、ずっと画面を見つめていた。




