その1
彼女は、いつも空を眺めていた。
その空には時々、大きな銀色の鳥が空を横切るさまが見えた。
さらに大きな白い魚みたいなものが浮かんでいたり、稀にだが、不思議な棒の様なものが一直線に煙を噴きながら空を切り裂いて行くのも見えた。
彼女は、それを見るのが好きだった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「だぁっ!!いってぇえーーー!!またやったなぁ!!」
小学五年生の俊哉は、同級生の度重なる悪戯に耐えかねて、遂に悪戯の首謀者に向かって手を挙げてしまった。
事の始まりは、他愛のないものだった。
クラスの隣の席に居た女の子が消しゴムを落とし、俊哉がそれを拾って渡してあげたところ
次の休み時間に彼女が、お礼にと言って持っていた飴をくれたのだ。
その事を同級の子達が目撃してはやし立て、それ以来の彼は何かと同級生のからかいの対象になってしまった。
しかしいずれは飽きる、そう彼は思っていたが
次第にエスカレートする悪戯にフラストレーションが溜まっていき
今日、画鋲を上履きの中に入れた同級生を殴ってしまったのだった。
「高城君!!何をやっているのですか!!」
放課後、職員室まで呼び出された彼を担任の教諭が叱りつけた。
しかし、彼の腹の中は煮えくり返ったままだ。
「お、俺が悪ぃんじゃねーよ!!アイツが......!!」
「人のせいにするんじゃありません高城君!だいたい貴方は、最近何かと問題を起こしてるじゃありませんか」
「だからそれは俺のせいじゃねえって言ってんじゃん先生!!」
「先生には敬語を使いなさい。だいたい貴方は少し短気で、乱暴過ぎます」
「なっ......!」
「はぁ、それも仕方ない事かもしれませんねぇ、そもそも貴方にはお母さんが居なくなってしまったわけだし」
「......っ!!お、お母さんは、お母さんの事は、関係ねぇよ!!」
「あっ!高城君、待ちなさい!まだ話は終わった訳ではありません!
戻ってらっしゃい!高城君!!」
彼は、担任の説教を最後まで聞いている事が出来ず
思わず職員室の外へ、そして学校の外にまで出てしまった。
「......」
このままでは明日にはもっと担任から叱られるだろうが、今更戻る気はなく
とぼとぼと彼は、手ぶらで学校の近くの草むらの道を歩き、そのまま最近発見した不思議な廃墟の方に足を向けた。
この大樹第一小学校から東に2キロも進めば太平洋岸にたどり着く。
その間の林には、幾つかの廃墟が残されていた。
多くは昔に牧場だった頃のサイロや倉庫の跡だったが
ある一つは、巨大な円形の土塁をコンクリで固めてあり、コンクリの壁には幾つもの窓の名残があった。
彼が前に聞いた話だと、ここは太平洋戦争の昔に、海からの敵を迎え撃つ為のトーチカがあったそうで
これもその一つなのではないかとの事だった。
彼がそのトーチカ跡にたどり着くと
いつものように、コンクリ壁の隅に隠しておいてあったガラクタを取り出し、円形の空き地の真ん中で組み立て始めた。
「発射台、セットよし。
発射口、セットよし。
ロケット、燃料充填開始」
彼はそう言いながら、加工されたペットボトルの中に半分だけ水を入れる。
そのペットボトルは500mlのものを2つ連結されたもので、
しかも先端はノーズコーンが取り付けられ
反対側には4つのフィンも付いている。
いわゆるペットボトルロケットというやつだ。
彼はそのペットボトルをセットしながら、彼の父親に思いを馳せた。
このペットボトルロケットの作り方も、父親から教わったものだ。
彼の父親は、ワンダーステラ社という創立間もない宇宙開発ベンチャーに勤めている。
父親は元々、某大手重工の技術系社員だったのだが、決まりきった業務内容とパワハラや大企業特有の派閥争い等に嫌気が差し
ついに去年に意を決して、ツテを頼ってそのベンチャー企業へと転職して、自身の夢と人生をその企業に託したのだった。
しかし元々不和だった夫婦関係はそこで完全に崩壊し離婚。
離婚調停時に妻の方が不倫をしていた事実が発覚したので、息子の養育権は父に渡る事になった。
そして父子は今まで住んでいた東京を離れ、俊哉もこの大樹第一小学校に転校する事となったのだ。
以来、父親は精力的にそのベンチャーでロケット開発に勤しんでいる。
この日本にあって宇宙開発のベンチャーが、しかも立ち上がったばかりで規模も小さく
未だまともなロケットの打上も成功していないような小さいベンチャー企業が世間でどういう扱いになるのか、まだ11歳の俊哉にも何となく分かるようになってきたが
それでも彼は、父親の今までや、これから成し遂げようとする事を信じていた。
そして自然と彼も、ロケットや宇宙開発に興味が向き、いつしか彼自身もロケットを造り、そして自ら宇宙へ行く事を夢見るようになっていった。
「よし、こんなモンかな。
いつも失敗ばかりしてるけど、今回はどうかな......うぉっとと」
水を入れたペットボトルを発射台に設置する前に、ペットボトルの口に噴射口を取り付けようとしたところで、ホースジョイントを加工したその噴射口が外れ、どこかへ転がっていってしまった。
「えぇえ......どこ行ったんだよぉ.......やれやれ」
ガサガサと彼は周囲の草むらをかき分けて、噴射口を探してみる。
ぴょこん
と、地面を見る彼の目の前に噴射口が飛び込んで来た。
「おっ、これこれ......って、え?」
噴射口を掴みながら、なんでこれが飛び跳ねて来たのだろうと、彼は飛んで来た方向に目をやった。
目の前に、小さな小さな女の子がいた。




