第11話 テラスで拾ったもの
「はぁ、涼しい」
テラスへ出たメロディは、庭園の景色を眺めながら白い息を吐いた。
王都では少し前にたくさんの雪が降り積もったが、目の前には緑の庭園が広がっている。おそらく魔法で対策されているのだろう。
雪こそ降っていないが、今夜の空模様はあいにくの曇天。月明かりはなく、庭園に設置されている魔法の外灯でかろうじて庭園の輪郭を見ることができた。
この寒さの中で散歩する者を想定していないのだろう。
最低限の明かりだけが灯されていた。
実際、散歩をする者どころか、今テラスに足を運んでいるのはメロディだけである。
風はないが、頬に触れる外気が冷たい。
星の見えない夜空を眺めながら、メロディは微笑む。
(それにしても、私として舞踏会に参加する日が来るとは、夢にも思わなかったなぁ)
メロディはメイドとして生きるために王都にやってきた。当然、その人生設計に『王侯貴族が参加する王城の舞踏会へ出席する』なんて項目が含まれているはずがなかった。
(もっと静かにメイド業務に勤しめると思っていたけど、まさかこんなことになるなんて。本当に人生って何が起こるか分からない……波瀾万丈で困っちゃうな)
そう考えながら、メロディは楽しそうにクスクスと笑う。
始まりは母親の死という悲劇がきっかけだった。母が残した手紙に背中を押され、メロディは本格的にメイドの夢を叶えるために動き始めた。
『世界一素敵なメイド』になる母への誓いを胸に、ルトルバーグ家のメイドになったメロディだが、そこからは事件に次ぐ事件の連続で、あっという間に年末を迎えようとしている。
(ふふふ、来年はどんな一年になるのかな。年が明けたらガルムさんの弟捜しを始めないとね)
雪が降ったり、冬の舞踏会の準備もあって、ガルムの弟捜しはまだ始められていなかった。あと何日かして天候に問題がなかったら実行しようと、メロディは考えている。
「そろそろ戻ろうかな……ん?」
冷気でかなり火照りが引いてきたメロディは、テラスを後にしようと最後に庭園へ目を向けた。その時、テラスから少し離れた芝生でキラリと光る何かが目に入った。
「今のは……」
少し気になったメロディは、テラスを降りて庭園へ足を踏み入れた。路地を外れ、外灯の明かりを反射する何かを見つけると右手でそっと摘まみ取る。
「何だろう、これ……銀かな?」
それは、指で摘まめる程度の小さな金属片だった。素材はおそらく銀と思われる。
周囲を見回してみるが、銀製の置物などは見当たらず、なぜここにこんな欠片が落ちているのかよく分からなかった。
「どうしてこんなところにこんな物が――えっ!?」
不思議に思ったメロディが首を傾げようとした時だった。
メロディは驚きの声を上げた。
手にした金属片が突然、白銀の光を放ち始めたからだ。
「なななな、何なの急に!? って、外れない!?」
突然光り出した銀の欠片に驚くメロディ。反射的に投げ捨てようとするが、欠片は彼女の指にぴったり張り付いて離れてくれなかった。
そして、メロディは気が付く。
彼女の魔力が銀の金属片へ流れ込んでいくのだ。吸い取られるというよりは、川の水が上流から下流へ流れていく感覚に近い。
まるでメロディの体の一部のように、からっぽの欠片へ魔力が満たされていく。欠片が白銀に光り輝いているのは、メロディの魔力の影響だろう。
(ホントに何なのこれええええええっ!?)
腕をぶんぶん振り回しても効果はなく、銀の欠片は光を放ちながらメロディの魔力を蓄え続けた。
時間にしてほんの数秒の出来事だったが、慌てるメロディには随分と長い時間に感じられた。
そしてそれは、唐突に終わりを迎える。
「あっ」
突然欠片から光が消え、まるで先程までの抵抗などなかったように、銀の欠片は簡単にメロディの指から離れた。振り回した腕の勢いにのって、放物線を描きながら茂みの中に落ちていく。
メロディは慌てて欠片を追いかけた。幸い、すぐに見つけることができ、躊躇いつつも気になった彼女は再び銀の欠片を摘まみ取った。
瞳に魔力を集め、拾った欠片をじっと見つめる。欠片にはメロディの魔力が満たされていた。おそらく欠片に籠められる魔力が上限に達したのだろう。
「……そういえば、私の魔力って銀とすごく相性がいいんだっけ」
セレーナの人格の核となるチョーカーや、マイカの『魔法使いの卵』の素材には銀が使用されている。色々試した結果、メロディの魔力と最も親和性の高い素材が銀だと分かったからだ。
(とはいっても、こんな現象は初めてだけど……まるで私の体の一部みたいに魔力が流れていった。あの森で見つけた銀の台座よりも相性がいいってこと?)
むしろ、よすぎると言った方が正しいだろう。
メロディの意思に関係なく、触れた瞬間に体の一部のように魔力が流れていくなど、場合によっては魔力枯渇を引き起こしかねない危険な現象だ。
(小さな欠片だから大して魔力が減ってはいないけど、欠片の大きさ次第では危なかったかも)
ちなみに、『大して魔力が減っていない』のは、あくまでメロディ基準である。
「これ、どうしよう?」
(持ち主がいるかは分からないけど、どこかに届けた方がいいかな?)
彼女の魔力を十分に蓄えた銀の欠片は、セレーナの核やマイカの『魔法使いの卵』のように、やり方次第で魔法道具の素材にできるだろう。
しかし、『必要は発明の母である』というように、現時点で特に不足を感じていないメロディには、そういった考えは全く頭になかった。
完全に、交番へ落とし物を届ける感覚である。
さて、庭園で見つけた落とし物はどこへ持ち込めばよいだろうか。メロディが路地を歩きながら考えていると、テラスの扉を開ける者が現れる。
それは、メロディも知っている人物だった。
(オリヴィア様?)
テラスに出てきたのは、公爵令嬢オリヴィア・ランクドールだった。
外へ出た彼女は、不安げな様子でキョロキョロと周囲を見渡している。そして、メロディと目が合った。
「「あっ」」
初めてメロディの存在に気付いたのだろう。
オリヴィアはハッと目を見開く。
そして、すぐにばつが悪そうにサッと目を逸らそうとして、メロディの手のひらにある物が目に留まった。
「それはっ」
「え? これですか?」
オリヴィアは思わずテラスを降りた。そしてメロディの前までやってくると、躊躇するように足を止めてしまう。彼女はとても気まずそうな顔でそっと銀の欠片を指差した。
「あの……それ……」
「もしかしてこの欠片、オリヴィア様の物ですか?」
「……え、ええ。ここに来た時に、うっかり落としてしまって」
「そうだったんですね。たまたま拾っただけなんですが、持ち主が見つかってよかったです」
妙に歯切れの悪い口調のオリヴィアを不思議に思ったが、メロディは欠片の所有者が見つかって安堵の息をついた。そして、欠片をのせた右手をオリヴィアの前へ差し出す。
「どうぞ、お返しします」
差し出された右手と、笑顔のメロディを交互に見つめるオリヴィア。やがて彼女はどこか躊躇いがちな表情と仕草で、銀の欠片を受け取った。
欠片をギュッと両手で包み込み、オリヴィアはようやく安堵の息をつく。
「あ、ありがとうございます。あの、何かお礼を……」
「お気になさらず。私はたまたま拾っただけですから」
「そ、そう。でも、本当にありがとうございます。なくしてしまって、とても困っていたの」
「あの、それって何なのですか? 私にはただの銀の欠片にしか見えませんが」
「……ええ。あなたの言う通り、ただの銀の欠片よ。ただ、わたくしにとっては、とても大切なおまもりなの」
欠片を包み込むオリヴィアの手に力が籠った。薄暗くてはっきりとは見えないが、彼女の頬は恥ずかしそうにほんのり赤らんでいた。
「へ、変よね、こんな金属片がおまもりだなんて。でもわたくし、本当にこれが大切で……」
メロディはようやくオリヴィアのぎこちない態度に合点がいった。どうやら彼女は、銀の欠片をおまもりにしていることを他人に知られたくなかったようだ。
メロディは何とも思わないが、確かに、貴族令嬢が持つおまもりとして金属片はあまり一般的とは言えないだろう。
公爵令嬢として淑女の規範とならねばならないオリヴィアにとっては、あまり人前で公言できる趣味ではないのかもしれない。
「承知しました。オリヴィア様がお望みなら、この件は私の心の中に秘めさせていただきますね」
銀の欠片をポプリのような袋に仕舞い込むと、オリヴィアは安堵の息をついた。
「……ありがとうございます。ところで、あなたはどちらのご令嬢かしら。ごめんなさいね、見覚えはあるような気がするのだけど」
「お久しぶりでございます、オリヴィア様。学園舞踏祭で衣装班の補助要員として参加しておりました、ルトルバーグ家のメイドのメロディと申します」
「あっ、ルシアナさんの」
メロディの名乗りを聞いたオリヴィアは記憶が繋がったらしい。
「今日はレクティアス・フロード騎士爵様のパートナーとして舞踏会に出席しております」
「そうだったのね。学園舞踏祭の時は手伝ってくれてありがとう」
「メイドとしてお役に立てて何よりです」
そっとカーテシーをして答えるメロディ。その美しい所作にオリヴィアが内心で感心していると、再びテラスの扉を開く者が現れる。
シエスティーナだ。
「オリヴィア嬢、こんなところに来ていたんだね。風邪を引いてしまうよ」
テラスを降りてこちらへやってくるシエスティーナ。彼女はそこで初めて、オリヴィアの他にもう一人いることに気が付いた。
二人の目が合う。思わず「「あっ」」と、声が出そうになるメロディとシエスティーナ。二人の反応に気付かないオリヴィアはシエスティーナに謝罪した。
「お手間を取らせてしまい申し訳ございません、シエスティーナ様」
「あ、いや、うん、大丈夫。えっと、そちらの子は……」
「メロディといいます。ルトルバーグ家のメイドで、今日はフロード騎士爵のパートナーとして参加しているそうですわ」
オリヴィアが紹介するとメロディはカーテシーをし、自己紹介を始めた。
「学園舞踏祭では補助要員をしておりました。メロディ・ウェーブでございます」
「そ、そうだね。そういえばこんな子がいたような気がするよ。よろしく、メロディ」
シーナという名前でメロディとは友人関係にあるが、それは二人だけの秘密である。このようなかたちで再会するとは夢にも思っていなかったのだろう。挨拶を返す彼女の笑顔はどこかぎこちないものだった。
挨拶を交わした直後、冷たい夜風が吹いた。メロディは反射的に身を縮めてしまう。思いのほか長く寒空の下に留まっていたせいで、体が冷えてしまったようだ。
メロディの口から可愛らしいくしゃみがこぼれた。
「まあ。大丈夫、メロディ?」
「すみません。少し寒くなってきました」
「それはいけない。オリヴィア嬢、用事はもういいだろうか。中へ戻ろう」
「はい、問題ありません。さあ、行きましょう、メロディ」
その時、テラスの扉が開き、二人の人物が外へ出てきた。レクトとルシアナだ。
「メロディ、いるー?」
「お嬢様?」
「あっ、いたいた! って、オリヴィア様とシエスティーナ様?」
ルシアナはパッと喜色を浮かべた。
しかし、予想外の人物を前に、不思議そうに首を傾げるのだった。
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