第10話 舞踏会を楽しむ
セレディアの前を辞したメロディとレクト。
彼らがルシアナの下へ辿り着く前に、三回目のダンスの音楽が鳴り始めた。
「……もう一回踊るか、メロディ?」
レクトはちょっとだけ勇気を出してダンスに誘ってみる。
「いえ、少し疲れてしまったのでやめておきます。とりあえずお嬢様のところへ戻りましょう」
「そ、そうか。分かった」
しょげるレクトに気付かないまま、メロディは歩き続けた。
そんなやりとりをしつつ、二人はルシアナ達がいる場所に戻ってくる。
「ただいま戻りました、お嬢様」
「おかえりなさい、メロディ。さっきレギンバース伯爵様と踊っているのを見たわ。どこかのヘタレ騎士様と踊るよりずっと素敵だったわよ!」
「えっと、ありがとうござい……ます?」
困惑気味に微笑むメロディの隣で、レクトは仕方なさそうに小さくため息をついた。
「あら? マックスさんは?」
ルシアナの隣にマクスウェルの姿がなかった。この場にいるのはルシアナとルーナ、そしてミリアリアの三人だけである。
ルシアナがダンスホールの方を指さした。
「マクスウェル様ならあそこよ」
「あれは……」
彼はダンスを踊っているところだった。相手はアンネマリーである。その隣では、緊張した顔でクリストファーと踊るベアトリスの姿があった。
「さっきお二人がいらしたのよ。お偉いさんとのお話が落ち着いたから、クラスメートのところを回っているんですって」
「律儀ですねぇ。お嬢様は踊らないんですか?」
「さっき二回踊ったから少し疲れちゃって。ベアトリス達を待ちながら、ルーナとミリアリアと一緒におしゃべりしてたのよ」
「ちなみに、お二人のパートナーは」
「「あっち」」
ルーナとミリアリアは呆れた顔でそれぞれのパートナーを指差した。彼らはルーナ達から離れて友人と思われる男性と歓談中のようだ。
「ルシアナとマクスウェル様のそばなら安心だろうって、二回踊ったらさっさと行っちゃったわ。きっと間が持たなかったんでしょうね」
ため息交じりにそう愚痴るのはルーナだ。彼女のパートナーは父親である。ルシアナ達のような年頃の娘と会話が弾むとは思えず、こうなるのは仕方がなかったのかもしれない。
「うちのリーベルはマクスウェル様やクリストファー様に緊張してしまったみたいで。挨拶だけしたらチャールズさんと一緒に逃げちゃいました」
苦笑しながら肩を竦めるミリアリアに、メロディも苦笑を返すことしかできなかった。
ミリアリアのパートナーは母方の従兄、リーベル。
ベアトリスのパートナーは兄のチャールズという。
ルシアナの友人だけあって割と肝が据わっているベアトリスとミリアリアとは違い、下位貴族としてある意味常識的なリーベルとチャールズは、クリストファー達を相手に緊張しないはずがなかった。
その結果が今の状況である。
やがて音楽がやみ、三回目のダンスが終わりを迎えた。
クリストファー達が戻ってくる。
「お疲れ様でした、マクスウェル様」
ねぎらいの言葉を告げるルシアナに、マクスウェルは笑みを返す。
「アンネマリー嬢と踊るのはいつものことだから、大したことないよ。やあ、戻ってきたんだね、メロディ」
「はい、マックスさん……じゃなくて、マクスウェル様」
二人きりの時は友人として愛称で呼んでも問題ないが、ここは舞踏会であり公の場だ。平民の少女が公爵家嫡男を愛称で呼ぶのは控えた方がよいだろう。
メロディの配慮を理解しつつも、マクスウェルは苦笑を浮かべた。
「俺は別に構わないんだけどね」
「……マクスウェル殿。メロディが周囲からあらぬ誤解を受けかねませんので」
眉根を寄せて不服そうに苦言を呈するレクトに、マクスウェルは「おや?」と片眉を上げた。そして、何かを理解したようにクスリと微笑む。
「そうですね。今後は気を付けましょう、レクティアス殿のために」
「……いえ、そういう意味ではなく」
「お二人ともどうかしました?」
「なんでもない」
「ああ、なんでもないよ」
かたや面白くなさそうな顔で、かたや面白そうな顔で同じ言葉を口にする二人。
メロディは不思議そうに首を傾げた時だった。
「やあ、マクスウェル。そちらの美しいお嬢さんを紹介してもらえるかい?」
クリストファーが、アンネマリーをつれてこちらにやってくる。
「彼女はメロディ。こちらのフロード騎士爵のパートナーだよ」
マクスウェルに紹介され、レクトが一礼する。続くメロディもカーテシーをした。そっと目を伏せながら床を見つめる。不思議とさっきまで感じていた違和感はもうどこにもなかった。
クリストファーはニコリと微笑むとメロディに声を掛ける。
「やあ、メロディ。久しぶりだね」
「お久しぶりでございます、王太子殿下」
「君達、面識があったのかい?」
軽く目を見張るマクスウェルにクリストファーは得意げに笑った。
「彼女とは入学式の日に運命的な出会いをしているからね」
「その節は失礼いたしました」
王立学園の入学式の日。ルシアナの忘れ物を届けに学園を訪れた際、メロディは通路で彼にぶつかってしまうという事件を起こしていた。
それが乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』におけるクリストファーとの出会いイベントであったことを、彼女は知らない。
クリストファーもメロディがヒロイン本人だとは気付いていないが。
二人の関係はそれきりであったが、学園舞踏祭の準備期間中に通路で再会を果たし、ほんの少しだが会話をする機会があった。
そのおかげでクリストファーはメロディと面識を得たのである。
「メイド姿も可愛らしかったけれど、今夜のドレス姿も一段と美しいね。よく似合っているよ」
「ありがとうございます。ドレスのデザインはお嬢様が考えてくださったんです」
「さすがはルシアナ嬢、素晴らしいセンスをしているね」
「ありがとうございます!」
キラキラ笑顔で二人を褒めるクリストファー。
メロディとルシアナは照れるように微笑んだ。
それぞれのパートナーが少しムッとしたのはご愛嬌である。
「クリストファー様、あまり皆さんを困らせてはいけませんわ」
「そんなつもりはないのだけれど……?」
アンネマリーが彼らに割って入った。
笑顔を浮かべたまま彼の耳元で囁く。
(王子スマイルで美少女二人を落とそうなんて、天も許さなきゃ私も許さないんだからね!)
(そんなことしてねえよ! ホント面倒くせえなぁ、お前!)
クリストファーもまた素敵な笑顔のままアンネマリーに囁き返した。
周囲を憚らずそっと顔を寄せ合っている二人は、仲睦まじいカップルそのものであった。
まるで嫉妬したアンネマリーがクリストファーとの仲の良さをアピールするためにとった行動にも見え、メロディ達は二人の様子を微笑ましく見守っていた。
「アンネマリー様にもああいう可愛らしいところがあったのね」
そう呟くルシアナに、ルーナが笑って付け加える。
「『完璧な淑女』と呼ばれようとも、アンネマリー様も立派な乙女ということね。ルシアナも負けていられないわよ」
「私? 私は別に……」
そう言いつつ、ルシアナはマクスウェルをチラリと見上げていた。彼はどこか呆れたような表情でクリストファー達を見つめている。
ルシアナは首を傾げた。
(……あの二人、周りから今どう見られているのか、絶対分かってないんだろうな)
マクスウェルの目から見ても、二人はイチャついているように見える。しかし、既に二人の本性を知ってしまった彼だけは、ルシアナ達とはまったく異なる感想を抱いていた。
ようやく気持ちの整理がついたのか、二人は距離感を取り戻した。
そこにルシアナが声を掛ける。
「クリストファー様、アンネマリー様。舞踏会の最後に年越しのカウントダウンをやりますよね。よかったらご一緒しませんか?」
年末の年越しカウントダウン。
それは冬の舞踏会の最後に行われる恒例行事だ。
「申し訳ないが、私は無理だね。その時は王族として国王陛下のおそばにいるだろうから」
クリストファーが少し残念そうな顔で答えた。
アンネマリーは嬉しそうに微笑む。
「わたくしは構わなくてよ。殿下のパートナーではありますけど、正式な婚約者でもないわたくしがカウントダウンの時に王族の席に着くわけにはいきませんもの」
「よかった! 時間になったらこのあたりで集まりましょう。殿下は、その……」
「気にしないでくれ。これも王族としての勤めだからね。ふふふ、今夜のカウントダウンは例年よりもずっと派手だから楽しめると思うよ」
「そうなんですか? それは楽しみです!」
その時、四回目の音楽が鳴った。ダンスの時間だ。
「メロディ、私と踊ってくれるかな?」
手を差し出したのはクリストファーだった。
メロディは自分の手をそっと重ねる。
「よろしくお願いします、王太子殿下」
「できればクリストファーと呼んでくれると嬉しいな」
「そうですか? では、クリストファー殿下と」
「まあ、それで手を打つことにしよう。フロード騎士爵、パートナーを少しお借りするよ」
「……承知しました。メロディ、気を付けてな」
「行ってきます、レクトさん」
メロディはクリストファーに手を引かれ、ダンスホールへ向かった。
「次は俺が誘うつもりだったんだけどな」
少し残念そうに呟くマクスウェルを横目に、レクトはミリアリアを誘ってダンスホールへ足を運んだ。マクスウェルもルーナの手を引いてダンスホールへ。
そうして、冬の舞踏会は恙なく続いていくのであった。
◆◆◆
その後、メロディはマクスウェルと踊り、さらにもう一回レクトと踊った。その頃にはさすがに疲労を感じるようになり、メロディ達は一度休憩エリアで一息入れることになった。
時間もそろそろ真夜中に近く、あと一回か二回ダンスが行われればカウントダウンの頃合いだ。
今夜は参加人数が多く、休憩エリアもなかなか混み合っていた。そのため座ろうと思うと全員がまとまって腰掛けられるソファーはなく、メロディ達はしばし離れて休息をとることに。
ルシアナのそばにはいつの間にかマクスウェルの母親であるハウメアの姿があった。困り顔のマクスウェルとは対照的に、ルシアナとハウメアは楽しそうに会話を弾ませている。
その姿を微笑ましく眺めながら、メロディとレクトは空いているソファーを捜していた。
「どこもいっぱいだな」
「レクトさん。私、座るよりも何か飲み物をいただきたいです。少し喉が渇いてしまいました」
「それじゃあ、何かもらってこよう。ここで待っていてくれ」
「だったら私、外で待っていてもいいですか。たくさん踊ったせいか、少し火照ってしまって」
休憩エリアの先、テラスへ繋がる扉を指差しながらメロディが言った。言われてみれば、彼女の頬はほんのり色づいている。
レクトは若干眉根を寄せて尋ねた。
「気持ちは分かるが、さすがに外は寒くないか。風邪を引きそうで心配なんだが」
メロディは既に四回ダンスをしているので、多少は汗もかいているはずだ。夜風にあたれば体を冷やしてしまうかもしれない。
「大丈夫ですよ。レクトさんを待っている間だけですから」
「……分かった。すぐに戻ってくるが、寒くなったら中に戻るんだぞ」
「はい」
「あと、知らない男に声をかけられてもホイホイついていかないように」
「はい」
「危険だと思ったら、俺のところかルシアナ嬢のところへ駆け込め。マクスウェル殿もいるからしっかり守ってくれるはずだ」
「えっと、はい、分かりました」
「それと――」
「レクトさん、大丈夫ですから」
まだ言い足りないことがありそうな顔をしつつ、レクトは飲み物を取りにメロディから離れた。
(レクトさんって、心配性だなぁ)
メロディはそんなことを考えながら、レクトの背中を見送った。
【お知らせ】
コミック版オールワークスメイド最新7巻の発売日が延期となりました。
旧発売日:2026年4月1日(水)
新発売日:2026年7月1日(水)
ご迷惑をおかけしますこと、深くお詫び申し上げます。
今のところ以下は変更予定ありません。
最新小説9巻 4月1日発売予定です。
オーディオブック最新5巻 4月27日配信予定です。




