俺の決断
「電話、出なくていいんですか?」
社長室の応接セットで、社長と向かい合って座る。
俺の問いかけに社長は腹の中の見えない笑みを浮かべる。
「今出ても、何も答えられないからね~。さて、アキちゃん。まずは君の意思確認なんだけど」
社長は俺の前に一枚の紙切れを出した。
「契約書?」
「そう。ミチルの代わりとして、Puzzleの一員になる気はある?」
その言葉に俺の頭は真っ白になる。
つまり、それは。
「ミチルは帰ってこないよ。というか帰って来れないように、あんな去り方をしたんだろうね」
「……」
「ミチルはPuzzleを愛してたから、未練を断ち切るために自分の居場所を壊して去った。ミチルはそんな不器用な奴だ。ちがうかい?」
「……」
「Puzzleももう結成六年目を迎える。それぞれが方向性を模索しなくちゃいけない時期だ。その中でミチルはちがう道を選んだという事なんだろう。僕はミチルを責める気はない」
「けど、メンバーは、続けたかったんだろ?」
俺は声の震えを止める事が出来なかった。
昨日のライブのみんなの演奏を思いだす。
兄貴は、何の説明もなく、みんなからあの場所を奪おうとしたんだ。
それは許される事じゃない。
「そうだね。他のメンバーはアイドルというより、音楽を中心にやっていきたいという考えで一致していた。そこでだ」
社長はにっこりと笑った。
「動画のコメント、見ただろう?恐らく鳴りやまないのもその確認の電話だ。どうする?Puzzleのボーカルとして、正式にデビューする気はある?」
「……けど。みんな誤解してるから」
「誤解?」
「俺が男だって」
そう。
アイドルグループの一員に女の俺が参加できるわけがない。
例え、Puzzleがこれからバンド活動一本に絞るにしても、やっぱり昔からのPuzzleのファンには受け入れがたい事にちがいない。
「まあ、そこは僕に任せてよ。売り出す方法は考えてあるから。それより、現実を見なきゃ。アキちゃん。君、ミチルがいなくなって一人で生きていけるの?」
「!!」
考えていなかった。
兄貴が失踪したという事実で一杯一杯になってて、これからの事なんか考えてもいなかった。
「アパートに一人暮らしだったよね。アパート代はミチルが出してたんでしょ?中学はもうすぐ卒業するんだっけ?高校は決まってる?それとも働くの?未成年で後見人がいないとなると、働くのも難しいんじゃないかな」
「……」
「おじさんがいるんだっけ?ミチルが芸能界に入って一人立ちするまでは施設にいたんだよね?」
「……」
「おいでよ。ここに。アパート引き払ってさ。上に部屋も空いてるし。みんなもいるし、淋しくないよ?」
「でも。俺、女……」
「大丈夫。アキちゃんは生年月日以外はプロフィール非公開にするから」
「へ?」
「誕生日も秘密にしたいけど、他のメンバーが毎年誕生日イベントしてるからな~」
「ひこうかい?」
「出身地も、血液型も、性別も公開しない。公開するのは生年月日とアキという名前だけ。もちろんミチルとの関係も明かさない。アキちゃんの事を相手が勝手に男と思おうと女と思おうと、こっちの知った事じゃない」
ちょっと待て。
俺は黙ってたら百パーセント男だと間違われる自信がある。
それに加えて男性アイドルグループの一員としてデビューしたら、誰でも男だと確信するんじゃないか!?
声だって女にしたら低いし、昨日のライブでも男に間違われてたし!
「詐欺じゃない?」
俺の呟きを社長は笑い飛ばす。
「嘘は言ってないんだもん。詐欺じゃないよ。ただ、間違いを訂正しないだけ。それと、アキちゃん。覚悟だけはしといてね?いつかは君が女の子だって、ばれる時が来るよ?」
「なっ!?」
「そりゃそうでしょ?君だって大人になる訳だし、いつまでも少年のままではいられないよ」
「それが分かってるなら……」
「でも、君が加入しないなら、Puzzleは今日で終わりだ。どうせ終わるならもう一花咲かせたいと思わない?いつばれるのかは誰にも分からない。でも、その期限の中で、君が男でも女でもどちらでもいいと思わせる事が出来たなら、Puzzleは本物になる」
社長の言う事は、胡散臭いけど正論だ。
何の夢も才能もない俺。
けど。
社長の言う通り、ミチルがいなくなった今、俺はこれから一人で生きていかなくちゃいけない。
勉強も碌に出来ない。
女を武器に生きていくのはもっと難しそうだ。
そんな俺に出来るのは。
歌とダンスしかない。
これは嘘じゃない。
真実を言わないだけ。
俺は深いため息をついて、ゆっくりとペンを手に取った。




