俺とヨウタ
それからあっという間に春が来て、俺は中学を卒業し、事務所の上に引っ越した。
俺の行く末を心配していた担任は、俺が事務所の手伝いをする事になったと伝えると、涙を流して喜んでいた。
ぼんやりしている暇は全くなく、俺のデビュー曲でもあるPuzzleの新曲が出来上がり、そのレコーディングや振り付け、PVの撮影、雑誌のインタビュー。
毎日が目の回るような勢いで過ぎていった。
「アキ~?いる~?」
事務所の上の俺の部屋。
部屋と言っても鍵もない、ベッドと小さな整理ダンスを置けば一杯一杯になってしまう空間。
俺はベッドの上に胡坐をかいて、ギターと格闘していた。
「開いてるよ~」
俺が声を張り上げると、ギターを抱えたヨウタが入ってきた。
「おっ。ちゃんと頑張ってるね~」
ニコニコしながらヨウタが俺のベッドに腰掛ける。
「やっぱ、俺、ギターは無理かも」
そう、俺はヨウタにギターの弾き方を伝授してもらっている最中なのだ。
「まあそんなに早く結論を出さなくても。楽譜を読む練習は絶対必要になってくるし、ギターだって弾けると便利だよ?アキだって曲を作る時が来るかもしれないんだし」
ヨウタは軽く俺をいなし、ぽろんと和音を奏でる。
同じように弦を押さえているつもりだが、俺のギターからは不協和音が響く。
「あ~あ。手がちっちゃいのがこんなに不利になる事があるんだなあ」
「やりたいって言いだしたのはアキでしょ?それに女の子バンドだってあるんだし、手が小さくてもギターは弾けるよ?」
女の子、という言葉に俺の手がピクリと反応する。
だが俺の動揺に気付くことなく、ヨウタはギターを弾き続ける。
お、これは兄貴のソロ曲だ。
俺、この曲好きだったな。
切ないバラード。
過ちを犯した男が、恋人に許しを乞う、切ない詩。
思わず口ずさむ俺に、ヨウタはくすりと笑う。
「ミチルとはまたちがう歌に聞こえるね」
「兄貴とは経験がちがうだろうからね。俺のは子供の戯言にしか聞こえないだろ?」
「そんなことない。アキの方が、真摯に聞こえる。なんでかな」
「俺にはわかんない」
「アキって、歌もダンスも上手いよね。ミチルの影響?」
「そうだな。っていうか、俺には自分の体しかなかったからかな」
歌が終わり、俺は再度ギターと格闘を始める。
ふと気がつくとヨウタが不思議そうな顔で俺を見ていた。
さすがに言葉不足だったか、と俺は苦く笑った。
「俺さ、五歳の時に両親を亡くして、施設で育ったんだ」
「……ああ、ミチルから聞いた」
「何の不足もなく、育ててもらったんだ。先生たちは優しかったし、必要なものはちゃんと用意してもらえたし。けど、俺、自分から欲しいって言えなかったんだ」
俺の言葉にヨウタはさらに深く首を傾げた。
「いまどきの子供ってさ、ほぼ百パー、ゲーム持ってるだろ?だから友達同士で遊ぶのイコールゲームだったんだ。けど、俺はゲーム機が欲しいって言えなかった。あれは親に買ってもらうものだって思ってたから」
ゲーム機を持っていない俺は、自然に友達の輪から外れていった。
もちろんゲームだけが遊びじゃなかった。
サッカーしたり、鬼ごっこしたり、色んな遊びもした。
けど、学年が上がるにつれ、遊びはスポーツになり、サッカー少年はサッカークラブに、走るのが好きな奴は陸上クラブに所属するようになっていった。
やりたいと言えばやらせてもらえただろうけど、やっぱり俺は言いだす事ができなかった。
親のいない俺が、生きる以上の事を望んではいけないような気がしてたんだと思う。
「まあ、その時はよく分かってなかったんだけど、要は拗ねてたのかな。子供らしくねだれば与えてもらえたのかもしれないのに。それにさ、学年が上がるにつれて、みんな塾だ習い事だって忙しくなって。だから一人で出来る事をするしかなかった」
「だから、歌とダンス?」
「そ。声を出すのに金はいらないし、体動かすのは好きだったから。特に兄貴がデビューしてからはその完コピに命かけてたね」
不意に、ヨウタがギターを置いた。
と思ったらヨウタの腕が伸びてきた。
「ヨ、ヨウタ?」
なんで俺は抱えていたギターごと、ヨウタに抱きしめられてんだ?
戸惑う俺をほっといて、ヨウタはぎゅうぎゅうと俺を抱く手に力を込める。
いでいでいでえ。
ギターが腕や腹に食い込んで地味に痛いんだけど。
それにしても、俺とほとんど身長変わらないんだと思うんだけど、ヨウタってやっぱ男なんだよな。
大きな手や広い肩幅。
なんか兄貴を思いだす。
「僕らがいるから」
「へ?」
耳元でヨウタが意味不明の言葉をつぶやいた。
「もう強がらなくてもいいよ。淋しい思いもさせない。僕らが、アキの家族になるから」
「俺は、強がってたかも知んないけど、淋しかった訳じゃないよ?」
「うん。そうかも。でも、一緒にいるよ。ずっと。どんな時も。それがPuzzleだから」
「……さんきゅ」
それがPuzzle。
きっと、こいつらはそうやって不遇の毎日を乗り越えてきたんだろうな。
そして俺も、一緒に連れてってくれるのかな。
なんだろう。
淋しいと思った事なんか、一度もない。
兄貴がいなくなったと聞いた時も、淋しさより、勝手な兄貴に怒りを覚えた。
けど、一緒にいてくれるというヨウタに、俺は初めて出会う感情を覚える。
それは、恥ずかしいような、居たたまれないような、どこか体の奥がふわふわするような、不思議な感情だった。




