断れないお願い
いつか、こんな時がくるんじゃないかと、俺は心のどこかで思っていたのかもしれない。
兄貴は、王子顔の下で黒く微笑んでいる悪魔のような男だった。
物事に異常に執着するかと思えば、あっさり手を離し、自らの手で壊してしまう。
周りを振りまわして楽しんでいるんじゃないか。
何度かそう思ったもんだ。
けど、仕方ないのかもしれない。
兄貴は人間を信じていない。
もしかしたら、俺以外の人間は、人間と認識していないのかも知れない。
俺も似た所があるのかもしれないが、俺には兄貴がいた。
兄貴に庇われていた俺は、まだ幸せだったんだと思う。
「どうする?時間がない。中止にするなら一刻も早く動かなくちゃいけないんじゃない?」
誰もが言葉を失う中、グループ内で一番冷静なツヨシが口を開いた。
「中止、か」と、ショウヤ。
「致命的だね」と、リク。
「僕たち、終わっちゃうの」と、泣きそうな顔でヨウタがつぶやく。
くそう。
なんでだよ、兄貴。
あんなに仲間を大事にしてたじゃねえか。
それなのに、みんなが困るの分かってて、なんで失踪なんかするんだよ。
「終わりにするにしても、こんな終わり方、納得できねえ」
歯を食いしばりながら、ショウヤが声を絞り出す。
「終わりになるなら、俺たちらしく、終わらそう」
「俺たちらしくって?」
ショウヤの言葉にヨウタが首をかしげる。
おいおい、何だ、その可愛さ。
俺より可愛いって反則だぞ。
「おい。アキ」
思わず、ヨウタの可愛らしさに目を奪われていた俺は、ショウヤがゆらりと立ち上がったのに気付くのが遅れた。
気がついた時にはショウヤは俺の前に立っていた。
身長百六十五センチの俺の前に立つショウヤは百八十センチ近い大男だ。
思わず俺はごくりと唾を飲み込んで、目の前のショウヤを見上げていた。
「お前、ミチルの代わりに今日のライブに出ろ」
は?
なんと?
口をぽかんと開けたまま、言葉も出ない俺を、ショウヤは苛立たしそうに睨みつける。
「おいこら返事は?」
「は?ななななに言ってんの?とうとう頭ぶっ壊れた?俺、素人だぜ?百歩譲って、兄貴と似てるんならそれもありかもしんないけど、俺と兄貴は全っ然似てねえし!」
それに第一俺は女だぞ!?
「似てる似てねえの話じゃねえ。Puzzleはボーカルが一人じゃ成り立たねえんだよ。お前、ミチルの完コピ出来るんだってな?ミチルが自慢してた」
「じじじ自慢って……」
「アキは俺より凄いかもって。ダンスだけじゃねえ。声もいいんだって言ってた」
「そうそう。いつも言ってたねえ」と、ヨウタ。
「あいつ、ホント弟馬鹿だったから」と、リク。
だから弟じゃねえってば!!
「出来ねえとは言わせねえ。どの道、俺たちは今日で終わりだ。ミチルがいない以上、代わりがいないとライブは出来ねえ」と、ショウヤが地獄から聞こえるような低い声で言った。
「そうだよね~。どうせ終わりなら、きちんとした形で終わりたいよね」
ヨウタが夢見るようなキラキラした瞳で俺を見つめた。
「お願い!!!アキくん!!僕たちのために、僕たちに最後の花道を歩かせてくれないかな?」
だ~か~ら~。
その首をこてんとするのはやめろって!!
お前、確かもうすぐ二十歳になるんだろ!?
いつの間にか、Puzzleのメンバー全員が俺の前に立っていた。
うおっと。
個性派イケメンが四人並ぶと、結構な破壊力だな。
思わず半歩退く俺の目をじっと見ていたPuzzleのメンバーは一斉に頭を下げた。
おいおい。
全員ぴったり九十度って、いつの間にか練習でもしたのか!?
「頼む。アキ」
こんな風にされて逃げ出せるほど、俺は冷たい奴じゃない。
それに、兄貴のやり方に憤りと申し訳なさを感じているのであり……。
「わかった」
どの道、最後の花道だ。
思いっきり、Puzzleらしくやらせてやろうじゃないか。
一回きりのライブ。
その時の俺は、自分自身をそう納得させたのだった。




