兄貴の心配
俺の絞り出すような声に、兄貴が苦しそうな表情を浮かべた。
「そうだよね。迷惑かけたよね。メンバーにも、アキにも」
「言えば、了解したはずだぜ?あいつらは歌えないって言う兄貴に、無理矢理歌わせようなんてする奴らじゃない。兄貴が一番知ってるはずなのに」
兄貴は前髪をかき上げて、テーブルに肘をついた。
「ぎりぎりまで迷ってたんだ。ライブに出るか、辞めるか」
兄貴は苦しそうに続ける。
「決めたのはライブ前日。辞める事を決めたからには、僕の戻る場所を無くしてしまおうと思った。だからアキを呼び出して、僕の代わりに歌うように仕向けた」
「は?」
「アキが僕の完コピをできるって話は散々してきてたし、ショウヤの事だから、pieceたちのためにも、絶対中止にだけはさせないだろうと思って」
「おい、兄貴」
「思い通り、アキはライブに出て、Puzzleはちがう形でブレイクした」
「ちょっと?」
「そう。アキのデビューは僕が仕組んだ事だ」
「……」
「実際うまくいったろ?」
天使のように微笑む兄貴の後ろに黒い羽が見えたような気がした。
やっぱり兄貴は兄貴だ。
俺は深々とため息をついた。
「アキってさ、全部諦めて生きてたよね」
「え?」
「ものごころついた時から、施設だったからかな。与えられるもので満足してた。というか、それ以上を求める事を自制してた」
「……」
「だから、心配だった。アキがどんな大人になるのか。ううん。大人になれるかも分からなかった。援助は終わりだよって言われたら、そうですかって、生きるのを諦めてしまいそうで」
「そんなこと」
ないと、言いきれただろうか。
あの頃の俺には、確かに何もなかった。
「アキ、覚えてないだろうけど父さんと母さんが生きてた頃から歌が好きだったんだよ。いい加減にしなさいって怒られるくらい、起きている間はずうっと歌っていた。父さんたちが死んだ時も、僕はアキの歌に救われたんだ」
覚えてねえよ。
「だから、僕には分かっていた。アキには歌がある。歌しかないって。いつかどんな形になるかは分からないけどアキは歌うだろうって思ってた」
「……」
「僕はさ、今まで二人のために生きてきた。けど、今度は自分だけのために生きてみたいんだ。我儘だって分かってる。人に迷惑かけるのも分かってる。たったひとりの肉親であるアキに淋しい想いをさせるのも承知の上だ。でも、あのまま生きていたら、きっと僕はいつかアキを、Puzzleを憎むようになる。だから。あんな形で消えたんだ。憎まれてもいい。いや、いっそ憎んでほしかった」
ずっと兄貴は俺の父であり、母であり、先生だった。
今の俺よりずっと小さい頃から、兄貴は俺の保護者として生きてくれていた。
それがどれほど辛いことだったのか。
俺は言われるまで気がつかなかった。
「あんな形のデビューになっちゃったけど、結果オーライだったよね?」
ニコニコと満足そうな顔で笑う兄貴。
もう、しょうがないなって気持ちになっちゃうだろ。
でもこれだけは言っとかないと。
「なんか忘れてるだろ、兄貴」
「ん?」
「俺の性別だよ」
「ああ」
「大体、何なんだ!?あいつら俺の事、ミチルの弟だって思いこんでんだぜ!?」
「ふふ」
「ふふ、じゃねえ!わざとなのか!?」
くそう。
その天使の笑顔には騙されないぞ。
「それはそうと、なんでアキは僕の消息つかめたの?」
あからさまに話をそらされ、俺は顔をしかめる。
でもそういう時の兄貴は、何度聞いても話してくれないと、長い付き合いで分かっている。
どうせ兄貴には敵わないんだ。
俺はふてくされながらも素直に答える。
「誰かのブログに写真載せられてたぜ。斜め後ろからのカットだったから、分かりにくかったけど」
「ふーん。そうか」
兄貴は頬杖をついて、少し考えるような顔になった。
「また迷惑かけるかもな」
「ん?」
「いや。近々謝りに行くよ」
「うん。そうしてよ」
兄貴と連絡先の交換をして、俺たちは別れた。
ファミレスの前で、兄貴は俺の頭を数回ポンポンと叩いた。
「がんばれよ」
そう言う兄貴ににやりと笑い返す。
「兄貴こそ。頑張って弁護士になってよ」
くしゃりと、兄貴が子供のような顔で笑った。




