兄貴の真実
「どこから話そうか。まずは僕が高校進学をやめて、芸能界に入った理由からかな。僕の夢、知ってた?弁護士になるのが夢だったんだ。昔、父さんが世話になった弁護士さんがいてね。すごくいい人だった。父さんと母さんが事故で亡くなって、おじさんちに引き取られた僕たちを心配して、施設に入れるように力を貸してくれたのもその人だった」
俺は小さくてあんまりその当時の記憶がない。
けど、おじさんの家では酷い扱いを受けていたようだ。
兄貴はその頃の事を一切語ろうとはしない。
「アキは勉強嫌いだったけど、僕は勉強が好きで、反対に勉強しかとりえがないと思ってたから、必死で勉強したよ。でもあの日。高校が決まって息抜きに出かけた街で、社長にスカウトされた時、僕の運命は変わったんだ。社長は言ったよ。神様にもらったその容姿を生かさないなんて、馬鹿げてるって。君がデビューできるのは今しかないって。今を逃したら、ダメだって」
一年前の、俺と兄貴の姿がダブる。
「弁護士になるには、あと何年も勉強しなくちゃいけなかった。高校を出て、大学に行き、それでもすぐに叶う夢ではないだろう。正直に言うと、いい子でいるのにも疲れてた。お金と自由が欲しかったんだ。だから芸能界の道を選んだ。その事については、後悔していない。メンバーは全員いい奴だったし、仕事は順調だった。毎日が楽しくて仕方なかった」
兄貴はふうとため息をついた。
「もし、あの活動自粛がなかったら、僕は今でも歌えていたのかな。よく分からないんだ。けど、あの自粛の間に、僕の歌への情熱が消えてしまった、としか言いようがない」
歌への情熱。
「再ブレイクして、カメラの前で歌う機会も増えて。ある日、放送されたそれを見て、愕然としたよ。画面に映っている僕からは、何も伝わってこなかった。歌に、歌う事に、何も感じなくなっている事に気付いた時、僕は絶望した。それでも、再ブレイクを喜ぶメンバーを見ていると、歌えないとは言えなかった。気持ちに蓋をして歌い続けるしかなかったんだ」
「それで、神谷のおっさんに言われて、殴っちゃったんだ」
「神谷プロデューサーに会った?」
「うん。事情は聞いた」
「そうか。あの人には悪い事をしたな」
「別に怒ってなかったぜ?兄貴の事、よく分かってる感じだった」
「そう」
「大体分かったよ。兄貴の気持ち。今は弁護士になるために勉強してるんだろ?」
兄貴は静かに頷いた。
俺はジュースを一口飲む。
「けど、一つだけわかんねえよ。なんであの日、ライブ当日に消えたんだ?辞めたいならもっとちゃんと話をしてから辞めれば良かったじゃねえか」
あの日の事務所のお通夜のような空気を思いだして、俺はギュッと拳を握りしめた。




