兄貴の気持ち
「神谷プロデューサー。聞いてもらえてうれしいです」
カメラが止まると同時に、俺は神谷のおっさんの元に駆け寄った。
客席からキャーという嬌声が響くのに、愛想良く手を振って俺はおっさんにぺこりと頭を下げた。
「おう。っていうか、坊主、お前すごいな。Puzzleはどこでこんな坊主探してきたんだ?」
「アキです」
「そうそう。アキだっけ。本物だわお前。見た?客席の女の子、全員泣いてたの」
それは気がつかなかった。
「俺、神谷さんしか見てなかったから」
「お、おいおい。何だその殺し文句。やめろよ。誤解するぜ」
神谷のおっさんはガラにもなく顔を赤らめた。
「まあともかく。Puzzleは成功する。何万もの歌手を見てきた俺が言うんだから間違いない」
おっさん。うれしい事いってくれるじゃねえか。
だけど、本題はこれからだ。
俺はそれまで浮かべていた笑みを消し、真面目な顔でおっさんを見つめる。
「そう言ってもらえて、うれしいです。それで、教えてもらえませんか?なんでミチルは神谷さんの事を殴ったんですか?」
単刀直入な俺の質問に、おっさんはしばらく黙りこんだ。
けど、このおっさんは答えてくれる。
俺の中に確信があった。
「ちょっと坊主借りるぞ」
おっさんは俺の後ろのメンバーに声をかけ、スタジオを出た。
「なんか飲むか?」
スタジオを出たすぐの所にある自販機コーナー。
人気のない、そこでおっさんは足を止めた。
「ありがとうございます」
俺は缶ジュースを受け取り、頭を下げる。
「お前って、妙に礼儀正しい坊主だな」
おっさんが缶コーヒーのプルトップを開けながら苦笑いを浮かべる。
しゃーねーだろ。
大人の親切は、俺にとっては全てが施しだ。
施しを受けたら、礼はいわなくちゃいけない。
それが体に染みついてるんだから。
「俺はPuzzleがアイドルグループとして出てきた頃から、あいつらを見てきた。実際いいグループだったよ。売れて当然の奴らだった。けど、あいつらはほんっとうに運がなかった。主力メンバーの脱退。メンバーの不祥事。事務所にも力がなかったしな」
おっさんは缶コーヒーを一口飲んで、話を続ける。
「だから、何年振りかにPuzzleが再ブレイクした時には、正直うれしかったよ。またこいつらの歌が聞けるかと思って。だからこそ、落胆も大きかった」
らくたん?
がっかりってこと?
「スポットライトに照らされて歌うミチルの目は、ちっとも楽しそうじゃなかった。不本意だって、そう訴えているように見えた」
「……」
「それは日に日に酷くなっていった。だからあの日、俺は言ったんだ。やめちまえって。ちっとも心に響かねえ歌なんか聞きたくないって。そしたらいきなりガツンと来た」
おっさんは俺の前に拳を掲げた。
「あいつ自身、気付いてなかったのか、気付かない振りをしていたのか。とにかく俺の言葉はあいつの真実をついたんだろうな。俺を殴った後、ミチルは呆然としてた」
「ミチルは、歌いたくなかった?」
「俺にはそう見えたね。あいつは笑ってたよ?けど、あいつの歌は心に届かなかった。ただ正確に譜面を読んでるだけ」
「……」
「あのまま続けてても、Puzzleはどこかで終わってたはずだ。結果的には良かったのかもな。坊主みたいな本物の歌い手が加入する事になったんだ」
ミチルは、歌いたくなかった。
俺はぼんやりと神谷に頭を下げて、ふらふらと楽屋に戻った。
「アキ!どうしたの?あいつに何か言われた?」
楽屋に入るなり、ヨウタが俺の顔を覗きこんで心配そうな顔をした。
リクも、ツヨシも、ショウヤも、何も言わないけど、やっぱり心配そうな顔で俺を見ていた。
俺もいつか、こいつらを裏切らなければならないんだろうか。
兄貴のように。
泣きそうな気持ちで俺はただ首を横に振り続けた。




