天敵
勉強はいつまでたっても嫌いだが、こうやって時折聞く兄貴の話は大好きだ。
考えてみたら俺は兄貴の事をあまり知らない。
俺の知ってるのは十五になって施設を出ていくまでの兄貴。
一応俺も一緒に兄貴の借りたアパートに移ったんだけど、兄貴は忙しくてほとんどアパートには戻ってこなかったし、俺はまだまだがきんちょで、兄貴が何を考えているのなんて何にも分からなかった。
兄貴がここで何を考え、何を思い、どうして何もかもを捨てて消えてしまう事になったのか。
俺の知らない兄貴の話を聞けば聞くほど、俺は知りたいと思う様になっていた。
「おい、アキ、落ち着いて聞け」
プリントを全部やり終え、真っ白に燃え尽きていると、どこかに行っていたショウヤが楽屋に入ってくるなり、そう言った。
「あ?なに?俺いま見ての通り、はしゃごうにもはしゃげない状況だけど?」
「今、お前の兄貴が殴ったプロデューサーが、収録現場に来てる」
「……」
「お前にとって、というかPuzzleにとっていわくつきの人間だが、くれぐれも自重しろよ?みんなもだ。分かったな」
俺はどこかぼんやりした頭で考える。
「じちょうってなんだ?」
「……」
俺の答えにメンバーが一斉に渋い顔をした。
仕方ねえだろ。
日本語は難しいんだ。
「まだまだプリントの数が足りないな」
ツヨシがぼそりとつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。
「いやうそうそ。分かってるって。じちょうしたらいいんだろ、じちょうしたら」
「嘘くさいよ。アキ」と、リクが言った。
「なんか良く分かんないけど、喧嘩を売らなきゃいいんだろ?」
俺が慌てて言うと、ニュアンスは分かるんだな、とツヨシが感心したようにつぶやいた。
そうだよ、俺は雰囲気を読み取って生きてきたんだよ!
熟語が出来なくても生きてけるんだよ!?
「まあいい。相手は癖のある男だから、こっちが大人しくしてても絡んでくる可能性はある。とにかく、新人らしく、笑って受け流せよ」
ショウヤの言葉に俺は素直に頷いた。
そろそろ時間ですと呼ばれ、俺たちはスタジオの端っこにスタンバイしていた。
この歌番組は一組ずつが順番に呼ばれ、軽いトークの後に演奏、という形式のものだ。
俺たちの前の女性アイドルグループが、ひらひらのスカートをひるがえし、楽しそうに歌っている。
平均年齢十七歳のアイドルグループ。
俺って、あそこにいても良かった?
いや、どう考えてもこっちの方が合ってるし。
自分自身に突っ込んでいると、誰かが歩いてくるのが目に入った。
「おやあ。懐かしい顔ぶれだねえ。一人、見た事のない坊主が混じってるけど」
べったりと後ろに撫でつけられた髪の毛。
なんというのだろう。
妙に怠惰な雰囲気を持ったおっさんだ。
「神谷プロデューサー」
俺の隣でショウヤが小さくつぶやいた。
そういう事か。
こいつが兄貴が殴ったというプロデューサー。
俺はじいっとおっさんの目を見つめた。




