08.天才魔術師が狂うのは、意外と一瞬だったな
メルの亡骸を泥の中に埋めてから、俺たちのパーティは本当の意味で死んだ。
魔族領の中部から深部へ差し掛かる頃だった。
「……ルカス。
何か、食べろよ」
ボルトスが干し肉を差し出す。
メルが浄化してくれた干し肉も残りわずかになっていた。
「……いらない。
……あっちへ、行ってくれ」
ルカスは、焦点の合わない瞳で虚空を見つめていた。
彼はメルと恋仲だった。
知的な彼が、彼女をもっとも心の支えにしていたことを俺たちは知っていた。
その彼にとって、メルが自分の目の前で殺されたという事実が耐え難いものであったことは容易に想像がつく。
魔術師は精神が安定していなければ魔力を制御できない。
今の彼は、全身から抑制の効かない魔力がパチパチと火花を散らして溢れ出していた。
「……ルカス。
……俺たちは進むしかない、魔王のところまで。
きっとそれが弔いにもなるはずだ……」
俺が掠れた声で説得したが、彼は耳を貸さなかった。
「……魔王?
ああ、そうだったね。
……でも、彼女はもういない。
僕たちが世界を救っても、彼女が戻ってくるわけじゃないだろう?」
ルカスが、不気味なほど穏やかに笑った。
その瞳の奥には、狂気の影がドロリと沈んでいる。
「……あ、メルの声が聞こえる。
……僕を、呼んでるんだ」
「……ルカス!
目を覚ませ!」
ボルドスが彼の肩を掴み、力任せに揺さぶった。
だが、その瞬間。
ルカスの体から、凄まじい熱風が噴き出した。
「――うわぁぁっ!」
ボルドスが弾き飛ばされ、地面を転がる。
「……メルのところへ、行かなきゃ。
……彼女が、寂しがってるんだ」
ルカスの魔力が、青白い炎となって彼自身を包み込む。
「魔力の暴走……!?
やめろ、ルカス!
魔力を制御するんだ!!!」
俺の声が届くよりも早く炎は激しさを増し、彼の体を内側から焼き始めた。
「――あ、あはは……。
……メル…… 今、行くよ……」
天才と謳われた魔術師。
ルカスの最期は、実にあっけないものだった。
彼自身からあふれて暴走した魔力が彼自身の命を薪にして燃え上がり、数秒後には灰さえ残らず霧の中に溶けて消えた。
あとに残ったのは、焼け焦げた地面と、泥にまみれた眼鏡だけ。
「……あ ……あぁ……ルカス……」
ボルドスが、膝をついて絶叫した。
俺は無言でその眼鏡を拾い上げ、ポーチの中に仕舞った。
悲しむ時間すら俺たちには与えてもらえなかった。
ルカスの魔力暴走を察知した魔獣どもの唸り声が、すぐ近くまで迫っていたからだ。
「……天才魔術師が狂うまで、たったの三日だったよ。
……メルが死んでから、三日で俺たちのパーティは二人だけになったんだ」
俺は、ポーチから取り出した魔獣の干し肉を、わざとらしく陛下に見せつけた。
「……天才ってのは、心が綺麗すぎて困る。
……泥を食ってでも生き延びる強さが、あいつにはなかった。
……それだけだ」
陛下もシルフィーも俺が突きつけた酷薄な事実に、ただ震えることしかできなかった。
俺もまた、自分の心がもうとっくに壊れていることを理解している。
壊れて、硬くなって。
ただ、復讐という名の乾いた歯車だけが回り続けていたんだ。
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