05.泥と下水を混ぜて焼いても、魔獣の肉よりはマシだと思うんだ
極限状態に追い込まれると、人間の理屈なんてものは脆くも崩れ去る。
魔族領に入って三ヶ月目が過ぎたころの俺たちは、もはや「人間」としての誇りなんてどこにもなかった。
魔獣の肉を食う。
文字通り、俺たちを殺そうとしたバケモノの死骸を自分たちの血肉に変える作業だ。
「……っ、う、が……」
たった一噛みしただけで、ルカスは嘔吐した。
魔族領の魔獣の肉は、ドス黒い脂があふれ出しており、見るからに禍々しい。
『希代の魔術師さま』として「美食」を嗜むことが当たり前の彼にとって、それは食べ物ではなく「汚物」であり「呪物」だったんだろうな。
「ルカス、ごめんなさい。
……もっと、もっと浄化ができれば」
メルが消えそうな声で謝る。
彼女は狩ったばかりの魔獣に必死の形相で聖印を掲げ、浄化魔法を唱え続けていた。
魔素という猛毒を、彼女が聖なる光で「人間にギリギリ無害」なレベルまで削ぎ落とす。
だが、毒性を浄化するのみで、あのひどい「味」や「触感」を消すことはできない。
「泥と下水を混ぜて、一ヶ月くらい腐らせた後に焼いた。
……そんな味がしたよ」
俺がそう言うと、シルフィーが真っ青な顔をさらに強張らせた。
「……泥、と…… 下水……?」
「ああ。
舌に乗せた瞬間に直感するんだよ、『食べると死ぬぞ』ってね。
それを無視して噛みしめるたびに毒々しい肉汁が溢れ、それが喉を通るときにはまるで焼けた石でも飲み込んでるのかっていうくらいに喉が焼けて激痛を伴うんだ。」
もっともそういうことに耐性のあったボルドスでさえ、食事をするときの表情は罪人が処刑台に向かうときの表情に似ていた。
「メル。
お前が謝るな。
……お前の、お前の魔法がなきゃ俺たちは一週間もたたずに死んでいた。」
ボルドスは震える手で彼女の頭を撫でた。
「でも…… こんなの、こんなもの食べさせて……」
メルは、泣きながら言った。
彼女は俺たちに笑顔で美味しいものを食べさせたい、そんな聖女らしい願いを持っていた。
その優しい願いが……
魔族領という地獄では……
彼女自身を苛む刃になっていたんだ。
俺は、彼女にどんな言葉をかければいいか分からなかった。
ただ、その「腐ったドブ」みたいな味の肉を一心不乱に噛み砕き、そして飲み込む。
生きるためだ。
魔王を殺すまで、俺たちには死ぬ権利さえないんだからな。
「メルの料理…… というか浄化した後の肉。
……あれを食べ続けているとさ、だんだん自分の感覚が麻痺していくのが分かるんだ。
あんな汚物でしかないものが、自分の中で自分が生きるためのエネルギーに変わることが感覚的にわかるんだ……
そうなると、自分って人間なのか?という疑心暗鬼に陥ることになる。
それが俺たちの食事だった。」
俺は、ポーチから禍々しい雰囲気をまとった干し肉を取り出す。
「陛下。
……泥を食って、下水を啜って、ようやくここに戻ってきた。
……その俺に対して『偽物』なんて言うなら、ぜひこの干し肉を食ってみてくれよ」
俺は干し肉を陛下の前に放った。
陛下は何も答えなかった。
旅立つ前に彼の瞳を見たときは「英雄への敬意」が宿っていた。
しかし今の彼の瞳には「絶望」「恐怖」「拒絶」の意志が宿っているのがわかった。
ああ、それでいい。
俺もまた自分自身に恐怖しているんだからな。
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