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神主見習いの俺、愛が重すぎる幼馴染(実質嫁)と同棲生活を始めました  作者: ブヒ太郎


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26話

十一月中旬。

美影町の山々はすっかり朱色に染まり、朝夕の冷え込みが神社の古い木造建築をじわじわと冷やし始めていた。


都会よりも一ヶ月近く早く進む美影高校の年度末スケジュール。

その一環である期末テストが終わり、校内には開放感と、返却された現実に打ちひしがれる声が混在していた。


だが、巴にとって期末テストの終わりは、単に「壮一郎の待つ家へ早く帰れる口実」でしかなかった。


夕刻。母屋の台所からは、出汁の香ばしい匂いと、巴が鼻歌混じりに包丁を動かすトントンという規則正しい音が響いていた。

今日の献立は、冷えた体に嬉しい肉野菜うどんと、具沢山の味噌汁。それに彩りのサラダだ。


「……ただいま」


書斎での事務仕事を一段落させた壮一郎が、少し疲れた様子で台所へと顔を出した。


「おっ、壮一郎! おかえり! 今ちょうどできるところだよ」


巴がエプロンの裾を揺らして振り返る。

その顔には、テストの結果など微塵も引きずっていない、晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「……巴。期末テストの結果、どうだったんだ?」


壮一郎が冷蔵庫からお茶を取り出しながら、何気なく尋ねた。


「んー、あはは。散々だったよ、赤点連発!」


巴は悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげにフライ返しを振った。


「……赤点、連発か」


「でも仕方ないよねぇ。最近は夜に、未来のパパとの激しい主導権争いが勃発してるんだからさぁ。体力がもたないんだよ、体力が。ぐっへへ」


巴はコンロの火を弱めると、わざとらしく壮一郎の方を向き、にんまりと不敵な笑みを浮かべた。


壮一郎は、巴の露骨な言い回しに思わずこめかみを押さえた。


「……はぁ。ってことは、これからは毎日補講の日々か。美影高校が都内の学校と違って、年度末のスケジュールが一ヶ月くらい早いのをすっかり忘れてたよ……」


「まあまあ。でも今回は補講もないし、卒業にも影響ないから大丈夫だよ」


巴の意外な答えに、壮一郎はグラスを止めて眉を寄せた。


「ん? なんでだ? 赤点なんだろ?」


「先生には一応、指導室には呼ばれたんだけどね。そこでなんて言われたと思う? 『巴さん、貴女には特に補講などのペナルティは与えません……が、多少、伴侶の方ががっかりしないように、卒業までは自主的な勉学をお勧めします』だってさ!」


巴は教師の口真似をするように、芝居がかったトーンで再現してみせた。


「…………」


壮一郎は沈黙した。

『伴侶』という教師の言葉選びに、この町での自分たちの関係性がすでにどう受け止められているのかを突きつけられる。


「……なんか見透かされてるなぁ」


壮一郎は深いため息を吐いた。


「ま、今回は助かったということで、ここはひとつ手を打ちましょうかね!」


巴はどんぶりにうどんを盛り付けながら、名案を思いついた勇者のような顔で壮一郎を見上げた。


「いや、何の手も打ってないだろ……」


壮一郎のツッコミもどこ吹く風。

巴は「さあ、冷めないうちに食べよう!」と、あくまで自分のペースで、神代家の温かな食卓を整えていくのだった。



湯気の上がるうどんを啜りながら、巴はふと思いついたように箸を止めた。


「壮一郎、ちょっとあたし考えてることがあって……」


「ん? なにをだ?」


「子供の名前……男の子だったら、やっぱり壮一郎の『壮』を使いたいし、女の子だったら『巴』に似せた名前をつけたいなーって!」


気の早い新妻の、微笑ましい妄想。

いつもの壮一郎なら「まだ気が早いだろ」と呆れる場面だ。


しかし、壮一郎の箸を動かす手が止まった。彼は隣に座る巴をじっと見つめ、何かを実務的に思案するように顎をさすった。


「ふむ……生まれるのが九月くらいだと予測してるから、まだ時間はあるな。ゆっくり二人で考えようか、巴」


「…………」


巴はぽかーんと口を開けたまま、壮一郎の顔を凝視した。

冗談やからかいの色は一切なく、神社の祭事を組み立てる時と同じ、極めて真面目なトーンだったからだ。


「そ、壮一郎さん……なんかもう、あたしが近日中に妊娠する想定で話し進んでませんか?」


「そりゃそうだろ。避妊してないんだし、俺はお前に産ませる気で進めてるし」


事も無げに言い放つ壮一郎。

そのあまりに現実的で迷いのない言葉に、巴の顔が急速に朱色に染まっていく。


「ぬぉ!? な!? あの『覚悟しろよ』って言葉は、あたしを『可愛がる』んじゃなくて、子供作るから覚悟しろよ、って意味だったんか!?」


「それ以外に何があるんだよ。前にも言ったろ? 子供を作る時期は俺が決めるって」


「ロ、ロマンチックの欠片もねーでござんすよ……」


巴が恨めしげに呟くが、壮一郎は表情を崩さない。


「早くて今月中に妊娠したと仮定して, 卒業式が二月だろ。……まあ、近くからよく見ないと腹が膨れてることはわからん程度だろうな」


「ぬわわわ……世間体だの、お腹大きくなった状態であたしが卒業写真撮るのは嫌だろ? なんだの言ってた割に、覚悟決まった瞬間それですか!?」


「……ま、半年前はそうだったな」


壮一郎は空になった湯呑みを置き、巴の揺れる瞳を真っ直ぐに見据えた。


「でも、俺はお前の想いに応えることにした。世間体だと、まだ女子高生であるお前を孕ませた鬼畜神主などと言われるかもしれないが、お前はもう俺の嫁だ。妊娠したら、その時はさっさと籍を入れてしまえばいい」


「ぬ、ぬぉぉ……大胆なお考えだこと……。あれ? そうなると、あたしは卒業アルバムの名前に載る名前、神代巴になりますけど、壮一郎はそれで平気?」


「何が平気なんだ?」


「……いや, 卒業アルバムっすよ。データとしても学校に保存されるんすよ。あたしが嫁として……知れ渡るんですよ!?」


珍しく壮一郎の評判を心配し始めた巴。だが、壮一郎は鼻で笑うように答えた。


「巴は俺の嫁だ、とわかるようにするのが嫌なのか?」


「……なんかちょっと、トキメクこと言われてるけど……。壮一郎はそれでいいんか!? そ、その、あれだ! 二月卒業なんだし、登校日も減ってくし、妊娠したとしても籍を入れなきゃバレないと思うんだが!?」


「それは俺が嫌だ。俺の嫁にした以上は、俺が男としての責任を取る」


その眼差しには、世間体への執着も、迷いも一切なかった。

家主としてのドッシリとした強さに気圧され、巴は結局、ふにゃふにゃと幸せそうに表情を崩した。


「……ふへ……フヘヘ……もうお好きにしてくださいよ。あたしは元よりそのつもりだったけど、朱音たちから世間体がうんたらかんたらって言われるから、流石に気になってきただけだからさ……」


「まあ、十代での結婚は確かに今どき珍しいかもな。……とは言っても、父さんも母さんが十代の頃に嫁に貰ってるしなぁ」


「……古い家系の特徴、そのまま引き継いじゃってるじゃん……」


「ま、うちの家系はそんなもんだよ。だから今更だ。気にするな、巴」


壮一郎の達観した態度は、もはや「しきたり」という名の圧倒的な肯定だった。


食後の片付けを巴が始め、壮一郎がそれを手伝っていると、ふとした沈黙の中で巴が口を開いた。

水音と、食器が触れ合う心地よい音が台所に響いている。


「……そういえば、壮一郎のお母さんって、今何してるの?」


「ん? うちの母さんなら、神代の県外にある不動産管理を任されてるなぁ。月一くらいで帰ってきてるよ。会うか?」


「いや、別に無理にとは……。厳さんと仲悪いのかなぁ、と思った次第で」


「仲は悪くはないと思うけどな。母さんが子育ても終わったし、私も美影町以外の街を知りたいって言うから、父さんが『じゃあ県外で仕事してみるか?』ってことで、今の立ち位置に収まってるんだよ」


「……なるほど……。厳さん, 一人で寂しくないのかなぁ……」


「父さん, ああ見えて忙しいからなぁ。寂しい、とか思う暇がないんじゃないかな」


巴は洗い場に溜まった泡を見つめ、何やら真剣な表情で頷いた。


「…………これは早めに孫を見せてやらんと…………」


巴の調子がいつものペース(神代家の嫁としての使命感)に戻ったのを確認すると、壮一郎は小さく笑った。


「ま、そうだな。頑張ろうな、巴」


そう言って、巴の頭を優しく撫でる。


「…………現在進行形で孫を作ってることを忘れてたぜ!!」


「はぁ……ムードもへったくれもないなぁ、お前は……」


壮一郎は呆れながらも、賑やかさを取り戻した台所の灯りの下で、楽しげに笑うのだった。

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