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まもなく破滅する『青い血貴族』の姪姫に転生したので、叔父《推し》と××したら死ぬ!  作者: 大虫ころも


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8.『死亡イベント』への招待状


 海の向こうにある島国から、一通の招待状が届いた。かの国のプリンセスと、ある有力な男性との結婚式が執り行われるのだと言う。日取りは、六ヶ月後。

 その報せを知った瞬間、私は内心で頭を抱え込んだ。


 忘れてた。いや、忘れてたと言うか、何と言うか……。


 だって、私自身の婚姻自体が原作よりも三年も早まったのだ。それに教会や孤児院の創設だって、原作には影も形もない展開だった。だから私はもう、小説のマリィタとは違う人生のレールに乗っているのだと自認していた。これからの未来は、原作の展開を知っていても無意味だろうと、どこか呑気に思い込んでいたのだ。

 けれど、外の国から勝手に降りかかる凶事となれば、当たり前だが私個人の変化など関係ない。


 この結婚式こそが、レオンス様の『死亡イベント』だった。


 本当に辛い話なのだが、祝福に包まれるはずのこの結婚式は、悲劇の舞台となる。

 かの島国は、教会派と自然主義の派閥を2つとも抱えており、常に情勢が不安定だった。原作では、結婚式の前年に、自然主義の司祭への暗殺未遂事件が起きる。それにより、国中は疑心暗鬼の渦に呑まれ……。

 それを解決するための窮余の策が、この政略結婚だった。かの国のプリンセスは教会派であり、彼女が自然主義の有力貴族と結婚することで、今にも燃え上がりそうな火種を鎮めようとするのだ。

 

 しかし、結果は最悪だった。

 

 鎮まるどころか、燻っていた火種が一か所に集められたことによって、それは一気に大爆発を起こす。

 レオンス様は、その悲劇の中で……巻き込まれた町の子どもを咄嗟に庇って、命を落とすのだ。青い血族の強大な障壁も、突如目の前に湧いた悲劇には、なす術もなかった。享年、三十九歳。

 

 ——ん? 三十九歳?

 

「あれ?」


 私は脳内で急いで日数計算し、改めて確認する。私は今、十八歳。レオンス様は今、三十八歳だ。六ヶ月以内に彼の誕生日は来ない。つまり六ヶ月後も、レオンス様は変わらず三十八歳のはずだ。


「マリィタ?」

「ああ、マリィタ様はお留守番ですよ。貴女様のそのお体は、船旅に耐えられますまい」


 名前を呼ばれてハッと顔を上げる。

 ここはレオンス様の執務室。彼と私、そして宰相の三人で、届いたばかりの招待状に目を通していたところだった。

 招待状を見た瞬間から黙りこくって、急に小さく呟いた私の顔を、二人が不思議そうにうかがってくる。


 結婚式の行われる年が違う……。これはつまり、あの悲劇の結婚式ではない? どういうことだろう。私の婚姻が三年早まったことによって、何かこう……バタフライエフェクト的なものが働いて、世界情勢までいい感じになったとか? それならこの結婚式は、レオンス様が出席しても大丈夫なのだろうか。


「何か、気になることでも?」


 なおも黙り込む私に、レオンス様の低くて優しい声が降りかかる。見ると……レオンス様はただ静かに私の目を見ていた。それは、あの夏祭りの夜と同じ表情だった。


 ——この世界には、当然ながらインターネットなんて便利なものはない。私が、対岸の島国の情勢に詳しい理由なんて、どこにもない。だからここで「暴動が起きるかも」なんて口にしたら、きっと不審がられるだろう。

 もしかしたら、この結婚式は平和に終わるかも知れない。実際に起きるかも分からない暴動を警戒して、魔女とされたらどうする? きっと幽閉か島流しだと思うけど、極刑の可能性だってゼロではないのだ。死にたくない。死ぬのは怖い。


 でも。もしこの結婚式が、平和なんかじゃなかったら?

 私が口をつぐんだせいで、レオンス様が命を落とすことになったら?


 私が沈黙を守って、生きながらえたとて。その先の未来に、彼が居なかったら……。

 

 ——あの日、私はどうやって、勇気が出ないとただ神に祈って、父の帰りを待つことが出来たのだろう。

 今となってはその愚かさが、ただひたすら、恐ろしかった。

 

「……」

 

 決断には、数秒を要した。

 それでも私は、恐れを飲み込み、覚悟を決めた。


「……プリンセスの母君は、今、どうされていますか」

「王太后? 彼女はもう……」

「王太后ではなく、プリンセスの実母です。幼い王に代わり摂政として国政を執り行っていましたが、王が大きくなるにつれ、疎遠にされた——」

「ああ、そちらか。そちらは確か、今は離宮で問題なく過ごしていると聞くよ」


 私が他国の内情に詳しい理由はない。しかしレオンス様は当然、近隣諸国の情報収集を欠かしていなかった。私の唐突な問いにも、彼は淀みなく答えてくれる。


「自然主義の司祭は、ご健在ですか?」

「いや。彼は昨年、暗殺未遂事件に巻き込まれて、今もなお療養中だ」

「暗殺の犯人は、分かっていますか」

「……捜査中だと聞いているよ」


 バタフライエフェクトかどうかは分からないが、やはり物事は前倒しで起きている。


「マリィタ様? 先ほどから何を……」


 宰相が怪訝そうな顔をした。


 ——あの悲劇には、明確な首謀者がいる。


 離宮の摂政は教会派だった。彼女が離宮から暗躍し、糸を引いているのだ。怨敵である自然主義の代表たる司祭を暗殺の標的にし、その後に「今にも自然主義が暴動を起こすぞ」と噂を流して、教会派の不安を掻き立てる。そうして悲劇は、彼女の思惑通りに起きてしまうのだ。


「私……」


 私、暗殺未遂の首謀者は、離宮の摂政だと思います。


 きょとんとした顔で首を傾げる宰相に、そう告げようとした。決断したはずなのに、いざ明言しようとすると心臓が破裂しそうなほどに脈打つ。

 もう一度、覚悟を決めるためにコクリと喉を鳴らした。それから——


「……式の最中に、何かしら暴挙が起きてもおかしくないか」

「へ?」


 私が口を開きかけた瞬間。何かしらの音を発する前に、レオンス様がポツリと呟いたのだ。


「ええっ? な、何を急に物騒なことを仰るんですか」

「今、かの島国は火種を抱えている。それを、お披露目の際には一か所へ集めることになるんだよ」

「その火種を消すための婚姻でしょう?」

「そういう可能性もあるという話だ。いずれにしろ、結婚式までは六ヶ月もある。幸い我が国はかの国に向かうのに、そう時間は掛からない。出立までに、情報収集をしておいて損はないだろう」

「は、はあ。まあ、可能性としては、そうですね」


 レオンス様の突然の爆弾発言に、宰相は戸惑いつつも一応の納得を見せる。それから、私の様子をうかがうようにこちらに視線を向けた。先ほど私が何を言い掛けたのか、その先を促そうとしてくれたのだろう。


「マリィタも、それで構わないね」

「あっ……はい」


 だが、レオンス様はそれさえも断ち切るように、結論を急いだ。私の意思を確認する形式をとりつつも、これ以上踏み込ませないような響きがあった。

 レオンス様が自ら悲劇の可能性を認識し、それに対応してくださると言うのなら……私はもう、うなずくしかない。


 ただ、想定外の展開に、私はやっぱり呆然としてしまう。そんな私を見て、レオンス様はなぜか、小さく安堵したように息をついたのだった。


 ◆


 それから、四ヶ月後のことだ。


 夜。私は寝室で寝る準備をしていた。ベッドの、私側のテリトリーに腰掛けて、月明かりを頼りに眠るための本をパラパラと捲る。


「マリィタ」


 そこへ、カチャリと静かな音を立てて、レオンス様がやってきた。


「摂政が、首謀者だったよ」


 あまりにもいつも通りの、穏やかなトーンだったため、私は完全に油断していた。レオンス様は、国家を揺るがすような恐ろしい事実さえも、日常会話のように淡々と口にした。だから私は間の抜けた顔で「そうですか」と、気の抜けた返事をするしかなかった。


「あ。せ、摂政は、どうなるんです?」

「幽閉されることになった。かの島国の情勢を考えれば、もっと厳重に罰した方が良いと思うけど……王族だからね。今回の件を受けて、国王殿がもう二度と摂政の言葉に惑わされない意志を固くしたようだから、まあ、我が国としてはこれ以上口出しはできない」

「では、結婚式は……」

「一応、延期だ。私は、事実上の中止だと思っているよ」


 ……良かった。

 レオンス様の死を回避するだけならば、彼が渡航するのを阻止するだけでも良かった。でも、それだと悲劇自体は起きてしまう。一歩勇気を出してしまえば、それを無視することはできなかった。

 

 悲劇の舞台自体が用意されないのであれば、彼の死どころか、それそのものを回避できたのだろう。

 本当に、良かった。


「君のおかげだ、ありがとう」


 心から安堵して息を吐き出す私へ、レオンス様が足音もなく近づいて来る。


「ところで……」


 両手は、背中の後ろで組まれていた。それを見て、私はふと、あの初めての夜を思い出す。あの日の夜は、暗闇に立つ彼のこの姿が恐ろしかったのだと思い出す。


「——どうやって君は、悲劇を予測したんだい?」


 静かに落とされた問いは、かつての冷たい審判を思い出させた。

 

 それでも私は、目の前に立つ彼を怖いとは、もう少しも思わなかった。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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よろしければ、続きにもお付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>

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