6.中身は大人なので。
それから、半年ほど経ったある日のことだ。
謁見を終えるといつも、レオンス様と宰相、それとその日の議論の担当であろう大人が集まって、別室で話し合いをしていた。謁見とその後の対策会議は地続きになっているため、私も、その話し合いにはちゃんと出席している。
出席とは言っても、大人たちがと話し合っているのを、あの嘆願にはこの対策をするのかふむふむと聞いているだけだ。国政にずっと従事している大人たちの会話に、口を挟めることなどない。邪魔にならないよう、その日も黙って皆の会話に耳を傾けていたの、だが。
「それで、例の孤児院ですが……」
「ああ、そうだったね。マリィタ」
急に名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねてしまった。ぼーっとしているように見えただろうか。ちゃんと話は聞いていたのだけど。
議題は、例の孤児対策のその後の状況報告だった。教会と孤児院の完成の目処が立ってきて、後は実際に運営する実務や人員を諸々どうするか、という段階にきている。
何ですかちゃんと聞いてましたよと意思表示するように、無駄に固い声で「はい」と返事をする。それは思いのほか、子どもが拗ねているような声色になってしまった。
レオンス様はそれに苦笑して、「違うよ」と言葉を足す。
「孤児院の創設者を、君にしようと思うんだ」
「え」
告げられた内容は、私にとっては寝耳に水も良いところだった。
「な、何でですか?」
「子ども達を保護できたのは、君のおかげだろう」
「私のおかげとするには、その……角が立つと思います」
なんてったって、私は午前中の業務をサボってお散歩していただけなのだ。偶然情報を手に入れただけのことを功績にしてしまっては、世の労働者をどれほど苛立たせるか分かったものではない。
「マリィタ様を創設者とした方が、都合が良いのです。教会も併設するのですから、歴史も残りますし」
創設者に乗り気でない私を見て、宰相がすかさず現実的な情報を足してきた。マリィタ様が偶然孤児を見つけ、それが孤児院の設立に繋がったとした方がスムーズです、と。
「この設立の経緯で創設者をレオンス様とする方が、後の世に角が立ちます」
「歴史……え、私が午前中仕事をサボってお散歩してること、歴史に残るんですか?」
「いえ、そこは上手いこと誤魔化します」
歴史は為政者が作るとは、よく言ったものである。
「後ろめたく思うのでしたら、おサボりになるのを止めたらよろしいかと」
それから続いた宰相の小言(ど正論)は、華麗に横へ流すことにした。
創設者を急に任命されて咄嗟に拒否してしまったが、事情は納得できた。それに母も、そういった活動に積極的だったと思う。国の上に立つ者として、当然の行いなのだろう。自分にできるか不安だったが、私がやるべきことなのだ。……よしっ。
「分かりました。それで、私は何をすれば?」
「いや、君は何もしなくて良いよ」
「……ハイ?」
「創設者と言っても、名義だけで良い。やるべきことは、私がするから」
「……」
——あの寝る場所問題の一件から、レオンス様はベッドでしっかりとお休みになられている。
とは言え、彼が激務であることに変わりはない。いくらきちんと休まれたところで、それは対症療法に過ぎないというか……。この状況で、さらに彼の仕事が増えるのを、黙って見過ごすことはできなかった。
「いえ、私がやります」
「マリィタ……」
「私が実際に携わることをご了承いただけないのであれば、私の名前を使うことも了承しません」
レオンス様はきっと、私がまた屁理屈を言い出したと思ったのだろう。呆れた様子を隠しもせず、私の名前を呼ぶ。それを遮るように、きっぱりと言い放ってやった。
「君は、何をすべきかも知らないんだろう?」
レオンス様が、幼い子どもに言い聞かせるような声音で言う。その扱われ方が、私は全く持って気に食わないのだ。飄々としているところが格好良い♡などとメロついてた過去は、今は無かったことにする。
「知らないならやらなくて良いでは、一生何もできません。宰相、貴方は何をすべきか、把握しているんですよね?」
「当然です」
「では、彼に教わりながら、やるべきことをやります。私には必要な経験のはずです」
宰相は、自身の仕事に誇りを持っている。私が急に話を振ったと言うのに、慌てる様子も見せずに、むしろ胸を張って答えてみせた。その答えを計画通り! とキャッチして、私の考えをレオンス様に投げる。
彼は頭が痛いといった様子で、短く息をついた。
「……頼んだよ」
「かしこまりました」
それは私ではなく、宰相に向けられた言葉だった。宰相は全て理解したとばかりに、意地悪い薄笑いを隠さずにうなずく。
もしかしたら、大人二人は十三歳の小娘の気まぐれだと思ったのかも知れない。やらせてみて、すぐに根を上げさせるよう頼んだのかも知れない。でも残念だったな! 私は、中身はもはや三十三歳……世が世なら立派に社会人やってる年齢なんだよ!
——いうて社会人経験はないけど……ッ!
◆
それは憶測だったが、宰相は本気で私を諦めさせる心づもりだったようだ。彼の指導は厳しく、相手が王妃だと言うのに一切の容赦もなかった。
「そろそろ根を上げたらいかがです?」
ある日、山積みの書類に目を通しながらうんうん唸る私に、宰相が意地悪い声でニヤニヤしながらそうたずねてきた。
とは言え、私がここで根を上げたら、この業務がそっくりそのままレオンス様へ行くのだ。私は意地でも投げ出すわけにはいかなかった。
「いえ。レオンス様は、もっとお忙しいのですから」
私がきっぱりと答えると、宰相は意外そうに目をぱちくりとさせた。
私は自身の体調に気を配りつつも、歯を食いしばってありとあらゆる業務をなんとかこなした。やるべきことはやって、分からないことは素直にすぐ質問する。そんな日々を過ごしていると、教会と孤児院の建物が完成する頃には、宰相もすっかり私の肩を持つようになっていた。
レオンス様は、忙しすぎる。
それはきっと、私と宰相の共通認識だった。手を組んで、レオンス様の肩の荷を1つでも減らそうという同じ魂胆のもと、私たちは固く結束した。
「ここ、文言がおかしくないですか?」
「そうっ、そうです! 分かってきたではありませんか~!」
「何を絆されているんだい……」
「アッ、レオンス様……そういうわけでは……」
ある日、宰相と二人で顔を突き合わせて書類の確認をしていると、レオンス様がひょっこり覗き込んできた。それからそんな文句で、宰相を戸惑わせる。
一方、無事目的を達成できそうな私は、少し不機嫌そうなレオンス様に内心ニヤニヤしてしまった。
……ちなみに。宰相にしごかれている間も、私は散歩を継続していた。さすがに時間は大幅に短縮したけども。数日間ほど散歩を止めた時期もあったのだが、毎朝日を浴びて多少でも外を歩いた方が、体調が良いのだ。その点を説明すると、宰相は理解を示してくれた。
レオンス様と二人の散歩も、月一程度の頻度で続いていた。今私たちは一応対立状態だと思うのだが、それでも彼は定期的に時間を作ってくれていた。レオンス様は、あれを一度きりの約束ではなく、習慣にするつもりだったらしい。……まあ、彼にとっては視察なのだから、それはそうか。いやでもそれならお一人でも良いのでは? 今のこの状況で楽しいお散歩なんてできないと思うのだが、変な人だ。
そんなこんなで、毎朝散歩して、たまにレオンス様と散歩して、毎日書類仕事に明け暮れて……。
——そうして。私が十四歳になる年、孤児院の運営は無事に始まった。
実際に運営が始まると、すべきことは概ねシスターたちに任せることとなる。とは言え、私は散歩がてら定期的に様子をうかがいにお邪魔していた。ただ邪魔をするのも申し訳ないので、その際は何かしら手伝うようにしている。まあ、肉体労働はできないので、手伝えるのは書類仕事か子どもの相手くらいなのだが。
その日も、私は孤児院にお邪魔していた。何か手伝うと声を掛けると、シスターから「針仕事をするからその間子どもたちを見ていてほしい」と頼まれた。
子どもの相手ができるとは言ったが、一緒に外を駆け回る体力はない。それを頼まれたときはいつも、私は読み聞かせをするか、算数や文字を教えたりしていた。
「むかしむかし、あるところに——」
今回は、読み聞かせをすることになった。
良い天気だったから、教会の外の芝生にみんなで腰を下ろして、子どもたちに頼まれた絵本を順番に開く。それらは全てこの国に伝わる、「むかしむかし」で始まって「めでたしめでたし」で終わる、ありきたりな昔話だった。
とは言え、この子たちは過酷な状況に置かれていたのだ。このくらい、心休まる物語が良いだろう。そう思い、特にアレンジをすることなく……ただ声だけは、かつての父や母のように。貴方たちも、愛されているんだよ。そう伝わるように、優しく、穏やかに読み聞かせる。
「——めでたし、めでたし」
そうしてすべてを読み終えると、一番年少の子が私の膝の上でスヤスヤと寝落ちしていた。
平和だなと目尻が下がり、できるだけ静かに本を閉じる。それから顔を上げてみると、聞き入ってくれていた他の子ども達も、その年少の子の様子に気付いて和んで、顔をほころばせていた。そして……。
「わっ!」
「え!?」
そんな子どもたちの後ろに——レオンス様が立っていた。
驚いて、つい声を上げてしまった。子ども達も身構えて、勢いよく後ろを振り返る。
驚かせた張本人であるレオンス様は、「しー」と人差し指を唇に当てた。そして目線で、私の膝の上を促す。……寝てしまっていた子どもは、今の騒ぎでも起きずにいてくれていた。
「な、なぜここに?」
「君が昼時になっても戻って来ないと聞いて、様子を見に来たんだよ」
動揺しつつの問いに、レオンス様は「王様だ~」とじゃれつく子どもたちに腕ブランコを提供しながら答える。
昼時? 私が首を傾げるのとほぼ同時に、十二時を知らせる鐘の音が響き渡った。
その音で、結局膝の上の子どもは起きてしまった。でも、その鐘は昼ごはんの合図でもあるので、むずかる様子もなく「ごはんだっ」と即座にはしゃぎ出す。
私はいつも、あの鐘が鳴る三十分前には城に戻っていた。珍しく戻らないものだから、誰かが世間話ついでに、彼の耳へ入れたのだろう。
「マリィタ様、もう行っちゃうの?」
「うん。私も、お腹空いちゃった」
などと子どもたちと話していると、教会からシスターが慌てた様子で駆け出してきた。
彼女も彼女で、時間を忘れて作業に没頭してしまっていたらしい。「遅くまですみません」と平謝りされてしまった。そんな大したことはしていないので、「いえいえ」と慌てて顔を上げてもらう。
それからシスターと子どもたちに見送られ、私はレオンス様と並んで教会と孤児院を後にした。
「珍しいですね。レオンス様が、お一人で城下に出られるなんて」
城までの道中。ふと思ったことを、大した理由もなく口にする。それにレオンス様は、「うん……」と煮え切らない様子で相槌を打った。
今のは決して塩対応ではない。珍しいですね(訳:何で来たんですか邪魔なんですけど?)などという含みは一切なく、本当にただ、珍しいと思っただけだ。
想定外のリアクションに声もなく狼狽える私に、レオンス様も少し慌てた様子を見せる。
「ああ、ごめん。違うよ。少し、考え事をしていたんだ」
「考え事ですか?」
「うん。……不思議なんだ」
レオンス様は、そこで勿体ぶるように一度言葉を切った。それから、続く言葉を口に出すか、少し悩む様子を見せて——それでも結局、口を開く。
「たまに君が、立派な女性に見えることがある」
そうして続けられた言葉は、私をギクッとさせるのに十分だった。
まあ、中身は大人なので……とは言えない。私は引きつりそうになる頬を必死に抑え、なんとか塩対応を捻り出す。
「老眼ですか? まだお若いのに」
「いや、視力に問題はないはずだよ。城のバルコニーから、孤児院にいる君が見えたからね」
「え、こわい」
城下町の教会と孤児院は、町側面にある、なだらかな丘の上にある。少し高い位置にあるので、城からその建物を目視することはできるが……そこにいる人間は、豆粒より小さく見えると思う。
随分遠くから自分が見られていたことを知り、私は割と本気で引いてしまった。
結果、二人の間に微妙な空気が流れたため、先ほどの話題はうやむやとなった。棚ぼたである。
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