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まもなく破滅する『青い血貴族』の姪姫に転生したので、叔父《推し》と××したら死ぬ!  作者: 大虫ころも


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5.海と血潮と導火線


 そうしてレオンス様に連れてこられたのは、城から二十分ほどの距離にある高台だった。


 この国は海に面しており、王都自体も海のほど近くに位置している。しかし城自体は海から少し距離を取っていて、城を出発点とする私のお散歩コースでは、まだ海まで辿り着けていなかった。

 城の比較的近くに高台があることは、以前から認識していた。あそこからなら海とか眺められるのかなぁ、なんてぼんやり考えてはいたのだが、いかんせん登り口が分からずにいたのだ。


 その高台は、私が見落としていたある細道から登ることができた。

 高さで言えば、現代日本の建物で言う五階か六階ぐらいだろうか。そのくらいの坂道を、体力のない私のペースに合わせて、ちんたらと登り切る。


 そうして登り切った先に広がる、人生で初めて見る海は——何と言うか、圧巻だった。


 初めて見上げた空の広さには、ただただポジティブに感動することができた。自分のはるか上空にどこまでも広がる空間を見上げて、晴れ晴れとした気分になったものだ。

 けれど、海は違う。すぐそこにあって、その正体はあまりにも膨大な水の質量なのだ。面積で言えば恐らく空の方が広いはずなのに、私は実体を持った海の方に、リアルな気迫を感じてしまった。


 ——それでも。水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いていて、間違いなく美しかった。


「すごい……」


 結局、口から出たのはそんな陳腐極まりない一言だった。せっかく連れて来ていただいたと言うのに、何と言う語彙力のなさ。申し訳なさでいっぱいになる。


「そう、良かった」


 けれどレオンス様は、そんな私のしょうもない感想を馬鹿にすることなく、そっと目を細めて微笑んでくれた。


「でも、この距離だと海のニオイは分からないね」


 それから、さも申し訳なさそうな様子で言葉を付け足す。

 もしや私は、彼の中でニオイフェチとして認識されているのだろうか。違うのだが、ここでわざわざ「私は別にニオイフェチじゃないですよ」と否定するのも、なんだか、それはそれで……だ。


 やがてレオンス様も、私と並んでじっと海を眺め始める。私はそんな彼の顔を、横目でこっそりと伺った。

 最初は穏やかに目尻を下げていたのに、ふと気付くと、彼の顔から温かさが消えていた。感情の読み取れない無表情で、ただ遠くの水平線を視界に収めている様子だった。


 私も、視線を海へと戻す。私の目には、やっぱりただただ綺麗に映った。


 ——レオンス様には、戦の経験がある。その中には、海戦も含まれていた。

『青ノ血脈』を読んだときは、なんて勇敢で有能! と彼の完璧な軍略や冷徹な判断力にワクワクしたものだった。でも……。


 先ほど、あの暗い裏路地で交わした会話を思い出す。

 私は、彼は死んだことがないから、「国民に望まれたなら死ぬべき」なんてことを軽々しく言えるのだと思った。そしてそこに猛烈な怒りを覚えた。

 ……まあ、そもそもほとんどの人間は死んだら終わりで、死の経験なんてあるはずがない。私だけがなぜか、転生というイレギュラーを与えられているわけなのだが……それはそれとして。


 彼は、死んだことはない。けれど、多くの死を間近で目にしてきたのだ。

 自身も前線に立ち、自分の指揮のもとで行われる戦は、一体どんな心地を彼に与えたのだろう。そのとき彼の細やかな感情は、原作にも書かれていなかった。だから、私には想像することしかできない。

 けれど……そんな経験を重ねてしまったからこそ、何か間違っていたなら自分の命で責任を取るべき、なんて思考に行き着いてしまったのかも知れない。それが決して良い感情だとは思えないけれど、彼なりの誠実さなのだと、少しだけ理解できた気がした。


「マリィタ」


 ……そんなことを、ぐるぐると巡らせていた思考が、レオンス様の静かな声でピタリと止まる。

 返事をする代わりに仰ぎ見ると、彼の視線はなおも海に向けられたままだった。


「君は、人が死んだらどこへ行くと思う?」


 感情の伺えない、淡々とした平坦な声でそう問われる。


(……ええ?)


 唐突すぎるその質問に、最初に浮かんだのは強烈な戸惑いだった。

 だって、そんな哲学的な問いを、普通十三歳の子どもに尋ねる? いや、気持ちは分からなくもない。何かに行き詰まり重い思考に囚われた大人が、無垢で偏見のない子どもの口から、神のお告げのような純粋な答えを期待してしまうのは、ままある話だ。


 でも、本当にごめん。私、中身はもう三十路の元日本人なんです。

 偏見も思い込みも、前世の記憶もガチガチに凝り固まっていて、天啓めいた言葉なんてちっとも受信できない。


 とはいえ、本気で思い悩んでいる彼を、突き放すこともできない。気の利いた言葉ひとつ思いつかない己の無力さが、もどかしかった。


 どうしようかなぁ……。

 すっかり途方に暮れた心地となり、私は現実逃避ぎみに空を見上げた。


 さっきまでは太陽にうっすらと雲がかかっていたのだが、風で流れたのか、するすると晴れて全開の太陽が姿を現す。

 眩しいと思わず目を細め、私は咄嗟に掌をかざして光を遮った。


「あ、血潮」

「……う、うん?」


 そのとき目に飛び込んできた光景に、私は思わず内心の呟きを口漏らしてしまった。

 けれど、かの有名な日本の童謡を知らない人間からしてみれば、それはたいそう不気味で謎めいた呟きだったに違いない。レオンス様は珍しく素で動揺した声を漏らし、やっと海から視線を外してくれた。それから、困惑混じりの微笑を浮かべてこちらを見下ろしてくる。


「手を太陽にかざしてみると、赤く光って見えるんですよ」


 頭がおかしくなったわけではありませんよ、と必死に弁明する。……いや、弁明になっていないか。「血潮」なんて言葉、急に口にしたらホラーでしかない。


「ああ、本当だ」

 

 レオンス様は、なおもかざしたままの私の手をうかがうように覗き込み、一応納得を示してくれた。

 そして話の流れで、彼自身も太陽へと大きな手をかざしてみる。

 けれど、三十代男性のごつごつとした皮膚の厚い手では光があまり透けないのか、あるいは角度が悪いのか。上手いこと皮膚が赤く透けて見えなかったらしい。彼はすぐに手を下ろすと、己の骨ばった手を見つめたまま、じっと黙り込んでしまった。


 いやいやいや!


「こうですよ、こう!」


 何を勝手に解釈して、落ち込んでいるのか。

 私はカッとなってレオンス様の大きな手を掴み上げ、強引に太陽の光へと向けさせた。


「それで、思いっきり掌を開いてください。ほら、これです! これ!」


 彼の手は私のように柔らかくはないので確かに光を通しづらかったが、指と指の間の薄い皮膚や、指先の輪郭が、確かに鮮やかな朱色に輝いていた。

 というか、そもそも彼の腕や手の甲には男らしく立派な血管が力強く流れているのに、何を不安に思うことがある。


 私が手を放してもしばらくの間、レオンス様は太陽にかざした己の手をじっと見つめていた。


「生きてますね、私も、レオンス様も」

「……そうだね」


 私の言葉に、レオンス様は深くうなずいた。それから、「今日は日が暖かいね」なんて、今更すぎる世間話を口にする。今日はどころか、ここ最近はずっとポカポカとした陽気が続いていたと言うのに。


 私は卑怯にも、彼からの重い問いをそのままうやむやにした。

 けれど、彼の肩に乗っていた重苦しい憑き物のようなものは、少しだけ取れたようだった。


 ◆


 ところで、ひとつ気付いたことがある。

 レオンス様は……さては、猛烈に疲れているのではなかろうか。


 彼はもともとタフなため、いくら激務をこなしても倒れることはないし、普段は疲れを一切顔に出さない。けれど、四六時中あんな重い思考を巡らせて国を背負っていたら、体はともかく脳と心が疲弊しきってしまうと思う。


 というわけで、私にはひとつ、提案があった。


「レオンス様、寝る場所を交換しませんか?」

「……んん?」


 その日の夜。レオンス様が寝室に入って来るなり、待ち構えていた私は開口一番にそう切り出した。急に突拍子もないことを言われた彼は、きょとんと固まっている。


 あの初めての夜以来、私たちはずっとこの広い夫婦寝室で、私が無駄に広い豪華なベッドを占領し、レオンス様は横のソファで足をはみ出させて寝ていた。


 ——説明をさせてほしい。

 この城には国王夫妻の寝室とレオンス様の自室はあるが、私個人の寝室は用意されていない。わがままを言えば用意してもらえるのだろうけど、ただでさえ私は好き勝手に散歩して手を焼かせている身だ。これ以上、余計な手間を増やしたくはなかった。

 だから、私はここで寝るしかない。

 一方のレオンス様も、自分が自室で寝てしまえば「王妃が冷遇されている」などと変な噂が立ち、城内での私の立場が悪くなると気を使ってくれているのだろう。結果として私たちは、寝室は一緒のまま、別々の寝具で寝るという妙な生活を続けていた。


 さすがに申し訳なくなって、以前一度だけ、どうぞベッドを使ってくださいと、先にソファで寝てみたことがあった。けれど翌朝目を覚ますと、私はベッドに移動されていて、いつも通り、彼はソファで就寝した様子だった。


 私は体の限界もあるため、あまり夜更かしができない。一方のレオンス様は、書類仕事でいつも就寝が遅い。そのため、私が先に寝入ってしまうと、寝ている間に軽々とベッドへ運ばれてしまい、手も足も出なくなってしまうのだ。


 それ以降、ならばお言葉に甘えて……とベッドを享受していたのだが。やっぱり、どう考えても良くない。疲れている大人にソファを押し付けるなんて、絶対に、良くない。


 と言うわけで、今日は限界まで目をこすって夜更かしし、彼に直接ネゴシエーションを試みたというわけだ。


「何で?」


 しばらくの沈黙の後、レオンス様は首を傾げてそう問うてきた。

 何でか。その問いに対するロジックは、すでに完璧に組み立ててある!


「単純に体の大きさの問題です! こんなに広いベッドだと、落ち着いて眠れません!」


 ストレートに「貴方にしっかり休んでほしいから」なんて言ったところで、彼が納得するとは思えない。それに、それはちょっとデ(・)レ(・)っぽい。あくまで、私自身の都合で交換したいという体裁を取るのがベストだろう。

 まあ、彼によく寝てほしいというのも私の個人的な願望なのだから、実質私の都合と言えなくもないのだが。


「それにしては、一ヶ月以上とても気持ちよさそうに寝ていたようだけど」

「……ソファの方が、きっともっとぐっすり眠れます」


 だが、レオンス様の反論は非常に鋭かった。私は痛いところを突かれて一瞬言葉に詰まりつつも、必死に言い返す。


 レオンス様は、またこの子は変なことを言い出したとでも思ったのだろう。「そう?」と適当に頷きながら、足早にソファの方へ向かおうとした。


(この……っ!)

 

 ここで先にソファへ横になられて寝たふりでも決め込まれたら、私にはどうすることもできない。かつて彼が私にしたように、彼の巨躯を私がベッドまで運ぶなんて、絶対に不可能なのだから。


 行かせん! と私はソファへ滑り込み、レオンス様より一瞬早くそこへすっぽりと腰を下ろした。


「私、おかしなことは言っていません。単純な体格差の話です。私なら、このソファでも綺麗におさまるんですよ。ほら!」


 プレゼンテーションの如く、実際にソファの上にパタリと横になってみせる。

 ここがいかに私にピッタリのジャストサイズかをアピールしたかったのだが、レオンス様は「小さい……」と口の中で呟き、どこか怯えたような哀れむような表情を浮かべた。違う。十三歳にしても小柄な件については、今はスルーしていただきたい。

 

 仕方なく、いったん体を起こす。


「君がそんなに気を使う必要はないよ。君は我が国へ嫁いで来てくれたんだから、存分にもてなされていると思ってくれればいい」

「ハア?」

「——君の導火線は、よく分からない場所あるなぁ」


 彼の「もてなし」という言葉に、またしても私の喉から地を這うような低音の怒りが漏れ出た。それを受けたレオンス様は、心底困惑した風に肩をすくめてみせる。大人の余裕を見せ付けることで、私の怒りを受け流そうという魂胆だ。その態度に、私の怒りのゲージは一気に跳ね上がる。


「昼間の件はともかく、この怒りは考えていただいたら分かります! どこの世界に、夫からお客様扱いされて喜ぶ妻がいますか!」

「結構いると思うよ」

「いやまあ、お姫様扱いなら大歓迎な女性もいらっしゃるでしょうけど……」

「でしょ?」


 でしょ? じゃない。

 少なくとも、目の前にいる私はその、結構いる女性ではないのだ。


「昼間もそうでしたが、レオンス様はご自分のことになると、途端に判断が雑です。これから先、貴方は一生このソファで夜を明かすおつもりなんですか?」

「生涯このまま、というつもりはないよ」

「では、いつか状況を変えるおつもりなんですね? いつか変えるつもりなら、今日変えたって良いはずです」

「屁理屈だよ、それは」

「いいえ、私は最初から至極真っ当なことしか言っていません! レオンス様が屁理屈扱いして、議論を棚上げしようとしているだけです!」


 私がわっと声を張り上げると、レオンス様は心外だとばかりに、綺麗に整えられた眉を思い切りひそめた。直前まで作っていた余裕のある大人の仮面が剥がれ落ちたその瞬間に、私は謎の達成感を覚えてニヤリと口角を上げてしまう。


 恐らく、そこでお互い、脳内のコングが鳴ったのだ。


「分かりました。では今夜一度だけ、寝床の交換を試してみましょう。それで私がソファで満足できたら、明日以降は私がここで寝ます」

「それだと結論が君次第になってしまうだろう」

「もてなしてくださるのでしょう? お客様の私の意向で、何が問題なんですか」

「君はもてなされたくないんだろう?」

「屁理屈ですね!」

「どっちが……」


 ——まあ、その後の舌戦については、あまりにも見苦しかったので割愛させていただく。と言うか、ヒートアップしすぎて内容をよく覚えていないのだ。

 

 結果として。

 私たち二人の議論は、なぜか二人並んでひとつのベッドで寝るという、突拍子もない結論へと着陸することになった。

 もちろん、広大なベッドの右端と左端に分かれて横になるだけなので、艶っぽい雰囲気など皆無である。

 

 一体どういう経緯でそんな結論に至ったのか、今となっては見当もつかない。ただ……お互いに、猛烈に疲れていたのだと思う。レオンス様は日頃の激務で慢性的に疲労状態だったし、私もその夜は珍しく深夜まで起きていたせいで、頭が回っていなかった。


 けれど一応、議論の結果として受け入れてくださったらしく、それ以降レオンス様がソファで寝ることはなくなった。


 しかし私としては、新たな不満が発生することとなった。


 ベッド上の、テリトリーについてだ。体の大きさを考えれば、私はもっと狭いスペースで十分なのに、それはきっちり半分に等分されている。

 この領土問題については、また今度お互いの頭が冴えているときに、完璧な理論武装をしてから議論を蒸し返してやろうと密かに目論んでいる。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


もし楽しんでいただけたのなら、

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よろしければ、続きにもお付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>

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