3.せっかくなのでエンジョイさせていただく!
「陛下っ、申し上げます! マリィタ様がまた城を抜け出して……」
「放っておきなさい。一人で夜会に出ると言うわけでもない。日のあるうちに城下を散策するくらい、むしろ安心できるよ」
「そうは仰いますが——ああ! お待ちください、レオンス様〜!」
……などと言う会話をレオンス様と宰相が繰り広げていることなど、私の預かり知らないことだった。
◆
レオンス様との婚姻から、数日が経った。
いったん不安ごとが解消した私は、すっかり身も心も軽くなり、天真欄漫なキャラ設定を良いことに奔放に振る舞わせてもらっている。
朝起きて、レオンス様と朝食をとって、彼は午前の執務へ。
私は本来、王妃として家政の管理を任される立場だ。けれど、それは私が来るまでは、私が居なくても問題なく回っていた業務なのである。そのうえこちらは十三歳。王妃だからと言って、こんな子どもにいきなり管理される方が嫌だろう。
——という非常に都合の良い言い訳を掲げて、私はその時間、城を抜け出して城下に繰り出していた。
思えば、前世では人生のほとんどを病院のベッドの上で過ごし、今世は婚姻まで城門を出たこともなかった。町を歩いて、私は初めて世界を歩いた心地になる。
空は広い。人は熱い。町は、市は、色々なニオイがする! それらは全て、私に新鮮な感動を与えてくれた。
「マリィタ様! 珍しい色の魚が獲れたんです、見ていってください!」
「えっ、見たい、見せて!」
そして私のそんな自分勝手なお散歩は、意外にも城下の人々から好意的に受け入れられている。なんてったって、マリィタは可愛いのだ。原作では愛嬌もあって、誰からも好かれていた。その恵まれた顔面を、今は大いにエンジョイさせていただくことにする。
「本当、すごい色……何て名前の魚ですか?」
「いやぁ、名前までは知らないですねぇ」
「そう……貴方たちは、この魚、知ってますかー?」
ひと区画向こうの角からこちらをうかがっている兵士ふたりに、声を掛ける。彼らは少し驚いた素振りを見せてから、律儀に顔を横に振ってくれた。
レオンス様の国は比較的治安が良い。その上、日のあるうちの外出……とはいえ、王妃がうろちょろして絶対に安全ということはないだろう。毎回黙って勝手に城を抜け出しているのだが、いつも気が付けば『はじめてのおつかい』のスタッフのように、兵士が絶妙な距離を保ってついて来てくれていた。
魚商人にお礼を言って、次へと歩みを進める。すると、いつも通り彼らもまた、同じ方へと続く。
前世から合わせても、毎日自由に外を散歩ができる環境というのは初めてだ。いや、環境と言うか、これは私が勝手に出歩いているだけなのだが。
せっかくだから、全てを見てみたい。そう思って私は、まず城下町の道を一通り制覇してみようと思った。片っ端から歩いているので、何もない路地も人でごった返す市場も、気にせず歩みを進める。すぐそこに兵士が控えてくれているのだから、危ないことはないだろう。
「あっ……マリィタ様! その道に入られるのは、お待ちください!」
その兵士たちは、基本的に私がどう歩いても黙ってついて来てくれていた。しかし、すみずみまで歩こうとして何も考えずにとある角を曲がろうとしたとき——珍しく、声を上げながら慌てて駆け寄って止められた。
「その道は、治安に不安があるのです。私どもがついているとは言え、入られるのはご遠慮ください」
「治安? レオンス様が統治されてからは、スラム等はなくなったと聞いていますが……」
「はい、それはそうなんですが……。ただ、そこの道には最近、品の悪い子どもたちがたむろしていまして」
「……そうですか」
この散歩自体が私のわがままなのだから、さらに自分勝手に兵士を振り切ろうとは思わない。そもそも、危ない目には合いたくないし。死にたくはないので。
私は、引き止める兵士の言い分を素直に受け入れる。それから、そろそろ良い時間だと、今日はこの辺りで城へ戻ることにした。
◆
城に帰れば、ちょうど昼時。
レオンス様はお忙しい方だが、食事はいつも一緒にとってくれていた。
「今日は、何かあった?」
「珍しい魚が……——あ、いや。別に、普通でした」
彼はコミュ力のあるタイプで、ましてや私はまだまだ子どもだ。気を使ってくれているのだろう。食事の際には、いつも軽い世間話を振ってくれる。しかし私は、例の都合のため、どんな話題にも必死に塩対応を貫いていた。
「そう。普通が何よりだよね」
推しに冷たくするのは、めちゃくちゃツライ。でも向こうは立派な大人なので、十三歳の子どもがいくらツンツンしても、大して気にしていない様子だった。そこは、本当に助かる。
——そうして、午後。
午後は謁見の時間で、レオンス様は玉座で国民の声を聞く。そのときは、妃である私も隣に座る必要があった。午前の家政の管理は「私が居なくても大丈夫でしょ」という言い訳が通用したが、さすがに午後の公務にはそれがない。私は大人しく、レオンス様の隣へおさまることにしている。
とはいえ、前世では病室で見舞いや、医者と看護師が来るのをひたすら待つ日々だったのだ。次々と来る謁見者の話を聞くのは、これもまた新鮮だった。どこどこと商売をしたいのでここに橋がほしいとか、村の人口が増えたので川を引きたいとか。この世界の地形も、大体頭に入っている。そういう話を聞きながら脳内地図を思い浮かべると、何やら壮大な気持ちになれるのだ。盗賊の被害報告などは、心配で、心がざわざわしてしまうけど。
「国王陛下の治世におかれましては、感謝もしきれません。貴方様のおかげで、私どもも商売ができております」
……それは今日の、三人目の謁見者だった。
その顔には見覚えがあった。確か、城下で野菜の市を出していた人だ。
「ただ、陛下の治世に仇なす者が城下に居るようなのです。最近、私の畑が頻繁に夜盗に遭い、このままでは暮らしていけません」
「夜盗ですか。峠に盗賊が出るという話もございましたね。奴らが城下にまで足を延ばしたのではないかと。こればっかりは、夜間の見回りを強化するしかございませんね」
「夜盗ねぇ……」
男性の言葉を聞いて、下段で控える宰相がレオンス様に進言する。レオンス様は目を閉じて、宰相の意見に何か不備はないか精査している様子だった。
一方、私も野菜売りの男性の発言には、少し考えたい点があった。
彼は、畑が夜盗に遭うと言っていた。つまり、野菜が盗まれているのだろう。峠に出る盗賊は、確か金銭や貴重品を狙うと、過去の謁見者が言っていたはずだ。
盗賊だって野菜を食べたくなることもあるかも知れない。ただ、彼は「仇なす者が城下に居る」とも言っていた。ということは、彼の畑は城下町の中か、すぐ近郊にあるということだ。盗賊が、わざわざ野菜のために、国王の膝元まで来るようなリスクをおかすだろうか……。
「——何か、気になる?」
などと考えていたら、私はよほど真面目な顔をしてしまっていたらしい。いつも能天気を晒しているので、違和感に気付いたレオンス様から声を掛けられてしまった。
「え、えっと……」
もしかして、野菜を盗んでいるのは夜盗ではなく……。
そんな考えも浮かんではいたが、それを彼に伝えるのには少々勇気がいった。いつかの審問が、フラッシュバックする。なぜ、お前がそんなことをと訊かれたら——
あ、いや。これは予知じゃない。そのことに、私は遅れて気付く。
司祭のあの冷え冷えとした瞳を思い出して思わず怯んでしまったが、今回は別に問題なかった。これは原作知識ではなく、私が今生で得た情報から組み立てた推理だ。なぜそんなことが分かったと訊ねられても、順を追って全て説明できる。
「レオンス様は、裏路地の子どもたちのことを把握されていますか?」
「裏路地の子ども……いや、知らないな」
「裏路地に、日も高いうちから、子どもたちが集まっていると言うのです。でも、おかしいですよね。城下の方々は勤勉で……子どもたちも皆、日中は親を手伝うか、学校に通っています。それなのに、そんな時間から集まる子どもたちが居るなんて」
「孤児か」
「……恐らく」
午前中、兵士に「品の悪い子どもがたむろしている」と言われて、元日本人の私はうっかり学校をサボっている不良生徒を思い浮かべてしまった。しかし、この世界は義務教育ではない。ましてやリアルに、働かざる者食うべからずの世の中なのだ。それなのに働きもせず学校にも行っていない子どもが何人もいると言うことは、社会システムからこぼれてしまった子どもたちなのだろう。
城下町で、食べ物が盗まれている。となれば、一番の容疑者は遠くの盗賊よりその子どもたちとなる。
「もしそれが真相なら、警備を強化したとて根本的な解決にはならないな……」
「し、しかしなぜ孤児が? 戦で父親を亡くした家庭には、十分に補償をしたはずですが」
「補償が不十分だったか、悪用されたか、他から流れてきたか……。いずれにしても、子どもたちに確認すれば分かるよ」
おろおろとする宰相を、レオンス様の冷静な声が落ち着かせる。そういうわけで、ひとまずその子どもたちを——って、あれ。
「あ! あの、レオンス様!」
ふと、恐ろしい発想が浮かび、何をすべきか話し合うレオンス様と宰相の会話に思わず割り込んでしまった。レオンス様は迷惑がる様子もなく、「ん?」と一音で先を促してくれる。
「子どもたちは……保護、されるんですよね……?」
魔女は極刑。児童の就労禁止なんて法律もない世界だ。これで、私の証言のせいで子どもたちが残酷な目にあったら……そんなの、どう償えば良いのかも分からない。恐る恐る、確認する。
「ああ、子どもに罪はない。保護して、安心して生きられるようにするよ」
レオンス様は、少しも迷うことなく、即座にそう答えた。
良かった……。私はとりあえず安心して、それ以上はレオンス様たちの会話に割り込まなかった。
野菜売りの男性は、被害をまとめて報告を。それには正しく補償を。子どもたちはまず保護して、その後の対処は、彼らがどこから来たかを確認してから……。そんなことを大人二人が手際よく決めていく。
この件をどうするか一通り決まって、自身の損失が補償されることに安心した男性は、満足気に帰って行った。
「町は、どんな様子だい?」
次の謁見者が入って来るまでのわずかな合間に、レオンス様がふとこちらに声を掛けた。
(今回は裏路地の話をしましたが……素敵ですよ! 人には活気があって、色んなニオイがして。道は歩きやすくゴミも落ちてない、毎日歩いていて楽しい、素晴らしい町です!)
「……色んなニオイがします」
「ニオイ?」
城下を褒める言葉をことごとく削げ落とした結果、町の様子を聞かれて急にニオイの話をする変な女になってしまった。案の定、レオンス様はきょとんとした顔でおうむ返しする。
「パンとか、花とか……魚の市は、海の匂いがしてます、多分」
「多分」
「本物の海を見たことがないので……でも、海ってこういう匂いなんだろうなって……——ごっ、ご自分の城下でしょう。私に訊ねないでいただけますか?」
決して支離滅裂な発言をしたのではない。そう弁解するように、ニオイの話題を広げてしまう。しかし、どんどん墓穴を広げているような気持ちになってきた。なおも話に耳を傾けようとする彼に居た堪れなくなり、無理くり会話を突っぱねる。
「ははっ、その通りだね」
レオンス様が、困り顔で笑う。
そこで一度言葉が途切れた。レオンス様はまた目を閉じて何か考えている様子なので、私も口をつぐむ。次の謁見者は、なかなか入って来なかった。
「君に助けられたな」
それから、少しの沈黙の末。レオンス様は、こちらに微笑みながらそう言って——私が恐らく、感謝をされてしまった。
「い、いえ。今回はたまたまで、私は城を抜け出してるんですし……」
これは塩対応ではなく、本心だった。
こちらとしては、怪我の功名と言うか何と言うか、偶然良いように転じただけだ。もともと私は、午前中の業務を投げ出すという悪事を働いている。感謝されるいわれはない。私の功績としようとするレオンス様の言葉を、慌てて否定した。
それがよっぽどしどろもどろだったのか、ふっと息を漏らすように笑われてしまった。その表情が妙に格好良くて、私はドキリとしてしまう。
「……城下のことを、ちゃんと把握できていなかったな」
などと内心ときめく私を置いて、まるで懺悔するようにレオンス様が呟く。
これには控えていた宰相が慌てだした。
「れ、レオンス様は立派に治世されております! お忙しいのですから、隅々まで目が届かないのは、致し方ないかと……」
宰相のそのフォローは——行き場のない子ども達に誰も気付かなかったのだから、致し方ないとは私は言えない。でも、レオンス様が気に病む必要はないと言う意図なら、同意できた。
この国は、王都は、比較的治安が良い。しかしいくら治安が良いと言っても、この世界観基準なのだ。
治安が良いのに、孤児の通報とかなかったな? と思うが、それは恐らく日本人の感覚。この町の住民は、みんな良い人ではあるけども、自分の損得に関わることでなければ能動的な行動は起こさない。補導という概念も無いから、ただそこに居るだけの子どもを、兵士が捕えることもない。
そしてレオンス様は、基本的に城門より外に出ない。出不精なわけではなく、単純に忙しいからだ。
この状況では、誰が悪いとも言えない……と思う。
「ありがとう。でも、時間はないなら作るものだよ」
——宰相はきっと、レオンス様のことを心から尊敬しているのだろう。国王の機嫌取りという感じでもなく、必死な様子で彼を擁護した。しかしそれを柔らかく振り切り、レオンス様はきっぱりと口にする。
「マリィタ」
それから、名前を呼ばれた。急だったので私は、「はい」と口にすることしかできない。
「今度、時間を作るよ。君の散策に、私も、付き合わせてくれるかい」
話の流れからして、城下の様子を自分の目で確認したいのだろう。レオンス様は散策と仰ったが、私のそれは散歩で、レオンス様のそれは視察だ。
とはいえ。個人的な、複雑な事情があるとはいえ、私の本心は彼のことが好きなのだ。彼と並んで、あの町を、この世界を歩くのは——想像するだけで、心が躍る。
「し、仕方ないですね。一緒に行ってあげても、良いですよ」
はい、ぜひ! そう、はしゃいでしまいそうな心を必死に静めて口にしたのは、お手本のようなツンデレセリフだった。
好きな人相手に塩対応貫くの、もうすでにしんどくなってきた……。
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