2.最推しとの結婚と死亡フラグとその回避
司祭が王の無事を喜ばないのには、複雑なわけがあった。
一言で説明するならば、宗教上の理由だ。
『青ノ血脈』世界には宗教があり、程度の差はあれど、登場人物全員が信仰している神が居る。この世界には全知全能の唯一神が居て、人の成すこと全ては神のお導きという考え方だ。
そしてこの宗教は、大きく分けて二派に分かれている。
1つは『教会派』。これは、神の導きは人には簡単に理解できない。だから一定の修行を終えた教会の人間が、神の導きを解して、民を導くという考え方だ。そしてありきたりな話だが、利権や金銭が絡んで、一部の教会派はずぶずぶに腐敗している。
もう1つは『自然主義』。こちらは、神の導きを人が解すことなどおこがましい。あるがままに生きること自体が、神の意思なのだという考え方だ。とはいえこちらにも教会はあり司祭も居て、その信仰自体を宣教したりしている。
こう並べると、自然主義の方が良さそうに思えるかも知れない。だが、こちらはこちらで、頭が固すぎるという問題があった。神の導きで起きて、神に誓って始めたことは、翻してはならない。だから離婚もできないし、宣戦布告したら降伏は許されない。そして——
「もしや、悪魔の声を、お聞きになられたのでは?」
予知や予言は、禁忌だ。だって、人は神の導きを理解することはできないのだから。漠然とした未来に対して人ができることは、ただ神を信じ、祈ることのみ。もし人が予知をしたならば、それは必ず悪魔の囁きを聞いたとされる。そしてそれを聞いた者が女なら魔女とされ、断罪されるのだ。……魔法がある世界でそれを魔女と呼ぶのは、ちょっとややこしいのだが。
この国は、自然主義だった。私が転生者であることをフル活用して、両親の死を分かりやすく言って止めなかったのは、そういうわけだった。
「何だ、司祭よ。お主は私が死ぬべきだったと申すか」
「それが、神の導きであるならば」
父がムッとした声で、言葉を挟む。
国王が不機嫌をあらわにしたのに、司祭は少しもひるまない。そしてそれを、誰も咎めることはない。これがこの国、ひいてはこの世界での、宗教の力だった。
「良いですか、マリィタ様。予知の内容が、良いか悪いかは、問題ではないのです。問題は、貴女様が、予知されたのか、否か。それだけなのです」
「えっと……あの……」
「再度お尋ねします。貴女様は、パブロ王の落馬を予知されたのですが?」
司祭がじりじりと、次々私を責め立てる。父は私を庇うように手をぎゅっと握りしめてくれていたが、これ以上私を守るような庇い立ては口にできない。これは事実上の審問だ。司祭の問いには、私自身が答えなくてはならない。
ここで弁明を間違えたら、もしかしたら、私は。緊張で喉がカラカラに乾き、ひりひりと痛んだ。
それをぐっとこらえて、私は、なんとか言葉をひねり出す——
「……記憶に、ございません……」
そうして口から出た言葉は、まるで不祥事を起こした日本の政治家だった。
九歳児の震え声に、ピンと張りつめていた室内の空気にひびが入る。
記憶にない。その台詞は、大の大人が言えば「嘘をつけ誤魔化すな!」と一蹴されるだろう。しかし、わずか九歳の幼子(中身はともかく)が怯えながら口にすれば、それにはそれなりの説得力があった。九歳なら、自分に何が起きたのか正しく理解できず、時間の経過とともに忘れてしまってもおかしくはない。
「なぁ、司祭よ。マリィタはまだ九歳だ。お主は九歳の子どもを審問する気か?」
司祭の問いに、私は一応だが回答した。その後生じた隙に、父がここぞとばかりに、私を庇って司祭に問う。
「……そうですね。私も、子どもをいたぶる趣味はございません」
司祭も、忌々しそうに眉をひそめてはいたものの、一応は引き下がってくれた。
「今回は、子どもの気まぐれとして、良しとしましょう」
だが、その冷ややかな眼差しは暗に「二度目は必ず吊るしあげる」と物語っていた。ぞっと、背筋が凍りつく。
とはいえ、私の知る限りでの両親の死は、これで回避されたのだ。この先の二人の未来については、原作知識を持っている私にだって分からない。どちらにせよ、これ以上の予知は不可能だった。
そうして、その場でのそれ以上の追求は免れた。
——しかし、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものである。「姫様は魔女かも知れない」という不穏な噂は、瞬く間に城中へ広がってしまった。
これまで優しかった王室教師までもが、私と目を合わせるたびに怯えるような仕草を見せる。城を歩けば、使用人たちが陰でヒソヒソと囁き合い、あからさまに距離を置かれる。
救いとしては、父と母だけは変わらず優しかった。人の心や空気なんてものは、国王にだって操ることはできない。分かりやすく暴力などを受けてるわけではないから、私が置かれている状況は、王命ではどうこうすることもできない。だから代わりに、二人はいっそう私を甘やかしてくれた。私が愛されて生まれてきた子どもなんだと、私の心へ、刻み込むみたいに。
色々しんどいけど、まあ……この二人の死を回避できたんだから、良っか。そう思って、私は二人の愛を素直に享受することにした。
——とはいえ、息が詰まるような思いをしている私に、気を使ってくれたのだろう。
それは、四年後のことだった。
「マリィタ。お前とレオンス殿との婚姻を、進めようと思う」
まだたったの十三歳の私に、母の弟である三十三歳のレオンス様との婚姻話が舞い込んできたのだ。
◆
困ったことになったぞ……。
私はいったん、頭を抱えた。
というのも、原作におけるマリィタの死因は、この婚姻の後に訪れる出産なのだ。彼女は、十八歳で出産して、そのときお腹の子どもと一緒に——
この体は、前世に比べればマシだが、平均的な人間よりは全然弱く、出産に耐えられるものではなかった。
原作での輿入れは、マリィタが十六歳になってからだった。だから「三年後かぁ」と呑気に構えていたのだが……魔女疑惑のせいで、事態が早まってしまったのだ。どうしようっ、対策なんて何ひとつ考えていない!
ヤダヤダ、お父様とお母様から離れたくない~! って、ゴネてみるか? いや、ヘタに目立つ言動をして、また司祭に目をつけられたら目も当てられない。
この『青ノ血脈』ワールドは、魔女は極刑という恐ろしすぎる世界観なのだ。もしかしたら、王族だから幽閉で済むかも知れないけど。でも、それだって嫌だ。せっかく前世では叶わなかった、自分の足で自由に歩ける肉体を手に入れたのに、また狭い部屋で一生を終えるなんて、冗談じゃない。
——などと私がぐるぐる考えあぐねている間に、大人たちはてきぱき仕事をして、輿入れの話はトントン拍子に進んでしまう。
そうして私は打つ手のないままに、愛すべき両親のもとを離れることになったのだった。
◆
レオンス様が治める国は、父の国から大国を2つ間に挟んだ、遥か遠くの地にある。一度輿入れしてしまえば、こちらへ戻ることは簡単にはできないだろう。
出発の日、父と母は今にも泣き出しそうな顔で私を抱きしめ、名残惜しそうに見送ってくれた。一方で、城の使用人たちや国民は「これで魔女が居なくなる」とでも言いたげな、安堵と祝福が入り混じった微妙な表情で私の門出を祝っていた。
ガタゴトと。豪華な馬車に揺られながら、私は複雑な感情に想いを馳せる。
正直この先の展開を考えると、憂鬱だし、怖い。でも……ほんの少し、楽しみな気持ちもあった。
というのも、私が全二十章におよぶ『青ノ血脈』シリーズの中で、この十九章をダントツで愛している最大の理由。それは、マリィタの相手役であるレオンス・ヴァレンタイン・ブルーブラッドが、私の最推しだからなのだ!
賢く強く有能で、いつも飄々と微笑んでいる。それなのに、色恋沙汰には慎重な男……。そんなの、メロいに決まってる。
——だが、不安でもあった。
『青ノ血脈』は、書籍化やコミカライズといったメディア化が一切されていない。その上作者さんは、WEB上でも挿絵は一切付けなかった。要するに、公式ビジュアルが存在しないのだ。
レオンス様は母の弟で、彼もまた、青い血族の生まれだ。しかし彼は後半のキャラにしては珍しく、一切の血の代償を持たない。戦となれば自身が先陣を切る強靭さで、顔は……。
あれ。そう言えば、原作で格好良いとか書かれてなくない? 私が勝手にめちゃくちゃ格好良いと勘違いしてただけ? ……いやまあ地の文で「レオンスはイケメンです」なんて書かないか……そりゃそうか……。
自分の勝手な脳内補正にちょっと凹んでしまったが、それはさておき。
さらに言えば、私の精神年齢は通算三十歳を超えているとはいえ、今の肉体は十三歳。二十歳も年上の男性がこの目にどう映るのかは、見当も付かなかった。
だって、父や母のことは、すごい大人だと思えるのだ。両親は、今は四十手前……精神だけで言えば、十歳も離れていない。そんな相手を、親と思うことに違和感を感じてない。
昔読んだ転生もので、情緒が肉体に引っ張られる描写があった。この現象も、ソレなのかも知れない。
(推しに会って、生理的に無理だったら……どうしよう……そんなのツラすぎる……)
そんな、ごくごく小規模でありながら個人的には激重な不安が、私の心を支配する。
——だが、しかし。それは現地に到着した瞬間、一瞬でものの見事に消え失せることになるのだった。
長い旅路の末に辿り着いたレオンス様の国では、盛大な歓迎の儀が用意されていた。
煌びやかな王城の前、居並ぶ臣下たちの中心に、その姿はあった。
『大柄で、引き締まった威風堂々たる筋肉質の体躯。何度も自ら前線に立った経験を持つため、虚弱者を多く抱える今のこの一族では珍しく、健康的に色付いた肌色。夜のように深い黒髪に、吸い込まれそうな漆黒の瞳。』——原作の地の文が脳内に蘇り、その文章と目の前の男性を比べて、そうそうそう本当にそう! とうなずいてしまう。そうも何も作者さんが神なのだから、それはそうに決まっているのだが。
そう、作者さんはこの世界の神。それは分かっている。しかし許されるのならば、私はその地の文にこう書き足すだろう。
——そこには、息をのむほどの……めっちゃイケオジが……。あ、ダメだ語彙力がない。野暮なことするのは止そう。三十三歳をオジとするかは、議論を呼びそうだし。
一瞬で好きになった。心臓が跳ね上がり、顔どころか全身がほかほかとするのを感じる。原作でのマリィタも彼を好きになるので、この想いこそが“情緒が肉体に引っ張られる”状態なのかも知れない。だが、そんな細けぇことは良いんだよ! と青空に叫びたくなるような……そのくらい、圧倒的な恋だった。
「ようこそ、マリィタ姫。我が国は、新たな光として貴女を歓迎するよ」
レオンス様が、スマートな所作で私のすぐ目の前に片膝をつく。少し掠れた、軽薄さと重厚さが同居する大人っぽい声で歓迎の言葉を口にして、こちらに手を差し出す。その掌に、恐る恐るこちらの手を乗せると、当然ながら温かい。顔を見れば余裕さえ感じられる、柔和な微笑みを向けられていて……。
(うわあ~私、本当に最推しと結婚できるんだ~。幸せすぎるんだが~?)
推しの体温に、私の脳みそは自動的に浮かれポンチとなる。
そうして。私がレオンス様に見惚れてぼんやりとしている間に、輿入れに伴うあらゆる儀式や手続きが、滞りなく済まされていくのだった……。
◆
「違う! 浮かれてる場合じゃないっ、このままだと死ぬんだった!!」
——気が付いたときには、世界はもうすっかり夜中だった。
豪華な天蓋付きベッドの端に一人腰掛けて、私はやっと正気に戻る。
クッ! 推しの圧倒的な顔面に、脳を破壊されてた! どうしよう、今日一日、推しの顔が良かったことしか記憶にない。対策も何も考えてなかった。冷や汗がダラダラと出て来る。どうしよう、死ぬのは嫌だ! どうしよう!?
必死に頭を回転させてみる。「私、貴方を愛するつもりはありません」とか往年の台詞を突き付けてみるか? いやダメだ、女性側からそんなことを発したところで、男性側にその気があったら何の意味もない。
そんな私の葛藤を置き去りにして、ギィと重々しくドアが開き……レオンス様は入室してきた。
寝衣姿でも、推しは変わらず格好良い。しかし体格の良い彼が、私の待つベッドへ足音もなく近づいて来る様子は、今となってはホラーでしかなかった。
待って。原作のマリィタの初めては十六歳だった。だが、私の体は今、十三歳だ。出産以前に、その……危なくない……?
不安が不安を呼んで、恐怖はだるま式に大きくなる。
死にたくない、死ぬのは怖い。それは、それだけは私の紛れもない本心だった。
どうしよう、どうしたら——!
「……私は、君と、愛し合うつもりはないよ」
私の目の前に立ち塞がったレオンス様は、こちらに一切触れるつもりもないと意思表示をするように、両手を後ろで組んだ。それから、上辺のものだと分かる笑みと一切の情を挟まない冷静な声で、そうきっぱりと言い放つ。
そして、それだけ告げると、すっと踵を返してベッドの横に置かれた大きなソファへ静かに歩いて行き……そのまま、横になってしまったのだ。
「え?」
死への恐怖が前振りもなく突然終わり、間抜けた声が漏れる。
え、助かった? 何で? 突然の状況に固まる頭をなんとか奮い立たせ、必死に思考を巡らせる。そうして私はとある重大な事実に思い至った。
そうだ! 原作においてレオマリが結ばれたのは、マリィタがレオンス様にベタ惚れして、猛烈なアプローチを仕掛けまくったからだった!
もともと、レオンス様は歳の離れた姪との婚姻に乗り気ではなかった。しかしマリィタが持ち前の天真爛漫さと健気さで根負けさせ、レオンス様がそれを受け入れた……という経緯なのだ。
そう、そうだよ。レオンス様はもともとこう言ったことには慎重な方で、二十も歳下の子どもにホイホイ手を出す人じゃない。……まあ、アプローチされたら、一年以内に手を出すんだけど。それは、国王夫妻はとにかく子を成さなくてはならないと言う、そういう価値観の世界なので、許してあげてほしい。
と言うことは、つまり。私から好意を示してぐいぐいアタックさえしなければ、レオンス様が私に手を出すことはないと言うこと。私が塩対応を貫いている限り、当面の命は保障されたってこと……!
(や、やった~!!)
そんなこんなで。私は初夜のベッドで一人、声を出さずに万歳を決めることになったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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