1.愛読小説のヒロインに転生してしまったみたいです。
「マリィタ! お前の名は、マリィタだ!」
あれ、異世界転生してない?
そう思ったのは、その名前——マリィタが、私の愛読小説のヒロインと同じだったからだ。
◆
今となっては、前世になるのだろう。前の私は、日本生まれ日本育ち、黒髪に黒い瞳。生粋の、マリィタなんて名付けられたら名前負けにもほどがある、ごくありふれた日本人だった。
でも、そんな私には1つだけ、ありふれてない要素があった。
……生まれたときから、とにかく体が弱かった。
人生の大半を、大病院のベッドの上で過ごした。学校にも通えず、ろくに友達も作れず——そうして、成人する前に死んでしまった。
そんな私にとっての数少ない娯楽が、WEB小説だった。
特にだろう小説の『青ノ血脈』シリーズは、本当に好きで大好きで、繰り返し読んだことを覚えている。
舞台となるのは、少しだけ魔法があるファンタジー世界。
少しだけというのは、この世界の魔法にできることは、自国や自陣を守るような大きな障壁を貼ることだけ。その上で、特定の血筋にしか魔力が宿らない。なので、魔力持ち=王侯貴族という分かりやすい社会構造になっていた。
主人公たちブルーブラッド家も、もとはそんな数ある貴族のうちの、ごくごくありふれた1つでしかなかった。
それが、あるときたまたま時勢の波に乗り、身に余る権力を手にしてしまう。すると彼らはその権力を独占するため、血族結婚を繰り返した。
血脈に魔力が宿るこの世界では、血を濃くすればするほど強大な魔力を受け継ぐことができた。そうして結果的に、ブルーブラッド家は戦力面でも優位に立つ。
しかし。『青ノ血脈』ワールドでも、血族結婚は禁忌だった。強力な魔力には、その代償として“濃すぎる魔力が肉体を蝕む”という、呪いのような副作用があったのだ。
かくしてブルーブラッド家は、血族結婚によって権力を守り、そこから得た強大すぎる力で戦場を無双して領土を守り抜き……。
——最後には、その血によって、自ら身を滅ぼす。
『青ノ血脈』は、そんな一族の栄枯盛衰の二百年を、主人公を交代しながらオムニバス形式で綴っていく、全二十章の大作だ。
あまりに救いのない物語に、最終話は賛否両論だった。でも私は、その救いのなさが好きだった。自分自身も早くに死ぬと分かっていたから、そのくらいの方がシンパシーを感じて読みやすかったのだ。あと、私が生きてる間に完結してくれたし。
で。そんな私が愛してやまなかった小説の、最推しエピソード・十九章のヒロインが、マリィタ・アントニア・ブルーブラッドなのである。
◆
「おめでとうございます、パブロ様! マリアム様!」
ああ……両親の名前も一致している……。
ワンチャン、輪廻転生の先でたまたま同じ名前が付けられただけかもと思ったのだが——さすがに三名(私と両親)の名前が一致したとなれば、『青ノ血脈』に転生したと仮定しても良いだろう。
推し小説に転生だなんて、さぞ嬉しいでしょう。そう思う人もいるかも知れない。でも残念ながら、これが全く嬉しくないのだ。だって、マリィタは……。
マリィタは、体が弱い。なにしろ、後半のキャラなので。
ちなみに。前途の通り、この世界の魔法はデカイ障壁を張れるだけなので、戦闘描写のないマリィタ視点では一切出て来ない。どんだけ魔力が強かろうが無用の長物で、完全にデバフを食らっているだけの状態なのだ。
(——せっかく転生したのに、また体が弱いんかいっ!)
そう叫びたかったが、当然ながら、口から出るのは産声だけだった。
◆
あれ、言うほど体弱くないぞ。
気付いたのは、三歳を過ぎた頃だった。
多分、弱いには弱いんだと思う。子どもらしく無邪気に走り回るとかは、少しもできない。ただ、激しい運動ができないだけで、歩いたりする分には、いくらでも大丈夫だった。いや、三歳の姫に与えられる自由時間で城内を散策してるだけだから、いくらでもは語弊があるけど。
それでも、前世に比べたら全然マシだ。ちゃんと毎日体を起こして活動できるし、食べたものを体が受け付けずにそのまま吐き出してしまうことも、お腹を壊すこともない。自由を与えられた際には気ままに散歩して、公務中の両親と行き交えば、父は手を止め両手を広げて抱っこの構えをしてくれるし、母もぽんぽんと膝を叩いて招いてくれる。そこへ私は、この距離なら大丈夫だと、駆け寄ることもできる。両親の愛に、この足で、走って向かうことができるのだ。こんなに素晴らしいことはない。
今の両親は優しく、温かった。いや……前の両親だって、最初は優しかったのだ。ただ、温かい距離に居続けることがしんどかっただけで。
かつては得られなかった、そこそこの肉体と、両親からの継続的な愛。私が多分、ずっと欲しかったもの……それらが目の前に、常にある暮らし。さらに私は転生者で、この物語を知っている。となれば、考えることは1つ。
——幸せに、できるだけ長生きしてやるっ!
私の幸せには、両親の存在が不可欠だ。
ちなみに。両親とも青い血族内の生まれで普通に体は弱いが、私ほどデバフは受けていない。何事もなく、健康に気を付けていれば、それなりに生きられると思う。しかし……。
原作でのマリアム妃は、マリィタが五歳の年に、生水に当たって死んでしまう。
「お母様! このクッキーね、とても美味しいの! マリィタ、お母様と一緒に食べたいな!」
「あらあら、マリィタったら。そうね、そろそろお茶にしましょうか」
(ふふふ……隙あらばお茶に誘い、私の目の届かぬところで水分を取らせないって寸法よ……!)
だからその年は特に、母の飲み食いに常に注意して過ごした。結果、母の死はいったん回避できた。
原作でのパブロ王は、日々の運動不足が祟って膝や腰が弱り、そんな体で落馬した結果、打ちどころが悪く死んでしまう。マリィタが、九歳の年に。
「お父様♡ 抱っこして、高い高いしてください♡」
「ハハハ、マリィタ。お前は本当に可愛いな」
(くくっデレデレしちゃって……鍛えられてるとも知らずに……!)
だから私は、三歳のあの決意以降、天真爛漫を装って定期的に父にまとわりつき、できるだけ彼を座ったままさせないようした。
——そうして、私が九歳になった年。
「いやぁ、やっと机の上の書類が片付いた。今日は天気も良い。この隙に、午後には狐狩りに出ようと思うのだが……」
「んぐッ」
ある日の昼食の席で、父・パブロ王は穏やかにそう口にした。私は飲み込む直前の口内のスープを吹き出しそうになるのを、すんでのところで耐えて……結果、派手に咽せた。
「あら、良いですね。今日は城内の空気も穏やかですし、私も刺繍でも……マリィタ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です。スープが変なところに入ってしまって、うふふっ」
「あらあら、ゆっくりお食べなさいね」
両親とも、天真爛漫な娘のいつものお転婆だと和んだ表情を浮かべる。何とも平和な昼食風景。だがしかし、私が吹き出したのはもちろん、無垢な姫の可愛らしい失態ではない。それは先を知る転生者が、ドキッとした瞬間だった。
「お父様、狐狩りって……馬に乗ってなさるんですよね……?」
「そうだな、今日は馬に乗ってやろうと思う」
「あっ。マリィタ、さては貴女、馬に乗ってみたいとか言い出すんでしょう」
「何ぃ~? それはダメだぞ、マリィタ。お前のその体で馬に乗って、万が一落馬でもしたら……」
(落馬するのはアナタなんだよ……!)
心配だ。でも、私はこの日のために父のことを勝手に鍛え上げたのだ。結果、父は足腰ともに問題ない。さらに、私の日頃のお転婆が功をなし、反射神経もなかなかのものだった。大丈夫、きっと大丈夫と、必死に自分に言い聞かせる。
「——マリィタ? どうした、そんな顔をして」
そんな私の顔は、よっぽど深刻なものだったらしい。気付くと、父も母も食事の手を止めて私の顔を覗き込んでいた。
「……お父様が落馬なさったら、どうしようと……その、心配で……」
「ん? ハッハッハッ、何を言い出すかと思えば。大丈夫、私は落馬なんかせんよ」
今日、お父様は落馬する運命なのです! 狐狩りになんて行かないで! ……そう言って、父のことを分かりやすく引き止めることが出来たら良かった。でも、私にこの国でそんなことを口にする勇気は、どうしても出なかった。
とはいえ、父を乗馬させない上手い方便など咄嗟に思い付かない。結局そのまま昼食の席は、滞りなく終わりを告げてしまう。
食後すぐに父は……私の様子に少し悩む素振りを見せたけど、それでも結局、出発してしまった。
——その後は、いつも通り。自室に戻って王室教師の指南を受ける。しかし父のことが心配で気がそぞろとなり、何度も叱られる結果となった。とは言え注意も三度重なると、王室教師は一体どうしたのだろうと、こちらを気遣ってくれる。そして、そんなに集中できないのならと、神に祈る時間を設けてくれた。
私は正直神など信じちゃいないが、元日本人らしく、ここぞとばかりに神頼みをしまくってみる。
だが……。
「マリィタ様、急ぎこちらへ! パブロ王がっ、落馬なされました!」
そんな悲報と共に父の侍従が私の部屋へ駆け込んできたのは、まさにそのときだった。
◆
結論から言うと、父は無事だった。
多少の怪我はしたが、私の様子が気がかりで気を付けていたので、咄嗟に受け身が取れたのだそうだ。命に関わるようなことにはならなかった。
寝室で横になりながらも「いやぁよかったよかった」と呑気に笑う父に、母も私も涙ぐんでしまう。堪え切れずに抱き着くと、痛がりながらも父は私を優しく抱きしめ返してくれた。
良かった。本当に、良かった……。
「ところで、マリィタ様」
——安堵する私を、控えていた司祭が冷えた声で呼ぶ。「やっぱり」という嫌な納得とわずかな希望を持って、私は恐る恐る顔を上げ、声の主を見る。
結局、やっぱり。司祭はこちらを、怨敵に対する瞳で見下ろしていた。
「貴女様はもしや、パブロ王の落馬を、予知されたのですか?」
続けられた問いに、私の心臓が一気に跳ね上がる。
それがこの国において……断頭台への招待状だと、知っていたからだ。
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1話のうちに相手役出せなかった…!
次話から登場しますので、
よろしければ、続きにもお付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>




