2話 聖女様の役割
ゆっくり目を開けると、きれいなレース織の白い布が天井を覆っている。これは天幕かしらね。そうなると、かなり高級なベッドで寝ているのかな?私は起きるかどうか迷っていると、エリアスが声をかけてくれた。
エリアスの話によると、私は召喚された日から3日間を寝ていたらしい。お世話の担当のメイドさんは、私があまりに起きてこないので心配になり、上司に相談していたほどだったみたい。後で皆さんには謝っておかないと。
どうせ寝坊ついでにと、もう少し寝転んだままでエリアスにこの世界のことをいろいろ教えてもらうことにした。エリアスも同意してくれて、まずは聖女が召喚された目的から話を始めてくれた。
この世界には穢れというものが存在している。これは命あるものが無念や恨みのような負の感情を抱いたまま死を迎えることで、その負の感情だけがこの世に残ってしまったもの。個々の穢れは脆弱なもので強い風や雨なんかでも自然に浄化されて消え失せてしまうほど。ただ、穢れがいくつも集まって大きな穢れになっていくと、もう自然に消滅することはないみたい。自然に消えなくなった大きな穢れになっても、白魔法士が日属性の魔法によって簡単に浄化ができるから、まだこの段階の穢れは一般の人が見かけても驚くこともなく、王国に報告して処置してもえるから誰も心配はしない。さらに穢れが大きく濃くなると、邪獣と呼ばれるものに成長することがある。名前の通り獣のように動き回ることができるようになり、生き物を襲うようにもなる。邪獣は動き回るので白魔法士だけでは浄化が難しい。そこで剣士や黒魔法士も集まった冒険者パーティーで討伐をする。剣士の聖剣による攻撃や黒魔法士による魔法攻撃で邪獣の動きを鈍らせ、白魔法士が魔法で浄化するそうだ。厄介なことに邪獣は穢れを見つけると穢れを喰らうようになる。ただ、邪獣が喰らうのは自分より穢れが薄い場合だけ。自分より濃い穢れには、邪獣が穢れに取り込まれてしまう。邪獣同士が出くわしても、穢れの濃い邪獣に穢れの薄い邪獣が喰らわれてしまうそうだ。こうして穢れはどんどん大きくなっていくし、移動可能な邪獣となることで広範囲に穢れが広がってしまう。大きな穢れや邪獣は複数の冒険者パーティーが合同で浄化したり、最終的には王国軍が出動して浄化することもあるそうだ。
では、どうして聖女が召喚されたのかと言えば、もう王国軍の手に余るような大きな穢れが生まれてしまったから。1か所の穢れだけなら、王国軍や冒険者パーティを総動員してて、何度も穢れを浄化することで徐々に穢れを小さくしていき、最後には消滅させることも可能みたい。でも、大きな穢れが複数個所に生まれてしまうと、もう穢れの拡大を止められず穢れが大きくなる一方。このままの状況が続くと穢れの浸食によって人の住めない場所がどんどん広がっていってしまうそうだ。そこで聖魔法による穢れの浄化が可能な聖女様にご登場いただいたってわけ。こう聞かされると、聖女様の役割はとても重要なのが分かる。少し気持ちを引き締めないとね!
ちなみに前回の聖女様の召喚は632年前。5年をかけて王国中の穢れを浄化して、無事に王国すべての大きな穢れを浄化し終えたみたい。その後聖女様は行動を共にしていた剣士様と結婚されて、国王陛下から領地を賜り、穏やかに暮らしたそうだ。私もお役目を終えれば、そんな平穏な日常に戻るのかしらね?
エリアスのことについても聞いてみた。エリアスは歴代のすべての聖女様と共に召喚されているそう。聖女様と共にこの世界に現れ、聖女様の死によってこの世界を去るそうだ。元の世界に戻ったエリアスも、こちらの世界のことはたまに観察しているそうで、632年の間の王国の変化や発展についても、しっかり把握しているみたい。かわいらしい妖精に見えるエリアスは、意外に頼りになるのね(笑)エリアスも魔法を詠唱することは可能で、私が怪我をして自分で回復できないような状況では、私に回復魔法をかけてくれるそうだ。ただ、エリアスの魔力は無尽蔵ではないので、ある程度魔力を使うと、魔力が回復するまでは魔法の詠唱はできなくなってしまう。そこは人の魔法士と同じなんですって。
最後に私は、私自身のことについて聞いてみた。聖女様と呼ばれているくらいなので、女性として召喚されてきたのは間違いない。でも、いくつくらいの年齢で、背は高い?どんな髪や瞳の色をしているのかしら?私の疑問をエリアスにぶつけてみる。エリアス曰く、年齢は15歳。この王国では15歳から成人となるので、大人として扱われる。背丈は王国の女性の平均で銀色の髪と青い瞳をしているそうだ。色白の肌に整った容姿で、かなりの美人さんとして召喚されてきたみたい。見た目だけならお嫁の行先には困らなそうで、その点は安心ね。魔法についても聞いてみると、私に詠唱できない魔法はないみたい。おまけに魔力の消費はとても少なくて、魔法は無尽蔵に詠唱することが可能と言えるレベルのよう。うーん、聖女様無双と言ったところね。
魔法の話が出てきたので、魔法についても質問してみた。魔法は7つの属性があるみたい。日・月・火・水・木・金・土。あら、どこかで聞いたような響きの言葉ね。日属性は一般には白魔法と呼ばれ、体力や傷の回復と状態異常からの回復、一時的な能力向上をさせられるみたい。穢れを浄化する魔法も詠唱することができる。日属性の魔法を詠唱するのが白魔法士。月属性は黒魔法と呼ばれ、主に魔力を放って攻撃する魔法。月属性の魔法を詠唱するのが黒魔法士。この世界にはほぼこの2つの魔法を詠唱する人が魔法士のほとんどのよう。白魔法士や黒魔法士の中にまれに火・水・木・土の属性魔法を詠唱できる人がいるそうで、その人たちは最上位の魔法士として扱われる人みたい。火属性は火を操り、水属性は水を操る。この辺は想像しやすい。木属性は森の加護を得るそうで、木や草なんかを自由に扱える。うーん、今の私には想像できないわね。土属性は土を自由に操る。土を盛り上げて壁にしたり、土をドロドロに溶かして落とし穴にしたり。土で橋を作って川を渡ることもできて、使えるととても便利みたいだわ。最後の金属性。この魔法を詠唱できる人はいないことになっている。詠唱できることが知られると、処刑されたり囚われてしまうから。なんとこの魔法、俗に言う錬金術の魔法です。物質を変化させたり、物質を複製したり、しまいには物質の大きさを変えることもできるそうだ。お金の複製なんてできたら、一生遊んで暮らせるものね。もちろん聖女である私が金属性の魔法を詠唱可能なのは皆が知っている。なので、おかしなことが起これば、原因は私となるので使用には十分に注意とエリアスに念押しされた。あはは。そして聖女だけが詠唱可能な魔法の聖属性の魔法。この世のあらゆるものを浄化し、恵みをもたらす魔法。この魔法を駆使して、私は王国の危機を救うことになります。
エリアスから一通りの説明を受けて、私は起きることにした。いきなりがばっと起きるのは周りの人を驚かせると思い、キリエさんに声をかけてみることにした。
「キリエさん、アリスです。近くにいらっしゃいますか?」
「はい、アリス様。ただ今参ります」
キリエさんが返事をしてくれた後、ゆっくり天幕が巻き上げられる。かなり広いお部屋の壁際にベッドが置かれているようで、部屋全体を見回すことができた。横を見るとにっこり笑顔のキリエさん。その横にメイド服のような制服を着ている女性。少し離れた場所には慌てて動き回っている別のメイド服の女性たちがいた。
「キリエさん、ご心配をおかけしました。随分と長いこと眠ってしまったようですね。でも、そのおかげで体調はすっかり回復しました」
「アリス様は3日間眠っていました。ただ、穏やかね寝顔をされていたので、そのままおやすみいただいていました。まずは湯あみをしていただきましょう。すぐに準備をさせます。それと、私の隣にいるのがルルーさん。アリス様の侍女となります。身の回りのお世話はもちろんですが、王立大学を首席で卒業された才女でもありますから、分からないことはなんでも質問してください」
「アリス様、初めまして。ルルーと申します。アリス様の身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「ルルーさん、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
挨拶が終わるとベッドから出て、部屋の中のソファーへ連れていかれ腰を下ろした。ルルーさんがメイドさんたちに指示を出して、お茶をいれるためのお湯と、お風呂のためのお湯の準備を指示されていた。私は気になってエリアスに質問してみた。
『エリアス、私は魔法が使えるのだから、お風呂のお湯やお茶のお湯なんて、魔法で出せるのではないの?』
『ええ、アリスなら魔法でちょちょいのちょいよ。せっかくなので試してみたら』
エリアスにお墨付きもらったので、今度はルルーさんにそのことを伝えることにした。
「ルルーさん、お風呂のお湯もお茶のお湯も私が魔法で出しますから、必要があれば言ってください」
「アリス様は火属性の魔法も水属性の魔法も詠唱可能なのですね。では、お言葉に甘えさせていただきます。まずはお風呂でさっぱりされてから、落ち着いてお茶といたしましょう」
私はベッドの横にあった天幕の中に案内される。この天幕の中は絨毯がなく、石の床のまま。さらに石の床の中心に金属製の小さな湯舟が置かれていて、その横に大きな水差しのようなものがいくつか置かれていた。私はルルーさんにお願いされて湯舟にお湯を半分、水差しすべてにお湯を満タンに注いだ。ルルーさんが湯舟に手を入れて湯加減を確認して準備が完了です。
何人かのメイドさんが私の両脇にそろい、ササっと着ていた服を脱がされる。私は気恥ずかしさもあってあわわってなっていたけど、メイドの皆さんは手慣れたもので、裸にされた私の手を取り湯舟の中へ。そして軽く私の肩に手をかけ、湯舟に浸かるよう座らされる。うーん、やっぱり温かいお湯に浸かると身も心もリラックスできるものね。私はしばらく夢見心地でお湯を楽しんでいた。
メイドさんたちは何やら準備をしてくれていて、続いては髪を洗ってくれるようだ。私は指示された通り湯舟のへりに頭を乗せると、2人のメイドさんが私の髪を洗ってくれた。髪を洗い終えた後も、頭をマッサージしてくれてとても心地いい。3日間も寝ていなければ、うとうとしてしまうほど気持ちよかったの、うふふ。髪を洗い終えると、水差しのお湯で髪を洗い流してくれて、髪は無事に洗い終えた。髪が終わると湯舟の中に立たされて、今度は全身を洗われた。私には前世の記憶はないのだけど、人に体を洗ってもらうのは、どうも違和感がある。この高貴なお方対応に気恥ずかしさを感じるのは、前世の私は庶民だったのは間違いないわね。体を洗い終えると髪と同じく水差しでお湯をかけられ無事に入浴は終了。お疲れ様でしたとメイドの皆さんに声をかけられながら、全身をふかふかのタオルで隅々まで拭かれてました。しっかり汗を流せてさっぱりしました。
入浴を終え下着を着ると、服は何を着ますか?と問われる。私が入浴している間に、部屋に何着も服が並べて置かれていた。ひらひらときれいなドレスから、私が召喚されてきたときに着ていたのと似た魔法士の法衣、寝間着としても着れそうな締め付けのないすとんと落ちたワンピースまで様々。私は迷ったけど、法衣を着用することにした。法衣は締め付けも少なかったし、きっと人と会う時にも失礼な服装ではないと思ったから。私はルルーさんに、法衣を着ますと伝えて準備をしてもらうことにした。早く皆さんにも法衣は私のトレードマークみたいな印象を持ってもらいたな。
お風呂と着替えが済むと、数人が座れる大きなテーブルに案内される。少し早い時間のようだけど、昼食をいただくようだ。確かに3日間も寝ていたので、お腹はペコペコです。でも、この大きなテーブルに1人で座って1人で食事をするのは味気ない。
「キリエさんとルルーさんも、昼食をご一緒してください。1人で食事をするのは寂しいです」
キリエさんとルルーさんはお互いの顔を見あって、さてどうしましょう?って雰囲気。私が重ねてお願いすると、しぶしぶ席についてくれた。それでも私が1人で上座に座らされ、お2人は両脇に座ったので違和感はありまくりの座席配置にはなっていたのだけど……それでも、食事をいただきながら私の質問にお2人が答えてくれたり、王国のことを教えてもらったりと有意義な昼食の時間を過ごせました。昼食のお味の方は、さすがは王宮のお食事といった感じで、とてもおいしくいただきました。毎回こんなお食事だと、太ってしまいそうで心配になるほどでした(汗)




