17話 旅の終わり
私たちのその後の旅は、さらに順調でした。もともとが月龍様の住まわれている山脈近くで穢れはほとんどいないこと。どんどん王都に近づいていくことで、穢れがしっかり払われていること。おまけに王国北側には人の住む場所が多く、穢れを見つけて報告してもらえることも多く、穢れが大きくなりにくいという理由もあったみたいです。
石馬の高速化もあって穢れの偵察もより時間がかからなくなっていました。空気の玉に包まれて移動するようになって、偵察のお役目もかなり楽になっていました。
ただ、旅の進み具合としてみると、あまり進む距離は変わりがありません。人が多く住んでいるので、村や町で歓待を受けることが増えたのです。神聖教会とガーラン商会がそろって私たちのことを宣伝してくれたおかげか、私たちのパーティーの認知度はかなり高くなっていたのです。それで訪れる土地々々で歓迎されることが増えたのです。私は塗り薬を買い求められることが多くなって、かなり懐はホクホクです。その都度ガーラン商会にお金を預けていましたが、ガーラン商会でも使いきれずに貯金が貯まっているそうです。
月龍様とお会いしてからちょうど1年。私たちは無事に王都に戻ってきました。王都の住民には大歓迎ムードで王都に招き入れてもらいました。国王陛下をはじめ多くの王国の要人の皆さんも、私たちを出迎えに来てくださいました。
ハーデンさんを先頭に皆が国王陛下の御前に進み、礼をしながら旅から帰ってきたことをご報告しました。国王陛下からも王国内で中規模の穢れの報告すらなくなったと教えていただき、私たちの旅の成果が上々であったと聞かされました。苦労してきただけに誇らしい気持ちになりました。
国王陛下から数日の休暇の後、晩餐会を開催すると伝えられました。その後に再び国王陛下とお会いして、今回の報酬をいただくことになりました。もちろん報酬については事前に王国との事前調整をするようですが。
私は以前お借りしていた王宮のお部屋を引き続きお借りすることになりました。キリエさんとルルーさんにもご自分のお屋敷で休暇を過ごしてとお願いしたのですけど、お2人はどうしても私と一緒に過ごしたいと言って譲りませんでした。お2人ともそろそろお別れすることになりますからね。私もお2人と過ごせるのは嬉しかったです。
お部屋は出発前と変わらずに整えられていました。もちろんメイドの皆さんは新しい人たちです。3人でお世話になりますと挨拶して、まずは荷物を片付けてからお風呂です。王宮のお部屋はお貴族様仕様なので、皆さんと一緒にお風呂に入れないのが残念。でも、メイドの皆さんに体の隅々まで癒してもらえるのは、これはこれで格別な幸せを感じてしまいます。聖女様はいい加減です(笑)
お風呂に入りながらお世話をしてくれているメイドの皆さんとお話しをしました。今回もお貴族様のご令嬢の方々ばかりで恐縮してしまいます。旅の前にお世話をしてくれたメイドさんの妹さんという方もいました。お姉さまは結婚されて可愛い女の子を授かって幸せに暮らしているそうです。お茶会にお誘いしたら来てくれるかしらと質問してみたら、元メイドさんたちは大喜びで集まってくれるでしょうと教えてくれたので、お茶会の準備をお願いしてしまいました。もちろん新しいメイドさんたちにも参加してもらって、盛大なお茶会をお部屋で開催しますからね!
お風呂から上がり着替えをさせてもらいました。もちろん私は聖女の法衣です。15歳で召喚されてきた私も19歳になっています。体もスタイルも随分と成長しましたが、法衣も私の体に合わせるように成長して、常に私にピッタリの服であり続けてくれています。歴代の聖女様が着続けている服は伊達ではありません!着た切り雀と言われても反論できないのですけどね(笑)
着替えを済ませた私は、食堂でのんびりさせてもらうことにしました。お酒とおつまみをお願いして、キリエさんとルルーさんが来るのを待ちました。お2人が食堂に来られるころには、晩酌の準備は整っていて、3人で乾杯です。
「キリエさん、ルルーさん、お2人のご協力により、私は無事に聖女としての務めを果たせました。心から感謝しています。お2人と出会えたことが、私の何よりの幸運でした」
私の感謝の言葉に、ルルーさんはニコニコ笑顔、キリエさんは号泣です。泣いているキリエさんにもグラスを無理やり持ってもらって、3人で無事の帰りを乾杯しました。今日はとことん飲んで、とことん食べて、とことんおしゃべりです。何せ明日のことは何も気にすることもないのですもの!
最初は旅の思い出話。何せ4年以上も旅をしてきたのです。笑いあり涙あり感動あり……感動は少々ですけどね。その度に笑ったり目に涙を浮かべたりです。それでも3人に共通しているのは無事にお役目を果たし、無事に帰ってこれて本当に良かったでした。
思い出話が出尽くすと、気になるのはキリエさんとルルーさんとのお別れのことです。お別れは悲しいですけど、お2人の新しい人生の門出です。たくさんの幸せな未来を祈らずにはいられません。そのことをお2人に尋ねると、ルルーさんはニコニコ笑顔、キリエさんは号泣です。あれ、ちょっとリアクションが変ですね。お2人そのことを聞いてみると、食堂に来る前にお2人は今後のことを少し話してきたとのことでした。
ルルーさんは身寄りもないので、私と一緒に月龍様の森で暮らすつもりでいるようです。月龍様と直接お会いしてお話ししたこと。月龍様に杖の材料の石を賜ったこと。ルルーさんの人生を一変させる強烈な出来事だったようです。ルルーさんは私と一緒に月龍様のお世話をしたり、亜人たちの生活の支えになるようなことをしていきたいと話してくれました。私は王国からの報酬はどうするのですか?と質問すると、現金をいただきますときっぱり答えてくれました。そのお金を今後の活動資金にされるおつもりのようです。ルルーさんは本気のようです。
一方のキリエさん。元々旅が終われば領主様と結婚するのが決まっていたのですが、私とお別れするのを躊躇われているようです。私が王国のために尽くしたのに、お役目を終えてはいさようならでは、私に申し訳ないとの理由のようです。それで迷いに迷われて、今日のキリエさんは号泣続きだったのですね。でも私がキリエさんに望むのは、普通の女性の幸せです。私を心から支えてくれたように、次は旦那様と将来授かるお子さんを支えてあげて欲しいと願います。キリエさんには私に向け続けてくれた笑顔でいつまでもいて欲しいのです。キリエさんには私のイメージそのままのキリエさんで、一生居続けて欲しいです。
私がそのことをキリエさんにお伝えすると、キリエさんはまたまた号泣です。私とルルーさんでキリエさんをなだめ続けました。私とルルーさんはキリエさんの幸せは、私たちの幸せでもあるとお伝えしながらキリエさんをしっかり抱きしめました。
キリエさんが落ち着きを取り戻したところで、キリエさんの王国からの報酬を聞いてみました。キリエさんは領地から王国への税の免除をお願いしたいとのことでした。それは1年なのか数年なのか分からないですが、自分が嫁いできたことで領民に少しでも喜びを分かち合えたらとのお考えのようです。私と旅をしたからこそ、領民のことを真剣に考えるようになったと話してくれました。この旅がキリエさんの成長につながっていたのなら、こんなに嬉しいことはありません。
こうして3人でダラダラと長い夜を過ごすのでした。
翌朝、私はお風呂の後で朝食をいただいていました。ルルーさんはいつも通りでしたが、キリエさんは二日酔いで食欲はあまりなさそうでした(笑)そんなキリエさんもシャキッとする連絡が届きました。宰相様が3人の報酬についてお話しをしにお部屋に来られるとのことです。すぐにお待ちしておりますと返事をお願いしました。
食事を終えて宰相様をお迎えする支度を整えて、3人で応接間で待っていました。ほどなくメイドさんの案内で宰相様と事務官数名が応接間に来られました。皆さんがソファーに腰かけられたところで、最初の報酬の話しは私でした。宰相様は王国の地図を広げられて、私に希望の領地をといくつかの候補を教えてくれました。もちろん私もキリエさんもルルーさんも王国中をくまなく旅してきたので、提示された領地が、王国がかなり厚遇してくれているのが伝わってきました。どの領地もそこそこの商業街を抱える中領地といってところです。私が領主になっても苦労することもなく、一生楽に暮らせる領地でしょう。でも私が指さした希望の領地は、月龍様の領地とされている森です。私が月龍様とかかわりがあることは、宰相様ももちろんご存じでした。ただ、月龍様の森は人間は住んでいないため、私が住むのには適していないと注意してくれました。宰相様のこの注意は善意によるものでしょう。それでも私は月龍様のお世話をしながら一生を森で過ごしたいとお願いしました。宰相様には異存はありません。何せ王国の直轄領と言いつつ、人も住んでいないような僻地なのですから。王国の腹は全く痛みません。さすがの宰相様も気の毒に思われたのか、王国への税は私が領主の間は免除するとしてくれました。すぐに事務官の皆さんが書類を用意してくれました。
出来上がった書類はすぐに私の目の前へ。私を真ん中にキリエさんとルルーさんもその書類に目を通してくれました。月龍様の住む山脈と、月龍様の活動範囲の森は私の領地とすること。私が生きている限りは私の領地として保証すること。この領地から王国への税は免除すること。この領地の一切の権利は私に認めて、自治権はすべて私が持つこと。最後に国王陛下と私の合意がない限りは、この契約は破棄できないことが書かれていました。私が生きている間は誰がなんと言おうと私の領地ですと宣言してくれたようなものです。私に異存はありません。キリエさんもルルーさんもアリス様のご要望に沿っていますと太鼓判を押してくれたので、私は2枚の書類にサインをしました。この書類に国王陛下もサインをされて、晴れて森と山脈は私の領地になります。
キリエさんは旦那様の領地の税の免除を願い出て、3年間は税を免除されることで契約書にサインをしました。ルルーさんは私と共に森で住むことを伝え、森での生活基盤を整えるために報奨金をいただきたいと願い出ました。宰相様はルルーさんにもキリエさんの税の免除額と同等の報奨金を王国から渡すとのことで、両者が合意となりました。3人は宰相様に心からのお礼を述べて、宰相様からも旅での王国への貢献に感謝をしてくれました。ちなみに他の皆さんのことをお尋ねしてみると、ラミアさんは聖教教会の魔法士団に転籍されて魔法士長。ランツさんは王国軍の魔法士団の第3団長。ガリスさんはハーデンさんに代わって王国軍第1騎士団の団長とそれぞれがご出世されるようです。ハーデンさんは引退をされて家督をお子さんに継がせることが決まり、ハーデンさん自身は領地を賜ったようです。その場所は王国最南東の王国直轄領。ハーデンさんはわざわざ私の住む森と接する領地を拝領し、私を横で見守ってくれるお考えのようです。きっと生涯にわたり、ハーデンさんは聖女の護衛を務めてくれるお考えなのです。とてもありがたく涙が出そうになりました。
パーティー全員の行く末も決まり後は国王陛下開催の晩餐会を待つばかりとなりました。私はお願いしていたお茶会を開催して、旅の前にお世話になったメイドさんたちと再会しました。皆さんはお子さんも連れてきてくれて、私は1人1人を抱っこさせてもらいました。皆さんは私がプレゼントした髪留めを着けてきてくれていました。私たちが旅をしている間にも、皆さんはこの髪留めを着けてお茶会をされていたようです。皆さんが幸せそうで本当に安心しました。
お茶会の後も新しいメイドさんたちにお渡しする髪留めを作ったり、パーティーの皆さんにお渡しするムーンストーンのブローチも作りました。エリアスに男性はどうしようと相談したのですが、勲章にもできるようなデザインにすれば男女関係ないと言われて、2人で試行錯誤しながらようやく完成させることができました。これで王都で私がやるべきことは、すべて終わりました。
髪留めを作った日の夜はお部屋の皆さんとのお別れパーティー。短い間でしたがお世話になった感謝の気持ちと髪留めをお渡ししました。皆さんに前回お世話になったメイドの皆さん同様に、幸せな人生を過ごしてくださいとお伝えしました。
翌日の夜はハーデンさんのお屋敷で旅をしたパーティーの皆さんとのお別れパーティーが開催されました。出発前のパーティーでは緊張も遠慮もありましたが、今ではもう気心知れた仲間の集まりです。飲んで食べておしゃべりして、そして大笑いもしました。ただ、大泣きもしてしまいました。だって皆さんとお別れなんですもの。私は王国に召喚されてから、ずっと皆さんがそばに居てくれました。ずっと私を気遣い励まし支えてくれました。その皆さんとお別れして、これからは自分の新たな住まいで生きていかねばなりません。もちろん不安もいっぱいです。新生活への希望もあります。たくさんの人間も亜人も幸せになって欲しい。聖女の本当の役目はこれから始まるとすら考えています。そんな重い役割をこれからは1人で背負っていくのです。その不安を皆さんにお話しすると、皆さんは聖女様は大丈夫と励ましてくれました。皆さんの意見では私はすでに旅の間に、自分が考えていることを実践してきていると言うのです。私にはそんなつもりはなかったと言っても、旅の中でしてきたことを、新天地でも続けていれば、人も亜人も救われると皆さんは心配もされていないご様子です。うーん、私の取り越し苦労なの?
パーティーの終わりに1人1人にブローチをお渡ししました。たくさんの感謝の気持ちを伝え、胸元にブローチを着けさせてもらいました。ランツさんが聖女様からの勲章ですねなんて言われて、私に儀式でする礼をされました。すると他の皆さんも同じように礼をされました。私は困ってしまいました。そんな中、ハーデンさんが代表してお礼を言ってくれました。
「聖女様、この王国をお救いくださり、ありがとうございます。我らも我らの子孫も聖女様によって王国の危機を救ってくださったことに感謝し続けます」
そんな風に言われてしまったら、もう私の涙腺は決壊です。涙がとめどなくあふれてきました。皆さんはあらあらという感じで、旅の頃と変わらない気軽な感じで私をなだめ励ましてくれました。こんなに心優しい皆さんとお別れするのは、本当に寂しいです。
国王陛下開催の盛大な晩餐会も無事に終えた私は。晩餐会の翌朝にひっそり王都を後にすることにしました。お部屋のメイドさんたちと涙混じりのお別れを伝えあって、王宮のお庭に出ます。そこにはパーティーの皆さんが見送りに集まってくれていました。ルルーさんのおしゃべり!皆さんのお顔を見てしまえば、お別れの寂しさで胸がいっぱいです。笑顔でお別れしたかったけど、そんなことは無理に決まってます。大泣きしている私を、キリエさんがいつものように抱きしめてくれました。
「キリエさんが大好きです。皆さんのことが大好きです。なのでまた、石馬に乗ってルルーさんと一緒に皆さんに会いに来ます。だからお別れはしません。また会いましょうと言わせてください」
皆さんは私の周りに集まってくれて、代わる代わるに私の頭を撫でてくれました。まるで旅を始めた15歳の頃の私を励ますようにです。もう私も19歳のレディーなのに!でもその励ましが何よりのお見送りでした。
私とルルーさんが石馬に乗り込み、皆さんにお礼を言いながら手を振り、石馬を上昇させました。向かう先は月龍様のお住まいの山です。たくさんのムーンストーンの塊をお届けしちゃいます(笑)
こうして聖女としての私の旅は無事に終わりました。めでたしめでたし……?




