10話 旅への出発と矛盾した世界
ぐだぐだながらも壮行会も無事に終わり、その後はお部屋でのんびり過ごさせてもらいました。私の場合は忘れ物の心配もないし装備も普段と変わらないからです。だから準備は気にしていないの。明日から旅が始まり生活は一変するでしょう。旅は私にとっても貴重な経験になるでしょうけど、今後の聖女様たちの参考にもなれたらとも考えています。だから明日からは旅の日記も書くことにしました。本当は召喚されてから日記を書けばよかったのですけど、何せ私は倒れて寝込んでいましたので……(汗)
キリエさんとルルーさんはこのお部屋から出発するようで、荷物ももう持ち込んでいるみたいです。ルルーさんはお父様がお亡くなりになってお1人だと聞いていました。キリエさんはお貴族のご令嬢で、婚約者もいると聞いています。婚約者は領主様だから王都にはいないのでしょうけど、ご両親と最後の夜を過ごさなくてもよかったのかな?ちょっと心配です。
夕食の支度ができましたと声をかけられたで食堂へ向かいます。今日は昼食をたっぷりいただいたので、軽めの夕食をお願いしておいたの。具だくさんのスープとオードブルのような可愛らしいお料理が出てきました。パンに載せて食べたらおいしそうね。3人で食事をしていると、私がドラゴンの言葉でしゃべっていたことを思い出したお2人が笑っていました。私は一生懸命にだみ声を出そうとしていたようです。私は普通に話そうとしていたつもりだったのですけどね。
ドラゴンの話しをしていたらエリアスが話しかけてきました。聖女の持つ杖についている石は、先代の月龍様から賜った石なのだそうです。確かに月龍様の体の色と同じ色をしています。でも杖についている石はかなり大きいけど、月龍様はよくこんな貴重そうな石を譲ってくれたわね。するとエリアスが瀕死の月龍様をお救いしたのが縁で石をいただいたそうです。この石は先代月龍様の体の一部みたいなものだから、杖を通して月龍様とお話しできるとエリアスが教えてくれました。どんなに離れていても月龍様とお話しすることが可能のようです。困ったときにはビューって飛んできてくれて助けてくれるのかな?頼もしいけどあれだけ大きいと私がうっかり踏み潰されそうです(笑)
食事の後はお風呂にはいります。私のお風呂好きはもう皆さんにばれています。だから気にせず皆さんに甘えて入らせてもらっています。私が明日の朝もお風呂を頼んでいいですかと聞くと、しばらくはゆっくりお風呂にも入れなくなりもすからねと、メイドさんが引き受けてくれました。さっぱりした気分で旅に出かけられそうです。
目が覚めるとルルーさんの声が聞こえてきました。もう起きているのですね。私は近くにいるメイドさんにおはようございますと挨拶して天幕を上げてもらいます。昨夜お願いしておいたのでお風呂の用意もされていました。メイドさんにさあさあとお風呂に誘われ、しばらく極上気分を味わいました。これでお風呂も入り納め。いつも快適に過ごさせていただいたことに、心からの感謝の言葉を伝えました。いつでも王都に戻ってきて、お風呂をご所望くださいと言ってくれました。嬉しくて涙が出そうになります。
服を着て髪を入念に梳かしてもらうと、今日からは簡単な髪留めでまとめてしまうことにしました。それにも関わらず、じっくり髪の手入れをしてくれました。
お食事をいただきます。今朝はキリエさんもルルーさんも口数が少ないようです。この食事が終われば、メイドの皆さんとお別れですものね、とっても寂しいです。食事を終えてお茶を飲み終えると、いよいよリュックを背負って出発準備完了です。お部屋の皆さんが一列に並んでいってらっしゃいませと挨拶してくれました。いってきますと伝えて玄関へ向かったけど、やっぱり寂しくなってメイドさんたちのところへ。お1人お1人にぎゅって抱きしめさせてもらって、たくさんの感謝の気持ちをお伝えしました。皆さんも涙ぐんでいました。お世話になった皆さんが笑顔で暮らせるように、穢れを全部払ってきますからね。
ルルーさんにそろそろと言われてようやく皆さんから離れます。できるだけ笑顔を作って、再びいってきますと挨拶して玄関を出ました。
王宮の庭に出ると馬が数頭並んでいて、ハーデンさんたちが手綱を掴んだまま、お見送りに来てくれた人たちと話しをしていました。私たちもその人の中に入っていき、キリエさんとルルーさんは馬を受け取り、私は腰のベルトから石馬を取り出し元の大きさへ。ハーデンさんの出発準備の号令で各々が馬にまたがります。私も石馬に座って取っ手を握ります。ハーデンさんが皆の準備が整ったのを確認して出発の号令で進み始めました。涙をいっぱい流しながらハーデンさんに手を振っている女の子がいました。きっとハーデンさんの娘さんね。お父さんをしばらくお借りするけど、必ず無事に王都に帰ってきますからね。
お城の門を通り過ぎると訓練で行った森とは逆側に道を進みます。地図でみた限りでは西に向かう道です。私の隣にはルルーさんがついてくれて、後方にはキリエさんがいます。キリエさんが最後尾です。王都の近くで道も広くしっかりしているので、数人単位で固まっておしゃべりしながら道を進んでいきます。目的地は王都から馬で数日の街だと聞いています。大きな農地に隣接している大きな街のようです。王都の食料を担う重要な街の1つのようで、もちろんそんなところの近くに現れた穢れはすぐに払われているでしょう。しばらくは移動だけになりそうです。
旅を始めてしばらく経って、いろいろ感じたり学習したりしました。大きな道を通っての移動は特にやることもない平穏な移動です。私の石馬は悪路も急勾配も影響はないですが、馬ともなると道によって手間も神経もつかうことになります。なので整備されている道は貴重な移動場所になります。ただ、目的が穢れを払うことなので、集落や旅人を見かければ寄ったり声をかけたりで情報収集をします。森があれば立ち入って中の様子を見たりもします。特に私が覗き見ることは、穢れの存在確認にはとても便利でした。広い範囲を見渡せるし、穢れが確実に見えるからです。最初の目的地に到着するまでの間にも、いくつかの小さな穢れを見つけて払うことがありました。
水の確保も大事で、川や井戸があれば必ず立ち寄り水を汲みました。今のところ王都から近い場所なので洗濯は次の街で行うつもりですが、王都から離れれば離れるほど人が住む場所は少なくなり、人の住む場所の間隔も広くなってしまうようです。そうなると水の確保や洗濯のためにわざわざ遠回りをすることにもなりそうです。食料についても同様です。明確に食料が手に入るのが分かっていれば、街に着いたら買えばいいだけです。ただ、村のような人の少ない場所では、お金を払っても食料は買えない可能性もあります。貧しい農村などは売るような余分な食料は持っていないのでしょう。だから食糧確保の寄り道も大きな目的の1つになります。
旅の中で時間がかかること。それは料理と食事。それに睡眠です。基本的に保存食を持ち歩いて食べることが多いのだけど、長く買い物ができない場合は保存食を食べつくしてしまいます。そうなると狩をしたり釣りをしたりもします。もちろんとても大変です。でも新鮮なお魚やお肉をいただくのはとてもおいしくて贅沢な気分になります。そんなときに料理の腕をふるってくれるのはルルーさんとラミアさん。私も王都で買い込んでおいた調味料や香辛料を提供しているのです。ただ、食事は改善が難しい大変な問題の1つです。睡眠に関しては地面に寝転んで眠ることもあるし、時間で交代して警戒の当番をすることもあります。もちろん聖女である私にも当番は回ってくるの。私は夜遅いのが苦手で、明け方早いのは苦にならないのです。なので私は早朝の警戒担当にされています。皆さんは日によって起きる時間を交代しているみたいです。野営はこんな感じなので、宿のある町では思いっきり食べて思いっきり眠ります。それがとても贅沢なことと皆が感じています。王宮のお部屋は天国だったわね。
だんだん旅慣れてきたパーティーの面々。久しぶりに大きな商業都市に到着しました。この街には立派な宿屋にたくさんの料理店もあるみたいです。皆が数日の休暇やお買い物を楽しみにしていたの。街に入る門を通過すると、確かに久しぶりの大都市でした。きれいな石畳の景色にカラフルな服を着た大勢の人の流れ。皆のテンションは自然に上がってしまいます。ただ、この街で私の人生を一変させる光景を目にしたの。猫の耳のようなものが頭についている女の子3人が、手かせをはめられて紐でつながれて一列に歩かされていたの。その女の子たちがよろけて歩みが遅れると、きれいな身なりの小太りの男性が女の子たちを鞭で叩いていました。人間の言葉ではないけど、しっかり言葉で助けを求めていました。私はその様子を見て思わず駆け出し止めようとしました。でも、私はキリエさんに抱きとめられてしまいました。
「キリエさん放してください。あの女の子たちが助けを求めています」
「残念ですがアリス様、亜人の奴隷をどのように扱うかは所有者に任されているのです。あの男性の振る舞いは罰せられたりとがめられたりすることではないのです」
私はその言葉を聞いて、無性に腹が立ってきました。
「私は鞭を振るう男性のために穢れを払って王国中を旅しているのですか?あの女の子たちから見れば、私もあの女の子たちを苦しめる存在でしかないのですか?こんな世界を守るために私はこの世界に召喚されてきたのですか?」
私はあまりに興奮しすぎたのか、意識を失い倒れてしまったようです。よく倒れる聖女様と思われているでしょうね。
私は目を覚ました。寝ているのはベッドの上で木の板の天井も見えました。私のそばにはキリエさんが座っているようで、私が目を覚ましたことに安堵されているようでしだ。
「キリエさん、また心配をかけてしまったみたいでごめんなさい」
「いいえ、アリス様が目を覚まされて安心しました」
ルルーさんも私が目を覚まして落ち着いているのを確認してから、慌てて部屋の外へ出ていかれました。代わってキリエさんは私の体のあちこちを触って、お体には問題はないようですと教えてくれました。
ルルーさんはハーデンさんを連れてきたようで、ハーデンさんも私のそばのイスに腰かけます。私は心配をかけたハーデンさんに謝罪しました。
「ハーデンさん、ごめんなさい。私の心の弱さで皆さんに迷惑をかけてしまって……」
「気にしないでください。それより私たちの方こそ、アリス様への配慮が足りなかった気がします。命ある者を助けるために召喚されてきた聖女様が、あの光景を目にされて普通でいられるわけはないのです。ただ、今の王国ではあの行為は許されている問題のない振舞なのです」
「はい、私もそれは理解をしています。でも、それを取り決めたのは私たち人であって、亜人たちではありません。あの亜人の女の子からは私も厄災を振りまく悪しき者でしかないのです」
私が再びしょんぼりしてしまったので、キリエさんが私の頭を優しく撫でてくれました。ハーデンさんも私に助け船を出してくれました。
「アリス様、すべての亜人を救い出すことはできません。ただ、聖女様の目の前の亜人は救い出してもいいのではと考えました。それも王国の法に反することのない方法で。あの亜人の少女たちをアリス様が買い上げてしまえば、あの少女たちはアリス様の奴隷となり国王陛下ですら手出しができなくなります」
ハーデンさんの言葉をすべて飲み込めませんでした。でも、あの少女たちを思えば、ハーデンさんの意見は最善の解決方法でしょう。あの少女たちにしっかり説明して、安全な土地で暮らしてもらおう……ううん、やっぱりだめです。私にはあの子たちを安全にかくまってあげられる場所は提供できないもの。
私が悩んでいるとエリアスがアドバイスをくれました。月龍様とお話ししてみてと。私は月龍様とお話ししたところで……と半信半疑で杖の石に話しかけてみました。
『月龍様、アリスです。ご相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?』
『ああ、聖女。何なりと話すがよい』
『ありがとうございます。亜人の少女3人を助けたいのです。ただ、助けた後に少女たちを安全に住まわせてあげられる場所がないのです。月龍様、何かお知恵をお貸しください』
『うむ、いいだろう。儂が住む人の言う月のドラゴンが住まう山のふもとには、儂への供物をささげるための祠がある。その祠へ聖女が儂への供物として亜人を送り届ければよい。後は儂が知る亜人の村に面倒をみるよう命じておこう』
『ありがとうございます、月龍様。次回お会いした際には、何かお礼をさせていただきます』
『気にするな、前回の回復魔法の借りを返したのだ』
『月龍様、今回は月龍様のご厚意に甘えさせていただきます』
『あぁ、困ったことがあれば、何なりと相談せよ』
私はエリアスにお礼を言ってから、ハーデンさんに月龍様とお話しした内容をお伝えします。ハーデンさんは納得してくれて、私が起きても問題がなければ奴隷の商会に行ってみましょうとお誘いしてくれました。本当に頼りになるパーティーリーダー様です。




