第四十七章 別れ
子供たち二人を連れて先を急ぐ咲恵は利昭の携帯に電話した。どうやら電源が切ってあるらしくつながらない。
「お仕事中はめったにかけないのに、困ったな」
仕方なく咲恵は至急携帯に電話を下さいとメールを入れた。
病院から香織の容態が急変して危ない。ご家族に至急来て頂きたいと連絡があってから咲恵は子供たちを連れて病院に行く途中だ。
バス停で待っていると雛が、
「お姉ちゃん、おしっこがしたい」
と言う。もう五分もすればバスが来る。夜中なので本数が少ない。咲恵は仕方なく辺りを見渡すと通りの向かい側にコンビニが見えた。小走りにコンビニでトイレを借りて外に出ると病院往きのバスは出てしまった。次のバスまで三十分もある。咲恵はタクシーが来るのを待ったが、こんな時に限って空車が来ない。一〇分も待って、ようやくタクシーを捕まえると、
「病院に急いで下さい」
と告げた。通り過ぎる町並みの夜景をぼんやりみながら、
「家族でもないのにあたしって、何やってんだろ」
と今自分がしていることがばかばかしくも思えてきた。
病院に着くと香織の病室に急いだ。病室に入るとベッドの上は綺麗になっていた。
「どこに連れて行かれたんだろ?」
看護婦を呼んで聞くと、
「加藤さんは容態が急変して救命救急センターの方に移られました。救急棟の二階に行って聞いて下さい」
看護婦は事務的な口調で話し終わると行ってしまった。
「行きましょう」
子供たちに話しかけると、
「僕、お腹が空いたぁ」
と翼が言う。病院の売店はもう閉まっている。自動販売機でアイスクリームを買って二人に与えた。
救急棟に行って病室を訪ねると、医師と看護婦が出てきた。
「もう殆ど意識がありませんが、お顔だけでも見てあげて下さい」
と言われた。
「ママ、雛ちゃんだよ」
「ママ、翼だよ」
と香織に縋り付く子供たちを見て咲恵は涙ぐんだ。しばらくすると、香織がうっすらと目を開いて咲恵を見た。香織は微笑んでいるようにも見えた。かすれる小さな声で何かを訴えている。咲恵が手を握り耳を近づけると、
「子供 たち を よ ろ し ……」
後は聞こえなかった。咲恵の手を気持ち強く握ったように思えたが直ぐにぐったりとしてしまった。
警報信号を受けて医師と看護婦が駆けつけて来た。必死に呼吸回復をしようとする医師を見て、咲恵はテレビドラマを見ているような錯覚を覚えた。
一時間も経って、額に汗を滲ませた医師が、
「手を尽くしましたが二十三時十分、お亡くなりになりました」
医師は自分を身内の者だと思っているらしく丁寧に頭を下げた。側に居る子供たちは自分たちの母親が今息を引き取ったことを理解していないらしく医師と咲恵の顔をぼんやりと見ていた。もう長い間一緒に暮らしておらず、今は咲恵が母親代わりをしているのだから無理もないと咲恵は思った。
時計の針が翌日に変わろうとしている時刻に、利昭から電話が来た。
「利昭さんのバガッ、肝心な時にご連絡下さらないんだからぁ」
咲恵はなじった。だが理由を聞いて利昭は、
「これから直ぐにそっちに行くから待っていてくれないかなぁ」
と哀願する口調で答えた。咲恵は今夜は家に帰れないと思って、また母への言い訳を考えていた。
香織の葬儀に、咲恵は出るべきか断るべきか考えたが、母親が亡くなった実感すらない翼と雛が不憫で翼と雛のために葬儀に行く事にした。
葬儀は利昭の親戚、友人の他に職場関係者が集まり思ったよりも弔問客が大勢いた。
弔問客の中に森口次郎の顔があった。咲恵は目が合わないように避けていたが、森口に見付けられてしまった。
「やぁ、ご無沙汰だな。ずっと加藤とラブが続いているらしいな。奥さんが亡くなってほっとしてるんだろ?」
相変わらず思ったことをズケズケと言う。
「失礼ですよ。あたし奥様がお亡くなりになって悲しいですよ」
咲恵はそう言い返してから、ふと自分の中にこれでやっと利昭が自分のものになるんだなぞと不埒なことを考えている自分がいるのを感じて戸惑った。




