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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第12章:未踏のバイパスと、双翼の天鷲編

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第093話:水没バイパスの奥と、断絶の闇

 地下水路の鉄梯子を降りると、淀んだ生温かい風が肌を撫でた。

 足元には濁水が流れ、遠くで水滴の落ちる鈍い反響が響いている。

 頭上のマンホールが閉じられ、夜の街の明かりは完全に遮断された。


「足元に気をつけろ。ここから先はギルドの管轄外だ」


 俺は低く囁き、腰のライトを最小光量で点灯させた。

 光の先を、葵のスワロー2機が静かに先行する。

 青白い探査燐光が、濡れたコンクリート壁をぼんやりと照らし出した。


「分かってるよ。ったく、夜中にドブ川歩きとはな」


 背後でタケがぼやきながら、大盾のバンドを締め直した。


「ギルドにバレたら一発でライセンス取り消し、最悪は罰金刑だぞ」

「バレなきゃいいんだよ、タケ坊」


 油圧アームを背負った坂東が、ニヤリと笑った。


「机の上の連中がハンコ押すのを待ってたら街ごとドカンだ。現場の職人が裏口から泥被って直してやるんだから、感謝状ものだぜ」

「同感だな。雫の観測データに間違いはない」


 最後尾の一条が、暗闇に視線を走らせながら言った。

 耳元の骨伝導インカムから、微かなノイズとともに雫の声が届く。


『先生、皆さんの生体信号と位置ログ、工房でしっかり追えています。バイパスの合流地点まで、あと200メートルです』

「了解だ。周囲の魔素に変化があったら知らせてくれ」

『はい!』


 濁水を跳ね上げながら、俺たちは暗渠を駆け抜けた。


   *


 通路の突き当たりに、崩落したコンクリートの隙間があった。

 人一人がようやく通れるほどの狭い裂け目。

 かつて坂東と一緒に掘り抜いた『水没結晶バイパス』の入り口だ。


「ここだな」


 坂東が壁面の削岩痕を指先でなぞった。


「懐かしいな。あの時も死にかけたが、またここを通るとは思わなかったぜ」

「無駄口はそこまでだ。奥へ急ぐぞ」


 身を屈めて亀裂を潜り抜けると、周囲の空気が一変した。

 人工のコンクリートから、結晶化した岩盤の冷気へと湿度が切り替わる。

 壁面には蒼白い帯電結晶が自生し、微弱な放電が青い火花を散らしていた。


 第25層から第26層へ抜ける、ギルドの地図にない未踏坑道。

 だが俺たちが目指すのは、その出口ではない。

 坑道の最奥、さらに下層へと落ち込む断層壁だ。


 10分ほど駆け抜けたところで、道は唐突に途切れた。

 立ちはだかったのは、天井から床までを塞ぎ止めている玄武岩の断層だった。


 厚さ数メートルはある巨大な岩塊。

 隙間からは、熱気を帯びた地下水がシューシューと白煙を上げて噴き出している。


「これね」


 葵がスワローを近づけ、透過センサーの数値を読み上げた。


「岩盤の奥に高密度の魔素反応。この壁の向こうは、深層第34層の外郭断層よ」

「厚さは約4メートル。魔素を吸ってダイヤモンド並みに硬化してやがる」


 坂東がV-RIGの右腕を持ち上げ、先端の削岩ドリルを唸らせた。


「俺のドリルだけじゃビットが焼き切れる。間宮、合わせられるか」

「問題ない」


 俺は背部のマウントから、右手の『天鷲』を引き抜いた。

 佐伯親方が打ち直した、漆黒の刀身。

 刃渡り115センチ。深層受肉種の爪と高圧魔石を溶かし込んだ鋼が、鈍く光を呑み込んでいる。


 柄を握り、体内魔力を流し込んだ。

 魔力変換効率85パーセント。

 刀身に彫り込まれた二重螺旋励起回路Ver.2が、キィンと超音波を鳴動させた。


 刃先が微細に振動し、青白いプラズマのような魔導熱が薄く立ち上る。


「おいおい、すげえな。空気が震えてやがる」


 タケが口笛を吹いた。


「坂東、ドリルで芯にクラックを入れろ。俺が割れ目に沿って分子結合を断つ」

「了解だ! いくぞオラァッ!」


 坂東が踏み込み、V-RIGの油圧シリンダーが轟音を響かせた。

 超高速回転するドリルが、玄武岩へ真っ向から突き刺さる。

 凄まじい摩擦熱と火花が狭い坑道に爆ぜ、耳を聾する金属音が反響した。


 ドリルが食い込み、岩盤に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「今だ、間宮ッ!」

「ふっ」


 息を吐き、天鷲を一閃させた。

 手応えは、ほとんどなかった。


 熱したナイフをバターに沈めたかのように、刃先は超硬度の岩盤を音もなく両断していった。

 高周波振動と熱励起が、岩石の分子結合を瞬時に解繊していく。

 刃を返して十字に斬り裂き、左手で柄を押し込んだ。


「一条、タケ、崩れるぞ!」

「任せろ!」


 タケが大盾を構えて割り込み、一条が生体魔力の障壁を展開した。

 ズズズと地響きが轟き、四角く切り抜かれた巨岩が前方へ倒れ込む。

 激しい水飛沫とともに、岩盤の向こう側に巨大な風穴が開いた。


「抜けたぞ!」


 坂東がドリルを止め、快哉を叫んだ。


   *


 風穴から吹き込んできたのは、肌を刺す冷気と、濃密なアストラルの匂いだった。

 俺たちは身を低くし、開いた穴から向こう側へ滑り込んだ。


 そこは、広大な地下空洞だった。

 天井からは滝のような水流が落ち込み、底の見えない巨大な地底湖を形成している。

 足元は濡れた岩棚。水深は浅いところで膝下ほどだが、十数メートル先は漆黒の水面が広がっていた。


 壁面の鉱石が、ドクン、ドクンと規則正しい青い燐光を放っている。

 3秒周期。

 心臓の鼓動と同じリズムで、空間全体が微かに脈動していた。


『先生! バイパスの貫通を確認しました!』


 インカムから雫の切迫した声が響く。


『そこは深層第34層の外郭、未踏水脈エリアです! ピラーの直下に位置するため、魔素濃度が地上の2倍近くまで達しています!』

「ああ、肌がビリビリする。完全に深層の空気だ」


 濡れた足場を踏みしめ、周囲を警戒する。

 その時、水面を索敵していた葵が息を呑んだ。


「みんな、止まって!」


 葵のライフルが跳ね上がり、スワローが水面へ強烈な探照光を照射した。


「水中から高速熱源、6体! 急速浮上してくるわ!」

「チッ、嫌な歓迎会だな!」


 タケが大盾を構え、濡れた岩盤にスパイクを蹴り込んだ。

 次の瞬間、水面が爆発した。


 水煙を突き破り、漆黒の甲殻に覆われた水棲捕食種が飛び出してきた。

 体長3メートルを超える、深層第34層固有の変異種、アビス・リッパー。

 三連の鎌腕が紫の魔導光を帯びて光り、充血した複眼が赤く濁っている。


 金属を擦り合わせるような咆哮とともに、先頭の2体が水飛沫を蹴って跳躍した。

 狙いは、前衛のタケだ。


「来やがれッ!」


 タケが大盾を傾け、全身の体重を乗せて迎え撃った。

 ガガガァンッ!


 火花が飛び散り、リッパーの鎌腕が大盾の表面を激しく削り取る。

 衝撃でタケの足が1メートルほど滑ったが、体勢は崩れなかった。


「凌、横だ!」

「スワロー、射線確保!」


 葵のライフルから徹甲魔弾が放たれ、2体目の関節スリットを正確に撃ち抜く。

 体勢を崩したリッパーへ、一条が水煙を裂いて肉薄した。


「はぁッ!」


 生体魔力を凝縮させた一条の拳が、倒れかけたリッパーの胸殻を直撃した。

 ドパァンッ!

 拳から放たれた『金剛勁』の衝撃波が内部で炸裂し、厚い甲殻が粉々に破砕される。


 だが、残る4体が左右の水面から跳ね上がった。

 タケの死角を突き、一条の背後へと鎌腕が振り下ろされる。


「調子に乗るなよ」


 俺は息を吸い、背部の第2スロットへ意識を接続した。

 ハイブリッドモード、起動。


 ジャキン、と背部マウントが展開し、もう1振りの天鷲が宙へ射出された。

 青い二重螺旋の光を曳きながら、刃渡り115センチの刀身が頭上に滞空する。

 さらに両脇へ、小型レイヴン2機が射出された。


 手持ち長剣1機、頭上飛翔長剣1機、小型ビット2機。

 4スロット完全連動。

 頭が割れるような負荷はない。


 雫の二重螺旋回路が、脳へのフィードバックを完璧に相殺している。

 指先を動かすのと同じ感覚で、空中の刃の重心が掌の中にあった。


「行け」


 水面を蹴り、一条の背後へ迫っていた3体目の懐へ滑り込んだ。

 振り下ろされる鎌腕を半身で躱し、右手の天鷲を下から滑り上がらせる。


 ズバァッ!


 抵抗はゼロだった。

 超硬度刃が顎下から頭部装甲を真っ二つに両断した。

 紫の体液が噴き出す前に、頭上の飛翔刃へ視線を向ける。


 キィィィンッ!


 空気を裂く超音波とともに、飛翔天鷲が4体目の首元を横一文字に薙ぎ払った。

 硬質な甲殻ごと、首が宙を舞う。


「な、なんだと!?」


 坂東の口から、掠れた声が漏れた。

 残る2体が水中に潜って逃走を図ろうとする。


「レイヴン、目を潰せ」


 小型レイヴン2機が水面すれすれを弾丸のように飛び交い、2体の赤い複眼を正確に貫いた。

 狂乱して浮き上がったリッパーの頭上へ、俺は跳躍した。


 右手の手持ち天鷲を逆手に構え、頭上の飛翔天鷲を同調させる。

 二重螺旋の交差斬撃。

 ザシュッ!


 交差した二振りの刃が、2体の高圧魔核を寸分の狂いもなく両断した。

 青白い爆熱が水面を焦がし、2頭の巨体が湖底へと沈んでいく。


   *


 水煙が静まり、洞窟に静寂が戻った。

 戦闘開始から、わずか40秒。


 俺は着地し、右手の天鷲を振って体液を払った。

 頭上で旋回していたもう1振りの天鷲が、音もなく背中の鞘へと収まる。

 レイヴン2機も両腰のポッドへ滑らかに格納された。


 坂東が呆然と呟いた。


「おいおい、マジかよ。間宮、今の、本当にさっきまでの中層用の試作機と同じシリーズか? キレとスピードが桁違いじゃねえか!」

「中層素材じゃねえからな。ベヒーモスの爪とモールの外殻を丸ごと食わせた本チャン仕様だ」


 息を整えながら答えた。

 刃こぼれは一つもない。歪みもゼロだ。

 振り抜いた時の手応えが、まるで自分の腕の延長のように馴染んでいた。


「素晴らしい切れ味だな」


 一条が感嘆の息を吐き、沈んだリッパーを見つめた。


「厚さ20センチの甲殻を、繊維一本残さず断ち切っている。雫の回路設計と親方の鍛造に、お前の解体技術が乗って初めて出せる切れ味だ」

『先生! アキュラのテレメトリー、完璧です!』


 インカムの向こうで、雫の弾んだ声が響く。


『二重励起のエネルギー循環効率、98.4パーセントを維持しています! 深層の超重力場でも回路が焼き切れる心配はありません!』

「助かったよ、雫。最高の獲物だ」


 俺がそう言うと、通信の向こうで雫の声が誇らしげに弾んだ。

 葵がライフルを肩に担ぎ、苦笑交じりに歩み寄ってきた。


「まったく、相変わらず無茶苦茶な強さね。でも、これでバイパスの突破は成功よ。この先が深層第34層の本番ね」


 葵が指差した先。

 地底湖の奥底、水煙が晴れた岩壁の向こうに、巨大な石造の門が口を開けていた。


 崩落した古代のアーチ。

 深層第34層『古代星霊回廊』の外郭だ。


 第1区の正規ゲートが封鎖された東京で、俺たちは裏口から深層の境界へと到達した。

 ドクン、と足元から重い地鳴りが伝わってくる。

 心臓の鼓動に似た、3秒周期の不気味な脈動。


 ピラーの深部で、何かが確実に蠢いている。


「行くぞ。鈴が待ってるんだ、さっさと元凶を叩いて帰る」


 俺は天鷲の柄に手をかけ、暗黒の回廊へと足を踏み入れた。



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