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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第10章:二度目の降柱と、地上の守人編

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第081話:30年前と同じ、と誰かが呟いた

 防壁の裂け目に折り重なった魔獣の死骸から、青黒い体液が滝のようにコンクリートの壁面を伝い落ちていた。

 アキュラの双翼とレイヴンが切り裂いた壁登り種は、およそ30頭。

 タケが盾の縁で最後の一頭を叩き落とし、胸壁の上にわずかな静寂が訪れた。


「はぁ、はぁっ! 防壁の上は、とりあえず片付いたか!?」


 荒い息を吐きながら、タケが血まみれのタワーシールドを下ろす。

 だが、安堵の時間はコンマ1秒も与えられなかった。

 直下から、ズズン、ズズンと、胸壁の床板を突き上げるような鈍い衝撃が響いてきた。


「下だ! 第3ゲートの装甲扉に、大型種が取りついてやがる!」


 一条岳が胸壁から身を乗り出し、下層を指差した。

 高さ20メートルの足元。


 車両搬入用の第3装甲ゲートへ、甲殻をまとった数十頭の突撃猪や重甲獣が、ひっきりなしに頭から体当たりを繰り返していた。

 分厚い特殊合金の扉が、激しい打撃音とともに内側へ向かって歪んでいる。


 ゲート前では、坂東宗一郎が防壁から飛び降り、背中の多関節機械腕で油圧カッターを振るっていた。だが、四方から群がる魔獣の圧力に押され、補修作業どころか自身の防戦で手一杯になっていた。


「くそっ、キリがねえ! 扉のヒンジが千切れるぞ!」


 坂東の怒号が通信機から割れて響く。

 俺がアキュラを構え、防壁から飛び降りようとした、その瞬間だった。


 荒野の右翼側、中央正面ゲートへと続く平原の彼方から、凄まじい推進器の噴射音が大気を切り裂いて近づいてきた。

 轟音とともに舞い上がる土煙。


 背部の六翼スラスターバインダーを唸らせ、紅蓮のパイロットスーツに身を包んだ人影が、土煙を巻き上げながら第3ゲート前へ滑るように着地した。


「遅参を許していただこうか、現場の諸君!」


 スーツの拡声デバイスから響き渡ったのは、聞き覚えのある芝居がかった美声だった。

 ハイペリオン社先行開発部、橘宗介。


 背中には熾天使の六翼を模したセラフィム・キャノンを背負っているが、その両腕には見慣れない巨大な武骨火器が抱えられていた。

 6本の銃身を束ねた大型の回転式バレル。外部ジェネレーターから直結された極太の魔力チューブが、青白い光を激しく明滅させている。


「中央正面の防衛ラインに一区切りついたのでね。麗しき神崎君の危機とあらば、この僕が駆けつけない道理はない!」


 防壁の上のキャットウォークから、葵が冷ややかな視線を投げ下ろす。


「橘さん、名乗りはどうでもいいですから、ゲート前の敵を早く排除してください!」

「フッ、つれない態度もまた美しい! 見よ、先行開発部が誇る最新携行試作兵装の威力を!」


 橘が腰を落とし、抱えた6連回転バレルをゲート前の魔獣群へと水平に向けた。

 ギュルルルルル、と甲高いモーター回転音が響き、銃口に高密度の青白い魔力光が集束していく。

 そして橘が、スーツの拡声デバイスのボリュームを最大にして絶叫した。


「喰らえ! パルス・ビーム、バァァァルカンッ!!」


 ドババババババババッ!!


 耳を劈く掃射音とともに、青白い熱線弾の豪雨が大地を薙ぎ払った。

 毎分3,000発の速度で放たれる高密度ビームペレットが、装甲ゲートに群がっていた変異猪や甲殻獣の群れを容赦なく撃ち抜いていく。


 分厚い毛皮も、硬化甲殻も、超高熱のパルス弾幕の前にはひとたまりもない。

 肉を焦がす煙と閃光が爆発的に広がり、わずか5秒でゲート前の魔獣十数頭が大地へ叩き伏せられた。


「バァァァルカン! ハハハハ、素晴らしい制圧力だ!」


 橘が上機嫌で銃身を唸らせる。

 だが、後続の大型獣が砂煙を突っ切って突進してくるのを見るや、橘は背中のセラフィム・キャノン六翼を展開しようとした。


「おっと、まだ残党がいるようだね。ならばセラフィム・キャノン、フルバーストで蒸発させて」

「待て馬鹿野郎ッ!」


 下で機械腕を構えていた坂東が、拡声器越しに怒鳴りつけた。


「また1発で全門撃ち尽くして煙吹く気か! 冷却に何分かかると思ってんだ! ちゃんと計算して撃てやロマン野郎!」


 防壁の上から、タケも呆れた声を上げる。


「そうだぞ橘! この前みたいに立ち往生されたら、助けに行くのこっちなんだからな!」


 橘が、通信越しに芝居がかった溜息をついた。


「やれやれ、これだから現場の粗忽者は困る。この僕が、同じ過ちを二度繰り返す男に見えるかい?」


 紅蓮に輝くセラフィム・キャノンは六翼のうち、上段の2門だけを前方に展開した。

 残りの4門は背部ドックに格納されたまま、冷却液の循環ラインが静かに脈動している。


「2門ずつの交互斉射。排熱サイクルはきっちり30秒で制御する。フッ、理論値通りの完璧な運用を見せてあげよう!」


 キィィィン、と澄んだ励起音が鳴り響く。

 突進してきた体長8メートルの突角獣2頭に対し、上段の2門から極太の熱線が同時に放たれた。


 ズドォォォォンッ!!


 巨獣2頭の上半身が一瞬で蒸発し、質量を失った下半身が慣性で大地を滑って停止する。

 発射直後、上段キャノンの排気ベントからプシューッと白煙が吐き出されたが、セラフィム・キャノン全体がオーバーヒートを起こす気配はない。


 橘は両腕のマニピュレーターコントローラーを滑らかに操作し、冷却の完了した下段2門をスタンバイ位置へスライドさせた。


「排熱温度、許容範囲内。次弾装填完了。どうだい、坂東技官?」

「ちっ、口だけじゃねえのが余計に腹立つな!」


 坂東が毒づきながらも、機械腕の溶接バーナーをゲートの亀裂へ当て、高速で修復を再開した。

 防壁の上と下。

 歩兵と重装兵装の迎撃ラインが噛み合い、第3ゲート前の防衛陣形は急速に安定を取り戻していった。


   *


 突入してきた第1波の掃討が完了し、戦場に束の間の静寂が訪れた。

 吹き荒れる乾いた荒野の風が、硝煙と焦げ付いた肉の臭いを防壁の上へと運び上げてくる。


 俺はアキュラを手元に呼び戻し、佐伯親方に研いでもらった刃先の状態を指先で確かめた。刃こぼれはない。両腰の鞘へ収め、胸壁の銃架に残していた狙撃銃へと歩み寄る。


 黒曜に直結した外部バッテリーの残量表示は60パーセント。先ほどの1,200メートル狙撃で大きく魔力を食われたカートリッジを排出し、長谷川さんから受け取っていた新品の予備カートリッジをストックへ手早く差し替えた。荒野の彼方を見据える。


 その時だった。


「おい、嘘だろ」


 低く、掠れた呟きが、すぐ隣から聞こえた。

 防壁の胸壁に重機関銃を据え付けていた、防衛軍の古参准尉だった。


 50代半ば。顔中に無数の古傷が刻まれたベテラン兵士が、鉄兜を少し押し上げ、鼻腔をひくつかせながら風の匂いを嗅いでいた。


「准尉殿? どうされました?」


 弾薬箱を抱えていた若い兵士が、不思議そうに問いかける。

 だが、准尉の顔からは完全に血の気が引いていた。

 小刻みに震える指先が、防壁の外、立ち込める紫がかった靄を指差す。


「この魔素の質、においだ。30年前のあれと、まったく同じじゃねえか」

「30年前? 降柱事象の時ですか?」

「ああ、そうだ」


 准尉の声は、乾いた喉から絞り出すように震えていた。


「俺がまだ防衛軍に入りたてのガキだった頃だ。空からあの巨大な柱が落ちてきて、数え切れないほどの集落が一日で消し飛んだ日だ。あの日の朝、空気がまったくこれと同じ、焦げた鉄と、胸が焼け爛れるような魔素のにおいが充満してたんだよ」


 その一言が、俺の耳の奥に突き刺さった。


 ドクン、と心臓が跳ね上がった。


 30年前の降柱事象。

 変異魔獣の爆発的な発生。

 そして、消滅した過疎集落。


 脳裏に回収したあの音声ログが蘇った。

 旧地蔵堂の集落、第8プラントの管理棟。


 四方を取り囲む魔獣の咆哮。

 血を吐くような父親の絶叫。

『紬を頼む! 紬、生きなさい!』


 毛布に包まれ、冷たい地蔵堂の床で一人泣いていた赤ん坊。

 俺が抱き上げた、あの小さな命。


 もし、これが。

 今、目の前で起きているこの異常事態が。

 あの日、あの子の故郷を奪い、両親の命を奪い去ったものと、同じ災厄の再来だとしたら。


 胃の底が、冷たい氷で満たされたように凍りついた。

 指先がかすかに冷たくなり、喉がからからに渇く。


 鈴は今、地下シェルターにいる。

 志保が守ってくれている。

 厚さ1メートルのチタン隔壁に守られた、安全な場所で待っているはずだ。


 だが、もしこの防壁が破られたら。

 もし30年前と同じ規模の破壊が、この防壁都市そのものを呑み込んだとしたら。

 あの小さな温もりが、再び黒い悪夢に呑まれてしまうのか。


 朝、テーブルの上でスプーンを握りしめ、「んま!」と満面の笑顔を浮かべていた鈴の顔が浮かんだ。

 出撃する俺の手を握り、「あい」と頷いてくれた、あの柔らかな指先。


 ふざけるな。


 奥歯を強く噛み締めた。

 口の中に苦い鉄の味が広がる。

 冷え切っていた手足の末端へ、一気に熱い血液が逆流していく。


 恐怖は、消えなかった。

 父親として、あの娘を失うかもしれないという底知れない恐怖は、胸の奥底に冷たく残り続けている。

 だが、その恐怖こそが、俺の背骨を鋼のように真っ直ぐに立て直していた。


 守る。

 ギルドの規約がどうだろうと、公務の出動ノルマがどうだろうと、そんなものはどうでもいい。


 あの娘が温かい飯を食って、安心して眠れる場所を。

 この地上から絶対に奪わせはしない。

 二度と、あの子に同じ悲劇を繰り返させたりするものか。


「間宮」


 隣で、タケが静かに声をかけてきた。

 大盾を握り直した悪友の横顔には、普段の軽口の欠片もなかった。

 長年、現場で背中を預け合ってきた男だ。俺の眼光の変化だけで、何を感じ取ったのかを察したのだろう。


「分かってるよな。ここは、絶対に譲れねえぞ」

「ああ」


 俺は短く答えた。

 アダマン・クリーバーの柄を握る右手に、自然と魔力が集中していく。

 頭上で待機するアキュラの刀身が、主人の意思に呼応するように、青白い燐光の輝きを強めた。


 その時、地平線の彼方から、先ほどとは比較にならない規模の地鳴りが轟き始めた。

 ズズズズズズッ!


 荒野の地平線全体が、黒い波となって盛り上がる。

 上空からは、巨大な翼を広げた無数の飛行魔獣が、雲を突き破って急降下してくるのが見えた。


 第二波。

 本物の大群の襲来だった。


「総員、迎撃態勢!」


 防壁の上で、号令が響き渡る。

 荒れ狂う風の中、俺は静かに獲物を構えた。


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