第008話:悪友タケとの雑談と、Dランク昇格査定
浅層第12層での魔石採取を終え、俺は昼過ぎにはギルド出張所のロビーへと戻ってきていた。
佐伯の親父さんに調整してもらったハンドガンと研ぎ澄まされた大型解体ナイフは、驚くほど手になじみ、予定の倍近いペースで魔石を回収できた。
換金窓口で魔石を納品し、約6万円の入金を確認する。
この調子なら、今月の生活費と鈴の粉ミルク代は十分に賄える。
ロビーの自動販売機で缶コーヒーを買い、プルトップを開けて一息ついた、その時だった。
バチンッ!
背中を豪快に叩かれ、危うくコーヒーを吹き出しそうになった。
「ぶふっ、おい! 誰だ、いきなり!」
「よっ、間宮の旦那! 今日も地味にコツコツ稼いでるかい?」
振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた悪友の顔だった。
短髪に、無駄にがっしりとした肩幅。傷だらけの重装甲ライオットシールドを壁に立てかけ、ニカッと白い歯を見せて笑っている男。
下請け解体屋の時代からの腐れ縁、武田健太(24歳)だ。
「なんだタケか。人を壊れかけの壁みたいに叩くな」
「へへっ、相変わらず愛想がねぇな。俺は第10層でオーク相手に盾を張り倒してきてな。シールドの衝撃吸収パッドがイカれたから、工房で直してもらう順番待ち中よ」
タケは隣のベンチにどっかりと腰を下ろし、ロビーの天井を見上げた。
前衛の大盾使い(タンク)として、同年代の中では腕の立つDランク探索者だ。
お調子者で口は軽いが、前線で体を張って仲間を守り抜く根性は本物で、俺が下請けのポーターだった頃から何かと気にかけてくれている数少ない友人だった。
「そういやよ、凌。お前、ネットのあの動画見たか?」
「あん? なんの動画だ」
「しらばっくれんなって! 例のクロード様のイキり配信だよ!」
タケはスマートフォンを取り出し、画面を俺の鼻先に突きつけてきた。
画面には、昨日の第12層で百足を相手にナイフを振るう俺の姿が、鮮明に再生されていた。
再生数はすでに数千万回を超え、コメント欄が毎秒数百件の勢いで流れている。
「全高4メートルのマナ・フレームを置き去りにして、Cランクのケイブ・ラーカー4頭を20秒足らずで瞬殺した謎の歩兵! 現在、特定班が血眼になって正体を探してるぜ。でさ」
タケはじっと画面の映像と、目の前にいる俺の作業着を見比べた。
「この泥まみれの薄汚れた機能性パーカーといい、腰に差してる刃渡り30センチの無骨な解体ナイフといい、どう見てもお前そっくりなんだけどな?」
「まさか、お前じゃねぇよな? 凌」
ニヤニヤといじわるそうに笑うタケの視線を受け流し、俺は冷めた声でコーヒーを啜った。
「んなわけねぇだろ。俺がそんな派手な真似するかよ。人違いだ人違い」
「だよなー! ギャハハッ!」
タケは腹を抱えて大笑いし、俺の肩をバンバンと叩いた。
「だよな! お前は昔から超がつく堅実派で、危険な賭けは絶対にしない男だもんな! あんな百足を魚みたいに捌くバケモノが、俺のダチの底辺Eランクにいるわけねぇって! いやー、似たような貧乏装備の奴もいるもんだぜ」
「貧乏装備は余計だ」
呆れ顔でため息を吐きつつも、内心で胸を撫で下ろす。
長年付き合いのあるタケですら「凌があんな派手なことをするはずがない」と最初から思い込んでいる。
この調子なら、世間の特定騒ぎもそのうち沈静化するはずだ。
そう思っていた、次の瞬間だった。
「間宮さん、ここにいらっしゃいましたか」
カツカツと硬い足音を響かせ、受付窓口の長谷川さんが小走りで近づいてきた。
いつもの柔らかな笑顔ではなく、どこか緊張感を漂わせた真剣な表情だ。
「長谷川さん? どうしたんですか、改まって」
「間宮さん、至急、奥の第一会議室まで来ていただけますか? 支部長と監査担当がお待ちです」
「は? 支部長?」
聞き捨てならない単語に、俺は眉をひそめた。
隣でコーヒーを飲んでいたタケが、勢いよく吹き出しそうになりながら立ち上がった。
「おいおいおい! 支部長直々の呼び出し!? おい凌、お前マジでなんかやらかしたのか!? 禁制品の密輸か!? それともギルドの備品でも壊したのか!?」
「やらかしてねぇよ! 心当たりなんかこれっぽっちもねぇ!」
「いいから、早く来てください!」
長谷川さんに腕を引っ張られ、俺はタケの「生きて帰ってこいよー!」という不吉な声援に見送られながら、ギルドの奥深くへと連行される羽目になった。
*
ギルド出張所の奥、防音壁に囲まれた第一会議室。
重厚な革張りの椅子に座らされた俺の前に、長谷川さんが1枚の電子タブレットを置いた。
「単刀直入に申し上げますね、間宮さん。これを見てください」
再生されたのは、昨日のケイブ・ラーカー戦の映像だった。
だが、ネットに流出しているクロードの配信視点ではない。
俺自身の胸元から撮影された、極めて生々しい一人称視点の戦闘記録、俺がギルドに義務付けられて提出している【業務ボディカメラ】の生データだった。
「画面左上のタイムスタンプ、ダンジョン入場ゲートの通過ログ。それに、あなたが昨日納品したD級上位魔石の魔力波長まで、すべて完全に一致しています」
「チッ」
思わず舌打ちが漏れた。
ギルドの内部ログと照合されたら、どんな言い訳も通用しない。
「特定班に晒す気か? 頼むから動画の件は揉み消してくれ。俺は目立ちたくないんだ。平穏に日銭を稼いで、鈴を育てられればそれでいい」
「誤解しないでください、間宮さん。あなたを処罰する気なんて毛頭ありません」
長谷川さんは眼鏡を指先で押し上げ、フッと表情を和らげた。
「むしろ、逆です。この映像を見た支部監査部と上層部が、あなたの異常なまでの実戦戦闘力と、無駄のない状況判断能力に極めて高い評価を下しました。量産型の拳銃と解体ナイフだけで、Cランク危険種4頭を一切の被弾なしで完封する歩兵など、我が支部でも片手で数えるほどしかいません」
「買い被りすぎだ。ただの解体屋の経験だよ」
「その経験を、ギルドは高く買いたいんです」
長谷川さんはタブレットを操作し、新しい任務書をホログラムで投影した。
そのタイトルを見て、俺は思わず息を呑んだ。
【特例昇格査定任務:浅層第15層・未開拓閉所ルート先行調査】
「昇格査定?」
「はい。本来、EランクからDランクへの昇格には、所定の討伐数と数ヶ月の査定期間が必要です。ですが、昨日の実績とこの任務の達成を条件に、あなたを【Dランク探索者】へ特例昇格させることが上層部で決定しました」
長谷川さんが身を乗り出し、具体的な条件を指差す。
「第15層、浅層の最深部にある未開拓の狭窄ルートから、最近不穏な魔力振動が観測されています。中層との境界に位置する危険な閉所空間です。大型兵器や派手な魔法使いが進入できないこの隘路を、単身で潜行し、現地の生態調査を行っていただきたい」
提示された報酬額を見て、俺は思わず身を乗り出した。
前払い金、30万円。
任務達成時の成功報酬、50万円。
合計で80万円。
「さらに、Dランクへ正式昇格すれば、活動制限が中層まで解除されるだけでなく、ギルドからの育児支援手当も増額されます。それに、防壁内の安全な【居住特区】への入居推薦枠まで交付されるんです」
「居住特区の推薦!」
その言葉が、俺の胸に強く突き刺さった。
今のボロアパートは、防壁に近い外郭スラム寄りの治安の悪い区画だ。
夜中に魔獣の遠吠えが聞こえるような場所で、いつまでも鈴を育てるわけにはいかない。
治安が良く、医療機関や託児施設が整った居住特区の安全なマンションに住めるなら、これ以上ない好条件だった。
「危険な任務なんだろ。俺が死んだら、鈴はどうなる」
「その点も万全を期しています。浅層の枠内である第15層までの調査ですし、現地の異変を確認して記録を持ち帰るのが主目的です。交戦は最小限で構いません。もちろん、何かあればギルド託児所が鈴ちゃんを責任持ってお預かりします」
長谷川さんの真摯な瞳を見つめ、俺は深く息を吐き出した。
リスクはある。
だが、鈴を絶対に守り抜くと誓った以上、いつまでも底辺Eランクで燻っている暇はない。
「分かった。その依頼、引き受ける」
「ありがとうございます、間宮さん! 期待していますよ」
長谷川さんはパッと花が咲くような笑顔を浮かべ、電子契約書にサインを促した。
*
会議室を出ると、ロビーの柱の陰からタケがぬっと顔を出した。
「お、おい凌! 大丈夫だったか!? 長谷川さんと個室で二人きり、まさかお前、愛の告白でもされたのか!?」
「んなわけあるか! くだらないこと言ってないで、さっさと盾の修理行ってこい!」
悪友の軽口を一蹴し、俺は前払い金の30万円が振り込まれた端末をポケットにねじ込んだ。
浅層最深部、第15層の未開拓ルート。
鈴との新しい生活のために、俺は次のステージへと足を踏み出す。




