第007話:ビット兵器の噂と、鍛冶屋の親父
「おい見ろよ、あれ! メガコープの新型兵器のプロモーション映像だぜ!」
「うわ、出たよ! 最近話題の【小型遠隔操作魔導兵器】だろ?」
第七外郭門のギルド出張所、その一角にある武器展示ロビー。
大型のホログラムスクリーンを取り囲むようにして、数人の探索者たちが熱心に画面を見上げていた。
託児所に鈴を預けた帰り道、人だかりの横を通りかかった俺の耳にも、その興奮した声が自然と飛び込んでくる。
スクリーンに映し出されていたのは、空中にフワリと浮遊する、掌から前腕ほどの大きさの3枚の銀色端末だった。
推進器も見当たらないのに、物理法則を無視した鋭い軌道で宙を舞う。
術者が指先を向けた瞬間、3枚の端末が散開して標的の魔獣を四方から包囲し、死角から蒼い魔力レーザーを一斉に浴びせかけた。
魔獣が反撃の爪を振るえば、3枚の端末が瞬時に術者の前面に集結し、正三角形の光の防壁を展開して軽々と防ぎ止める。
「すげぇな。昔のアニメに出てくるオールレンジ攻撃兵器そのまんまじゃねぇか」
「全方位からの同時攻撃に、遠隔バリアだろ? あんなの持たれたら生身の歩兵じゃ手も足も出ねぇよ」
「憧れるのは分かるが、夢見んなって。あれ1機いくらすると思ってんだよ」
腕を組んだベテランらしき大男が、苦笑い混じりに後輩の頭を小突いた。
「浮遊と思念リンクを制御するためのコアパーツ、深層でしか採れない【星霊鋼】のチップを使ってんだぞ。1機だけで軽く3000万円、3機1組のセットなら1億円コースだ。しかも、動かすための適性がイカれてる」
「適性?」
「三次元の空間知覚と同調度が化け物じみてないと、浮かべた瞬間に地面に墜落するか、暴走して自分の頭に突き刺さるんだとよ。今んとこ実戦でまともに動かせてるのは、Aランクのトップエリートか、軍の特務部隊の選抜兵くらいなもんさ」
なるほど、遠隔操作端末、通称【ビット】か。
確かに攻防一体でロマンの塊のような兵装だが、俺にはまったく関係のない世界の話だ。
1億円あったら、防壁都市の一等地に頑丈な一軒家を買って、鈴に一生不自由のない生活をさせてやれる。
そんな金持ちのハイテク玩具に憧れる暇があるなら、足元の弾薬代を稼ぐ方がよほど現実的だ。
「ま、俺には一生縁のない代物だな」
俺は他愛のない噂話を背中に聞き流しながら、ギルド裏手の武器工房街へと足を向けた。
*
煤煙と金属の焼ける匂いが漂う、古びた工房の暖簾をくぐる。
下請け解体屋の時代から、ボロい装備の修理や整備でお世話になっている頑固オヤジ、佐伯さんの鍛冶工房だ。
「邪魔するぞ、親父さん」
「あん? なんだ凌か。生きてたか」
作業台の奥から、分厚い革エプロンをつけた白髪交じりの巨漢が顔を上げた。
無愛想な顔つきだが、腕は確かなベテランの魔導鍛冶師だ。
「この前の過疎地でデカい熊とやり合ってな。大型解体ナイフの刃先を研ぎ直してほしいのと、魔導拳銃のスロットを少し調整してほしい」
「熊だと? おいおい、まさかデスクローベアじゃねぇだろうな。お前、Eランクの分際で無茶しやがって」
佐伯さんは毒づきながらも、俺が差し出した刃渡り30センチの大型解体ナイフを受け取った。
使い込まれた無骨な重刃を光源にかざし、指の腹で刃先をなぞる。
「ふむ。相変わらず、気味の悪い手入れの良さだな。刃こぼれ一つねぇ。骨の継ぎ目ばかりを正確に狙って切り裂いてやがる」
「解体屋の癖だからな。高周波の共鳴コイル、少し熱ダレしてるだろ」
「ああ、だがコアの消耗は最小限だ。お前は昔から、魔導具のエネルギー変換のロスが異常に少ねぇ。まるで自分の手足のように道具を同期させやがる。このナイフも、普通の探索者が使えばとっくにコアが焼き切れてるはずだぞ」
佐伯さんは感心したように鼻を鳴らした。
ギルドの生体スキャンで出た【変換効率:80%】。
魔力保有量が131しかない落ちこぼれの俺が、過酷な現場で生き延びてこられたのは、このエネルギーを無駄なく道具へ流し込む体質と、徹底した整備のおかげだった。
「ついでに、この拳銃も見てくれ。昨日のダンジョンでケイブ・ラーカーの複眼と足関節を撃ち抜いたんだが、初速がコンマ1秒遅い気がする」
「ケイブ・ラーカーだと? おい、お前本当に昨日から何と戦ってんだ?」
親父さんが呆れ果てた目で俺を睨みつける。
俺は昨日のクロードの配信騒動を思い出し、慌てて首を横に振った。
「たまたま狭い通路で鉢合わせただけだ。俺が仕留めたわけじゃない、他人の戦いに巻き込まれただけだよ」
「まったく、怪しいもんだぜ。まあいい、スロットの給弾バネを調整して、魔力弾の収束率を一段上げてやる。少し待ってろ」
佐伯さんは手際よく分解工具を握り、愛銃のバレルを調整し始めた。
小一時間ほどでメンテナンスは完了した。
支払った代金は4万5000円。昨日稼いだ魔石の換金分からすれば、痛くも痒くもない。
ピカピカに研ぎ澄まされた30センチの相棒を腰の鞘へ納め、調整された拳銃のグリップの感触を確かめる。
手のひらに吸い付くような馴染み具合。これなら、浅層のどんな魔獣が相手でも隙を作れる。
「ありがとな、親父さん。助かった」
「おう。死ぬんじゃねぇぞ、凌。そういやお前、最近赤ん坊を拾ったってギルドで噂になってるが、本当か?」
「なっ!?」
思わず足が止まった。
「受付の長谷川が嬉しそうに話してたぞ。『間宮さんが立派に新米パパやってる』ってな。ま、精々ミルク代でも稼ぎにいくんだな」
「パパじゃねぇよ! 一時預かりだ!」
俺は顔に熱が集まるのを感じながら、逃げるように工房を飛び出した。
*
ギルド出張所に戻ると、昨日の街頭モニターの騒ぎはまだ続いていた。
ネット上では「謎のEランク歩兵」の正体を突き止めようとする特定班の動きがさらに激化しているらしい。
だが、当の本人は至ってマイペースだ。
託児室を覗くと、鈴が他の園児たちと積み木で遊んでいた。
俺の足音に気づくなり、積み木を放り出して満面の笑顔で駆け寄ってくる。
「りょー! きゃっ、あーい!」
「おっと、走るな。転ぶぞ」
小さな体を抱き上げると、鈴は俺の首筋に頬をすり寄せて甘えてきた。
昨日覚えたての俺の名前を、嬉しそうに何度も口にしている。
「りょー? あっち?」
「ああ。ちょっとダンジョンで魔石拾ってくる。夕方には絶対に戻ってくるからな」
「あーい! りょー、ばいばー!」
小さな手でバイバイと手を振る鈴。
その愛らしい姿を目に焼き付け、俺は整備を終えた相棒たちとともに、地下迷宮への階段を踏みしめた。
ビットなんて高価なオモチャはいらない。
この手に馴染んだハンドガンと大型ナイフがあれば、俺と鈴の明日は十分に切り拓ける。
そう確信しながら、俺は薄暗いダンジョンの深みへと消えていった。




