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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第9章:地上の温もりと、双翼の長剣編

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第076話:双翼の長剣と、アキュラの初飛翔

 吹き抜ける春の乾いた風が、荒野の赤土を巻き上げていた。

 外郭防壁の内側に広がる、アルス・テック社の屋外実戦演習場。


 見渡す限りの遮蔽物のない平原の中央で、俺は足元に置かれた黒塗りの細長いジュラルミンケースを開け放っていた。

 内張りの緩衝材に収められているのは、銀灰色の光沢を放つ2振りの長剣だ。


 刃渡り1.2メートル。

 佐伯親方が中層上位素材であるアイアン・ワイバーンの骨殻と高剛性魔導鋼を幾重にも折り返し、鍛造し上げた試作品。


 その刀身の中央には、峰から切っ先にかけて、如月雫が設計した二重螺旋の幾何学回路が極細の溝となって彫り込まれていた。


 深層素材である『ベヒーモスの爪』で本番の刃を打つ前に、操作性と魔導回路の同期限界を検証するための試作型大型飛翔刃『アキュラ』。


「間宮さん、テレメトリー回線、オールグリーンです!」


 数百メートル後方の管制コンテナから、神崎葵の凛とした声が無線機を通して耳朶を打った。


「有線および無線の計測機器、すべて同期完了しました。いつでもいけます」

「了解した」


 俺は無線に応じ、息を深く整えた。

 右手を伸ばし、ケースから1振りのアキュラを抜き取る。

 手元に伝わる、ずしりとした冷徹な重み。


 刃渡り1メートルを超える大剣でありながら、親方の絶妙な重量バランスによって、重心が鍔のわずか手前に落ち着いている。

 片手で握り込んでも手首に無理な負荷がかからず、剛鉈と同じ感覚で鋭く振り抜ける設計だ。


 そして、俺は背中のレイヴンポッドへと意識を向けた。

 現在、俺が脳波リンクで運用できる制御リソースは合計4スロット。


 小型機4機を同時に飛ばしていたこれまでのモードから、新たに構築した術式『ハイブリッドモード』への切り替えを行う。


 思考のスイッチを切り替える。

 小型レイヴン4機のうち、2番機と3番機をポッド内部の待機スロットへと固定した。

 空いた2スロット分の制御帯域を束ね、足元のケースに残された、もう1振りのアキュラへと一気に注ぎ込む。


 キィィィン、と大気を震わせる澄んだ共鳴音が響いた。


 ケースの中の長剣の刀身が、鮮やかな群青の燐光を帯びて微振動を始める。

 二重螺旋の溝を逆位相の魔力流が高速循環し、刃の周囲の空気が陽炎のように揺らめいた。


 ふわり、と1.2メートルの鋼鉄の質量が重力を忘れ去ったように浮き上がる。

 宙を滑るように上昇し、俺の頭上3メートルの空中で、切っ先を前方へ向けたまま水平に静止した。


 驚くほど抵抗がない。

 大剣という巨大な質量を遠隔操作しているにもかかわらず、脳を圧迫するような重圧はどこにもなかった。

 雫の二重螺旋励起回路が、大気との空間摩擦と慣性質量を相殺している証拠だった。


「浮いた! 浮きました、倉田チーフ!」


 無線機の向こうで、雫の弾んだ声が響いた。


「位相干渉による慣性相殺率、91パーセント! 帯域消費は予定通り2スロットで安定しています!」

『よし、そのまま小型ビットを展開しろ!』


 倉田の怒号のような指示が飛ぶ。

 俺は背部のポッドへ残りの2スロットを伝達した。


 シュパッ!


 1番機と4番機の小型レイヴンが左右へ勢いよく射出された。

 手のひら大の黒い刃が鋭い風切り音を立て、俺の両脇を護衛するように高速旋回を始める。


 右手には、地上の間合いを断ち切る実体のアキュラ。

 頭上には、青い螺旋の光をまとって滞空する飛翔アキュラ。

 そして左右には、死角を埋める2機の小型レイヴン。


 4つの刃が、俺の呼吸と完全に一致していた。

 まるで四肢が外側へ拡張されたかのような、淀みのない全方位の知覚。


「これだ」


 口元から自然と言葉が漏れた。

 右手の中に確かな刃物の手応えを残したまま、死角となる頭上と左右を遠隔の刃が覆っている。

 解体屋として泥臭く培ってきた足さばきを一切殺さず、深層の巨獣の間合いの外から急所を両断できる。


『凌、標的を出すぞ! 装甲板を叩き割ってみろ!』


 倉田の声とともに、前方100メートルの地面から油圧シリンダーが轟音を立ててせり上がった。

 現れたのは、深層巨獣の削岩甲殻を模して作られた、厚さ30センチの超高硬度複合重装甲板だ。

 戦車の主砲弾すら跳ね返す、アルス・テック社自慢の試験用標的。


「行くぞ」


 俺は地面を力強く蹴り出した。

 加速とともに、両脇の小型レイヴン2機が矢のように先行する。


 音速を超えた小型刃が装甲板の直前で交差し、装甲を固定している左右の油圧リベットへ高周波ニードル弾を連射した。

 硬質な火花が激しく散り、固定部が弾け飛んで装甲板の側面にわずかな隙間がこじ開けられる。


 その隙間を見逃さず、頭上の飛翔アキュラへ意識を直結させた。


 落とせ。


 青い光条を引き連れ、飛翔長剣が天頂から音速で急降下した。

 こじ開けられた隙間へ、背後から斜め45度の角度で刃先が滑り込む。

 ギャリリリッ! と鋼鉄が悲鳴を上げ、飛翔アキュラが一撃で装甲板の背面支持フレームを両断した。


 バランスを崩し、標的の前半身が前傾する。

 その無防備な正面へ、俺自身が低く滑り込んだ。


 右腕の筋肉へ、体内の循環魔力を極限まで注ぎ込む。

 刃渡り1.2メートルの実体アキュラを、腰の回転とともに水平に振り抜いた。


 ズバァァァッ!!


 空気が破裂するような強烈な切断音が炸裂した。

 手応えは、驚くほど滑らかだった。


 厚さ30センチの複合装甲が、表と裏からの同時斬撃によって完全に寸断され、上下真っ二つに分かれて荒野の赤土へ転がり落ちた。

 ドオオォン、と重い金属塊が地響きを立てて砂煙を巻き上げる。


 俺は振り抜いた刀身を止め、ゆっくりと息を吐き出した。

 頭上の飛翔アキュラが反転して俺の頭上へ戻り、左右の小型レイヴンが静止する。


 残心。

 全身の神経を駆け巡っていた魔力が、静かに体内へと収束していった。


「標的、完全切断! 所要時間、わずか2.4秒!」


 無線機から、葵の興奮を抑えきれない声が飛び込んできた。

 続いて、スピーカーが割れんばかりの倉田の絶叫が轟く。


『見たかおい! 小型2機で装甲のボルトを飛ばし、遠隔アキュラで背骨を断ち、本人が正面から両断したぞ! 完全に成立してる! 四重連動ハイブリッド戦術、大成功だ!』

『がははは! いい切れ味だ!』


 通信機に割り込んできたのは、佐伯親方の豪快な笑い声だった。


『中層素材の試作刃でそれだけの剛性が出りゃ上等だ! おい凌、手応えはどうだ!?』


 俺は右手の剣を軽く持ち上げ、刀身に刃こぼれが一つもないことを確かめてから、口元のマイクへ応えた。


「親方、完璧だ。手持ちの重さも、飛ばした時のタイムラグも一切ねぇ。このバランスなら、深層の15メートル級の巨獣相手でも間合いを制圧できる」

『そうかい! なら決まりだな!』


 親方の拳が、作業台を力強く叩く音が響いた。


『今すぐ工房に戻ってこい! 本チャンの素材、手数料払ってまで取り戻したあの『深層削岩大鉤爪』を炉に放り込む! お前の最高の一振りを、俺が鍛え上げてやるぜ!』

「ああ、頼む」


 俺は短く応じ、アキュラの励起を停止させた。

 青い光が消え、頭上の長剣がゆっくりと下降してくる。


 柄を左手で掴み取り、2振りの長剣をジュラルミンケースへと収めた。

 小型レイヴンも背部のポッドへ滑らかに格納される。


 これまでの俺は、35センチの剛鉈と小型ビットだけで戦ってきた。

 だが、真壁惣一に突きつけられたリーチの限界を、仲間たちの知恵と技術で乗り越えた。


 長距離の黒曜と、中近距離のアキュラ。

 これで、深層のいかなる脅威にも対応できる。


   *


 その時だった。


 演習場の境界フェンスに設置された、防衛軍の屋外警戒コンソールが一瞬だけ、プツンと赤い警告灯を明滅させた。

 微弱な高周波ノイズが、スピーカーから小さく漏れ出る。


 片付けをしていた防衛軍の若い監視技官が、怪訝そうに眉をひそめた。


「ん? 今のノイズ、何だ?」


 技官は手元のモニターへ視線を落とし、ログを呼び出した。

 画面の波形グラフに、見たこともない複雑な多重周波のパルスが一瞬だけ記録されていた。


 地下の最深部から放射されたような、極めて高密度な空間歪曲のシグナル。

 だが、その波形はわずかコンマ1秒で消え去り、グラフは再び平坦な基底ラインへと戻っていた。


「何だよ、またセンサーの誤作動か。最近、本当に屋外機材の調子が悪いな」


 技官は小さく舌打ちし、リセットボタンを押して警告ログをクリアした。

 先週の春一番でアンテナの架台が狂ったのだろうと、それ以上の追及を放棄して背を向ける。


   *


 俺はその警告に気づくこともなく、ケースの留め金をパチンと閉じた。

 取っ手を握って立ち上がると、西の空が柔らかな茜色に染まり始めていた。

 腕時計の針は16時35分を指している。


「よし、ちょうどいい時間だな」


 演習場の出口へ向かって歩き出す。

 駅前のスーパーで、鈴の好きな無添加の焼きプリンと、夕食用に新鮮な魚でも買って帰ろう。


 17時前には、安全特区のタワマンへ戻れる。

 ドアを開ければ、黄色いトレーナーを着た鈴が、満面の笑顔で出迎えてくれるはずだ。


 穏やかな夕暮れの中、俺は愛娘の待つ温かな我が家へ向けて歩みを速めた。


 だが。

 新西東京の遥か地下深く、30年間沈黙を守り続けてきた東京ピラーの最深部では、かつて世界を塗り替えたものと同じ脈動が、静かに、しかし確実に胎動を始めていた。



お読みいただきありがとうございます。

ここまでで第9章が区切りとなりました。

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