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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第9章:地上の温もりと、双翼の長剣編

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第071話:鉄と魔導の青写真と、双翼の構想

 朝8時半、タワマン1階の託児所に鈴を送り届けた。


「ぱぱ、ばいばー!」

「ああ。17時きっかりに迎えに来るからな」


 手を振る鈴に見送られ、俺はまず第七外郭門のギルド出張所へと向かった。


   *


「本当にいいんですか、間宮さん」


 窓口カウンターの向こうで、長谷川さんが眉間を揉んだ。


「昨日の今日で、2,400万円で買い取ったばかりの部位を、手数料まで払って引き取りたいだなんて」

「悪いな。あれは俺の得物になる」

「兵装開発目的の物納材料再貸与申請なんて、この窓口が開設されて以来、前例がありませんよ」


 長谷川さんはぼやきながらも手早く端末を操作し、査定額の1割の手数料を差し引いた払い戻し処理を進めていく。


「はい、これで正式に間宮さん個人の私物へ戻りました。次からは最初から売らないでくださいね」

「肝に銘じる」


 保管庫から運ばれてきた麻袋を受け取り、大型背嚢へと収めた。

 第33層のアビス・ドリル・ベヒーモスから切り離した【深層削岩大鉤爪(基部関節)】、30キロの重み。

 背骨に食い込む荷を背負い直し、俺は第7工業区行きの列車に乗り込んだ。


   *


 煤けたレンガが連なる第7工業区の片隅。

 佐伯鍛冶工房の引き戸を開けると、焼き入れ油と鉄の匂いが漂ってきた。

 カーン、カーン、と乾いた鎚音が響いている。


「親方、邪魔するぞ」

「おう、凌か」


 火床の前でヤスリを動かしていた佐伯親方が顔を上げた。

 奥から、作業着姿の倉田巌チーフと白衣の如月雫が小走りで駆け寄ってくる。


「先生、ご無事で本当によかった!」

「深層から帰ったって聞いて飛んできたぜ。怪我はねぇか?」

「肩を少し掠めた程度だ。一晩寝たら塞がった」


 俺は背嚢を外し、樫の作業台の中央へ下ろした。

 ドンッ、と分厚い台が軋む音が響く。


「おいおい、ずいぶんと重てぇな。何を持ち帰ってきたんだ?」


 親方がタバコを止め、眉をひそめた。

 麻袋の口紐をほどき、中身を作業台の上へ滑り出させる。


 ズウウン。


 露出したのは、黒鉄色に鈍く光る異形の鉱物性関節だった。

 3本の削岩爪が接続されていた根元部分。


 緻密なアストラル硬化甲殻と、澄んだ生体魔力液を滲ませる極太の腱束。

 表面には青紫色の幾何学模様が浮かび上がっていた。


「なッ!?」


 倉田が目を剥き、携帯型魔力スキャナーをかざした。

 ピピピピピ、と高周波の計測音が鳴り響く。


「魔力伝導率94パーセント、硬度12。ギルドの査定値と寸分違わねぇ。だが結晶密度は中層ボスの4倍以上だ! おい凌、これ、第33層のベヒーモスの爪関節か!?」

「ああ。黒曜で撃ち抜いたあと、アダマン・クリーバーで切り離してきた。単体で30キロある」

「30キロの深層原種素材を手作業で解体して背負ってきたのかよ! 正気の沙汰じゃねぇぞ!」


 倉田が叫ぶ横で、親方が無言のまま素材に近づいた。

 指先で、断面の腱と甲殻の境界を撫で回す。


「傷一つねぇ。刃を入れる角度も、魔力の節も完璧に見切ってやがる。こんな滑らかな解体断面、標本写真でも見たことがねぇぞ」

「親方が鍛えたアダマン・クリーバーのおかげだ」

「ふん、お前の腕だろ」


 親方は短く鼻を鳴らしたが、その瞳にはぎらついた炎が宿っていた。

 雫が電子端末のスキャンデータをスクロールさせる。


「素晴らしいです。深層の極限魔圧によって金属鉱物と完全に同化しています。これほどの強度と柔軟性を兼ね備えた素材、アカデミーでも見たことがありません」


 雫が頬を染めて俺を見上げた。


「先生、この素材で佐伯親方に何を打ってもらうおつもりですか?」

「長剣だ」


 俺の返答に、工房の中が一瞬静まり返った。


   *


「長剣だと?」


 親方が煙草の煙を吹き出し、視線を向けた。


「お前は解体屋だ。刃渡り35センチのアダマン・クリーバーと、レクス・マグナム、4機のレイヴン。それがお前の間合いのはずだ。なぜ今さら長い獲物を欲しがる?」

「届かなかったんだ」


 俺は左肩を軽く指先で押さえた。


「敵の体長は15メートル超。前肢の攻撃範囲は半径10メートル以上だ。35センチの剛鉈じゃ、風圧を潜り抜けて肉薄しても、装甲の表面を削るのが限界で急所の芯まで刃先が届かない」


 エキスポで真壁惣一が言っていた言葉がよぎる。


『その35センチの刃先が、深層の巨獣の急所に届くか?』


 死線の中で、その意味を思い知らされた。


「黒曜は1,000メートル離れた場所から急所を撃ち抜ける。だが展開に5分かかる銃は乱戦じゃ使えない。懐に飛び込まれた時、あるいは巨獣の間合いの外から急所を断ち割るための、リーチのある長い刃物が要るんだ」


 親方は顎髭を撫でながら息を吐いた。


「言いたいことは分かる。だがな、生身の人間が刃渡り1メートルを超える大剣を振り回してみろ。質量が重くなれば小回りが死ぬ。お前の最大の武器である足さばきが帳消しになるぞ。巨獣の懐で足が止まれば一撃でミンチだ」

「ああ、だから考えたんだ」


 俺は背中の4連レイヴンポッドに手を触れた。


「生身で振り回すのが無理なら、剣そのものをレイヴンみたいに飛ばせねぇかと思ってな」

「はあ!?」


 飛び退くように声を上げたのは倉田だった。


「剣を飛ばす!? おいおい凌、無茶言うな! レイヴンが音速で飛べるのは、手のひらサイズで重量1キロ未満だからだぞ! 刃渡り1メートル超の大剣を宙に浮かせ、慣性質量をねじ伏せて振り回してみろ。バッテリーなんて数秒で空になるし、お前の脳が焼き切れる!」

「いえ、倉田チーフ。それは覆せます」


 確信に満ちた声が工房に響いた。

 如月雫が端末からホログラムを宙に投影する。

 青い光の中に浮かび上がったのは、二重螺旋の幾何学数式だった。


「黒曜の開発で確立した私の『二重螺旋励起理論』を応用します。刀身骨格に二重螺旋の魔力循環回路を彫り込み、逆位相の魔力流を高速循環させるのです。これにより空間の慣性抵抗を相殺できます。大型質量であっても、小型ビット並みの低燃費で滑空させることが理論上可能です」

「魔力波の共鳴相殺だと!?」


 倉田が食い入るように数式を覗き込む。

 雫は誇らしげに指先を動かした。


「問題は、先生の脳波リンク帯域と並行処理の負荷です。現在、先生が運用している『レイヴン・クアッド』は小型機4機。この制御リソースを、合計4つのスロットとして換算します」


 スクリーン上に、4つの四角い枠が表示された。


「小型レイヴンは1機につき1スロットを消費します。対して、大型の飛翔長剣は二重螺旋回路の制御を含めて1機につき2スロットを消費します。つまり、小型4機を待機させれば、等価交換として大型の飛翔長剣2機を同時に飛ばすことができるのです」

「長剣2機か!」

「はい。さらに、このシステムの真骨頂は動的なスロット切り替えにあります」


 雫が身を乗り出した。


「飛翔長剣を1機だけ飛ばし、もう1機を先生が生身で手持ちした場合、手持ちの長剣は物理運用ですからスロット消費はゼロになります。すると、余剰となった2スロットを使って、小型レイヴン2機を同時に連動起動できるのです」


 しばしの沈黙が落ちた。

 倉田が呆然と口を開け、親方が煙草を咥えたまま固まる。


「待て。それってつまり、どういう戦い方になるんだ?」


 俺の問いに、雫がにっこりと答えた。


「先生が右手で長剣を構えて敵を斬り伏せながら、頭上からはもう1振りの長剣が死角を強襲し、その周囲を2機の小型レイヴンが音速で飛び交って目潰しや牽制、背面の迎撃を担当するのです。生身の白兵戦と、遠隔大質量斬撃と、全方位索敵防御の完全連動です」

「おいおいおいおい!」


 倉田が頭を抱えて唸り声を上げた。


「手持ち武器と、大型飛翔刃と、小型ビットの動的スロット連動だと!? 防衛軍のマナ・フレームだってそんな芸当やってねぇぞ!」

「防衛軍のパイロットには無理でも、魔力変換効率85パーセントを誇る先生なら可能です」


 雫は胸を張ったまま、顎を軽く上げてみせた。

 その言葉が、胸にストンと落ちてきた。


 手の中に確かな刃物の重みがあり、自分の足で地を踏みしめながら、空からも同じ刃が連動する。

 大剣の死角を、慣れ親しんだ小型レイヴンがカバーしてくれる。

 職人として、これほど理にかなった戦い方はない。


「親方、打てるか?」


 俺が問いかけると、親方はニヤリと笑った。


「長剣の刀身に雫の二重螺旋回路を彫り込み、倉田の姿勢制御スラスターを仕込むんだろ。腕が鳴るってもんよ」

「よーし! アルス社の第3ラボも総力戦でいくぞ!」


 倉田が腕まくりをして拳を鳴らした。


   *


「ところで、新型機のコードネームはどうしますか?」


 設計の骨子をまとめ終えたところで、雫が尋ねてきた。


「アルス社の系譜としては、短剣型の『レイヴン(渡鴉)』、軽量型の『スワロー(燕)』ときています。鳥類の名を冠するのが開発部の伝統ですが」

「大型の長剣だしな。主神ゼウスの雷を運ぶ天空の巨鷲、天鷲座から取って『アクィラ(AQUILA)』はどうだ?」


 倉田が提案すると、雫が即座に反応した。


「素晴らしい着眼点です、倉田チーフ! 天鷲座の星霊語源、ラテン語の原音に忠実に発音すれば『アクィラ』ですね! 響きも格調高くて完璧です!」

「いやいや待て雫ちゃん、軍用兵装コードは英語読みが基本だろ。『アキュラ』だよ、アキュラ。現場で舌噛みそうな発音してられるか」

「学術的・魔導工学的な命名基準としては『アクィラ』が正統です! アキュラでは俗っぽすぎます!」

「軍のカタログに載せるならアキュラの方が通りがいいんだよ!」


 二人が机を挟んで額を突き合わせ、譲らない議論を始めた。

 思わず苦笑いが漏れる。

 俺は空になった湯呑みを置き、二人の間に割って入った。


「現場で短く指示が出せりゃ、どっちでもいい。アキュラでいくぞ」

「むぅ。先生がそう仰るなら」


 雫が少しだけ頬を膨らませて唇を尖らせた。

 親方が金槌の柄で作業台をコンと叩いた。


「決まりだな。鍛冶屋の銘としちゃあ、茎に『天鷲』と一文字彫り込んでやるよ」


 親方は作業台の上の黒鉄の塊に視線を落とし、表情を引き締めた。


「だが凌、このベヒーモスの大鉤爪は世界に一つしかねぇ至宝だ。失敗は許されねぇ。ぶっつけ本番で叩くわけにはいかねぇぞ」

「ああ、それは俺も思ってた」


 倉田が頷き、工房の棚を指差した。


「まずは手持ちの上位素材でテスト機を打とう。工房の在庫にある、アイアン・ワイバーンの骨殻と高純度魔導合金を使う。重さもバランスも本番とほぼ同じ『試作型アキュラ』を2振り仕立てて、まずは中層の試験場でスロット連動のテストだ」

「わかった。試作機のテスト、頼む」


 俺が頭を下げると、親方は力強く頷いた。


「任せとけ。3日もあれば振れる形にしてやる。お前は地上でしっかり体を休めて、娘の顔でも見てろ」

「助かる。それじゃ保育所の迎えがあるから、失礼するぞ」

「おう、急げよ。遅れたら娘さんに泣かれるぞ」


 工房を出ると、時計の針は16時を少し回ったところだった。

 西の空に傾き始めた光の中、駅へ向けて歩き出す。


 新たな双翼の刃『アキュラ』。

 空になった背嚢が、いつもより少しだけ軽かった。



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