第071話:鉄と魔導の青写真と、双翼の構想
朝8時半、タワマン1階の託児所に鈴を送り届けた。
「ぱぱ、ばいばー!」
「ああ。17時きっかりに迎えに来るからな」
手を振る鈴に見送られ、俺はまず第七外郭門のギルド出張所へと向かった。
*
「本当にいいんですか、間宮さん」
窓口カウンターの向こうで、長谷川さんが眉間を揉んだ。
「昨日の今日で、2,400万円で買い取ったばかりの部位を、手数料まで払って引き取りたいだなんて」
「悪いな。あれは俺の得物になる」
「兵装開発目的の物納材料再貸与申請なんて、この窓口が開設されて以来、前例がありませんよ」
長谷川さんはぼやきながらも手早く端末を操作し、査定額の1割の手数料を差し引いた払い戻し処理を進めていく。
「はい、これで正式に間宮さん個人の私物へ戻りました。次からは最初から売らないでくださいね」
「肝に銘じる」
保管庫から運ばれてきた麻袋を受け取り、大型背嚢へと収めた。
第33層のアビス・ドリル・ベヒーモスから切り離した【深層削岩大鉤爪(基部関節)】、30キロの重み。
背骨に食い込む荷を背負い直し、俺は第7工業区行きの列車に乗り込んだ。
*
煤けたレンガが連なる第7工業区の片隅。
佐伯鍛冶工房の引き戸を開けると、焼き入れ油と鉄の匂いが漂ってきた。
カーン、カーン、と乾いた鎚音が響いている。
「親方、邪魔するぞ」
「おう、凌か」
火床の前でヤスリを動かしていた佐伯親方が顔を上げた。
奥から、作業着姿の倉田巌チーフと白衣の如月雫が小走りで駆け寄ってくる。
「先生、ご無事で本当によかった!」
「深層から帰ったって聞いて飛んできたぜ。怪我はねぇか?」
「肩を少し掠めた程度だ。一晩寝たら塞がった」
俺は背嚢を外し、樫の作業台の中央へ下ろした。
ドンッ、と分厚い台が軋む音が響く。
「おいおい、ずいぶんと重てぇな。何を持ち帰ってきたんだ?」
親方がタバコを止め、眉をひそめた。
麻袋の口紐をほどき、中身を作業台の上へ滑り出させる。
ズウウン。
露出したのは、黒鉄色に鈍く光る異形の鉱物性関節だった。
3本の削岩爪が接続されていた根元部分。
緻密なアストラル硬化甲殻と、澄んだ生体魔力液を滲ませる極太の腱束。
表面には青紫色の幾何学模様が浮かび上がっていた。
「なッ!?」
倉田が目を剥き、携帯型魔力スキャナーをかざした。
ピピピピピ、と高周波の計測音が鳴り響く。
「魔力伝導率94パーセント、硬度12。ギルドの査定値と寸分違わねぇ。だが結晶密度は中層ボスの4倍以上だ! おい凌、これ、第33層のベヒーモスの爪関節か!?」
「ああ。黒曜で撃ち抜いたあと、アダマン・クリーバーで切り離してきた。単体で30キロある」
「30キロの深層原種素材を手作業で解体して背負ってきたのかよ! 正気の沙汰じゃねぇぞ!」
倉田が叫ぶ横で、親方が無言のまま素材に近づいた。
指先で、断面の腱と甲殻の境界を撫で回す。
「傷一つねぇ。刃を入れる角度も、魔力の節も完璧に見切ってやがる。こんな滑らかな解体断面、標本写真でも見たことがねぇぞ」
「親方が鍛えたアダマン・クリーバーのおかげだ」
「ふん、お前の腕だろ」
親方は短く鼻を鳴らしたが、その瞳にはぎらついた炎が宿っていた。
雫が電子端末のスキャンデータをスクロールさせる。
「素晴らしいです。深層の極限魔圧によって金属鉱物と完全に同化しています。これほどの強度と柔軟性を兼ね備えた素材、アカデミーでも見たことがありません」
雫が頬を染めて俺を見上げた。
「先生、この素材で佐伯親方に何を打ってもらうおつもりですか?」
「長剣だ」
俺の返答に、工房の中が一瞬静まり返った。
*
「長剣だと?」
親方が煙草の煙を吹き出し、視線を向けた。
「お前は解体屋だ。刃渡り35センチのアダマン・クリーバーと、レクス・マグナム、4機のレイヴン。それがお前の間合いのはずだ。なぜ今さら長い獲物を欲しがる?」
「届かなかったんだ」
俺は左肩を軽く指先で押さえた。
「敵の体長は15メートル超。前肢の攻撃範囲は半径10メートル以上だ。35センチの剛鉈じゃ、風圧を潜り抜けて肉薄しても、装甲の表面を削るのが限界で急所の芯まで刃先が届かない」
エキスポで真壁惣一が言っていた言葉がよぎる。
『その35センチの刃先が、深層の巨獣の急所に届くか?』
死線の中で、その意味を思い知らされた。
「黒曜は1,000メートル離れた場所から急所を撃ち抜ける。だが展開に5分かかる銃は乱戦じゃ使えない。懐に飛び込まれた時、あるいは巨獣の間合いの外から急所を断ち割るための、リーチのある長い刃物が要るんだ」
親方は顎髭を撫でながら息を吐いた。
「言いたいことは分かる。だがな、生身の人間が刃渡り1メートルを超える大剣を振り回してみろ。質量が重くなれば小回りが死ぬ。お前の最大の武器である足さばきが帳消しになるぞ。巨獣の懐で足が止まれば一撃でミンチだ」
「ああ、だから考えたんだ」
俺は背中の4連レイヴンポッドに手を触れた。
「生身で振り回すのが無理なら、剣そのものをレイヴンみたいに飛ばせねぇかと思ってな」
「はあ!?」
飛び退くように声を上げたのは倉田だった。
「剣を飛ばす!? おいおい凌、無茶言うな! レイヴンが音速で飛べるのは、手のひらサイズで重量1キロ未満だからだぞ! 刃渡り1メートル超の大剣を宙に浮かせ、慣性質量をねじ伏せて振り回してみろ。バッテリーなんて数秒で空になるし、お前の脳が焼き切れる!」
「いえ、倉田チーフ。それは覆せます」
確信に満ちた声が工房に響いた。
如月雫が端末からホログラムを宙に投影する。
青い光の中に浮かび上がったのは、二重螺旋の幾何学数式だった。
「黒曜の開発で確立した私の『二重螺旋励起理論』を応用します。刀身骨格に二重螺旋の魔力循環回路を彫り込み、逆位相の魔力流を高速循環させるのです。これにより空間の慣性抵抗を相殺できます。大型質量であっても、小型ビット並みの低燃費で滑空させることが理論上可能です」
「魔力波の共鳴相殺だと!?」
倉田が食い入るように数式を覗き込む。
雫は誇らしげに指先を動かした。
「問題は、先生の脳波リンク帯域と並行処理の負荷です。現在、先生が運用している『レイヴン・クアッド』は小型機4機。この制御リソースを、合計4つのスロットとして換算します」
スクリーン上に、4つの四角い枠が表示された。
「小型レイヴンは1機につき1スロットを消費します。対して、大型の飛翔長剣は二重螺旋回路の制御を含めて1機につき2スロットを消費します。つまり、小型4機を待機させれば、等価交換として大型の飛翔長剣2機を同時に飛ばすことができるのです」
「長剣2機か!」
「はい。さらに、このシステムの真骨頂は動的なスロット切り替えにあります」
雫が身を乗り出した。
「飛翔長剣を1機だけ飛ばし、もう1機を先生が生身で手持ちした場合、手持ちの長剣は物理運用ですからスロット消費はゼロになります。すると、余剰となった2スロットを使って、小型レイヴン2機を同時に連動起動できるのです」
しばしの沈黙が落ちた。
倉田が呆然と口を開け、親方が煙草を咥えたまま固まる。
「待て。それってつまり、どういう戦い方になるんだ?」
俺の問いに、雫がにっこりと答えた。
「先生が右手で長剣を構えて敵を斬り伏せながら、頭上からはもう1振りの長剣が死角を強襲し、その周囲を2機の小型レイヴンが音速で飛び交って目潰しや牽制、背面の迎撃を担当するのです。生身の白兵戦と、遠隔大質量斬撃と、全方位索敵防御の完全連動です」
「おいおいおいおい!」
倉田が頭を抱えて唸り声を上げた。
「手持ち武器と、大型飛翔刃と、小型ビットの動的スロット連動だと!? 防衛軍のマナ・フレームだってそんな芸当やってねぇぞ!」
「防衛軍のパイロットには無理でも、魔力変換効率85パーセントを誇る先生なら可能です」
雫は胸を張ったまま、顎を軽く上げてみせた。
その言葉が、胸にストンと落ちてきた。
手の中に確かな刃物の重みがあり、自分の足で地を踏みしめながら、空からも同じ刃が連動する。
大剣の死角を、慣れ親しんだ小型レイヴンがカバーしてくれる。
職人として、これほど理にかなった戦い方はない。
「親方、打てるか?」
俺が問いかけると、親方はニヤリと笑った。
「長剣の刀身に雫の二重螺旋回路を彫り込み、倉田の姿勢制御スラスターを仕込むんだろ。腕が鳴るってもんよ」
「よーし! アルス社の第3ラボも総力戦でいくぞ!」
倉田が腕まくりをして拳を鳴らした。
*
「ところで、新型機のコードネームはどうしますか?」
設計の骨子をまとめ終えたところで、雫が尋ねてきた。
「アルス社の系譜としては、短剣型の『レイヴン(渡鴉)』、軽量型の『スワロー(燕)』ときています。鳥類の名を冠するのが開発部の伝統ですが」
「大型の長剣だしな。主神ゼウスの雷を運ぶ天空の巨鷲、天鷲座から取って『アクィラ(AQUILA)』はどうだ?」
倉田が提案すると、雫が即座に反応した。
「素晴らしい着眼点です、倉田チーフ! 天鷲座の星霊語源、ラテン語の原音に忠実に発音すれば『アクィラ』ですね! 響きも格調高くて完璧です!」
「いやいや待て雫ちゃん、軍用兵装コードは英語読みが基本だろ。『アキュラ』だよ、アキュラ。現場で舌噛みそうな発音してられるか」
「学術的・魔導工学的な命名基準としては『アクィラ』が正統です! アキュラでは俗っぽすぎます!」
「軍のカタログに載せるならアキュラの方が通りがいいんだよ!」
二人が机を挟んで額を突き合わせ、譲らない議論を始めた。
思わず苦笑いが漏れる。
俺は空になった湯呑みを置き、二人の間に割って入った。
「現場で短く指示が出せりゃ、どっちでもいい。アキュラでいくぞ」
「むぅ。先生がそう仰るなら」
雫が少しだけ頬を膨らませて唇を尖らせた。
親方が金槌の柄で作業台をコンと叩いた。
「決まりだな。鍛冶屋の銘としちゃあ、茎に『天鷲』と一文字彫り込んでやるよ」
親方は作業台の上の黒鉄の塊に視線を落とし、表情を引き締めた。
「だが凌、このベヒーモスの大鉤爪は世界に一つしかねぇ至宝だ。失敗は許されねぇ。ぶっつけ本番で叩くわけにはいかねぇぞ」
「ああ、それは俺も思ってた」
倉田が頷き、工房の棚を指差した。
「まずは手持ちの上位素材でテスト機を打とう。工房の在庫にある、アイアン・ワイバーンの骨殻と高純度魔導合金を使う。重さもバランスも本番とほぼ同じ『試作型アキュラ』を2振り仕立てて、まずは中層の試験場でスロット連動のテストだ」
「わかった。試作機のテスト、頼む」
俺が頭を下げると、親方は力強く頷いた。
「任せとけ。3日もあれば振れる形にしてやる。お前は地上でしっかり体を休めて、娘の顔でも見てろ」
「助かる。それじゃ保育所の迎えがあるから、失礼するぞ」
「おう、急げよ。遅れたら娘さんに泣かれるぞ」
工房を出ると、時計の針は16時を少し回ったところだった。
西の空に傾き始めた光の中、駅へ向けて歩き出す。
新たな双翼の刃『アキュラ』。
空になった背嚢が、いつもより少しだけ軽かった。




