↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第8章:深層の咆哮と、黒き狙撃手編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/121

第068話:深層の巨星落つ、そして沈黙の解体職人

 冷えた岩肌に背中を預けたまま、俺はゆっくりと3度、深呼吸を繰り返した。

 張り詰めていた神経が弛緩し、左肩の裂傷から鈍い痛みが脈打つようにぶり返してくる。


 だが、休んでいる暇はない。


「よし、撤収だ」


 身体を起こし、黒曜の機関部へ手を伸ばす。

 ストック後部のスロットインポートから、熱を持った空のバッテリーカートリッジを抜き取った。


 バイポッドのロックを外し、脚部を畳む。

 銃身の排熱スリットからは、まだ微かに青白い魔力蒸気が立ち上っていたが、佐伯親方の打った手打ち魔導鋼は歪み一つ生じていない。


 本体を専用の耐衝撃ケースへ収め、バックルを固く締め上げた。

 展開に5分かかるなら、撤収もまた5分の作業だ。現場で立ち止まる時間は最小限に抑えなければならない。


 眼下の底面平原を見下ろす。


 立ち込めていた白煙と土煙が、鍾乳洞の冷たい気流に流されて徐々に晴れつつあった。

 退避用の横穴から、先行クラン『鉄塊の牙』の探索者たちが、恐る恐る顔を覗かせているのが見えた。


「な、何だ、今の閃光は」

「レールガンか!? 防衛軍の試作重機動兵器でも持ち込まれたのか!?」


 彼らが愕然とした面持ちで、発射点である頭上300メートルの断崖テラスを見上げている。

 だが、立ち上る薄い排熱煙の中に、すでに俺の姿はない。


 ライフルケースを背中に固定し直した俺は、岩壁のくぼみを足場に、音もなく崖を滑り降りていた。

 4機のレイヴンを低空で先行させ、周囲に残党の気配がないかを索敵させる。

 主を失ったモール・ラーカーは完全に地下深くへと四散していた。周囲に危険はない。


 トン、と軽い着地音を立てて、俺は底面平原の玄武岩の上に降り立った。


 目の前に横たわっているのは、体長15メートル、推定50トンの漆黒の山。

 アビス・ドリル・ベヒーモス。


 近寄れば、その桁外れの質量に思わず息を詰める。

 迷宮種なら光の粒子となって消え失せるはずの巨体が、実体を保ったままそこにあった。


 頭部の中央、眉間から喉元にかけては、直径30センチほどの滑らかな貫通孔が穿たれていた。

 超高密度の魔導エネルギーが通り抜けた岩盤装甲の断面は、摩擦熱と高熱によってガラス質に融解し、内部の中枢魔核は影も形もなく蒸発している。


 1,000メートル先から、この微小な急所だけを正確に撃ち抜いたのだ。


「お、おい! あんた、さっきの!」


 横穴から駆け寄ってきたのは、先ほど俺が引きずり倒して救い出した重戦士だった。

 折れた右腕を三角巾で吊り、泥と血にまみれた顔で俺を凝視している。


 その後ろから、後衛の魔導士や斥候たちも駆け寄ってきた。全員が手負いだが、全員が生きていた。

 重戦士の視線が、俺の左肩の裂けた防護服と滲む血痕に止まり、息を呑む。


「さっき崖の上から撃ったのは、あんたなのか!? 一体どんな兵器を撃ち込んだんだ!?」

「通りすがりの解体屋だ」


 俺は短く遮り、腰の鞘から『アダマン・クリーバー』を引き抜いた。

 刃渡り35センチの剛鉈。

 先ほどは巨腕の間合いに阻まれ、外殻の表層を削ることしかできなかった獲物だ。


「あ、危ねぇぞ! 死んでてもそいつの装甲はアストラル硬化してる、並の刃物じゃ歯が立たねぇ!」


 探索者の一人が叫んだが、俺は構わず巨獣の右前肢の付け根へと歩み寄った。

 巨大な3本の削岩大鉤爪。長さ3メートルを超える、漆黒の至宝だ。


「生きている時はな」


 俺は刃先の角度を定め、変換効率85パーセントの魔力をクリーバーへ送り込んだ。

 キィィィン、と澄んだ高周波微細振動が刀身を満たす。


 絶命した魔獣の体躯からは、魔力力場がすでに霧散している。

 あれほど硬かったアストラル硬化甲殻も、筋肉が弛緩した今なら、関節の隙間は明確に見えていた。


 かつて地上スタンピードでアダマン・ボアを解体した時と同じだ。

 どれほど強大な魔獣であっても、骨格を動かす関節の構造には物理的な法則がある。


 解体屋にとって、息絶えた獲物はただの素材の塊に過ぎない。


 ザシュッ!


 滑らかに刃先を滑り込ませる。

 剛甲殻と骨の隙間、極太の腱が複雑に絡み合う接合点。


 親指ほどの小さな隙間へ、佐伯親方の鍛えた刃先が寸分の迷いもなく吸い込まれていく。

 微細振動によって分子結合を解かれた腱が、バターのように抵抗なく両断されていく。


 刃渡り35センチ。生きた巨獣を倒すには短すぎたが、こうして動かない関節の腱をスライスするには十分すぎる長さだった。


 ギチリ、と最奥の軟骨接合部を断ち切る鈍い手応え。

 刃先を45度傾け、梃子の原理で骨頭を押し広げる。


 ズズウウンッ。


 重厚な地響きとともに、3本の漆黒の削岩大鉤爪が、根元の強靭な基部関節ごとゴロリと地面へ転がり落ちた。


 所要時間はわずか3分。

 傷口の断面からは、上質な冷たい鉱物油のような生体魔力液が滴っている。

 欠けも濁りもない、深層の主の最高純度の一部位。


「う、嘘だろ。あんな極厚の関節を、手作業の刃物一本で切り離したぞ」

「3分もかかってねぇ。なんだあの手つきは、まるで機械の精密解体だ」


 探索者たちが息を呑み、信じられないものを見る目で立ち尽くしていた。

 俺は背負い袋から頑丈な麻袋を取り出し、切り離した大鉤爪の基部関節を手際よく包み込んでパッキングした。


 単体で30キロ近い重さがあるが、背負えない重量じゃない。


「おい、あんた。頼む、名前を聞かせてくれ。『鉄塊の牙』の副長、堂島だ。命の恩人に礼の一つも言えねぇんじゃ、探索者の看板を下ろさなきゃならねぇ」


 腕を吊った重戦士が、真っ直ぐに頭を下げてきた。

 俺は左肩の荷紐を締め直し、足元の巨大な死骸を顎で指した。


「名乗るほどの者じゃない。獲物の最高の一部位は貰った。残りの巨体は、全部あんたらにくれてやる」

「はあ!? 全部って、おい! これだけの超大型種、甲殻と肉だけでもギルド換金で数千万円は下らねぇぞ!」

「解体屋の俺一人じゃ、50トンの山なんて持ち帰れねぇよ。前線部隊の人数で運べば、遠征の赤字くらいは帳消しになるだろ」


 俺が淡々と告げると、探索者たちは言葉を失って固まった。

 数千万円の獲物を惜しげもなく譲り渡す探索者など、この深層広しといえども存在するはずがない。


 だが、俺にとって必要なのは、佐伯親方と倉田に届ける最高の素材と、娘の待つ地上へ無事に帰ることだけだ。

 ここで欲張って荷物を増やし、事情聴取や素材の配分で足止めを食らう方が、よほど割に合わない。


「退避坑道が崩れかけてる。小型の群れが戻ってくる前に、さっさと上層の前進拠点へ上がれよ」


 俺は踵を返し、上層へと続く昇降路へ向けて歩き出した。


「お、おい! 待ってくれ!」


 背後から呼びかける声が響いたが、俺は一度も振り返らなかった。

 4機のレイヴンが頭上を静かに旋回し、周囲の闇を警戒しながら前方を先導する。


 遠く、鍾乳洞の反対側の通路から、閃光の音を聞きつけて駆けつけてきた別の探索パーティーの足音とざわめきが響いてきた。


「おい、見ろ! アビス・ドリル・ベヒーモスが落ちてるぞ!」

「頭部が一撃で蒸発してるぞ! 何だこの貫通痕は!」

「あそこに歩いていく黒い男を見ろ! 背中に巨大な筒を背負ってるぞ!」

「黒き狙撃手だ。噂のアルス社のテスターじゃねぇのか!」


 ざわめく声を背中に聞き流しながら、俺は昇降シャフトへ向けて歩調を早めた。


 左肩の裂傷は痛むが、足取りは軽い。

 背嚢に収まった30キロの冷たい大鉤爪が、歩みに合わせて低く軋む。

 約束の3日目。明日の夕方には、地上で待つ鈴の元へ帰る。


 冷え切った坑道に硬い靴音を響かせながら、俺は頭上3,300メートルの昇降シャフトへと歩調を早めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。