第063話:重装甲シャフトの降下と、第31層前進拠点
ゲートをくぐった先は、ドーム状の巨大な地下空洞だった。
中央に鎮座しているのは、一般的なエレベーターとは似ても似つかない、黒鉄の巨大構造物だ。
直径およそ30メートル。周囲を何重もの耐圧装甲板と極太のリニアレールが取り巻き、その隙間で青白い防護力場発生器が脈打っている『重装甲昇降シャフト』。
深度数千メートルの超深層と地上を唯一直結する、国家規模の超巨大昇降装置だった。
プシュー、という圧縮空気の抜ける重低音とともに、シャフト側面の重金属ハッチが油圧シリンダーを唸らせて開いた。
俺を含め、この便に乗り込む20名ほどの探索者たちが、足音を重く響かせながら内部へと乗り込んでいく。
内部は無機質な耐震フレームが剥き出しになっており、座席などはない。乗員全員が壁面に設置された固定用手すりを掴み、体を預ける構造だ。
俺は奥の壁際に立ち、背中のライフルケースが壁にぶつからないよう位置を調整した。
隣には、全身を深紅の重装甲で覆った4人組のパーティが並んでいた。無言のまま、互いのヘルメット越しに視線を交わしている。全員の全身から、濃密な魔力の波がピリピリと放たれていた。
『搭乗シークエンス完了。昇降ハッチを密閉します』
合成音声のアナウンスとともに、厚さ30センチを超える装甲扉が重々しい音を立てて閉鎖された。
ガコン、ガコン、と四方のロックピンが噛み合っていく。
密閉された空間に、機械の駆動音と、乗員たちの微かな呼気だけが満ちた。
『減圧防護フィールド展開。深度3,200メートル、第31層前進拠点へ向けて降下を開始します。急激な加速度にご注意ください』
次の瞬間、腹の底を鷲掴みにされるような強烈な浮遊感が襲った。
ゴォォォォッ、という地響きのような風切り音とともに、巨大なシャフトが一気に重力の底へと自由落下に近い速度で落ちていく。
壁面の手すりを握る手に、ぐっと力を込めた。
正面の壁に埋め込まれたデジタル高度計が、恐ろしい速度で数値を減らしていく。
『地下500m、第10層通過』
『地下1,200m、第18層通過』
『地下2,000m、第25層通過』
中層の境界を突破したあたりから、エレベーターの外壁を叩く音の質が変わった。
単なる風の音ではない。
分厚い装甲板の外側から、ビリビリと微細な振動が伝わってくる。深層特有の、濃密で暴虐な魔素の嵐が、降下するシャフトの外壁に擦れ合っているのだ。
気圧と魔素濃度の急激な変化により、鼓膜の奥がきしりと痛む。
無意識に顎を動かして耳抜きをした。
隣の重装甲の男たちが、小声で言葉を交わすのが聞こえた。
「おい、外の魔素濃度、計器が振り切れそうだぞ」
「エキスポの件以来、地中のアストラル生命体が活性化してるって話は本当らしいな」
「31層から先は、まともな物理法則が通用しねぇと思った方がいい」
重装甲の男の言葉通り、手すりを通じて伝わってくる振動には、生き物が蠢くような不気味な脈動が混ざっていた。
外郭防壁の基礎杭を食い破ったグラウンド・モール。
そして、その親玉が生息しているとされる、さらに深い暗黒の回廊。
すべては、この奈落の底で繋がっている。
俺は目を閉じ、静かに意識を背中へと向けた。
背部ホルダーに収まる4機のレイヴン。
変換効率85%まで研ぎ澄まされた俺の魔力回路が、思考の奥でレイヴンの小型共鳴コアと静かに共振する。
いつでも跳べる。俺の神経の延長として、音速で空を切り裂く準備はできている。
そして、右肩に食い込む黒曜の質量。
初速マッハ6.2。雫が理論を組み上げ、親方と倉田が魂を削って形にした白銀の槍。
未知の怪異がどれほど分厚い装甲を誇ろうと、この一撃で急所を撃ち抜く。
『減速シーケンス移行。間もなく、第31層前進拠点に到着します』
アナウンスとともに、逆噴射のような猛烈な制動Gがかかった。
膝をわずかに曲げ、体重を支える。
ガクン、と大きな揺れとともにシャフトが完全に静止した。
『気圧調整完了。外郭ゲートを開放します』
プシューッ、と激しい蒸気が噴き出し、正面の重金属ハッチが左右へとスライドしていった。
開かれた視界の先。
そこに広がっていたのは、地上とは完全に別世界の光景だった。
天井の見えない、漆黒の巨大ドーム。
周囲の岩盤はすべて、光を呑み込む黒鉄のような鈍い光沢を放っている。
人工照明の届かない闇の奥では、青白い魔素の燐光が霧のように漂い、空気が凍りつくような冷気と、肌をチクチクと刺す高濃度の魔力圧が肌を撫でた。
岩肌を削って設営された無骨な前進基地のゲートには、重機関銃座と対物バリケードが隙間なく配備され、歴戦の防衛兵たちが油断なく周囲の闇を警戒している。
深層第31層。
かつて多くの探索者が命を落とし、人類の進出を拒み続けてきた領域。
シャフトから吐き出された探索者たちは、誰一人として言葉を発することなく、重い足音を立てて前進基地のプラットホームへと散っていく。
頭上には、落石やアストラル生命体の降下を防ぐための強靭な対魔防護ネットが幾重にも張り巡らされていた。
岩壁をくり抜いて設営された簡易ドックからは、グラインダーが装甲板を削る甲高い火花と、冷却ガスの噴射音が絶え間なく響いている。
中層のベースキャンプにあったような、探索者同士の気軽な雑談や笑い声は微塵も存在しない。
漂うのは重油と冷却水の匂いに、かすかな血の匂いが混じり込んだものだけだった。
「衛生兵、急げ! 第32層から撤退してきた第3小隊だ!」
遠くの通路から、血相を変えた防衛兵たちの怒号が響いた。
担架に乗せられた探索者が、蒼白な顔で搬送されていく。その腕の皮膚は、アストラル生命体の力場に触れたらしく、紫色の燐光を帯びて激しくただれていた。
すれ違うベテラン探索者たちが、足を止めることもなく、ただ冷淡な視線を一瞬だけ向けて通り過ぎていく。
誰もが自分の命を保つことだけで手一杯なのだ。
ここは、少しの油断が即座に肉片へと変わる、純粋な生存競争の最前線だった。
俺は壁際に置かれた鉄製ベンチに立ち寄り、装備の最終確認を行った。
右腰の剛鉈『アダマン・クリーバー』。柄の革巻きを握り、シースからの滑らかな抜き心地を確かめる。
大腿部のホルスターから大口径魔導拳銃『レクス・マグナム』を引き抜き、シリンダーを開いて6発の大容量徹甲魔導カートリッジの装填状態を目視。
背部のホルダーに手を回し、4機のレイヴンの電磁ロックピンの反応をひとつずつ確認する。
そして、肩に食い込む25キロのライフルケース『黒曜』。
ストック後部に内蔵された試作バッテリーのインジケーターは、青い満充電のサインを静かに灯していた。
「おい、坊主」
不意に、横からしゃがれた声がかけられた。
見上げると、隣のベンチで使い古された大盾の手入れをしていた、白髪交じりの巨漢の探索者がこちらを見つめていた。
全身の防具に無数の引っかき傷が刻まれた、歴戦のベテランだった。
「軽装だな。腰の鉈と拳銃、それに背中の長物。ソロで第31層へ潜る気か?」
「ええ、仕事ですから」
淡々と答えると、巨漢は眉根をわずかに寄せ、ため息混じりに首を振った。
「命知らずか、それとも腕に覚えがあるのか知らねぇが、深層のアストラル生命体は、中層までの魔導弾も物理刃もまともに通らねぇぞ。力場に触れられただけで、防具越しに神経を焼かれておしまいだ。死ににいくわけじゃねぇよな」
その瞳の奥には、単なるやっかみではなく、深層の地獄を知る者特有の冷徹な警告が宿っていた。
俺はレクス・マグナムをホルスターへ滑り込ませ、立ち上がって背負いベルトをぐっと締め直した。
「死ぬ気配なんて毛頭ありませんよ。地上で、娘が待っていますから」
静かに告げると、巨漢は虚を突かれたように瞬きをし、それから口元を微かに歪めて小さく鼻を鳴らした。
「そうかい。なら、余計な情けは無用だな。自分の足元だけ見て生き残れ」
「ありがとうございます。ご無事で」
俺は軽く会釈を交わし、ベンチを離れた。
前進拠点の最深部。
光の届かない回廊の闇を隔てる、巨大な出域ゲートが目前に迫っていた。
冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、俺は黒鉄の大地を踏みしめながら、検問所へと歩みを進めた。




