第057話:屋外演習場の異変と、蒼き射手
第1区見本市ホールから軍用シャトルに揺られること数分。
辿り着いたのは、関東第3防壁都市の最も外側、外郭防壁の分厚いコンクリート壁に沿って広がる防衛軍の屋外演習場だった。
普段は装甲車両の砲撃訓練や重火器の実戦射撃に使われる巨大なすり鉢状のフィールドを、扇形に広がる観客スタンドが取り囲んでいる。スタンドの前面には強化防弾ガラスと青白い防護力場フェンスが展開され、遠方の演習エリアには厚さ30センチの戦車用複合装甲標的がいくつも立ち並んでいた。
「ひろーい! おそと、ひろーい!」
「ぶーん! くるまいっぱい!」
陽菜と芽依がスタンドの階段を小走りで駆け下りていく。
鈴も俺の首に腕を回したまま、斜め上を仰ぐようにキョロキョロと視線を巡らせていた。
「こら二人とも、階段で走ったら転ぶわよ。間宮さん、真ん中あたりの席にしましょうか。あそこなら全体がよく見渡せるし、後ろの避難通路にもすぐ出られるわ」
「そうですね。助かります」
子供連れの母親なら前列に行きたがりそうなものだが、志保は迷いのない足取りで視界の開けた中央段、かつ非常口への動線が一直線に通る位置を確保した。元Bランク索敵担当の、骨の髄まで染み付いた危機管理の習性だろう。
三人娘を座席に座らせ、麦茶のボトルを渡す。
ほどなくして、演習場全体に重低音のアナウンスが響き渡った。
『来場者の皆様、お待たせいたしました。これより、各社新型魔導兵装の実戦模擬デモを開始いたします。第1演習、メガコープ・ハイペリオン社、橘宗介探索者による中距離重力励起砲の実射試験です』
グラウンドの中央、白煙を上げてリフトアップされた射撃台に、純白のスーツに身を包んだ男が進み出た。背中に背負った黄金の4門ビームランチャーが、秋の陽光を浴びてギラギラと輝いている。橘宗介だ。
「はーっはっは! 我が至高の美学、黄金の秩序をその目に焼き付けるがいい!」
観客席へ向けて派手にマントを翻し、指を突き立てる。スタンドのあちこちから、ハイペリオンのファンや物珍しさに集まった探索者たちの歓声が上がった。
橘が腰を落とし、照準スコープを眼前に展開する。
「唸れ、セラフィム・キャノン改! 臨界フルバーストォォォッ!!」
空気が軋んだ。
4つの砲口から放たれた極太の黄金の光条が、轟音とともに一直線に平原を突き抜ける。500メートル先の複合装甲標的が閃光に包まれ、蒸発するように跡形もなく吹き飛んだ。
凄まじい衝撃波が観客席の力場フェンスを揺らし、スタンドから割れんばかりの大歓声が沸き起こる。
「わあ、きんぴかビーム!」
「すごーい!」
陽菜と芽依が立ち上がって手を叩き、鈴も小さな口をぽかんと開けて光の残滓を見つめていた。
橘が得意げに胸を張り、観客へ向けて深々と一礼する。
だが、その直後だった。
ピロリロリン、と甲高い警告音がスピーカーから漏れた。
砲身の基部からプシューッと大量の白煙が吹き上がり、橘が「あちちちちっ!? 熱い、強制冷却が追いつかん!」と慌ててバックパックを叩き始める。
「相変わらずだな、あいつは」
俺が苦笑を漏らした、その瞬間。
ズズズ、と足元のコンクリート床から、奇妙な振動が伝わってきた。
ただの砲撃の余波ではない。
地中深層、固い岩盤の底を、巨大な杭で突き上げるような不気味な地鳴り。
隣にいた志保の表情が、一瞬で凍りついた。
「地下、大型の変異魔力! 深度30メートルから急上昇してくる!」
鋭利な叫び声だった。
志保は考えるより早く両腕を広げ、陽菜と芽依、そして座席の鈴の3人を一気に抱え込むと、ベンチの背もたれの死角へ身を潜めさせた。一切の迷いがない、完璧な防護姿勢。
その直後、平原の中央がドカンと大爆発を起こした。
吹き飛んだ土煙の奥から、巨大な漆黒の塊が地盤を突き破って飛び出してくる。
体長8メートル。
全身を分厚い岩盤掘削甲殻で覆い、両前足に巨大なショベルのような湾曲爪を備えた巨獣。
大型変異魔獣『グラウンド・モール(地中穿孔大土竜)』。
さらにその周囲の亀裂から、体長1メートルほどの取り巻き『モール・ラーカー(潜地伏兵)』が数体、跳ねるように這い出してくる。
「な、なんだありゃあ!?」
「魔獣だ! 演習場の中に魔獣が湧いたぞ!」
スタンドがパニックに包まれる。
防壁は地上からの侵入に対しては鉄壁だ。だが、地中深層、基礎杭の隙間を潜り抜けて都市の足元へ侵入してくる変異種までは、完全に検知しきれていなかったのだ。
橘のフルバーストが放った強烈な魔力波と衝撃が、地下に潜伏していた奴らを刺激して引きずり出したらしい。
巨獣が泥臭い咆哮を上げ、目の前にいた橘へと巨大な爪を振り下ろす。
「ひぃっ!? 排熱シーケンス中だ、動けセラフィム!」
橘が青ざめて飛び退くが、砲身の重さで足がもつれる。
そこへ、横合いから金属の激突音が轟いた。
「橘ァ! だから言ったろがボケナス!」
背中の多関節アームを唸らせて突っ込んできたのは、坂東宗一郎だった。
定格15トンのシリンダー腕が、吹き飛んできた巨大なコンクリート塊を空中で真っ向から薙ぎ払い、橘の頭上を間一髪で守る。
「小型の相手は任せろ! 客席に近づけさせるな!」
坂東がサブアームの重機関銃を乱射し、取り巻きの小型種を力ずくで押しとどめる。
だが、親玉のグラウンド・モールは怯まない。
巨大な右前足の爪を薙ぎ払う。その攻撃範囲は、優に4メートルを超えていた。
「ぐわっ!?」
坂東のアームシールドが火花を散らして弾かれ、大きく体勢を崩す。
間合いが広すぎる。
近づこうとする者をことごとく圧殺する、巨大な質量とリーチの暴力。
そこへ、黒い影が疾走した。
漆黒の陣羽織が風を孕んで翻る。
叢雲重工、真壁惣一。
巨獣が右爪を振り抜き、次の連撃を繰り出そうとした刹那、真壁は巨獣の致死圏のわずか外側、爪先が空を切る境界線上でピタリと踏みとどまった。
そして、腰の鞘から白刃を一気に引き抜く。
全長180センチ、大太刀『大蛇断ち』。
刀身に青白い質量魔力が宿り、空気が軋む。
「断ち割れ」
一閃。
巨獣の爪が届かない絶対の間合いの外から、180センチの切っ先が剛速の弧を描いて振り下ろされた。
硬質な外骨格を断ち割る澄んだ金属音。
グラウンド・モールの太い右前足が、関節の根元から装甲ごと真っ二つに両断され、ドサリと平原へ落ちた。
客席のベンチの陰で、俺は息を呑んでいた。
あの間合いだ。
4メートルを超える爪を振り回すバケモン相手に、俺の35センチのクリーバーじゃ懐に入る前に薙ぎ払われる。真壁のあの長さがあって初めて、奴の攻撃の外側から装甲を叩き割れるのだ。
先ほど職人街で突きつけられた言葉が、いま目の前の光景と生々しく重なっていた。
だが、右足を失った巨獣は死んでいなかった。
痛みに狂った巨獣が、残った左足と頑強な岩石頭部を突き出し、観客スタンドの避難階段へ向けて猛然と突進を開始したのだ。
「逃げろ! こっちへ来るぞ!」
階段付近にいた観客がパニックを起こして将棋倒しになりかける。
その混乱の最前線、逃げ遅れた親子の前に、単身で飛び出した影があった。
「そこまでよ!」
神崎葵だった。
アルス・テックの群青色のテストスーツを纏った彼女は、新型魔導アサルトライフルを構えながら、背中のポッドを跳ね上げた。
「スワロー、展開!」
カシャリと射出されたのは、2機の燕型小型ビット。
低空を滑空した2機のスワローが、突進する巨獣の鼻先へ割り込み、瞬時に偏向シールドを交差展開する。
激突の衝撃。シールドが火花を散らして軋むが、突進の軸がわずかに右へと逸れた。
巨獣が怯んで頭部を跳ね上げた、その決定的な隙。
葵の指先がトリガーを引いた。
タタン、タタン!
鋭く澄んだ3点バースト。
反動を完全に抑え込んだ銃口から放たれた魔導徹甲弾が、巨獣の剥き出しになった眼球と、残った左足の膝関節を寸分の狂いもなく撃ち抜く。
両足を完全に破壊された巨獣が前のめりにグラウンドへ激突し、凄まじい土煙を上げた。
そこへ追いついた真壁の大太刀が頭頂部の中枢核を叩き割り、駆けつけた防衛軍部隊の集中砲火が巨獣を完全に沈黙させた。
*
平原の巨獣が倒れた、まさにその瞬間。
客席の後方、通気ダクトの鉄格子が音もなく外れた。
這い出してきたのは、生き残っていた1体の小型種、モール・ラーカー。
前方の騒ぎに気を取られ、子供たちを抱きしめている志保の背後へ、鋭利な爪を立てて忍び寄ろうとしていた。
志保は子供たちを守ることに全神経を集中させており、背後の気配には気づいていない。
俺は作業着のポケットに右手を突っ込んだまま、左手でそっと志保の肩を押さえた。
袖口のホルダーから、不可視の高速ビット『レイヴン』1機を滑り出させる。
音速の微細振動刃。
キィン、と誰の耳にも届かない微細な音とともに、レイヴンがダクトの影へ一瞬で滑り込み、小型種の頸椎を骨ごと両断した。
ドサリ。
物言わぬ肉塊となった小型種を、俺は足元に落ちていた防護用ビニールシートで素早く覆い隠した。
誰の目にも止まらない、わずか0.5秒の裏方処理。
「え? 間宮さん、今、後ろで何か、音が?」
志保がハッと振り返る。
俺は平静な顔のまま、シートの端を靴底で踏みとどめた。
「いや、スタンドの鉄パイプが軋んだだけだ。子供たち、怪我はないか」
「え、ええ。大丈夫よ。みんな無事よ」
志保がふうっと細く息を吐き出し、子供たちの小さな頭をぎゅっと抱きしめる。
陽菜と芽依が顔を上げ、鈴も志保の腕の中からひょっこり顔を出した。
その時だった。
静まり返っていた観客席から、堰を切ったような大歓声が沸き起こった。
「すげえぞ、あのライフル兵!」
「ビットで突進を逸らして、目を撃ち抜いたぞ!」
「怪我人ゼロだ! あの子が守ってくれたんだ!」
スタンディングオベーション。
何千人もの観客と軍幹部、ギルド査定官たちが立ち上がり、グラウンドの葵へ向けて惜しみない拍手を送っていた。
スタンドの上段から、陽菜と芽依が身を乗り出して叫ぶ。
「あおいおねえちゃーん!」
「すごーい!」
鈴も小さな両手をパチパチと一生懸命に打ち鳴らし、頬を真っ赤に染めて叫んだ。
「あおいー!」
グラウンドの葵が顔を上げた。
客席の鈴たちを見つけると、汗で濡れた前髪を払い、少し照れくさそうに、けれど誇らしげにニッと笑って、青空へ向けて高くピースサインを掲げてみせた。




