第055話:関東魔導兵装エキスポ開幕と、二大巨頭の光彩
抜けるような秋晴れの青空の下、第1区の国際見本市ホール前は、地鳴りのような人波に埋め尽くされていた。
頭上に浮かぶ巨大な立体ホログラムが、極彩色の光を放ちながら回転している。
『第12回 関東魔導兵装エキスポ 新世代ダンジョン技術の胎動』
最新鋭の装備を纏った探索者から軍関係者、魔導工学を学ぶ学生まで、熱気は凄まじい。
そんな人混みの端っこを、俺は周囲の視線に肩身を狭くしながら歩いていた。
「すずちゃん、あっちにきらきらがあるよ!」
「きらきらー!」
「みー!」
足元では、4歳の陽菜を先頭に、2歳半の芽依、そして1歳半の鈴が、3人仲良く手を繋いでよちよちと行進していた。
鈴は小さな足で一生懸命に地面を踏みしめ、斜め上を見上げては声を弾ませている。
「こら陽菜、引っ張ったら危ないでしょ。芽依も前見て!」
後ろから早川志保が、リュックを背負った軽快なパンツスーツ姿で注意を飛ばす。
両手に提げたマザーズバッグとお茶の水筒が、完全に二児の母のそれだった。
「すいません間宮さん、うちのが騒がしくて」
「いえ、鈴も楽しそうです。誘ってよかったです」
アルス・テック社から届いた見学チケットを手に、お隣の早川親子を誘ったところ、志保は「子供が生まれてから、こういう大きな展示会なんて全然行けてなかったのよ!」と二つ返事で乗ってくれたのだ。
「それにしても本気の警備ね。防衛軍の装甲車まで出てるわ」
志保がゲート脇を鋭く観察する。元索敵担当の視線だ。
「ふーしぇん!」
陽菜が指差した先、エントランスで色とりどりの風船が配られていた。
鈴もその指先を目で追い、ふわりと浮かぶ風船を小さな口をぽかんと開けて見上げている。
「後でもらいに行こうな。迷子になるから手は離すなよ」
声をかけると、鈴は小さく首を縦に振り、二人の手をぎゅっと握り直した。
体格差のある三人娘が手を繋いで歩く姿に、すれ違う屈強な探索者たちが思わず口元を緩めていた。
*
メイン展示棟に入った瞬間、プロモーション映像の大音響と歓声が耳を打った。
視界に飛び込んできたのは、中央の一等地を占拠する豪奢なブース。
白銀と黄金に彩られた、国内最大手ハイペリオン社だ。
頭上では新型球体ビット『セレスティアル・オーブ』が淡い光の尾を引いて舞い、大勢の来場者が取り囲んでいる。
「見よ! 我がハイペリオン先行開発部が誇る究極の火砲、セラフィム・キャノン改だ!」
高台からよく通るキザな声が響いた。
白磁のスーツを着た橘宗介が、背中の4連装大型キャノンを撫でながらポーズを決めている。
「液体魔力冷却剤により、排熱効率を従来比15パーセント短縮! 美と破壊の融合、これぞ至宝なり!」
歓声が上がるが、俺は心の中でそっと突っ込んだ。
元が数分の立ち往生だ。15パーセント縮めたところで、まだ1分以上撃てない。
実戦で1分も足を止めれば、深層の魔獣には10回は噛み砕かれる。相変わらずのロマン砲だ。
「あのお兄ちゃん、ピカピカしてへんなポーズ!」
最前列で陽菜が指を差した。
芽依も続いて声を上げる。
「へんなぽーじゅ!」
「みー!」
鈴まで真似して小さな手を突き出した。
橘がピキリと固まり、こちらを見下ろして声を裏返らせる。
「へ、変なポーズとは失敬な! これは至高の構えであって、って、あ、貴様は間宮!?」
橘が目を剥いた瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。
面倒なことになった、と息を吐きかけた時だった。
「騒がしいぞ、橘」
人混みが自然と割れた。
現れたのは、黒のタートルネックにロングコートを羽織った長身の青年。
ハイペリオンの看板ストリーマーにして、国内屈指のAランク探索者、鳴神駿だった。
彼が歩み出ただけで、周囲の空気がすっと冷え、静まり返る。
「鳴神! 出番は午後からでは」
「息苦しくてな。見回りをしていた」
鳴神は橘を流し、その鋭い視線をまっすぐ俺へ向けた。
防壁外迎撃平原で言葉を交わして以来だ。
その研ぎ澄まされた気配は、戦場を離れても寸分の緩みもなかった。
「間宮凌。深層へ向けた新しい獲物でも探しに来たのか」
あの鳴神駿が、見慣れない男と対等に言葉を交わしている。
周囲の空気がぴりりと張り詰めた。
だが、俺は足元の鈴を抱き上げ、肩をすくめた。
「いや。娘に風船をもらいに来ただけだ」
張り詰めた空気が、気の抜けた音を立てて霧散した。
橘が吹き出しそうになり口を押さえる。
周囲の探索者たちも、ぽかんと俺と鈴を見比べた。
鳴神は表情を崩さず、じっと腕の中の鈴を見つめた。
鈴は怖がることもなく、小さく首を傾げながら、鳴神の端整な顔を不思議そうに見つめ返している。
やがて、鳴神の唇の端が、わずかに緩んだ。
「そうか。いい父親だな」
鳴神は係員から赤い星型のアルミバルーンを受け取ると、腰を落とし、鈴の手元へ差し出した。
「ほら」
「ふーせん!」
鈴の顔がパッとほころび、両手でしっかりと紐を握った。
ペコリと頭を下げる。
「あーと!」
「礼には及ばない」
鳴神は陽菜と芽依にも同じバルーンを手渡した。二人は大喜びで飛び跳ねる。
「午後からの屋外デモには出るのか」
「知り合いが出るんでな」
「そうか。では、また後で」
鳴神は余計な言葉を重ねず、静かに去っていった。
背後で橘が「おい鳴神、私の解説を聞かんか!」と追いかけていく。
「ふう、冷や汗かいたわ」
志保が息を吐いた。
「あの鳴神駿に自然に風船ねだれるの、この子たちくらいよ。間宮さん、本当にただ者じゃないわね」
「いや、ただの解体屋ですよ」
苦笑いしつつ鈴の頭を撫でると、鈴は風船をぷかぷか揺らし、嬉しそうに見せてくれた。
*
メインストリートを西へ進むと、対照的なエリアが見えてきた。
マットブラックと鈍いチタンシルバーで統一された、無骨なブース。
アルス・テック社だ。
派手な電飾はなく、展示されているのは実戦的な装甲板やライフルのプロトタイプ。
中央のケースには、俺のレイヴンのベースとなった実体刃ビットや、葵がテスト中の『スワロー』が静かに鎮座していた。
だが、その硬派なブースの一角から、甲高いマイク音声が響いていた。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 『ねねちゃんクッキング』プレゼンツ、魔導調理工学の大革命コーナーですよーっ!!」
エプロン姿にウサ耳カチューシャをつけた宇佐美ねねが、カメラの前でフライパンと鍋を操っていた。
手元にあるのは、銀色に光る1本のスプーン。
佐伯の親父と倉田チーフが作り上げた『奇跡の銀匙』の一般普及モデルだ。
「見てくださいこの金剛牛の赤身ステーキ! 噛み切るのに苦労するこのお肉が、銀匙で軽く叩いて魔力を1秒通すだけで、ほーら見てごらんなさいっ!!」
ねねが肉を押すと、分厚い筋繊維が一瞬でほどけ、シチューの具のようにトロトロと崩れた。
「うわっ、完全に液状化してる!?」
「離乳食作りに何時間も煮込んでたのが嘘みたいだ!」
詰めかけた主婦層やバイヤーから悲鳴のような歓声が上がり、予約受付には長蛇の列ができていた。
「あ、ねねちゃんだ!」
陽菜が叫ぶと、ねねがパッとこちらを向いた。
「あーーーっ! 間宮さーーん!! 鈴ちゃーーん!!」
ねねは調理台を飛び出し、猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「ちょっと配信中だろ!」
「配信なんていいです! 見てくださいこの大盛況! 予約開始10分で初期ロット3000本が蒸発しましたよ!」
興奮で顔を赤くしたねねがまくし立てる。
「落ち着けって。俺の手柄じゃない、職人たちの技術だ」
「何言ってるんですか、間宮さんの発想が原点です! あ、みんなお腹空いてるでしょ? 試食の極上かぼちゃポタージュ、食べていってください!」
ねねは三人娘をカウンターへ案内し、小鉢に注がれた黄金色のポタージュと銀匙を手渡した。
「はい、どうぞ!」
陽菜と芽依が口に運んだ瞬間、顔をほころばせる。
「あまーい! すごくおいしい!」
「んまい! ごくごく!」
鈴も小さな手で銀匙を握り、スープをすくって口へ運んだ。
舌の上に広がった瞬間、鈴の頬がふにゃりと緩む。
「んま!」
満面の笑みで、鈴は両足をパタパタ揺らしながら飲み進める。
その姿に、周囲のギャラリーから「可愛い」「本当にあんなに小さくても自分で飲めるんだ」と温かな拍手が漏れた。
「ふふっ、大成功ね!」
得意げなねねの横で、志保も感心したように銀匙を眺めていた。
「これ本当に助かるわ。私も離乳食の時、裏ごし器で手首が腱鞘炎になりかけたもの。これ1本で救われる親がどれだけいるか」
「ですよね志保さん! さすが先輩ママ!」
二人が子育てトークで盛り上がる中、俺はふとブースの奥に目をやった。
連絡通路の先に、古びた案内板が立っている。
『第2展示棟:中小魔導機器・特殊鍛造・部材工房エリア』
志保が看板に気づき、ポンと手を打った。
「そういえば間宮さん。奥の第2展示棟、職人肌のメーカーが集まってるみたいよ。油と鉄の匂いがするような、昔ながらの鍛造工房とか」
「職人街か」
佐伯の親父の頑固な顔が浮かんだ。
華やかな最新兵装もいいが、俺の性に合っているのは間違いなくあっちの泥臭い世界だ。
「行ってみるか」
「ええ、行きましょう! ほら怪獣たち、お口拭いて移動よ!」
志保が手早く子供たちの口元を拭う。
鈴は空の小鉢を見て満足そうに息を吐くと、足元へトタトタ駆け寄ってズボンの裾を引いた。
「ぱぱ!」
小さな手で連絡通路を指差している。
「ああ、行くか」
星型の風船を揺らしながら歩く三人娘の後を追い、俺たちは油と金属粉の匂いが漂う第2展示棟へ足を踏み入れた。




