第051話:鳴神駿の抜刀と、職人の新たな青写真
ズバババババババッ!
夜の迎撃平原に、鋭利な切削音が疾風のように吹き荒れた。
体長15メートル超、総重量50トン。
湯気を立てて横たわる超重巨獣メガロ・ベヒーモスの頭部へ、4機の黒き刃『レイヴン・クアッド』が旋風となって突入していた。
狙いは、頭部の巨大な2本の黒鋼衝角『ツイン・メガロホーン』の根元だ。
普通の解体業者なら大型重機を持ち込み、何時間もかけて切断するような超重量級の山。
だが、俺の思考と同調した4機の刃は、熊井のパイルバンカーが抉り、橘の熱線が焼き切った骨格の亀裂へ寸分の狂いもなく滑り込んでいた。
微細振動が結合組織の分子間隙を正確に捉え、硬質な靭帯をわずか数秒で解繊していく。
ゴトリ、と地響きを立てて、城門すら砕く2本の巨大衝角が、根本から傷一つなく外れて大地へ落ちた。
「おいおいおい!? なんだあの手際の良さは!?」
コクピットから身を乗り出した熊井が、呆気にとられたように叫んだ。
だが、解体は始まったばかりだ。
俺はメガロ・ベヒーモスの背部へ跳躍すると、アダマン・クリーバーの刃先を胸郭の継ぎ目へ滑り込ませた。
レイヴンが両脇から肋骨の支持腱をスライスし、俺の剛鉈が一気に開胸する。
内臓の熱気と血抜き用の動脈が露わになった瞬間、4機のレイヴンが血流の要所を的確に圧迫・切開した。
黒い体液が噴き出す前に、心臓周辺の血管を完璧に縛り、巨大な肩ロース肉のブロックを筋膜のラインに沿って奇跡的な精度で切り離していく。
極上の霜降り肉。
薄い桜色の肉肌に、美しいサシが細かく走っている。
大型魔獣の肉は筋張って硬いのが通例だが、この部位は違う。生体魔力が豊富に蓄えられた、極上のジビエ塊だ。
「歩留まり100パーセント。これなら鈴にも柔らかく煮込んで食わせられるな」
公務防衛戦での獲物は本来、ギルドと防衛軍の共同管理下に置かれる。だが、地上変異種の生肉は放置すれば体温で傷み、焼却廃棄されるのが関の山だ。現場で即座に保全に成功した解体士には、ギルド規程により優先現物支給枠が認められている。
大半の肉ブロックと重装甲板は軍とアルスへの配給用として現場に残し、俺は携帯端末から自家消費分の現物買い取りを申請しつつ、ビークルの防腐チルドコンテナへ手際よく放り込んだ。
作業開始から、わずか3分足らず。
山のような巨獣の死骸が、最高級の建材装甲板、無傷の巨大衝角、そして極上肉のブロックへと整然と仕分けられていく。
『う、うわぁぁぁぁぁっ! 出たぁぁぁっ! 間宮さんの神速解体ショーだぁぁぁっ!!』
上空でドローンカメラを旋回させていたクロードが、興奮のあまり絶叫した。
クリムゾン・ギアの配信画面には、フレーム単位で骨と肉を外していく俺の手元が大写しになっていた。
『キタアアアアアア神の包丁さばき!!』
『50トンの怪物が3分で精肉コーナーになってて草』
『ビットの使い方を根本から間違えてるのに美しすぎるんだよなぁ』
『あの衝角、無傷で外すの重機でも無理だぞ!?』
『同接40万人突破ァァァッ!!』
コメント欄が激流のように流れる。
だが、俺は画面など意に介さず、剛鉈を腰のホルダーへカチリと戻した。
その時だった。
グルルルルルルッ!!
富士の裾野、夜の平原の暗闇の奥から、凶暴な地鳴りが再び轟いた。
親玉であるメガロ・ベヒーモスを討たれて敗走していたはずの魔獣たちだ。
数百頭のアーマード・バイソンとダイアウルフの残党が、防衛ラインの迎撃砲火を嫌い、平原の西側、旧東名高速道路の崩落高架下へ向けて雪崩れ込んでいた。
「しまっ、西の第8防護区画へ逃げ込む気か!?」
熊井が焦りの声を上げた。
迎撃平原の中央はマナ・フレーム部隊が制圧しているが、西側の崩落エリアは起伏が激しく、28トンのギガント・ベヒモスでは追撃が間に合わない。
防護区画の薄い簡易防壁が破られれば、郊外の民間プラントに甚大な被害が出る。
「クロード、追えるか!?」
『無理ッス熊井さん! ヒートブレードが焼き切れてて、キャノンの残弾もゼロっす!』
防衛ラインの量産機部隊も弾幕の展開に追われ、西翼への転進が遅れていた。
俺がアイアン・ハウンドへ飛び乗ろうとした、その刹那。
キィィィィィィィィィィンッ!
上空数百メートルの暗闇を切り裂いて、澄み渡るような高周波の共鳴音が夜風を震わせた。
閃光が奔る。
青白い魔導光を放ちながら、夜空から一直線に降下してくる影があった。
「何だ!?」
熊井が見上げた視線の先。
光の軌跡を描きながら滑空してきたのは、マナ・フレームでも、大掛かりなロマン砲を背負った男でもなかった。
純白とサファイアブルーの流線形結晶装甲スーツを纏った、一人の青年。
その背後には、まるで自律した宝石のように浮遊する4基の球体兵装、超精密オーブ・ビットが完璧な幾何学模様を描いて旋回していた。
「あれは、ハイペリオンの看板トップランカー、鳴神駿!?」
橘宗介が呆然と呟いた。
ハイペリオン社公認トップストリーマー。登録者350万人を誇る、国内屈指のAランク探索者。
鳴神駿は、時速200キロを超える猛スピードで空中を滑空しながら、腰の鞘から長大な結晶大剣を無造作に引き抜いた。
シュパァァァッ!
抜刀と同時。
4基のオーブ・ビットが残敵の群れの頭上へ散開し、目に見えない超高密度の索敵レーザー網を一瞬で平原全域へ照射した。
逃げ散る数百頭の魔獣の座標、速度、急所が、コンマ1秒で解析される。
「散れ」
青年の静かな呟きが、通信回線に凛と響いた。
次の瞬間、大気そのものが青白く白熱した。
ドォォォォォォォォォンッ!!
鳴神が振るった結晶大剣から、巨大な三日月型の魔力斬撃波が放たれた。
地表を舐めるように走った斬撃は、高架下の岩盤ごと、先頭を走っていた数十頭のアーマード・バイソンを一刀両断にした。
それと同時に、上空の4基のオーブ・ビットから、無数の誘導ビームニードルが雨あられと降り注ぐ。
逃げ惑うダイアウルフの群れの眉間を、1発の狂いもなく正確無比に撃ち抜いていく。
ドバババババババババッ!
わずか数十秒。
西の防護区画へ雪崩れ込もうとしていた数百頭の魔獣の津波が、跡形もなく完全に消滅した。
傷一つ負わず、青白い結晶の燐光を纏いながら、鳴神駿は荒野の大地へふわりと着地した。
「すげえな」
俺は思わず息を呑んだ。
無駄のない動き。完璧な索敵とビットの自律連携。そして生身でありながら、重装甲を一撃で両断する隔絶した魔力出力。
これが、国内最高峰のAランク探索者の実力。
鳴神は結晶大剣を滑らかに鞘へ収めると、平原の中央で巨獣を解体していた俺の方へと視線を向けた。
二人の視線が、夜の戦場で静かに交錯する。
「面白い技を使うな、アルスのテスター。いや、解体屋か」
「助かったよ。あいつらに逃げられたら、追いかけるのに骨が折れるところだった」
「礼には及ばない。俺は公務の義務を果たしただけだ」
鳴神は感情の読めない涼しげな瞳で、俺の背中のレイヴン・ポッドを一瞥した。
「ネットの検証動画じゃ魔力131の木っ端歩兵と聞いていたが、道具の手足のような使いこなし、見事なものだ。飾り立てただけのガラクタとは出来が違う」
「おい鳴神! 飾り立てたガラクタとは私のセラフィム・キャノンのことかね!?」
後方で煙を払っていた橘が叫んだが、鳴神は完全に無視して背を向けた。
「また会おう、間宮凌。お前が深層へ上がってくる日を楽しみにしている」
青白いスラスター光とともに、鳴神は夜空へ飛び去っていった。
嵐のような男だったが、その背中には、トップランカーとしての確固たる誇りがあった。
『勝ったァァァァァァッ! スタンピード完全鎮圧! マナ・フレーム部隊と防衛隊の、歴史的大勝利だぁぁぁっ!!』
クロードの絶叫とともに、迎撃平原全域に勝鬨の嵐が巻き起こった。
探照灯が一斉に夜空を照らし、防壁上の兵士や探索者たちが歓声を上げる。
クロードの配信の同接数は、ついに50万人を突破していた。
熊井がギガント・ベヒモスのハッチを開け、汗だくの顔を拭いながら降りてきた。
橘もスーツの焦げ跡を気にしながらトボトボと歩み寄ってくる。
「ふう、死ぬかと思ったぜ。おい間宮、テメエの解体した肉、最高じゃねえか。アルスの社食で宴会だな!」
「ああ。軍とアルスの配給分は現場に残してある。俺の端末からギルドへ、緊急解体功労による現物買い取り申請を上げておいた。熊井さん、現場責任者の承認サインを頼む」
「おう、任せとけ! お前が捌かなきゃ数千万相当の極上肉が丸ごと廃棄ゴミになるところだったんだ、軍の兵站部も泣いて喜ぶぜ」
「助かる。それで熊井さん、ちょっと相談があるんだが」
「あ? 相談だあ?」
俺はビークルのボンネットに腰掛け、車載通信機の暗号化回線を開いた。
通信の先には、アルス・テック社のラボにいる倉田チーフ、そして佐伯鍛冶店の親方のホログラムモニターが並んでいた。
『よう凌! 配信見てたぞ! メガロ・ベヒーモスの角を無傷で外した瞬間は痺れたぜ!』
『小僧、怪我はねえだろうな』
「二人とも無事だ。それで、親方、倉田チーフ。真面目な相談なんだ」
俺の改まった声に、画面の向こうの技術屋2人が居住まいを正した。
「今日の戦いを見て、痛感したんだ。近づけば、俺の刃物やレイヴンでどんな急所も捌ける。だが、あんな50トンの怪物が何百メートルも離れた遠距離から突っ込んできた場合、今の装備じゃ間合いに入る前に押し潰される」
「ほう」
「生身の魔力だけに頼るんじゃなくて、外部バッテリーからエネルギーを消費するような大火力の武装だ。何百メートルも離れた遠くから、敵の分厚い複合装甲をぶち抜いて中枢を一撃で仕留められる、大口径の長距離ライフルって作れるか?」
一瞬の静寂。
次の瞬間、倉田チーフがモニターにかじりつくように身を乗り出し、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
『ガハハハハッ! 聞いたか佐伯の親父! あの無欲で現場仕事しか興味のねえ凌が、外部バッテリー駆動の大火力をねだってきたぞ!』
『へっ、生身の魔力枠に縛られず、外付けの力を使ってでも仕留める覚悟ができたか。面白れえ。だが小僧、大容量バッテリーで威力を跳ね上げる分、生身にかかる反動も桁違いになるぞ。手前ぇの身体で抑え込めるか?』
「反動の受け流しと急所の狙撃なら、俺の身体強化と職人の目で抑え込む。破壊力の桁だけを、外付けのエネルギーで借りたいんだ」
『言ってくれるぜ! 任せとけ、橘のロマン砲みてえな排熱事故は絶対に起こさねえ。アルス・テックの魔導工学と親方の鍛冶技術を全部注ぎ込んで、お前専用の最高の大口径狙撃兵装を設計してやる!』
「頼む。角の買い取り代金と武器の製作費は、今日の公務報酬と魔石の山分け分から天引きしてくれ」
職人たちの熱い約束が交わされ、通信が切れた。
新たな武器の青写真。
深層へ挑むための、決定的なピースが動き出そうとしていた。
ピピッ、と手元の端末が鳴った。
液晶画面の時計を見る。
夜18時25分。
「やべえ、もうこんな時間か」
任務は完了した。
タワマンの部屋では、葵と雫が温かい特製ポトフを煮込んで待ってくれている。
そして何より、鈴が待っている。
「熊井さん、クロード! 素材の残りの搬出、頼んでいいか?」
「あ? おい間宮、お前どこ行くんだよ!?」
「家で娘が待ってるんだ。温かい夜飯が冷めないうちに、お先に上がらせてもらうぞ」
俺はアイアン・ハウンドの運転席へ飛び乗り、セルモーターを回した。
ブォォォォンッ! と4輪駆動の咆哮が荒野に轟く。
「戦場のど真ん中を定時退勤みたいなノリで帰ってんじゃねえよ!!」
『さすが間宮さんッス! 奥さんと鈴ちゃんによろしくッスーーーッ!!』
熊井のツッコミとクロードの歓声を背に受けながら、俺はアクセルを力任せに踏み込んだ。
アイアン・ハウンドが夜の平原を猛スピードで疾走し、安全特区の光を目指して駆け抜けていく。
温かい夜飯が冷めないうちに、早く我が家へ帰ろう。




