第050話:鉄の巨神たちの勝利と、職人の自省
ガガガガガギギギギギッ!!
夜の迎撃平原に、凄まじい金属摩擦音が響き渡った。
膝を粉砕されながらも、メガロ・ベヒーモスは止まらなかった。
左の巨大な黒鋼衝角を狂乱のまま跳ね上げ、ギガント・ベヒモスの積層シールドごと、熊井の機体を大地から力任せに押し上げていく。
食い込んでいた油圧アンカーが岩盤を引き裂き、28トンの巨神が後方へ浮き上がりかけた。
剥き出しになったコクピットへ、凶悪な角の切っ先が迫る。
「ぐ、ぬぅぅぅぅぅっ! 舐めんじゃねえ、このデカブツがァッ!!」
ギガント・ベヒモスのコクピットで、熊井剛三が叫んだ。
左腕の積層シールドが軋み、火花が猛烈に散る。
熊井は両足の操縦ペダルを力任せに踏み込み、右腕にマウントされた超重量兵装を前へと突き出した。
アルス・テック社の誇る近接粉砕兵装、高圧電磁パイルバンカーだ。
「テメエの分厚い脳天に、アルス特製の杭をぶち込んでやるぜ! 喰らいなァッ!!」
ガキンッ! ドォォォォォンッ!!
火薬と高圧電磁の二重推進によって、直径15センチ、超硬合金製の巨大な破砕杭が射出された。
メガロ・ベヒーモスの眉間、衝角の付け根へゼロ距離から直撃する。
ズズズズズンッ! と鋼鉄の杭が硬質甲殻を深々と貫いた。
だが、ボスの頭蓋骨を覆う生体黒鋼と岩石の複合装甲は、あまりにも分厚かった。
脳髄の中枢核へ届く直前、杭の先端が超高密度の骨格に阻まれ、あと数センチのところで停止してしまう。
「チッ、骨まで岩石並みの硬度かよ! 芯まで届かねえ!」
激痛に狂乱したメガロ・ベヒーモスが、丸太のような頭部を上方へ跳ね上げた。
ギガント・ベヒモスの28トンの巨体が、正面衝突の反動で数メートル後方へ吹き飛ばされる。
大地に深々と食い込んでいた脚部油圧アンカーが外れ、巨神の姿勢が大きく崩れた。
巨獣は砕かれた右足を強引に引きずりながら、立ち往生している熊井の機体目掛けて再び首をもたげた。
無防備なコクピットへ、左の巨大衝角が突き刺さろうとする。
「熊井さん!」
「逃がすかよ巨大トカゲ野郎! こっちを見ろォッ!」
ブォォォォォォン!
荒野の横手から、真紅の閃光が滑り込んできた。
クロードのクリムゾン・ギアだ。
時速120キロの超高速ホバー滑走の勢いのまま、右腕の高周波ヒートブレードを上方へ全力で薙ぎ払った。
ザシュゥゥゥゥッ!!
灼熱の光刃が、メガロ・ベヒーモスの残された左前足の腱を正確に両断する。
極太の神経束が切断され、黒い体液が噴き出した。
グギャァァァッ!?
両前足の支持を完全に失ったメガロ・ベヒーモスが、前のめりに大地へ激突した。
数十トンの質量が平原を激しく削り、凄まじい土煙が舞い上がる。
だが、クロードのヒートブレードも限界だった。
超硬度の腱を両断した代償として、刀身が激しい熱疲労でボロボロにひび割れ、煙を上げて機能を停止した。
「くそっ、ブレードの励起回路が焼き切れた! 熊井さん、トドメの火力が足りねえ!」
「俺のパイルバンカーも次弾装填まで10秒かかる! 大砲を回せ!」
もがく巨獣が、地面を這いながらなおも立ち上がろうとしていた。
防壁沿いの装甲列車や量産部隊の砲撃では、急所を撃ち抜く決定打にはならない。
その時だった。
『ピロリロリン! 強制冷却パージ完了! 全兵装エネルギー充填100パーセント!』
耳障りなほど陽気な電子アラームが、通信回線に響き渡った。
「ふはははは! 諸君、待たせたな! 我が至高の愛機が、ついに蘇ったぞ!」
白煙の中から、白と金のスーツを着た橘宗介が颯爽と立ち上がった。
焦げた煤をパパッと払うと、背中の試作強襲バックパック『セラフィム・キャノン』が再びガシャリと音を立てて前方へ4門の砲身を展開した。
「我が誇り高き六翼よ! 今度こそ美しく、この戦場に終焉の調べを刻め! 熊井先輩、クロード君、道を開けたまえ!」
「橘! テメエ、今度こそ外すんじゃねえぞ!」
「任せたまえ! 我が騎士道に2度の失態はない! 唸れ、セラフィム・キャノン! 臨界フルバァァァストォォォッ!!」
熊井のギガント・ベヒモスとクロードのクリムゾン・ギアが、左右へ一斉に跳躍して射線をクリアにした。
剥き出しになったメガロ・ベヒーモスの眉間。
先ほど熊井のパイルバンカーが抉り抜いた、装甲の割れ目。
そのわずか直径数十センチの急所目掛けて、橘の4門の砲身から極太の黄金の集束熱線が一斉に放たれた。
ドババババババババァァァンッ!!!!
目も眩むような閃光が荒野を灼いた。
4条の熱線が一点に集束し、パイルバンカーの穿孔穴へ吸い込まれるように直撃した。
メガロ・ベヒーモスの分厚い頭蓋骨が内側から白熱化し、超高熱の魔力が脳髄の中枢核を完全に蒸発させた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴズゥゥゥゥゥゥゥン!!
断末魔すら上げることなく、体長15メートルを超える超重巨獣の巨躯が、荒野の大地へ崩れ落ちた。
激震が走り、舞い上がった土煙が夜風に流れていく。
メガロ・ベヒーモス、完全沈黙。
「ふっ、見たか諸君! これぞハイペリオン先行開発部の、あちちちちちちっ!? 熱い熱い熱い! 今度は前側のコネクタが焦げてる!? パージ! パージぃぃぃっ!!」
決まったと思った瞬間、橘の胸元のスーツからブシューッと猛烈な白煙が噴き出した。
橘は手足をバタバタとさせながら地面を転がり、雪ならぬ荒野の砂を身体に擦り付けている。
「学習能力ゼロかテメエは!」
『やっぱりお約束だったぁぁぁっ!!』
熊井とクロードの怒号が響き渡り、クロードの配信コメント欄が草の嵐で埋め尽くされた。
親玉を失ったことで、平原に残存していたバイソンやダイアウルフの群れは完全に戦意を喪失し、富士の裾野の暗闇へ向けて蜘蛛の子を散らすように敗走を始めていた。
俺はビークルのボンネットの上で、静かに息を吐いた。
腰のホルダーに収めた剛鉈からゆっくりと手を離す。
防衛ラインをすり抜けようとしていた数頭のダイアウルフの残党を淡々と処理し終え、周囲を旋回していた4機のレイヴンが音もなく俺の背中へと戻ってきた。
俺は何百メートルも先で繰り広げられた大火力戦の顛末を、最初から最後までその目に焼き付けていた。
「すげえ戦いだったな」
独りごちた声が、夜風に溶けた。
28トンの鉄の巨神が、時速100キロで突進する50トンの怪物を真正面から受け止める。
時速120キロのホバー機動で死角へ回り込み、大口径砲を叩き込む。
そして生身の探索者が大砲を背負い、一撃で巨獣の中枢を焼き払う。
生身の歩兵では絶対に真似のできない、圧倒的な工業力と大火力の暴力。
「今の俺の獲物は、刃物と拳銃、それにレイヴンだ」
俺は腰のホルダーに収まった剛鉈『アダマン・クリーバー』の柄に指を触れた。
近づけば、どんな急所も寸分狂わず捌く自信がある。
だが、あのメガロ・ベヒーモスのような超重量級の巨獣が、何百メートルも離れた遠距離から時速100キロで突っ込んできた場合、今の装備でどうやって受け止める?
レイヴンの微細振動刃でも、あそこまで分厚い複合装甲を正面から切り裂くには時間がかかる。
レクス・マグナムの徹甲弾でも、あの巨体を止めるノックバック力はない。
間合いに入る前に、質量そのもので押し潰されるのがオチだ。
「遠くからでも確実に敵の装甲を貫いて急所を抜ける、威力のある長距離の獲物か」
職人としての冷静な課題が、頭の中に鮮明に浮かび上がっていた。
今の自分に足りないピース。
平原の大規模戦を目の当たりにしたからこそ見えた、次なる武器の青写真だった。
だが、反省に浸っている時間はなかった。
俺の視線の先には、湯気を立てて横たわるメガロ・ベヒーモスの巨大な死骸があった。
「おいおい。放っておいたら肉が傷むぞ」
地上変異魔獣の肉は、死後に放置すれば体温で筋肉が焼け、血が回って素材価値が暴落する。
あれだけの巨獣だ。内臓を抜き、血抜きを施し、部位ごとに切り分けなければ、せっかくの極上ジビエが台無しになる。
「熊井さん、クロード!」
俺はビークルから飛び降り、小走りに駆け寄った。
「あいつの解体、俺がやっていいか?」
「あ? 解体だあ? お前、こんな山みたいなバケモンを今から捌く気か!?」
「放置したら肉が不味くなる。解体なら、俺の領分だ」
俺は背中の4連ポッドへ生体魔力を送り込んだ。
カチリ、と電磁ロックが解除される。
「行け、レイヴン」
キィィィィィン!
4機の黒き刃『レイヴン・クアッド』が、無音で夜空へ放たれた。
右腕には、鈍く輝く剛鉈『アダマン・クリーバー』。
変換効率85パーセントの魔力を全身へ巡らせ、俺は50トンの巨獣の前に立った。
ここからは、解体屋の現場だ。




