第049話:紅蓮のロマン砲と、超重巨獣の突進
夜17時50分。
関東第3防壁都市の防壁外迎撃平原。
無数の探照灯と魔導照明弾が白銀に照らし出す夜空から、眩い黄金と白銀のバーニア光を撒き散らしながら、一人の男が優雅に舞い降りてきた。
シュバァァァッ!
白と金を基調としたハイペリオン社製エリートパイロットスーツ。
その背中には、熾天使の六翼を思わせる超弩級の試作強襲バックパック『セラフィム・キャノン』。
男は荒野の地面へ爪先から華麗に着地すると、長身を反らせて前髪をサッと払い、芝居がかった手つきで名乗りを上げた。
「我が美学に導かれ、天空より馳せ参じた! ハイペリオン社先行兵装開発部専属テストパイロット、橘宗介! 我が背の六翼が放つ至高の閃光、前線の諸君、とくと目に焼き付けるがいい!」
静まり返っていた通信回線に、けたたましい声が響き渡る。
空中でドローンカメラを旋回させていたクロードが、クリムゾン・ギアのコクピットから頭を抱えて絶叫した。
『う、うわぁぁぁ出たぁぁぁっ! 本社のロマン兵装テストパイロット、橘宗介だ!』
「おい橘ァ! テスターの分際で、なんで実戦の最前線に飛び出してきてやがる! あんな危なっかしいロマン砲背負って飛んできんじゃねえ!」
熊井のギガント・ベヒモスが外部スピーカーから怒声を張り上げた。
だが、橘は澄まし顔を崩さず、フッと優雅に首を振った。
「熊井先輩、無粋ですね。ハイペリオンの最高傑作であるこのセラフィム・キャノンを披露するのに、数千の魔獣がひしめく戦場以上の舞台がありましょうか! さあ、美しく散るがいい、荒野の獣どもよ!」
俺はビークルのボンネットに腰掛けたまま、後方へ回り込もうとした1頭のダイアウルフの首筋へ、背中から飛ばしたレイヴンを音もなく突き立てた。
ズシュッ、と血振るいを終えた黒刃が背中へ戻る。
特区タワマンの部屋では、葵と雫が温かいポトフを煮込んで待ってくれている。
待っている鈴の元へ無傷で帰り、温かい夜飯を食わせるためにも、くだらない雑魚に構って時間を食うわけにはいかない。
俺は眉をひそめ、前哨ラインに着地した白金の男を凝視した。
マナ・フレームのような搭乗型兵器ではない。生身の人間が、あんな大掛かりな砲座を背負って飛んでいる。
「おいおい。生身の歩兵があんな大砲を背負って、反動とバッテリーの熱計算はどうなってんだ」
職人としての俺の呟きをよそに、橘は両腕のマニピュレーターコントローラーをカチリと操作した。
ガシャン! ギギギギギッ!
背中のバックパックから油圧アームが唸りを上げ、両肩と脇の下から、4門の長大な可変速ビームランチャー砲身が前方へ向けて一斉にスライド展開した。
4つの砲口の奥で、高密度の魔力粒子が激しく渦を巻き、黄金と真紅の励起光が夜の闇を灼き始める。
前方500メートル。
先ほど熊井のガトリングとクロードのキャノンを浴びてなお、後続から押し寄せてきていた数百頭のアーマード・バイソンとダイアウルフの群れが、地響きを立てて迫っていた。
「唸れ、セラフィム・キャノン! フルバァァァストォォォッ!!」
橘が絶叫とともにトリガーを引き絞った。
ドバァァァァァァァァァァンッ!!!!
耳膜が破れんばかりの轟音。
4門の砲口から同時に放たれた極太の集束熱線が、荒野の空間そのものを焼き焦がしながら一直線に奔流した。
夜の平原が一瞬にして白昼の眩光に包まれる。
直撃を受けた魔獣の群れは、悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。
分厚い岩石甲殻を持つバイソンも、俊敏なダイアウルフも、光の奔流に呑み込まれた瞬間に細胞レベルで蒸発し、射線上の大地が数百メートルにわたって赤熱したガラス状のクレーターへと変貌した。
「す、げええええええっ!」
「魔獣の集団が一撃で消し飛んだぞ!」
後方の探索者たちから驚嘆の嵐が巻き起こる。
クロードの配信コメント欄も猛烈な速度で文字が流れた。
『うおおおおおおカッケエエエエエ!?』
『なんだ今の極太ビーム!?』
『これぞハイペリオンの超火力!』
『ロマン兵装すぎるだろ!!』
橘は勝ち誇ったように胸を張り、煙管ならぬビーム砲の煙を払う仕草を見せた。
「ふっ、我が至高の光の前には、群がる魔獣とて塵芥も同、あちちちちちちっ!? 熱い熱い熱い! 背中が焦げてる!? 警報、バックパック排気温度1200度オーバー!? 冷却ファン回せぇぇぇぇっ!!」
プシューーーーーッ!!
ボフッ! ボフッ!
次の瞬間、橘の背中のバックパックから、猛烈な白煙とともに真っ黒な煤煙が噴き上がった。
安全装置が作動したのか、4門の砲身がガタガタと音を立てて勝手に垂れ下がる。
橘はその場に両膝をつき、白煙に包まれながらゲホゲホと激しく咽せ返った。
「ほら見ろ! 4門フルバースト1発でオーバーヒートしやがった!」
『お約束すぎるだろ橘さん!!』
熊井とクロードのツッコミが夜空に木霊した。
俺は思わず額に手を当てた。
「やっぱりか。魔力消費も狂ってるが、何より排熱構造が現場を舐めてる。大出力ビームを4門同時にぶっ放して、生半可な排熱機構で冷却が追いつくわけがねえ」
職人の目から見れば、あまりにもお粗末な欠陥設計だった。
だが、そのコントのようなやり取りを、底知れぬ悪意の咆哮が引き裂いた。
ズズズズズズズズズズズ!!
大地が裂けるような地鳴り。
先ほどまでのスタンピードとは次元の違う、大気そのものが震える超重低音が富士の裾野から轟いた。
荒野の岩肌が跳ね上がり、照明弾の光の海を切り裂いて、巨大な黒い影が前進してきた。
グルォォォォォォォォォォンッ!!
立ち込める土煙を突き破り、姿を現したのは、山そのものが歩き出したかのような超弩級の巨獣だった。
体長約15メートル超、全高約8メートル、推定総重量50トン以上。
全身を分厚い生体黒鋼と超高密度の岩石複合甲殻で覆い、頭部には城門すら粉砕する長大な2本の衝角を備えた超大型地上変異種。
スタンピードの真の主、超重量級変異ボス『メガロ・ベヒーモス(超重巨獣)』だった。
「ひ、広域スタンピードのボスだ!」
「デカすぎる! 体長15メートルなんてレベルじゃねえぞ!」
「あんなバケモノ、どうやって受け止めるんだ!」
防衛ラインの探索者たちがパニックに陥り、後退を始めた。
メガロ・ベヒーモスの血走った巨大な複眼が、ギラリと赤く発光した。
その視線の真正面には、バックパックから煙を吹いて膝をついている白金の男、橘宗介がいた。
ズゥゥゥゥゥン!!
メガロ・ベヒーモスが極太の前足で大地を踏み抜いた。
地割れが走り、巨獣が前傾姿勢をとる。
狙いは、眼前で立ち往生している目障りな光の発生源。
「ひ、ひいぃぃっ!? 動かない! 強制冷却パージ完了まで、あと60秒!? ま、待て、我が至高の美学が、あんな泥臭い巨獣にペシャンコにされるぅぅぅっ!?」
橘が青ざめて四つん這いで逃げ出そうとするが、オーバーヒートで安全ロックのかかった重たいバックパックが枷となり、立ち上がることすらできない。
ドォォォォォォン!!
メガロ・ベヒーモスが突進を開始した。
時速60キロ、80キロ、100キロ!
50トンを超える鋼鉄と岩石の塊が、新幹線並みの速度で平原を驀進してくる。
突進の風圧だけで荒野の巨岩が吹き飛び、大地が津波のように捲れ上がった。
並の歩兵なら、近づくだけで衝撃波に圧殺される絶対的な質量兵器。
俺の手元にはレクス・マグナムとアダマン・クリーバー、それに4機のレイヴンがある。
だが、時速100キロで突進する50トンの怪物を前に、生身の歩兵が無闇に割り込めば、かえって味方の射線を塞ぎ、前線の連携を狂わせる。
俺の仕事は今、後方へ漏れ出る残党を確実に摘み、退路を確保することだ。
俺は冷静に状況を見極め、後方の警戒を維持しながら、前線の激突に全神経を研ぎ澄ませた。
「斉射! 斉射ァァァッ!!」
防壁沿いの重装甲列車から280mm迎撃カノン砲が火を噴き、国家防衛軍の量産型マナ・フレーム十数機が20mm魔導機関砲を一斉射撃した。
弾雨が巨獣の正面に降り注ぎ、激しい火花が夜空を焦がす。
だが、メガロ・ベヒーモスの頭部と胸部を覆う分厚い複合装甲殻は、大口径の砲弾をことごとく跳ね返した。
突進の速度は1ミリも落ちない。
橘の身体まで、あと100メートル!
「チッ、世話の焼けるエリート坊ちゃんが! クロード、援護しろ!」
『了解ッス、熊井さん!』
その瞬間、最前線の大地を蹴って、巨大な鉄の塊が飛び出した。
アルス・テック社製試作重装型マナ・フレーム『ギガント・ベヒモス』。
全高約5.5メートル、総重量28トン。
熊井剛三の操る鉄の巨神が、煙を吹く橘の頭上を飛び越えるように立ちはだかった。
「橘、頭を抱えて伏せてな!」
「く、熊井先輩!?」
ギガント・ベヒモスが左腕の大型積層魔導シールドと、右腕の超重量パイルバンカーを胸の前でガッチリとクロスさせた。
同時に、両脚の油圧式アンカーがドスゥンと大地へ深々と突き刺さり、荒野の岩盤を掴む。
時速100キロで突進してくる50トンの巨獣に対し、28トンの鉄壁が真正面から迎え撃つ。
「平原のマナ・フレームを舐めんじゃねえぞ! テメエの相手はこの熊井剛三様だァァァッ!!」
熊井の咆哮とともに、激突の瞬間が訪れた。
ガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
夜の荒野が割れるような、凄まじい金属打撃音が炸裂した。
メガロ・ベヒーモスの巨大な衝角が、ギガント・ベヒモスの積層シールドに真正面から激突したのだ。
衝撃波が同心円状に広がり、周囲の土煙を一瞬で吹き飛ばす。
ギガント・ベヒモスの油圧アンカーが悲鳴を上げ、大地を深々と削りながら、機体がズズズズと後方へ押し戻されていく。
だが、倒れない。
正面衝突のエネルギーを全身のサスペンションと魔導障壁で分散させ、28トンの巨神はメガロ・ベヒーモスの突進を真正面からガッチリと受け止めていた。
「ぐ、おぉぉぉぉぉぉっ! 重てえええええええっ!!」
コクピットから熊井の呻き声が響く。
巨獣の突進が完全に停止した。
その一瞬の静止を、真紅の機影が見逃すはずがなかった。
「ヒャッハーーーッ! 横がガラ空きだぜ巨大牛野郎!」
ブォォォォォォン!
クロードのクリムゾン・ギアが時速120キロのホバー滑走で横から回り込み、肩部大口径魔導キャノンの砲口を、メガロ・ベヒーモスの右前足の膝関節へとゼロ距離で突きつけた。
ドォォォォォォンッ!!
青白い魔導光弾が炸裂し、巨獣の右前足の膝関節が装甲ごと激しく吹き飛んだ。
グギャァァァッ!!
メガロ・ベヒーモスが激痛に絶叫し、支えを失った50トンの巨体が右へとガクンと大きく傾ぐ。
膝を砕かれ、平原の岩盤に深く前のめりに突っ伏しかけた。
だが、倒れない!
地上変異魔獣の頂点に君臨するボスの執念は、常軌を逸していた。
巨獣は倒れ込む自重の勢いと激痛の狂乱をそのまま推進力に変え、血走った複眼をギラリと発光させた。左の巨大な黒鋼衝角を力任せに跳ね上げ、真正面で踏ん張るギガント・ベヒモスを下から跳ね飛ばそうと首をもたげたのだ。
「しまっ、まだ止まらねえ!? 熊井さんッ!」
「舐めんなよクソトカゲ野郎ォッ! 押し切られてたまるかァッ!!」
軋むシールド、散り散る火花。
激突の余波で吹き荒れる突風を受けながら、俺はビークルのボンネットを蹴って身構えた。
腰のホルダーから剛鉈を抜きかけ、全身の生体魔力を一気に研ぎ澄ます。
背中からは、4機の黒き刃が唸りを上げて展開した。
28トンの巨神と50トンの怪物が命を削り合う、平原の絶対的質量戦。
「熊井さん!」
クロードの悲鳴のような叫びが、夜の戦場に木霊していた。




