第048話:荒野の咆哮と、マナ・フレーム部隊の鉄壁
夜17時35分。
関東第3防壁都市、第7外郭重装甲ゲート。
分厚い3重の耐魔鋼板ゲートが重々しい警告ブザーとともに上方へ引き上げられ、冷涼な夜の風が吹き込んできた。
俺はアルス・テック社支給の試作4輪ビークル『アイアン・ハウンド』のアクセルを踏み込み、指定集結ポイントである防壁外迎撃平原へと飛び出した。
季節は初冬。
すでに日は完全に沈み、荒野は底知れぬ暗闇に包まれているはずだった。
だが、俺の視界に広がっていたのは、白昼と見紛うばかりの白銀の光景だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
背後にそびえ立つ全高数十メートルの第7外郭防壁。
その頂部に据え付けられた無数の超高輝度大型探照灯が、荒野へ向けて一斉に照射されていた。
数十条もの巨大な光の柱が夜の平原を白銀に灼き払い、さらに上空では、防衛軍の後方支援部隊が打ち上げた広域魔導照明弾がゆっくりと滞空しながら強烈な閃光を放ち続けている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
その光の海の向こう。
旧富士山麓の暗がりから、大地を揺るがす凄まじい地鳴りが轟いていた。
土煙が夜空を覆い、数千の赤い眼光が津波のように押し寄せてくる。
地上変異魔獣の大規模スタンピード。
時速80キロを超える猛スピードで防壁都市へ向けて突進してくる黒い影の群れだった。
「ひ、広すぎる! 遮蔽物が何もないぞ!」
「数千頭の突進を、平原で受け止めるなんて無理だ!」
防衛ラインに集結した一般のBランク探索者たちが、武器を構えながら悲鳴のような声を上げた。
ダンジョンの狭い通路や障害物のある地形ならともかく、何キロメートルも見通せる吹きさらしの平原だ。
生身の歩兵が突撃を受け止めれば、瞬く間に踏み潰される。
だが、ここはダンジョンではない。
この広大な平原こそが、真の独壇場となる鉄の巨神たちが存在した。
ガガガガガガガガッ!
ドォォォォォォン!!
防壁の基部に敷設された軍用重軌道の上から、凄まじい重低音が夜気を震わせた。
国家防衛軍が誇る『防壁重装甲列車』だ。
連結された装甲砲車に据え付けられた280mm迎撃魔導重カノン砲が、遠く富士の裾野の魔獣密集地帯へ向けて長距離支援砲撃の火蓋を切っていた。
夜空を紅蓮に染め上げながら巨大な砲弾が放物線を描き、数キロメートル先の大地を激震とともに吹き飛ばす。
そして、平原の最前線。
ズゥゥン! ズゥゥン! と規則正しい金属の足音を響かせ、等間隔に布陣していたのは、国家防衛軍の正規部隊だった。
国防色に塗装された制式量産型マナ・フレーム十数機が、脚部油圧アンカーを大地に深々と打ち込み、横一列の迎撃射撃ラインを構築している。
これこそが、防壁都市が誇る地上迎撃の基本陣形。
だが、その正規軍の重防衛ラインのど真ん中、一際前へと突出した位置に、並の量産機を遥かに凌駕する異形の巨神が歩み出た。
ズゥゥゥゥゥゥン!!
全高約5.5メートル、総重量28トン。
光を反射しないマットカーキの重装甲に身を包んだ、アルス・テック社製試作重装型マナ・フレーム『ギガント・ベヒモス』だった。
「よう間宮! 赤紙で引っ張り出されたか!」
コクピットから外部スピーカーを通じて、聞き慣れた豪快な笑い声が響いた。
アルス・テック社の先輩テストパイロット、熊井剛三だ。
「熊井さん。出張ノルマの義務ですからね」
「違いねえ! だが安心しろ、お前が刃物を抜く幕なんざ作らせねえよ! ダンジョンの穴倉じゃ小回りが利かねえと笑われてたが、この広い平原なら俺たちの庭だ! 正規軍の小僧どもにも、メガコープの怪物マシンの本当の力を見せつけてやるぜ!」
ギガント・ベヒモスが巨大な両腕を構え、左腕の大型積層魔導シールドを大地に突き刺した。
その隣へ、甲高いブースト音を響かせながら真紅の機体がホバー滑走で滑り込んできた。
全高約4.2メートル。ハイペリオン社製高速強襲型マナ・フレーム『クリムゾン・ギア』。
「全世界のリスナー! 映ってるかい!? 今夜は関東第3防壁都市の防衛戦、このクロード様が最前線から超ド迫力の生配信をお届けするぜ!」
機体の肩に固定された高感度ナイトビジョンカメラが、魔獣の津波とクリムゾン・ギアの雄姿をリアルタイムで世界中へ配信していた。
中層の狭い坑道では瓦礫にスタックして無様を晒したクロードだったが、遮蔽物のない平原では水を得た魚のように生き生きとバーニアを吹かしている。
「間宮さん! 後ろで見ててくれよな! あの時の借りは、ここで魔獣を薙ぎ払ってきっちり返してやるぜ!」
「借りを返すなら、突出しすぎてまた転ぶなよ」
「おいおい、縁起でもねえこと言うなよ!」
軽口を叩き合っている間にも、地平線を埋め尽くす魔獣の波が防衛ライン前衛500メートルへと迫っていた。
先頭を走るのは、時速90キロを誇る黒毛の凶獣『ダイアウルフ(変異野犬種)』の群れ。
その後方には、全身を分厚い岩石質の甲殻で覆った大型魔獣『アーマード・バイソン(装甲野牛)』が数百頭、地響きを立てて突進してくる。
さらに上空の暗闇からは、翼開長5メートルを超える怪鳥『ジャイアント・コンドル(巨翼怪鳥)』が、照明弾の光を避けるように急降下を開始していた。
「迎撃射界に入った! 防衛軍各機、斉射開始ィッ!!」
「俺たちも行くぜ! 全兵装フル稼働だッ!!」
通信回線に防衛軍司令と熊井の怒号が重なった。
ドロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!
国家防衛軍の量産型マナ・フレーム十数機が一斉に20mm魔導機関砲の弾幕を張り巡らせる中、それを遥かに凌駕する重低音が荒野を圧巻した。
ギガント・ベヒモスの両肩に据え付けられた、巨大な30mm対魔獣ヘビーガトリング砲が猛烈な火炎を噴き上げる。
毎分3000発の速度で放たれた超重量魔導弾が、夜の荒野へ向けてオレンジ色の光条を何十本も走らせた。
曳光弾の豪雨が先頭の魔獣群を薙ぎ払う。
1発直撃するごとに、小型車の如きアーマード・バイソンの巨体が爆砕し、四散した肉片と甲殻が暗闇へ吹き飛んだ。
並の歩兵のライフルでは傷一つつけられない硬質甲殻を、圧倒的な運動エネルギーと大口径徹甲弾の暴力で粉砕していく。
「ヒャッハーーーッ! 逃がすかよ!」
クロードのクリムゾン・ギアが背部マナ・バーニアを爆発させ、時速120キロの超高速ホバーで荒野を横滑りした。
肩部の大口径魔導キャノンが青白い光球を連射し、バイソンの隊列の中央を爆破。
さらに頭上から襲いかかってきたジャイアント・コンドルに対し、右腕の高周波ヒートブレードを上方へ一閃。
真紅の光刃が夜空を切り裂き、巨大怪鳥の胴体を真っ二つに両断した。
「す、すげえ!」
「これが、平原でのマナ・フレーム部隊!」
後方の防衛ラインで待機していた探索者たちが、息を呑んで立ち尽くした。
狭いダンジョンでは厄介な巨体と旋回性能の低さで敬遠されがちだったマナ・フレーム。
だが、障害物のない荒野において、正規軍の組織的弾幕と最新鋭試作機の圧倒的火力は、まさに動く要塞そのものだった。
数百頭の魔獣が、ラインの手前300メートルに近づくことすらできず、次々とミンチにされていく。
俺はビークルのボンネットに腰掛け、双眼鏡を覗きながら静かに息を吐いた。
「なるほどな。平原での戦争兵器としては、確かに文句なしの化物だ」
生身の人間がどんなに魔力を鍛えようと、28トンの鉄の塊に30mmガトリングを積んで走り回る破壊力には敵わない。
職人の意地や生身の身体操作とは別の、工業力と物量の結晶。
これこそが、防壁都市を30年間守り続けてきた文明の力だ。
だが。
数千頭という数は、それだけで一つの巨大な質量だった。
「おい熊井! 左翼の第3小隊前面にバイソンの死骸が山積みになって射線が通らねえ! 弾幕に死角ができたぞ!」
「チッ、数で押し切る気か! ガトリングの給弾ベルトを切り替える! 3秒待て!」
集中砲火を浴びて倒れた仲間の死骸を乗り越え、十数頭のダイアウルフが低空を這うように疾走していた。
量産機の砲撃の死角となる外郭防壁の影、浅い窪地をすり抜けてくる。
狙いは、後方に展開している軽装歩兵部隊と補給ライン。
「くそっ、こっちに来るぞ!」
「防衛ラインを突破された!」
歩兵たちが慌ててライフルを乱射するが、時速100キロ近いジグザグ走法の巨狼には当たらない。
赤い瞳をギラつかせたダイアウルフの群れが、牙を剥いて飛びかかってきた。
その距離、わずか50メートル。
「慌てるな」
俺はビークルの上から静かに飛び降りた。
腰の右側には、剛鉈『アダマン・クリーバー』。
左胸のホルスターには、大口径魔導拳銃『レクス・マグナム』。
そして背中の4連ポッドに収められた、4機の黒き刃。
時計の針は17時45分。
タワーマンションのキッチンでは、葵と雫が有機野菜を刻んでポトフを煮込んでいるはずだ。
鈴はお腹を空かせて、俺の帰りを待っている。
「夜飯まで、あと1時間ちょっとだ。冷めないうちに帰らなきゃならねえ」
俺は右腕の制御アームレットに、変換効率85パーセントの生体魔力を注ぎ込んだ。
青紫色の微細な火花が、漆黒の作業服の表面を走る。
「行け、レイヴン」
カチリ、と電磁ロックが解除された。
4機の漆黒の刃『レイヴン・クアッド』が、無音で夜空へと射出された。
キィィィィィン!
可聴域を超えた超高周波の共鳴音。
星霊鋼のペアコアとアダマン・ボアの変異腱が完璧に同調し、4機の黒刃は夜の闇に溶け込むように軌跡を描いた。
照明弾の光すら反射しないマットブラックの刃が、空間を立体的に十字に包囲する。
ギャゥッ!?
先頭を走っていた3頭のダイアウルフが、不意に足をもつれさせて前転した。
何が起きたのか、本人たちすら理解していない。
目にも留まらぬ速度で交差したレイヴンが、両前足の腱とアキレス腱を、外科手術のように寸分の狂いもなくスライスしていた。
走る力を奪われた巨狼たちが、慣性で地面を激しく削りながら転がっていく。
ドォン! ドォン!
俺はホルスターからレクス・マグナムを抜き、歩きながら引き金を2度引いた。
放たれた超重量魔導弾が、もがく巨狼の眉間を正確に撃ち抜き、中枢核を粉砕。
魔石の砕ける乾いた音が響き、2頭が絶命した。
グルァァァッ!
後続の体長3メートルを超えるボス格のダイアウルフが、仲間の頭上を踏み台にして宙へ跳んだ。
血走った巨大な顎が、俺の頭上目掛けて振り下ろされる。
周囲の歩兵から悲鳴が上がった。
だが、俺の視界には、その巨狼の骨格と筋肉の繋ぎ目が、くっきりと透けて見えていた。
俺は右手の剛鉈『アダマン・クリーバー』を、下段から音もなく抜き放った。
変換効率85パーセントの魔力を刀身に流し込み、超高周波の振動を一瞬だけ刃先に集中させる。
ザシュッ。
まるで熟した果実に包丁を入れるような、微かな手応え。
飛びかかってきた巨狼の身体が、空中で真っ二つに分断された。
頭部から尾の先まで、背骨の節の隙間を完璧に刃が通り抜けていた。
着地した俺の作業服には、返り血一滴すらついていない。
背後で、レイヴン・クアッドが残りの7頭の腱を瞬く間に切り落とし、俺のレクス・マグナムが淡々と急所を撃ち抜いていく。
わずか十数秒。
突破してきた12頭のダイアウルフは、全頭が物音一つ立てずに物言わぬ肉塊へと変わっていた。
「嘘だろ」
銃を構えていた歩兵たちが、呆然と息を呑んだ。
マナ・フレームの派手な大爆発や轟音とは対照的な、無駄が削ぎ落とされた絶対的な殺傷技術。
音もなく旋回して俺の周囲に浮遊する4機の黒刃に、誰もが言葉を失っていた。
『お、おい見ろリスナー! 後ろで単独の歩兵が、すり抜けた群れを一人で全滅させちまったぞ!?』
空中で旋回していたクロードのドローンカメラが、血の海の中に佇む俺の姿を一瞬捉えた。
コメント欄が猛烈な勢いでスクロールを始める。
『は?????』
『今のナイフさばき何!?』
『黒いビットが4機飛んでるんだけど!?』
『あの後ろ姿、まさか神解体士パパか!?』
『Bランク緊急召集で前線に来てたのかよ!』
配信画面の同接数が一気に跳ね上がる中、俺は剛鉈の血振りをし、腰のホルダーへ納刀した。
滞空していた4機のレイヴンが音もなく滑空し、背中の4連ポッドへと滑らかに自動収容される。
「熊井さん、左翼の漏れは片付けたぞ」
『お、おう! 助かったぜ間宮! あいつら、いつの間に全滅してやがんだ!?』
熊井が驚愕の声を上げた、その時だった。
ズズズズズズズズズズズ!!
遠く富士の裾野から、先ほどまでの比ではない、大地を裂くような重低音が轟いた。
荒野の岩肌が激しく震え、照明弾の光の下に、山のような黒い巨大な影が姿を現す。
「な、なんだあれは!」
「デカすぎる! 体長15メートル以上あるぞ!」
悲鳴が上がる中、夜空の彼方から、キザでけたたましい声が通信回線をジャックした。
『ふはははは! 待たせたな諸君! 我がハイペリオン先行兵装開発部の至高の美学、とくと目に焼き付けるがいい!』
眩い黄金と白銀の推進光を噴射しながら、夜空から颯爽と一人の男が舞い降りてきた。
白と金を基調としたハイペリオン社製のエリートパイロットスーツ。
背中には、左右へ大きく広がる2枚の発光可変翼と、4門の長大なビーム砲身。まるで熾天使の六翼を形作るような、超弩級の試作強襲バックパックを背負っていた。
マナ・フレームではない。生身の探索者が、あんな大掛かりなロマン砲を背負って飛んできたのだ。




