第005話:大手配信者の危機と、泥臭い歩兵
防壁都市の中央部。
天を衝く巨大な金属柱の直下には、地下亜空間へと続く巨大な昇降ゲートが存在する。
通称、ダンジョン。
地上変異種の魔獣とは異なり、この迷宮に湧き出る魔物は純粋な魔素の塊だ。
倒せば死骸を残さず青白い光の粒子となって霧散し、高純度の魔石だけをその場にドロップする。
解体の手間がかからない分、換金効率は地上よりも遥かに良い。
ゲート前広場には、出撃を控えた多種多様な探索者たちがひしめき合っていた。
掌に青白い雷光を灯すエリートの【生体魔力型】から、魔石カートリッジを装填した銃器や搭乗型兵装を駆使する現代主流の【魔導兵装型】まで様々だ。
昨日の測定でわずかに増えたとはいえ、魔力保有量がたった131しかない俺には、生体魔法なんて逆立ちしても使えない。掌から火花ひとつ出すことすら不可能な落ちこぼれだ。
だからこそ、魔石を動力とする魔導拳銃と大型解体ナイフ、この泥臭い道具使いの技を極限まで研ぎ澄ますしかなかった。
「ま、身の丈に合ったやり方で稼ぐだけだ」
俺が潜ったのは、浅層第12層、岩肌が剥き出しになった入り組んだ閉所坑道エリアだ。
派手な生体魔法使いや大型兵器が嫌う、入り組んだ暗い隘路。
「今日のノルマは、D級からE級の魔石を20個。鈴のオムツ代と、新しい防護服の頭金を稼ぐぞ」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、俺は壁際に身を潜めて坑道の奥へと進んでいった。
*
一方その頃。
同じ第12層の幹線坑道では、まったく毛色の異なる派手な光景が繰り広げられていた。
「ハロー、リスナーのみんな! 今日も俺の愛機『クリムゾン・ギア』のスーパープレイを見届けてくれよな!」
全高4メートル。真紅の装甲に包まれた最新鋭の搭乗型人型機動兵装、マナ・フレーム。
コックピットから外部スピーカー越しに軽薄な美声を響かせているのは、大手配信クランに所属するCランク探索者、クロード(22歳)だった。
周囲には、超小型の魔導浮遊ドローンが3機旋回し、クロードの機体をあらゆる角度から高画質でライブ中継している。
配信画面の同接視聴者数は、すでに3万人を超えていた。
『クロード様きたあああ!』
『今日も機体ピッカピカでかっけぇ!』
『生身で泥まみれになってる連中とかマジで時代遅れだよなw』
『マナ・フレーム乗ってこそ現代のスター探索者だわ』
流れる称賛コメントに、クロードはコックピットの中で得意げな笑みを浮かべる。
「ははっ、当然だろ! 生体魔法でチマチマ詠唱してる魔法使いも、泥まみれで銃を撃ってる歩兵も、これからの時代は大型魔導兵器一択だよ! 圧倒的なテクノロジーと火力、これこそが本物の探索者ってもんさ。ほら、見てな!」
クロードはマナ・フレームの右腕に装備されたガトリング砲を乱射し、通路の先にいた変異スライムや小型オークの群れを派手な爆炎とともに吹き飛ばした。
コメント欄が「すげえええ!」「圧倒的火力!」と大絶賛で埋め尽くされる。
すっかり気を良くしたクロードは、通信ドローンに向かって親指を立てた。
「よし、今日は特別サービスだ! この奥にある未探索の狭窄ルートを突っ切って、中層ボスへの近道を開拓してやるぜ!」
『え、そこ狭くない?』
『マナ・フレームが入るには道幅がヤバくね?』
『大丈夫か?』
リスナーから数件の警告コメントが飛んだが、人気と興奮に酔いしれたクロードの耳には届かない。
巨体を軋ませながら、全高4メートルの真紅の機体は、岩肌が迫る狭い閉所坑道へとずかずかと踏み込んでいった。
だが。
それが命取りだった。
カチリ、カチリ、カチリ。
不気味な硬質音が、天井の闇から響いてきた。
「あん? なんだ今の音」
クロードが機体のサーチライトを上空へ向けた、その瞬間。
ドサァァッ!
天井の岩盤を突き破り、巨大な影が降ってきた。
体長6メートルを超える、漆黒の多足魔獣。
鋼鉄のような外骨格と、猛毒を滴らせる長大な大顎を持ったダンジョン種、ケイブ・ラーカーだ。
しかも、1頭ではない。
狭い通路の前方、そして後方の岩陰からも、無数の赤い複眼が蠢き出し、合計4頭の巨大百足がマナ・フレームを取り囲んだ。
「ひっ!? な、なんでこんな浅層にケイブ・ラーカーが群れてんだよ!?」
クロードは慌てて右腕のガトリング砲を構えようとした。
だが、ガキィィン! と鈍い金属衝突音が響き、銃身が狭い洞窟の岩壁に激突して止まる。
「くそっ、旋回できない!? 道幅が狭すぎる!」
平原や大広間では無類の強さを誇るマナ・フレームも、高さ5メートル足らずの狭い閉所では、ただの身動きの取れない鉄の棺桶に過ぎない。
背中を壁に激突させ、巨体がスタックする。
そこへ、ケイブ・ラーカーの鋭利な無数の脚が、真紅の装甲へと突き刺さった。
ギチギチギチッ!
装甲板が軋み、火花が散る。酸性の体液が吹きかけられ、自慢の真紅の塗装がジュウジュウと煙を上げて溶け始めた。
「うわああああっ! 装甲が破られる! 助けてくれ! 誰か助けてくれぇぇっ!」
コックピット内でクロードは涙目になり、無様に叫び散らした。
その醜態は、浮遊ドローンカメラを通じて、配信を見守る数万人の視聴者へとリアルタイムで全世界配信されていた。
『嘘だろ!?』
『クロード様がスタックした!?』
『ケイブ・ラーカー4頭はCランクでも全滅案件だろ!』
『誰か近くの探索者助けてやれよ!!』
阿鼻叫喚のコメントが濁流のように流れる中、ケイブ・ラーカーの巨大な大顎が、コックピットの装甲ハッチを噛み砕こうと大きく開かれた。
死を覚悟し、クロードがぎゅっと目を瞑った、その瞬間だった。
「おいおい、マジかよ」
冷めた、ひどく呆れたような声が、洞窟の中に響いた。
バシィィン!
乾いた1発の銃声。
俺が放った青白い魔力弾は、巨大百足の分厚い鋼鉄外骨格ではなく、その顔面に密集する赤い複眼、感覚器官の根元を正確無比に撃ち抜いた。
ギシャアァッ!?
甲高い悲鳴を上げ、視界を焼かれた百足の頭部が大きく跳ね上がる。
俺の持つ量産型の魔導拳銃に、大型魔獣を一撃で屠るような破壊力はない。
だが、急所を的確に突いて目潰しと体勢崩しを行うには、これほど手頃な道具もなかった。
「なんでこんな狭い穴倉に、デカいオモチャ持ち込んで遊んでんだよ。邪魔くせぇな」
俺は岩壁の陰から姿を現した。
薄汚れた作業用パーカー。左手に量産型魔導拳銃、右手に刃渡り30センチの無骨な大型解体ナイフ。
華麗な装甲もなければ、派手な装備もない。
泥まみれの、しがない歩兵探索者だ。
「だ、誰だ!? 逃げろ、そいつはCランクの危険種だぞ! 拳銃なんかじゃ傷一つ付かない!」
外部スピーカーからクロードが絶叫するが、俺は完全に無視した。
残る3頭のケイブ・ラーカーが一斉にターゲットを俺へと切り替え、猛然と突進してくる。
だが、俺の動きには一切の動揺がなかった。
跳ぶわけでもなく、宙を舞うわけでもない。
狭い坑道の岩肌に身を滑らせ、最小限の体捌きで突進の軌道から外れる。
バシィン! バシィン!
すれ違いざまに放った2発の弾丸。
狙うのは甲殻ではない。先頭の百足の足の付け根、歩肢を支える細い関節部だ。
片側の脚を数本へし折られた巨体は、バランスを崩して猛烈な勢いで地面を滑走し、岩壁へと激突した。
その隙間へ、俺は地を這うように肉薄した。
拳銃はあくまで隙を作るための牽制。
命を刈り取るのは、右手に握りしめた刃渡り30センチの重刃だ。
キィィィン!
大型解体ナイフの振動スイッチが唸りを上げる。
鋼鉄のような外骨格の隙間、節足動物の継ぎ目にある柔らかい結合部へ、肉厚な重刃を体重のすべてを乗せて突き立てた。
ズシュッ!
高周波振動刃が硬い軟骨を断ち割り、百足の中枢神経幹を内部から抉り切る。
巨体がビクンと痙攣して硬直した直後、青白い光の粒子となって霧散し、足元にコロンと良質なD級魔石が転がり落ちた。
「はい1頭」
淡々と呟きながら、俺は振り返ることもなく背後へバックステップを踏む。
頭上から振り下ろされた2頭目の巨大な大顎が空を切り、地面の岩盤を砕いた。
挟み撃ちにしようと、開いた大顎の奥から酸性の溶解液が噴き出そうとする。
その無防備に開かれた口腔の奥深くへ、俺は左手のハンドガンを真っ直ぐ突き入れた。
バシィン!
至近距離で口腔内に撃ち込まれた弾丸が、口内の柔らかい粘膜を焼き焦がす。
ギャァッ! と激痛に仰け反った首の下、剥き出しになった頸部の継ぎ目へ、俺は右手の大型ナイフを逆手で深々と突き刺した。
ズドォッ!
腕力ではなく、相手が仰け反った勢いを利用して刃先を根元まで押し込む。
2頭目も光の粒子となって消滅した。
残る2頭が、狭い坑道で密集して襲いかかってくる。
だが、狭い通路で大型の怪物が並べばどうなるか。
俺はハンドガンを2連射し、右側の百足の脚を砕いて左側の百足へと倒れ込ませた。
巨体同士が狭路で折り重なり、互いの脚が絡み合って身動きを封じられる。
その無様な隙を見逃す解体屋ではない。
キィィン、と唸る刃が、正確無比に急所の節を2度閃いた。
ズシュッ、ズシュッ!
戦闘開始から、わずか20秒足らず。
Cランク小隊すら壊滅させかねない凶暴なケイブ・ラーカー4頭が、銃による急所崩しと、30センチの高周波解体刃による職人技で、跡形もなく処理されていた。
坑道に残されたのは、4つの輝く魔石と、呆然とコックピットで口を開けているクロード。
そして、淡々と落ちた魔石を拾い集める俺の姿だけだった。
「よし、良質なD級魔石が4つ。臨時収入だな」
俺は魔石を腰のポーチに放り込むと、機体の周りを浮遊していたドローンカメラのレンズと視線が合った。
「あん? なんだこのオモチャ。盗撮か?」
鬱陶しそうに眉をひそめ、手でシッシッとドローンを追い払う。
そして、スタックしたまま硬直している真紅のマナ・フレームを見上げ、心底迷惑そうに言い放った。
「おい、アンタ。通路の真ん中で突っ立ってると邪魔なんだよ。帰るならさっさとバックして道を開けてくれ」
それだけ言い残すと、俺は振り返ることもなく、暗い坑道の奥へとさっさと歩き去っていった。
残された配信画面。
数秒間の完全な沈黙の後、コメント欄が爆発した。
『は????????』
『今の一体何が起きた!?!?』
『20秒でケイブ・ラーカー4頭全滅させたぞ!?』
『動きが無駄なさすぎてヤバい! 完全に本物のプロだろ!』
『「邪魔だからさっさとバックしろ」wwwwwww』
『あの探索者誰だよ!? 胸のギルドタグ見えたぞ、Eランクだろあいつ!』
『Eランクがあんな動きできるわけねぇだろ! 特定班動け!!』
全世界のネットが騒然となり、謎の凄腕歩兵探索者の噂が一瞬でトレンドへと駆け上がっていく。
だが、そんな大騒ぎなど知る由もない俺は、早足で託児所へと向かっていた。
「よし、これで粉ミルク代と新しい離乳食が買えるな。鈴が腹を空かせる前に、急いで戻るか」
腰のポーチで魔石が擦れる音を聞きながら、俺は託児所への道を急いだ。




