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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第1章:出会いと、波乱の幕開け編

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第004話:夜泣きの夜と、初めての託児所

 結局のところ、昨晩は一睡もできなかった。


 夜中の2時。

 昼間の疲労で泥のように眠っていた俺を叩き起こしたのは、耳を劈くような激しい泣き声だった。

 見知らぬ狭い部屋に、慣れない匂い。昼間の魔獣襲撃の恐怖まで、ぶり返したのかもしれない。

 毛布の中で、鈴が顔を真っ赤にして火がついたように泣き叫んでいた。


「おいおい、どうした!? 熱か? 腹減ったのか? それともオムツか!?」


 飛び起きてオムツを確認するが濡れていない。ミルクを作って差し出しても首を振って拒絶する。

 暗闇の中で激しく泣き続ける赤ん坊を前に、俺は完全にパニックだった。

 片手でスマートフォンを握りしめ、『赤ん坊 夜泣き 泣き止まない』『抱っこの仕方』と必死に検索しながら、ぎこちない手つきで鈴を抱き上げた。


「ほら、よしよし大丈夫だ、魔獣はもういねぇよ」


 狭い六畳間の畳を、何十分もすり足で行ったり来たり歩き回る。

 肩と腰が軋み、睡魔が脳を締め付ける。


「おい、勘弁してくれよ。俺、明日も仕事なんだぞ」


 口から愚痴が零れ落ちる。

 だが、俺の胸元で小さな手を丸め、必死にしがみついてくる小さな温もりを感じているうちに、胸の奥がじんわりと痛んだ。

 全滅した集落の、あの冷たい地蔵堂。

 周囲の大人たちが全員食い殺される地獄の中で、この子はたった一人、毛布の中で震えていたのだ。

 怖くないはずがない。


「悪かったな。大きな声出して」


 歩くリズムを緩め、背中をポン、ポン、とゆっくり叩き続ける。

 1時間ほどそうして部屋を巡り歩いた頃、鈴の泣き声が次第に小さくなり、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息へと変わっていった。

 腕の中で眠りについた鈴をそっと座布団に下ろし、俺は汗を拭って壁にもたれかかった。


 今年で25歳の独身男だ。

 定職といえば聞こえはいいが、日銭を稼ぐだけの底辺Eランク探索者。

 他人の子、それも身元も分からない未登録児を抱え込むなんて、客観的に見れば正気の沙汰じゃない。

 明日ギルドに行って「やっぱり無理です」と雑居シェルターに突き返すのが、最も賢明で現実的な選択だという理屈は、頭では嫌というほど分かっていた。


 だが。

 あの劣悪な保護シェルターの冷たい鉄格子の中で、この子が泣き叫んでいる姿を想像すると、どうしても胃の腑が締め付けられるように痛んだ。


「施設が見つかるまでの辛抱だ」


 暗闇の中、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

 子育てなんて大層なことはできない。パパになる気もない。

 だが、あの地獄から拾い上げた以上、正式な預かり先が決まるまでの間、飯を食わせて安全な場所に寝かせてやるくらいは、拾った俺の責任だ。

 そうやって無理やりにでも納得しなければ、到底やっていられなかった。


   *


 そして迎えた翌朝。

 ボロアパートの六畳一間に、心地よい朝日が差し込んでいた。


「ほら、スプーン落とすなよ。あーん」


「あーむ! んま! えへへ」


 座布団の上にちょこんと座った鈴が、小さな口をめいっぱい開けて離乳食のレトルトを頬張る。

 買ってきたかぼちゃと野菜のペーストがよほど気に入ったのか、両手をパタパタと上下に振ってご機嫌そのものだ。

 昨晩の激闘が嘘のように、美味しそうに笑う鈴の顔を見ていると、寝不足の重い頭痛も少しだけ和らぐような気がした。


「よしよし、完食だな。偉いぞ」


「きゃっ、あーい!」


 濡らしたガーゼで口元を拭いてやり、手早く着替えさせる。

 昨晩決めた通り、この子の生活を当面維持するためには、俺自身が稼ぎ続けなければならない。

 粉ミルク代に紙おむつ代。いずれ必要になる、安全な部屋への引っ越し資金だってある。

 底辺Eランクの稼ぎのままでは、到底足りない。


 俺は大型解体ナイフと魔導拳銃を腰に装着し、鈴を抱いてギルド出張所へと向かった。


「おはようございます、間宮さん。昨晩はどうでしたか?」


 受付窓口の長谷川さんが、柔らかな笑顔で出迎えてくれる。


「なんとか生き延びたよ。夜泣きで完全に徹夜コースだったがな。約束通り、併設の託児所に鈴を預けたいんだが」


「ええ、準備できていますよ。こちらへどうぞ」


 託児室のドアを開けると、数名の保育スタッフが笑顔で駆け寄ってきた。

 俺の腕から離される瞬間、鈴は不安そうに眉を八の字にして、俺の服の裾を小さな手でギュッと掴んだ。


「んぅ、ふぇ」


「大丈夫だ。ちょっと仕事行って、魔石を拾ってくるだけだからな。すぐ戻ってくる」


 屈み込んで小さな頭を優しく撫でると、鈴は涙目でじっと俺の顔を見つめ、小さな手をぎゅっと握りしめて小さく振った。


「ばいばー?」


「ああ、行ってくる。いい子にしてろよ」


 長谷川さんに鈴を託し、俺は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、都市中央へと向かう地下連絡通路へと足を踏み入れた。

 照明の並んだ通路の先へ歩き出しても、小さく振られていたあの手の残像が、瞼の裏からしばらく離れなかった。


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