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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第6章:荒野の巨神(マナ・フレーム)と、奇跡の銀匙編

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第046話:奇跡の子供用スプーンと、世界トレンド1位

 週明けの午後。

 第2区安全居住特区を出た俺は、下町の下層工業区へと足を運んでいた。

 煤煙と鉄の匂いが漂う路地の奥。引き戸を開けると、ガツン、ガツンと重厚な鉄槌の音が響き渡っていた。


「佐伯のオヤジ、いるか」


 炉の熱気が押し寄せる作業場。

 赤く熱した鋼を叩いていた筋骨隆々の白髪の老人が、槌を止めてギロリと俺を睨みつけた。


「なんだ凌か。角鉈なら納品したぞ。刃こぼれでもさせやがったのか?」

「いや、鉈は最高だ。今日は別の相談があって来た」


 俺はカウンターの前に立ち、昨晩引いた手書きの寸法図を差し出した。

 鈴が小さな手でプラスチックのスプーンを滑り落としていた姿を思い出しながら引いた図面だ。


「子供用のスプーンとフォークを作ってほしい」

「はあ?」


 佐伯のオヤジが怪訝そうに眉根を寄せ、耳をほじくった。


「テメエ、今なんつった?」

「鈴が自分で握りやすく、喉に刺さらない安全な銀のスプーンとフォークだ。先端に俺の微細魔力を通して、触れた食材の繊維をその場で解せるようなやつがいい」

「アホかテメエ! 俺を誰だと思ってやがる! 迷宮の希少金属を叩いて魔導兵器を打つ一級鍛冶師だぞ! 子供のスプーンなんぞ、100円のプラスチックでも買ってきやがれ!」


 雷のような怒声が轟く。だが、俺は淡々と続けた。


「市販のプラスチックじゃ魔力が通らねえ。軽すぎて鈴の手からすっぽ抜ける。鈴が怪我をせず、美味しく飯を食える道具が欲しいんだ」

「知るか! 俺は兵器職人だ!」

「そうか。なら他を当たる」


 俺がメモを引っ込めようとした瞬間、オヤジの手が伸びてパッとひったくった。


「待て。引っ込めるんじゃねえ。ふん、柄の重心が手元に寄ってやがるな。幼児の手でも手首が返しやすい。先端の丸みも口の中を傷つけねえカーブだ」


 オヤジは老眼鏡をずらし、ぶつぶつと呟いた。


「で、あのお嬢ちゃんは最近何を食ってんだ?」

「前歯が揃ってきた。昨日は金剛牛の赤身フィレ肉と有機ニンジンを美味そうに食ってたぞ」

「金剛牛の赤身だと!? あんな硬い筋の塊を離乳食に食わせてんのかテメエ!」

「だからフォークで繊維を解したんだよ。昨日の配信でねねって配信者が騒いでただろ」

「あの配信はお前だったのか! 銀フォークから青白い魔力光を吹かせてた馬鹿親父は!」


 オヤジが腕を組み、唸り声を上げた。


「先端に微細振動を起こすとなると、普通の銀じゃ魔力焼けで折れる。耐熱魔導銀合金が必要だが、極微細パルスを均等に伝える励起回路が要るな」

「なるほど。なら、うちの出番だな」


 背後の引き戸がガラリと開き、アルス・テック社の倉田チーフと葵が入ってきた。


「倉田チーフ、それに葵。なぜここに」

「お前が使ってるレイヴンの予備ブレードの受け取りだよ。刃先0.1ミリの超精密な焼き入れと手打ちの刃付けは、工場の自動ラインじゃ出せねえ。昔から佐伯の親父さんに特注で頼んでんだ」

「フン、大企業の小賢しい能書きチーフが納品を急かしに来たかと思えば、聞き捨てならねえ図面を覗き見しやがって」


 佐伯のオヤジが煙管をくわえ直して鼻を鳴らし、倉田がニヤリと白い歯を見せた。

 同年代の現場職人同士。企業のエンジニアと町工場の頑固鍛冶師という立場の違いはあれど、互いの腕前を誰よりも認めている長年の技術提携関係だった。


「子供用の微細魔力共鳴カトラリーか。いいじゃねえか! 最新兵器の極限技術を子供の日常に落とし込む。これぞ技術屋のロマンだ! ハイペリオンが金持ち向けに派手なビーム銃を作ってる横で、俺たちは世界最高峰のカトラリーを作ってやるんだよ!」

「倉田チーフの言う通りです!」


 葵も前のめりになると、堰を切ったように早口でまくし立てた。


「間宮さんの変換効率85パーセントの魔力を先端に伝導させれば、どんな食材も一瞬で極上ペーストになります! 鈴ちゃんが自分でご飯を食べられるようになるなんて、絶対に形にするべきです!」

「葵、お前仕事の時はそんなに熱くならねえだろ」

「鈴ちゃんのこととなれば別よ!」


 倉田が端末を取り出し、設計データを呼び出した。


「親父さん、ラボの【変異星霊鋼ナノ粉末】を回す。銀合金に均一配合して鍛造してくれ。柄の内部に、間宮の魔力波長を増幅するスパイラル回路を彫り込む!」

「言われなくても分かってる! 叩き締めは俺の槌でしかできねえ極限の分子配列だ。いくぞ!」


 2人の職人の目がギラリと光った。

 魔導兵器のエンジニアと伝説の鍛冶屋が、たった1セットの子供用食器のために全設備を稼働させて金属を打ち始めた。


 キン、キン、キン、キィィィィン!


 炉の炎が青白く燃え上がり、火花が散る。

 作業を見守ること3時間。冷水に浸された鋼から白煙が上がり、作業台の上に2本のカトラリーが並べられた。


 全長12センチ。滑らかな白銀の輝きを放つスプーンとフォーク。

 柄は幼児の小さな指が自然と収まる柔らかな曲線を描き、先端は丸みを帯びて吸い付くような超精密加工が施されている。


「完成だ。【微細魔力共鳴カトラリー】。通称、奇跡の銀匙だ」


 佐伯のオヤジがタオルで汗を拭い、胸を張った。


「変異星霊鋼と魔導銀の結晶ハイブリッドだ。間宮、指先で触れてみろ」


 俺はスプーンを手に取った。

 吸い付くような手触り。体内の魔力をわずか0.1パーセント通してみる。


 キィィィィン。


 先端から澄んだ共鳴音が響き、空気そのものが細かく震えた。


「すごい。魔力の逃げが一切ねえ」

「当たり前だ、誰が打ったと思ってやがる。さっさと持って帰って、あのお嬢ちゃんに美味いもん食わせてやれ」

「代金は」

「出世払いでいい。その代わり、あのお嬢ちゃんが大きくなったら、佐伯工房のナイフを持たせるんだぞ」

「それは鈴が自分で決めることだ。だが、礼を言う。ありがとな、オヤジ、倉田チーフ」


 俺は桐箱に収められた銀食器を抱え、葵とともに工房を後にした。


   *


 夕方18時。

 特区タワマンのリビングでは、ベビーチェアの鈴が机の桐箱を不思議そうに見つめていた。

 周りには葵と、エプロン姿の如月雫が待機している。


「鈴、今日から新しいスプーンだぞ」


 桐箱を開け、白銀のスプーンを取り出して鈴の小さな手に握らせた。

 鈴の手が、しっくりとスプーンの柄に収まる。重すぎず、軽すぎず、全くぐらつかない。


「あ、ぎゅー!」


 鈴は銀色に光るスプーンを見つめ、満面の笑みで掲げた。


「りょー! きらきら!」

「おう、綺麗だな。自分で持てるか?」


 鈴はこくんと頷き、嬉しそうにスプーンを握りしめた。

 俺は小皿に、蒸した温野菜と金剛牛の赤身肉のブロックを並べた。


「鈴、そのスプーンでお肉をトントンってしてみろ」


 俺が鈴の手首にそっと指を添え、変換効率85パーセントの微弱魔力を同期させた。

 キィィィィン、と先端に青白い燐光が宿る。

 鈴は不思議そうに小首を傾げ、真似をするようにスプーンでお肉のブロックを突いた。


「とん、とん!」


 サクッ。

 シャララララッ。


 スプーンが肉に触れた瞬間、極微細な超音波振動が筋繊維の結合組織だけを瞬時に解離させた。

 肉片が温かいバターのようにふわりと崩れ落ち、滑らかな肉ペーストへと一瞬で姿を変える。

 続いてニンジンに触れると、野菜の細胞壁が優しくほぐれ、黄金色のポタージュのようにとろけていった。


「な、なんてことですか!?」


 横で見ていた雫が絶叫した。


「火も包丁も使わず、食器が触れただけで繊維結合を解離させました! 先端の振動波形が食材の固有周波数に完璧に同調しています!」

「すごすぎるわ。離乳食作りの苦労が全部消し飛んじゃったじゃない!」


 大人たちの驚愕をよそに、鈴はとろとろになったお肉を自分の手ですくい、上手に口元へ運んだ。


「あーむ!」


 ぱくり。

 一口食べた瞬間、鈴の動きがピタリと止まった。

 両手でぽよんとしたほっぺをぎゅっと押さえた。


「んま! んまーーーーーーっ!!」


 足を激しくバタバタと弾ませ、満面の笑みで跳ね上がった。


「んま! あむあむ、んまーい!」


 鈴は夢中でスプーンを動かし、自分で次々とすくっては小さな口へ運んでいく。

 一度も喉に詰まらせることなく、あっという間に小皿はピカピカに空っぽになった。

 空になった皿を小さな指で指差し、鈴は誇らしげに胸を張った。


「りょー! ないない! えへー!」

「おう、綺麗に全部食えたな。自分で上手にできたぞ」


 鈴の頭を撫でると、鈴は誇らしげに胸を張り、「えへへー!」と擦り寄ってきた。

 佐伯のオヤジと倉田チーフの意地は、完璧に結実したのだ。


   *


 その夜、宇佐美ねねが自身のチャンネル【ねねちゃんクッキング】で緊急生配信を敢行した。


『みなさーん! 話題沸騰だった神解体士さまのフォークが、特注カトラリーとして完成したという極秘情報をキャッチしました! 佐伯鍛冶工房とアルス・テック社が共同開発した、その名も【奇跡の銀匙】です!』


 画面には、倉田チーフが提供した構造図と、鈴が実際に食事をしている手元の動画が映し出された。

 触れた瞬間に肉と野菜が一瞬でペーストへと崩れる映像に、コメント欄が沸騰する。


『は??????』

『マジで触れただけで溶けてるんだけど!?』

『離乳食作りに毎日1時間かけてる母親だけど、これ見たら涙出てきた』

『介護施設勤務です。固形物が飲み込めない高齢者の方にこれがあったら世界が変わる!』


 同接数が20万人を突破する中、トップアナリスト草薙怜奈のチャンネル【シーカーズ・アイ】が緊急の解説動画を公開した。


『シーカーズ・アイの草薙怜奈です。結論から言います。これは現代の調理工学および医療・福祉における革命です。スプーン先端から放射されているのは、可聴域を超えた超高密度の振動パルスです。食材の旨味成分である細胞内液を一切破壊せず、硬いコラーゲン結合のみを選択的に弛緩させています。アルス・テック社の最新魔導ナノ合金と、間宮凌氏の規格外の魔力変換効率が融合した奇跡の技術です』


 太鼓判が押された瞬間、魔導ネットが激震した。


『兵器メーカーが本気で子供用食器を作った結果www』

『世界トレンド1位【奇跡の銀匙】キタアアアアア!』

『トレンド2位【神解体士パパ】』

『1本1000万円でも買うぞ! どこで売ってんだ!?』

『ハイペリオン社、派手なビーム銃作ってる場合じゃねえぞwww』


 同接数は35万人を突破し、SNSの世界トレンド1位を独占した。

 アルス・テック社には世界中の医療法人や大手外食チェーンから問い合わせが殺到し、電話回線がパンクしたという。


 翌朝。

 電話口で倉田チーフから「世界中から注文が数万件殺到して大騒ぎだぞ!」と悲鳴を聞かされた凌は、コーヒーを片手に平然と言い放った。


「現物の量産なんかできるわけねえだろ。佐伯のオヤジが一振りずつ手打ちして、俺の魔力波形に合わせてあるんだ。売る気はねえ。これは鈴専用の一点モノだ」

『当たり前だ、現物を売る気なんざ端からねえよ! だがな間宮、ここからが技術屋の腕の見せ所だ。お前の共鳴回路をベースに、一般人のわずかな保有魔力でも動く【民生普及モデル】の量産設計をうちのラボで進めてる!』

「一般用だと? 星霊鋼や魔導銀なんざ高すぎて市販できねえだろ」

『だから安価な汎用魔導ステンレスを使うんだよ! 高度な希少素材を要求せず、工場ラインで大量生産できる設計に落とし込む。生肉を溶かすほどの威力は出せねえが、茹でた温野菜や柔らかく煮た肉をほぐすくらいなら一般人の魔力でも十分だ! これで世界中の赤ん坊と、介護現場の高齢者が救われる!』

「まあ、それならいいんじゃないか」

『基本特許の発明者はお前と佐伯の親父さんだ。パテント料はガッツリ鈴ちゃんの将来のミルク代と学費に回してやるからな!』

「勝手にしろ。鈴の邪魔さえしなけりゃ何でもいい」


 豪快に笑う倉田との通話を切り、俺はキッチンの流し台へ向かった。

 昨晩、鈴が使った小さな銀のスプーンを、柔らかいスポンジで丁寧に洗う。

 清潔な布巾で一滴の水気も残さず拭き上げると、白銀の刀身が朝の柔らかな光を浴びて、静かに輝いた。


 テーブルの上には、開かれたままの保育所の連絡帳。

 俺は胸ポケットからペンを取り出し、連絡事項の欄に短い文字を走らせた。


『今日から新しいスプーンを使い始めました。自分で持って、一滴もこぼさずに完食しています』


 パタン、と手帳を閉じる。

 リビングの奥、クッションマットの上では、鈴が小さな寝息を立てていた。

 蹴っ飛ばされて捲れ上がっていた薄手のタオルケットを拾い上げ、転がり出ていた小さな足にそっと掛け直してやる。


「すぅ、ふにゃ。りょー」


 微かに動いた唇を見下ろしながら、俺は静かに息を吐いた。

 朝の光が差し込む部屋に、時計の秒針の音だけが、穏やかに響いていた。


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