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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第5章:中層最奥の飛竜と、メガコープの影編

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第036話:ネットの謀略報道と、アカデミーからの警告

 水没バイパスを抜け、第26層の未踏鉱脈で希少結晶を回収した俺たちは、午後のうちに地上へと帰還した。


 坂東とは前線要塞で獲物を山分けし、タケを連れて安全特区のタワーマンションへ戻ってきたのは16時過ぎのことだ。

 泥だらけの作業着を脱ぎ、熱いシャワーで汗を流してリビングへ戻った瞬間、スマートフォンのバイブレーションが狂ったように震え始めた。


 画面を開くと、アルス・テック社の連絡チャット、ギルドのニュース速報、そして動画サイトの通知が津波のように押し寄せていた。


「おいおい凌、見ろよこれ! ネットがとんでもねぇことになってるぞ!」


 ソファに座っていたタケが、青ざめた顔で自分の端末を突き出してきた。

 画面には、大手情報メディアのトップ記事が大々的に表示されている。

 発行元は『ハイペリオン・ジャーナル』。最大手メガコープの息がかかった広報メディアだ。


『【特報】第25層水没バイパスで無許可の違法掘削か!? アルス・テック社の未認可兵器、ダンジョン崩落と環境破壊の重大懸念』

『安全管理区域を意図的に迂回する危険分子。謎のゴースト歩兵、メガコープの正規統制を乱すテロ行為の疑い』


 記事には、俺たちが水没バイパスの巨岩を破砕した直後の断面写真が不鮮明ながら掲載されていた。ハイペリオンの斥候ドローンが上空から隠し撮りしていたらしい。

 コメント欄には、数万件もの書き込みが殺到していた。


『うわ、あいつらマジでダンジョン壊してんのかよ』

『崩落した危険区域を勝手に掘削して二次災害起きたらどうすんだよ』

『やっぱり裏のある兵器だったんだな。アルス・テックも同罪だろ』


「ふざけんな! あいつら、自分たちが公道を塞いでボッタクリ関所を作ってるくせに、俺たちを悪者にして責任転嫁してやがる!」


 タケが悔しげに拳を振り上げた。

 その時、ガチャリと玄関の電子錠が開き、血相を変えた神崎葵が飛び込んできた。


「間宮さん! ニュース見た!?」


 まだアルス・テック社のスーツを着たままの葵は、肩で息をしながらリビングへ駆け寄ってきた。


「ハイペリオンの広報部が、傘下のメディアを一斉に動かして情報操作を仕掛けてきたわ! ラボにもギルドの査定部から問い合わせが殺到してるの! 社の上層部も腰が引けてて、世論が落ち着くまで間宮さんのテスター契約を一時凍結すべきじゃないかって声が出始めてるのよ!」

「落ち着け、葵。騒いだところで記事が消えるわけじゃねぇ」


 俺はキッチンから冷たい麦茶をグラスに注ぎ、葵の前に置いた。


「関所に20万払いたくねぇから、崩れた抜け道を掘り直しただけだ。ギルドの規約上、未踏区域の開削は探索者の正当な権利として認められてるはずだろ」

「そ、それはそうだけど! あいつらは法的な正当性じゃなく、世論を味方につけて私たちを悪者に仕立て上げる気なのよ!」


 葵が悔しそうにグラスを握りしめる。

 ハイペリオンの狙いは明白だった。


 アルス・テック社の試作ビットと、それを操る俺の存在がネットで注目を集めるのを嫌い、中層深部フロアマスターの独占討伐を前に、世論の力で俺たちを排除しようとしているのだ。


   *


 だが、ハイペリオンの一方的な世論誘導に、思わぬ方向から風穴が開いた。


「あ、おい! ねねちゃんの生配信が始まったぞ!」


 タケが叫び、テレビモニターに動画サイトの画面を中継した。


 画面に映し出されたのは、チャンネル登録者120万人を誇るグルメストリーマー、宇佐美ねねの姿だった。

 エプロン姿のねねは、いつもなら天真爛漫な笑顔を浮かべているはずだが、今は怒りで頬を紅潮させていた。調理台の上には、先日ギルド市場に出品されたアダマン・ボアの極上霜降り肩ロース肉が置かれている。


『皆さん、こんにちは! ねねです! 今ネットで騒がれてるニュース、私どうしても我慢できなくて緊急で配信をつけてます!』


 ねねは包丁を置き、カメラに向かって霜降り肉の断面を至近距離で映し出した。


『見てください、このお肉の断面! 筋膜が0.1ミリの狂いもなく剥がされて、毛細血管の血抜きが完璧に施されています! 命を奪うことへの深い敬意と、素材を一切無駄にしない極限の職人技がなければ、こんな美しい解体ができるはずありません!』


 ねねの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。


『こんなにもダンジョンと獲物を愛している職人さんが、環境破壊なんて目的で現場に立つわけがありません! 誰がなんと言おうと、このお肉を一口食べた私は、あの解体士さんを絶対に信じます!』


 そこまで熱弁したところで、ねねはぐすっと鼻をすすり、まな板の霜降り肉へと身を乗り出した。


『ううっ、ていうか、このお肉食べたい! お肉! 肉肉肉肉ーーッ! こんなの目の前に置かれて我慢できるわけないじゃないですかぁ!』


 ねねの涙と肉欲が混ざり合った絶叫に、画面のコメント欄が猛烈な勢いで加速した。


『ねねちゃん泣いてたのに急に肉欲が暴走して草』

『ていうかこのお肉食べたい!』

『肉! 肉肉肉肉ーーッ!』

『確かにあのアダマン・ボアの解体動画、傷一つなくて芸術的だったもんな』

『ハイペリオンの関所が20万でボッタクリやってるって内部告発も出てるぞ』

『どっちが正しいんだ? ハイペリオンの言ってること怪しくね?』


 ハイペリオン傘下メディアが仕掛けたネガキャンは、ねねの熱烈な援護射撃によって一気に押し戻され、ネット世論は真っ二つに割れていた。


「宇佐美ねね、あのグルメ配信者、いい度胸してるわね」


 葵が感心したように呟いた。

 俺は麦茶を一口飲み、小さく息を吐いた。


「肉をそこまで美味そうに食ってくれるのはありがたいが、相変わらず外野がやかましいな」

「おい凌、これだけ世間を騒がせておいて完全平常運転かよ!」


 タケが呆れ果てたように突っ込んできたその時、玄関の呼び鈴が静かに鳴り響いた。


   *


 モニター越しに玄関を開けると、そこに立っていたのは如月雫だった。

 端正な制服の魔導ローブを纏っているが、その表情は痛ましいほどに青ざめ、視線は足元に落ちていた。


「雫ちゃん? どうしたの、そんな暗い顔して」


 葵が心配そうに声をかける。

 雫は靴を脱いでリビングへ上がると、俺たちの前に立ち、深々と頭を下げた。


「間宮先生、葵さん。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

「頭を上げろよ、雫。お前が謝るようなこと、何かあったか?」

「あります。大いにあります」


 雫が顔を上げた。その唇は固く引き結ばれ、両手はスカートの生地を強く握りしめていた。


「先ほど、帝都魔導アカデミーの理事会から、一条先輩を通じて正式な通達が届きました。私に対する、警告書です」


 雫が震える手で取り出したスマートフォンには、アカデミー最高評議会の印章が押された公文書が表示されていた。

 そこには、冷酷な文面が並んでいた。


『民間兵器メーカー(アルス・テック社)専属テスター・間宮凌との一切の接触、共同探索、ならびに技術供与を即時停止せよ。違反が認められた場合、特待探索資格を停止し、最高評議会への査問付託を行う』


「査問付託!?」


 葵が憤然と声を上げた。


「なんなのそれ! 雫ちゃんはただ、間宮さんの技術を学ぼうとしてるだけじゃない! 民間の兵器屋と関わるなっていうのは昔からの体質だけど、査問にかけるなんて完全に脅しじゃない!」

「ハイペリオンの影です」


 雫が苦しげに視線を落とす。


「アカデミーの研究予算の多くは、ハイペリオン社からの巨額な寄付金で賄われています。九条統括理事が圧力をかけたのです。間宮先生を孤立させ、アルス・テック社を前線から締め出すため、私を見せしめにして釘を刺そうとしています」


 雫の肩が、悔しさで細かく震えていた。

 歴代最年少で首席卒業を果たし、アカデミーの期待を一身に背負ってきた少女にとって、組織から睨まれる重圧は計り知れない。


「私、先生の技術が本物だって知っています。魔力に頼らず、命を粗末にせず、現場で生き残るための知恵を教えていただきました。一条先輩のように、道具を否定することもできません。ですが、組織の看板を失うのが怖くて、足がすくんでしまうんです。私には、まだ答えが出せません」


 雫はスカートを強く握りしめ、答えの出ない葛藤に唇を噛んでいた。


「雫」


 俺は静かにその名を呼んだ。

 雫がおずおずと顔を上げ、不安に揺れる瞳を俺に向ける。


「誰かのために、自分の生き方を急いで決める必要はねぇよ」

「先生?」

「お前がアカデミーで積み上げてきた努力は、誰かに指図されて手放すような安もんじゃねぇだろ。俺はただの解体屋だ。お前がどう選ぼうが、俺が明日も現場へ行って素材を捌く日常は何も変わらねぇ」


 俺は雫の頭に、そっと大きな掌を置いた。


「迷うなら、立ち止まってじっくり考えりゃいい。自分の足でどこへ進むかは、外野の脅しじゃなく、お前自身が現場で決めろ」

「現場で」


 雫はまだ胸の内の迷いを晴らしきれず、表情を曇らせたままでいたが、俺の言葉を噛み締めるように小さく頷いた。


「はい。考えてみます、先生」


   *


 壁の時計の針が、16時45分を指した。

 俺は立ち上がり、玄関のハンガーから薄手のジャケットを取った。


「さて、時間だ」

「えっ、間宮さん、もう行くの?」


 葵が呆気にとられたように瞬きをする。


「当たり前だ。外でどれだけハエどもが騒いでいようが、あいつを待たせる理由にはならねぇ」


 17時は、認可保育所のお迎えの時間だ。

 タケ、葵、そして少し表情を取り戻した雫を連れ、俺たちは夕暮れの安全特区の街並みを歩いた。

 保育所の玄関を開けると、奥のプレイルームから元気いっぱいの足音が響いてきた。


「あ! りょおー!」


 鈴だった。


 黄色いスモックを着た小さな体で、両手を広げて全力でこちらへ駆けてくる。

 俺が膝をついて待ち構えると、鈴はドスンと胸元へ勢いよく飛び込んできた。

 柔らかな体温と、ベビーパウダーの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「りょお!」

「ああ、ただいま。今日も良い子にしてたか?」

「う!」


 鈴は嬉しそうにこくりと頷くと、小さな両手をいっぱいに伸ばし、俺の頬をぺちぺちと優しく包み込んできた。


「なでなでー!」

「おいおい、俺が慰められてどうするんだ」


 思わず苦笑いが漏れた。


 だが、その小さくて温かい手のひらに触れているだけで、ネットの狂騒や企業の陰謀といったくだらない雑音が、綺麗さっぱり消し飛んでいくようだった。

 横で見守っていた葵と雫も、目元を優しく緩めて微笑んでいる。


「ふふっ、鈴ちゃん、先生がお疲れなのを分かってるみたいですね」

「本当ね。一番の特効薬だわ」


 鈴をしっかりと抱き上げ、俺は夕暮れの空を見上げた。

 ハイペリオンがどれだけメディアを操ろうと、陰でどんな謀略を巡らせようと、知ったことではない。

 俺には、この笑顔を守り抜くという絶対の現場がある。


「雑音は放っておけ。現場で結果を出せば、どんな嘘つきも黙る」


 腕の中の小さな温もりを抱きしめながら、俺は静かに、だが鋼のように固く心を決めた。


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