第035話:下請けの抜け道と、機械腕の重装工兵
第25層前線キャンプの北東区画。
華やかなギルド酒場やハイペリオンの補給拠点が並ぶ中央広場とは対照的に、そこは人影もまばらな廃材置き場のような一角だった。
剥き出しの岩肌に錆びついた鉄骨が打ち込まれ、頭上には『危険・落盤多発区域につき立入禁止』と赤文字でかすれた古い警戒標識がぶら下がっている。
その奥に、黒々と口を開けた坑道があった。足元には膝下まで浸かりそうな青白い地下水が淀み、冷え切った湿気が漂っている。
「おいおいおい、マジで言ってるのかよ凌! あそこは水没バイパスだぞ!?」
背後でタケが悲鳴のような声を上げた。ボロボロのタワーシールドを抱え直し、忙しなく足踏みしている。
「10年前に大規模な落盤事故が起きて、完全に閉塞したって有名な危険ルートだ! 正規の昇降シャフトが通れねぇからって、こんな水浸しの生き埋めダンジョンに突っ込む奴があるか!」
「騒ぐな、タケ。正規の関所に20万払う気配りがあるなら、とっくに大富豪になってる」
俺は淀んだ水面に泥除けブーツを踏み入れ、波紋の広がりを観察した。
水流はかすかだが、奥へ向かって確実に引いている。完全に行き止まりなら水は淀んで腐るはずだ。奥のどこかに隙間があり、下層へ水が落ちている証拠だった。
「ガハハハッ! 盾持ちの兄ちゃん、ビビりすぎだぜ!」
豪快な笑い声とともに、バンダナを巻いた青年、坂東宗一郎が肩を揺らしてやってきた。
背中の多機能拡張バックパック『ヴァーサタイル・リグ』から伸びる多関節機械腕が、大型重機関銃の銃身を器用に背後で固定しつつ、全体の重量バランスを支えている。
そして坂東自身の太い両手には、先端に極太のタングステン鋼刃を備えた、無骨な大型破砕ドリルがしっかりと抱え込まれていた。
「道がねぇなら、穴をぶち抜いて現場を作るのが工兵ってもんだろ! ハイペリオンの気取ったお坊ちゃんどもに頭下げてシマ代払うくらいなら、俺は落盤でミンチになった方が100倍マシだね!」
「工兵の兄ちゃんまで頭のネジ飛んでるじゃねぇか! 類は友を呼ぶってレベルじゃねぇぞ!」
「元下請けの解体屋にとっちゃ、日常茶飯事の現場だ」
俺は腰のアダマン・クリーバーの柄を確かめながら言った。
「ビルの倒壊現場でも、崩れたコンクリートと鉄骨の隙間に穴を開けて作業通路を作る。岩盤の応力が集中してる急所さえ見極めりゃ、掘るのは力任せじゃなく計算だ。行くぞ」
俺たちは水しぶきを上げながら、暗い水没坑道へと足を踏み入れた。
*
坑道を奥へ進むこと10分。
淀んだ水嵩は腰のあたりまで深くなり、壁面には青白く光る魔導苔がびっしりと張り付いていた。空気中の魔素濃度は高く、肌がちくちくと痛む。
そして通路は、巨大な崩落岩盤によって完全に遮断されていた。
「うわ、出たよ。見ろよこれ。完全に天井ごと落ちて埋まってんじゃねぇか」
タケが青ざめてランタンを掲げた。
通路を塞いでいるのは、中層特有の超硬質魔導花崗岩だ。数トンはあろうかという巨岩が無数に折り重なり、隙間には青い水晶質の鉱脈が固着して、天然の防壁と化している。
「普通の探索者なら、Aランクの大規模爆破魔法を連発するか、大型重機を何台も持ち込まなきゃ絶対に突破できねぇ代物だな」
「普通の探索者なら、な」
坂東が獰猛な笑みを浮かべ、両手で抱えた破砕ドリルのトリガーを引き絞った。
背嚢の機械腕が坂東の腰と背中をがっしりとホールドし、油圧シリンダーを収縮させて反動吸収の構えを取る。
「見せてやるぜ! リグ・クラフト社が誇る現場の最高傑作、多機能重装リグ『V-RIG』のアシスト馬力をよ!」
ギュオォォォォンッ!
鼓膜を劈くような金属音が狭い坑道に反響し、ドリルの先端が超高速回転を始めた。
「オラァッ! 削り倒せぇぇぇッ!」
ガガガガガガガッ!!
坂東が全身の体重を預けてドリルを巨岩へと突き立てた。激しい摩擦熱で水蒸気が噴き上がり、砕けた岩屑が水面へ激しく飛び散る。
表面の花崗岩が凄まじい勢いで削り取られていく。
だが、刃先が岩盤の深部へ数十センチ食い込んだ瞬間だった。
キィィィィィンッ!
耳を刺すような甲高い悲鳴とともに、激しい青紫の放電が弾け飛んだ。
芯の部分に潜んでいた青黒い魔導結晶盤にぶち当たり、ドリルの刃先が激しく跳ね返されたのだ。
「ぐおっ!?」
強烈なキックバックが坂東の腕を襲い、油圧シリンダーからシューッと白い蒸気が噴き出す。ドリルの回転数が急激に鈍り、モーターが過負荷の悲鳴を上げ始めた。
「くそっ、なんだこの硬さは!? 魔力帯電結晶か! 芯が硬すぎて刃が噛まねぇ!」
その直後、ゴゴゴ、と坑道の奥から不穏な地鳴りが響いた。
ドリルの打撃振動に耐えかねたのか、頭上の岩盤からパラパラと小石と冷たい地下水が降り注いでくる。足元の水位も、崩落の隙間から押し出されるようにじわじわと上がり始めていた。
「おいおいおい! 天井にヒビが入ってんぞ! 水も増えてきてる!」
タケが悲鳴を上げ、慌てて大盾を頭上に掲げた。
「ここでモタモタしてたら、天井ごと崩れて全員生き埋めだぞ!」
「くそがっ、油圧トルクを最大まで上げる! シリンダーが焼き切れようがぶち抜いてやるぜ!」
「坂東、待て。3秒ドリルを止めろ」
俺は坂東の肩を掴んで制止した。
「力任せに押せば、衝撃波で先に天井が落ちる。殺すのは勢いじゃなく、岩の粘りだ」
「あん!? じゃあどうすんだよ!」
「俺が急所の繊維を解す」
俺は背中の4連コンテナへ意識を集中させた。
カシャン、と小気味よいラッチ解除音が響く。
「射出、レイヴン」
マットブラックの飛翔刃が4機、水面すれすれを滑るように宙へと飛び出した。
暗い坑道の中を、4条の黒い軌跡が音もなく疾走する。
解体屋時代、何千個もの建材を眺めて培った空間認識能力と、魔力変換効率80パーセントによる精密同期。
岩盤にかかる数万トンの荷重と、鉱脈の走り方。どこを断ち切れば全体の応力が崩壊するか、その割り箸の繊維のような急所が、俺の目にははっきりと見えていた。
「そこだ」
4機のレイヴンが、巨岩の4箇所へと音速で殺到した。
キィィィィィンッ!
不可視の超高周波振動刃が、岩盤の脆性点へと同時に突き刺さる。
刃で切り刻むのではない。微細な魔力振動を岩盤の内部共鳴周波数に合わせて撃ち込み、帯電結晶の分子結合を内側から解きほぐす。
ピシ、ピシシシッ!
頑丈無比を誇っていた魔導結晶盤に、一瞬で網の目のような亀裂が走った。
「嘘だろ!? あの硬度を刃物で割ったのか!?」
坂東が度肝を抜かれたように叫んだ。
「割っちゃいねぇ、急所の繊維を解しただけだ。坂東、右斜め30度からドリルを突っ込め! 残りは俺が叩き割る!」
「おうよ! 合わせるぜ!」
坂東が歯を食いしばり、機械腕のアシストとともにドリルを亀裂の中心へねじ込んだ。
ガガガガッ! と今度は快音を立てて刃が芯へ食い込んでいく。
頭上から砂利が激しく降り注ぎ、天井の亀裂が限界を告げるように軋んだ。
タイムリミットだ。ここを外せば、次の瞬間には全員が岩盤の下敷きになる。
俺は腰から極厚の鉈『アダマン・クリーバー』を一気に抜刀した。
中層フロアマスターの金剛角で鍛え直された肉厚の刃。それに自身の変換効率80パーセントの魔力を乗せ、全身の体重を乗せた鋭い踏み込みとともに振り下ろす!
「ハツるぞ、退けぇぇッ!」
ズドォォォォォンッ!!
爆発のような衝撃音が水没坑道に轟き渡った。
ドリルの打撃力と、アダマン・クリーバーの精密な断層一閃が完璧に同調し、数トンもの巨大岩盤がパッカリと両断された。
巨岩が左右へと崩れ落ち、激しい水しぶきとともに奥から冷涼な風が一気に吹き抜けてきた。
*
巻き上がった水蒸気と粉塵が、吹き抜ける地下の風によってサッと晴れていく。
そこには、大人1人が余裕で通れる幅の、真新しい開削ルートがぽっかりと口を開けていた。
足元の水は崩落の隙間から下へと吸い込まれ、あっという間にくるぶしの深さまで引いていく。
その奥には、第26層へと続く緩やかな下り坂の天然洞窟が続いていた。
「ぬ、抜けた。本当に抜けやがった!」
タケがへたり込み、開いた口が塞がらない様子で岩盤の断面を見上げていた。
「数トンもある魔導花崗岩を、たった5分で貫通したぞ。ハイペリオンの工兵隊だって半日はかかる難工事だぞ、これ」
「ガハハハハッ! すげぇ、すげぇぞ兄ちゃん!」
坂東が機械腕を天に向かって突き上げ、水しぶきを撒き散らしながら腹の底から吠えた。
ずかずかと大股で歩み寄ってくると、泥まみれの太い手で俺の肩をバシバシと叩く。
「なんだその神業は! 岩盤の急所を4機のビットでピンポイントに突いて振動で解し、最後は鉈の一撃で断層を落としやがった! 芸術品だ、芸術品以外の何物でもねぇ!」
「あんたのドリルが芯までトルクを伝えてくれたからだ。いい道具だな、その機械腕も」
「だろ!? リグ・クラフトの現場主義を分かってくれるか! たった1本のナイフと拳銃で成り上がった噂のゴースト歩兵ってのは、テメエのことだったんだな、凌!」
「あんたのその機械腕とドリルも、大概な暴れ馬だろ」
「ガハハハッ! 違いねぇ!」
坂東は白い歯を剥き出しにして笑い、泥だらけの右手を差し出してきた。
俺もアダマン・クリーバーを鞘に納め、その無骨でタフな手を握り返した。
冷たい地下水の中で、男2人の泥まみれの掌が、がっちりと組み合わされる。
「なあ凌。今日みてぇに現場でツーカーで動ける奴、実は滅多にいねぇんだ。エリートは俺たちを見下すし、金持ちは俺たちを消耗品扱いする。だがよ、道具に対する敬意ってのは、扱ってる奴を見りゃ一発で分かるもんだ」
「同感だ。あんたのその減らず口も、現場じゃ頼もしいぜ」
「言うじゃねぇか!」
豪快に笑う坂東の横で、タケが濡れたシールドの泥を拭いながらぼやいた。
「なんか俺だけ、まともな武器を持ってねぇ気がしてきたんだが」
「タケの盾がなきゃ、あの落盤の破片をもろに被ってただろ。前衛の仕事はきっちり果たしてるよ」
「お、おう。まあ、そう言ってもらえると助かるけどよ」
タケが照れくさそうに鼻を擦った。
俺は腕の端末で時間を確認した。まだ午後の早い時間だ。
「行くぞ。ハイペリオンのハエどもが関所を警備してる間に、第26層の美味い素材をさっさと回収する」
「おうよ! 娘さんの美味い飯代、根こそぎ稼ぎに行くぜ!」
豪快に笑う坂東と、大盾を構え直すタケ。
俺たちは新しく切り拓いた裏ルートを抜け、未知なる中層深部、第26層へと足を踏み入れた。




