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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第5章:中層最奥の飛竜と、メガコープの影編

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第033話:フレーム単位の神業と、孤高のトップランカー

 その日の夜。

 ダンジョン探索者専門の動画投稿サイト『シーカー・チューブ』の一角が、突如として猛烈な炎の勢いで沸騰していた。


 発端は、登録者数150万人を誇る大人気チャンネル『シーカーズ・アイ』の緊急生配信だった。

 配信主は、元Bランク探索者にして、探索者の戦闘ログをフレーム単位で論理的に分析することで知られる女性アナリスト、草薙怜奈(くさなぎ れいな)だ。


「皆さん、こんばんは。草薙怜奈です。今夜は予定を変更して、先ほど中層ギルドの観測サーバーから匿名掲示板に流出した、ある異次元の戦闘ログを緊急検証します」


 画面には、薄暗い水晶洞窟で黒衣の男が3体の魔獣を瞬殺する映像が映し出されていた。

 ギルドの定点観測カメラが捉えた、粗い広角映像だ。


「まず、この映像を見て『ただの格下狩りだ』と思った方は、目が節穴です」


 怜奈は冷徹な声で言い放ち、映像を0.1秒単位のスロー再生に切り替えた。


「注目してください。このクリスタル・マンティスの超音速の斬撃に対し、この探索者の回避距離はわずか3センチ。魔力障壁すら展開していません。相手の重心移動と骨格の筋肉の収縮を見て、軌道を完全に予測しています」


 画面に赤い補助線とベクトルの矢印が次々と描かれていく。


「そして最も戦慄すべきは、背部から射出された4機のビットです。現在主流のハイペリオン社製オーブ・ビットは、遠隔から高威力のビームを放つ『砲台』として運用されます。しかし、この探索者のビットを見てください。射撃を一切行わず、超高硬度の刃で敵の腱と関節の接合部だけを、ミリ単位の精度で4機同時にスライスしています」


 チャット欄の速度が一気に跳ね上がる。


『えっ、ビーム撃ってないの!?』

『腱をスライス? そんなのビットでできるわけないだろ!』

『待って、4機が完全に敵の死角を先回りしてるんだが!?』

『これ誰だよ! ハイペリオンの特務部隊か!?』


「いいえ」


 怜奈は断言した。


「ハイペリオンのエリート部隊なら、もっと派手に魔力を放出して大艦巨砲主義のビームを撃ち込みます。ですがこの男の魔力波形を見てください。青白い魔力の放出光が、ほとんど映っていません。つまり、魔力の垂れ流しロスが完全ゼロ。手元の大型鉈の一撃に至るまで、すべての動作が極限まで無駄を削ぎ落とした『職人の解体作業』そのものです」


 怜奈の瞳に、興奮と熱狂の光が宿る。


「無駄なエフェクトも、大仰な名乗りもない。ただ獲物を最も効率的に解体するためだけに研ぎ澄まされた、究極の機能美。私はこの男を、敬意を込めてこう呼びたい。『ゴースト歩兵』と」


 配信の同接数は、瞬く間に20万人を突破し、コメント欄は熱狂の渦に呑み込まれていった。


   *


 同じ頃。

 都心の一等地にそびえ立つ、ハイペリオン社本社ビルの最上階トレーニングジム。

 最新鋭の魔力負荷マシンでストイックに汗を流していた青年が、タオルで首元を拭いながら巨大モニターの配信を見つめていた。


 黒髪を短く刈り込んだ精悍な顔つき。

 無駄な贅肉が一切削ぎ落とされた、鋼のような肉体。

 ハイペリオン社の看板を背負う孤高のトップストリーマー、Aランク探索者、鳴神駿(なるかみ しゅん)だ。


「面白いな」


 駿はモニターに映し出された黒衣の男の身のこなしを、鋭い眼光で凝視していた。


「大仰なビームも派手な名乗りもない。ただ生きるために獲物を断ち切る、本物の刃か」


 九条理事たちが推し進める、金と権力にまみれた派手な宣伝劇に嫌気が差していた駿の唇が、微かに弧を描いた。


「いい動きだ。いずれ現場で会うことになるかもしれんな」


 駿の呟きは、誰に届くこともなく、静寂なトレーニングルームに溶けていった。


   *


 ネットの世界が未曾有の熱狂に包まれ、大手メーカーのトップが静かに闘志を燃やしていたその頃。

 当の『ゴースト歩兵』こと間宮凌は、安全居住特区のタワーマンションの一室で、平和そのものの湯気と格闘していた。


「ほら鈴、ふーふーしてから食えよ。熱いからな」

「あい!」


 子供用のハイチェアに座った鈴が、小さな両手でプラスチックのスプーンをしっかりと握りしめている。

 テーブルの上には、昼間にトータスから切り分けてきた極上霜降り肉の切れ端と、スーパーで買ってきた新鮮な豆腐、柔らかく煮込んだ人参のコンソメスープが湯気を立てていた。


 昼の連絡帳に書かれていた通り、鈴は真剣な顔つきでお椀の縁にスプーンを沿わせ、スープと人参をすくい上げた。

 小さな口を尖らせて、一生懸命に息を吹きかける。


「ふー、ふー!」

「上手い上手い。そのまま口に運べ」


 慎重に、慎重に運ばれたスプーンが、鈴の口の中へとすっぽり収まった。

 もぐもぐ、と小さな口を懸命に動かす。

 次の瞬間、鈴の小さな足がテーブルの下でリズムよく跳ねた。


「んま! りょー、んまー!」


 両手をパタパタと羽ばたかせるように振って、満面の笑顔で体を揺らす。

 スープは一滴もテーブルにこぼれていなかった。


「よし、上出来だ」


 俺は思わず目尻を下げ、ティッシュで鈴の顎についた小さな水滴を優しく拭ってやった。

 テーブルの端では、俺のスマートフォンが激しいバイブレーションとともに青い光を点滅させ続けている。


 ギルドからの緊急照会通知、アルス・テック社からの着信、そして動画サイトのトレンド通知。

 画面には『同接25万突破! 謎のゴースト歩兵とは!?』という派手な見出しが躍っていた。

 だが、俺は画面を裏返しにして伏せると、それ以上チラリとも見なかった。


「画面の向こうで何が騒がれていようが、知ったこっちゃねぇよ」


 俺が稼ぐ理由は、有名になるためでも、チヤホヤされるためでもない。

 ただ目の前で笑っているこの小さな命に、腹一杯美味い飯を食わせ、温かい布団で安心して眠らせるためだ。


 お椀のスープを綺麗に飲み干し、お腹をぽんぽんと叩いて満足そうにあくびをする鈴を抱き上げる。

 小さな体が、体温の温もりをそのまま俺の胸へと伝えてくる。


「ふわぁ、りょー、ねんね?」

「ああ。歯磨きしたら、ねんねだ」


 抱きしめた背中の温もりを確かめながら、俺は静かに心の中で誓った。

 明日も、どんな魔獣が立ち塞がろうと、絶対に無傷で現場から帰ってくる。

 この小さな笑顔を守り抜くために。


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