第031話:4機同期の壁と、深層からの予兆
佐伯工房を後にした俺たちは、葵の案内で第4工業区にあるアルス・テック社の研究開発ラボを訪れた。
地下の試験ブースへ入ると、白衣を着た倉田チーフが、鼻息を荒くして待ち構えていた。
「待ってたぞ凌! 見ろ、これが昨日のアダマン・ボアの変異腱を組み込んだ、新たな随伴機だ!」
専用の耐衝撃ラックに収められていたのは、見慣れた漆黒の短剣型ビット、試作1号機と2号機。
そしてその隣に並ぶ、真新しい2機の同型ビットだった。
「1号機と2号機は、お前が見つけてきた奇跡の星霊鋼コアを積んだマスター機だ。だが、同じコアは世界に二つとない。そこで、お前が持ち帰ったアダマン・ボアの極太変異腱を、生体魔力伝達リレー機構として組み込んだ! マスター機の魔力波長を変異腱の神経束で増幅し、3号機と4号機へ瞬時に中継する! 名付けて『レイヴン・クアッド』だ!」
倉田チーフが胸を張る。
俺は作業着の腰ベルトに、葵が新調してくれた4連装の電磁クイックドローマウントを装着した。
カチリ、カチリと4機の漆黒の刃を左右の腰へ2機ずつ収める。
「テスト飛行だ。地下射撃場へ行くぞ」
*
地下3階、広大な防弾防魔テストフィールド。
数十メートル四方の空間の中央に立ち、俺は右腕のアームレットに意識を集中させた。
「レイヴン・クアッド、射出」
バシュッ! バシュッ!
4連ホルダーから電磁ラッチが解除され、4筋の黒い流星が宙へと撃ち出された。
だが、その直後だった。
ズキィィィィン!
頭蓋骨を直接ハンマーで殴られたような、凄まじい衝撃が脳を突き抜けた。
「ぐっ、うああっ!?」
視界が激しく点滅する。
2機だった時は自分の両腕の延長のように自然だった感覚が、4機になった瞬間、4つの独立した視界と魔力流動が濁流となって脳内に雪崩れ込んできたのだ。
空間認識が四方に引き裂かれ、激しい三半規管の酔いと吐き気が襲いかかる。俺はたまらず片膝を床についた。
「間宮さん!?」
「中止だ! 電磁マウントを強制ロックしろ!」
管制室から葵の悲痛な悲鳴と、倉田チーフの怒声がスピーカー越しに響く。
「やっぱり駄目か! 人間の脳波じゃ、4機の超音速立体機動を同時に並列処理するなんて不可能なんだ! 魔力回路が焼き切れる前に外せ!」
激痛に脳を焼かれ、脂汗が床に滴り落ちる。
視界の端で、強制シャットダウンの警報ランプが赤く点滅し始めた。
その光を見た瞬間、今朝の保育所の玄関先が、鮮明に脳裏をよぎった。
『りょー! ばいばー!』
小さな両手を一生懸命に振って、満面の笑顔で見送ってくれた鈴の顔。
あの小さな手の温もりを知ってしまった俺が、こんなところで情けなく膝をついていられるか。
ここで諦めて誰があいつを守る。俺が死んだら、鈴はまたあの暗くて冷たい場所へ逆戻りだ。そんなこと、死んでも絶対にさせるわけにはいかない。
「待て、ロックするな!」
俺は床に拳を叩きつけ、血を吐くような気迫で制止の声を絞り出した。
胃の奥から込み上げる吐き気を強引に呑み込み、荒い息を吐きながら顔を上げる。
「兵器として見ようとするから脳がパニックを起こすんだ。落ち着け」
俺は目を瞑り、かつての下請け解体屋の現場を思い起こした。
狭く血生臭い作業場で、巨大な魔獣の死骸を前にしていたあの日々。
右手で骨を断ち、左手で肉の繊維を押さえ、足元で血抜きの排水弁を踏み、周囲の室温と鮮度の低下に常に気を配る。
一度に複数の部位へ神経を張り巡らせるあの感覚は、まさに泥臭い解体の並列作業そのものじゃないか。
「道具だ。まな板の上で使う、空飛ぶ4本の解体包丁だと思えばいい」
俺は深く息を吸い込み、体内の魔力変換効率80パーセントのエネルギーを、荒れ狂う神経回路へと静かに流し込んだ。
4機の視界を個別に追うのをやめ、フィールド全体を「ひとつの巨大なまな板」として俯瞰するように意識を広げる。
鈴を守るという冷徹な覚悟と、染み付いた職人の身体感覚が重なった瞬間、濁流のようだった魔力情報が、すっと一本の整然とした流れへと収束していった。
ピピッ!
宙で激しく明滅していた4機のレイヴンが、ピタリと静止した。
マスター機から変異腱リレーを通じて、スレーブ機へと淀みなく魔力が循環していく。
「標的ドローンを出せ」
「えっ、間宮さん、本当に大丈夫なの!?」
「いいから出せ。感覚は掴んだ」
管制室の葵が息を呑み、震える手でコンソールを叩いた。
フィールドの四方から、時速100キロを超える俊敏な訓練用ドローン4機が射出される。
「行け」
俺の思考の閃きに呼応し、4機のレイヴンが音速の突風となって爆散した。
1機が上方から死角を奪い、2機目が下から推進器をスライス、3機目と4機目がすれ違いざまに装甲の継ぎ目を十字に断ち割る。
寸分の狂いもない、完璧な立体四重包囲網。
ドズシャァァァッ!
わずか2秒。4機のドローンが火花を散らし、同時に地面へと叩き落とされた。
「ど、同期率96パーセント! 4機の魔力共鳴フィールド、完全確立!」
オペレーターの結衣が立ち上がって叫んだ。
管制室のガラス越しに、倉田チーフが頭を抱えて唸り声を上げた。
「やりやがった、あいつ! 解体屋の身体感覚で、4機の並列思考をねじ伏せやがったぞ!」
倉田チーフがマイクを握り、真剣な声音で告げてきた。
「だが凌、これだけは絶対に忘れるな。4機フル稼働はお前の80パーセント効率をもってしても、魔力消費は以前の倍以上だ。長時間の連戦は命に関わる。10分以上の乱用は厳禁だぞ」
「ああ、分かってる。切り札として使うさ」
俺は腰のホルダーへ4機を収納し、静かに息を吐いた。
新しい力の代償と限界。それを骨身に刻み込んだテストだった。
*
それから3日後。
俺は約束通り、佐伯の鍛冶工房を訪れていた。
「待たせたな凌。持っていきやがれ」
親方が作業台にドンと置いたのは、無骨な黒革のシースと、重厚なガンホルダーだった。
シースから引き抜くと、現れたのは刃渡り35センチの極厚の鉈。
アダマン・ボアの金剛甲殻と角を鍛え上げた漆黒の刀身は、鈍く重厚な光を放ち、手に吸い付くような完璧な重心バランスを誇っていた。
新近接兵器『アダマン・クリーバー』。
そしてホルスターから抜いたのは、同じく金剛骨格で銃身を強化された大口径魔導拳銃『レクス・マグナム』だ。
「すげえな。手になじむ」
「当たり前だ、てめえの魔力に合わせて打った特注品だからな。大事に使えよ」
「ああ、ありがとな親父」
湿布を剥がした右腕で獲物の重みを確かめ、俺は夕暮れの街へと歩み出した。
17時。保育所の玄関を開けると、鈴が満面の笑みで飛びついてくる。
「りょお! おかえり!」
「ただいま、鈴」
抱き上げた小さな温もり。
この子の笑顔を守るための力は、今、俺の手の中に揃った。
だが、その平穏の裏で、暗雲は確実に立ち込めていた。
同時刻、防壁都市第1区の中枢にそびえ立つ、国内最大手メガコープ『ハイペリオン』の本社タワー最上階。
純白のスーツに身を包んだ男が、純白のシルク手袋でガラス窓を軽く叩きながら、手元のホログラムモニターを見つめていた。
男の名は九条厳正。ハイペリオン社魔導兵装開発部の統括理事だ。
画面には、Cランクへ特例昇格した間宮凌の戦闘データと、アルス社の新型ビットの解析ログが映し出されている。
「第七外郭門の泥臭い下請け歩兵が、たった半年でCランクか。アルス・テックの負け犬どもめ、野良犬の解体屋を拾って悪あがきとは滑稽だな」
九条は冷酷な笑みを浮かべ、シルク手袋の指先でホログラムを払いのけた。
「我がハイペリオンの至高の結晶兵装こそが、この世界を支配する絶対の秩序だ。油と泥にまみれた消耗品が、利権の表舞台へ這い出てくることなど許されん。中層最奥、第30層フロアマスター攻略戦で、事故に見せかけて確実に消去しろ」
「御意」
背後の闇に控えていた黒ずくめの特務探索者が、音もなく一礼して消え去った。
新たな獲物を手に入れた間宮凌の前に、ダンジョンの深淵と、巨大企業の冷酷な悪意が静かに牙を剥こうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでで第4章が区切りとなりました。
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