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地蔵堂の鈴と、解体屋の黒い刃 〜保育所のお迎えに間に合わせるため魔獣を解体していたら、勝手に伝説の解体士と呼ばれていた〜  作者: 草むしり50年
第4章:ネット大炎上とギルド特命依頼と、防壁外素材ハント編

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第030話:Cランク昇格の波紋と、鍛冶屋の難題

 翌朝、午前8時半。

 認可保育所『アストラル・キッズアカデミー』の玄関で、鈴を預ける。


「りょー! ばいばー!」


「ああ、夕方には必ず迎えに来るからな」


 元気に手を振る鈴の後ろ姿を見届けてから、俺は第七外郭門ギルド出張所へと向かった。

 エントランス前では、すでに葵と雫、そしてタケが待機していた。


「おはよう間宮さん。昨日のアダマン・ボアの討伐ログ、ギルド本部へ送信完了しているわ。今日は正式な素材納品と査定ね」


「ああ。さっさと終わらせるぞ」


 ロビーへ足を踏み入れると、朝から多くの探索者たちでごった返していた。

 だが、俺たちが受付カウンターへ近づいた瞬間、周囲のざわめきがピタリと止まり、異様な視線が一斉に突き刺さった。


 ネットで同接30万超えの世界トレンド1位になった謎の歩兵探索者が、目の前に現れたのだから無理もない。


「間宮さん、お待ちしておりました!」


 窓口で待っていた長谷川さんが、引き締まった敬意を込めた眼差しで立ち上がった。

 俺は持参した大型冷却コンテナから、アダマン・ボアの金剛甲殻、アルス社に引き渡した分を除く予備の変異腱、そして深紅の中枢魔力核を並べた。


「ギルド特命指名依頼、アダマン・ボア討伐の納品素材だ」


「はい! ギルド公認ドローンの監視記録と照合し、確かに確認いたしました! 依頼達成です! 成功報酬の3000万円、ただいま口座へ送金いたしました」


 ピロロロッ、と端末が澄んだ電子音を鳴らす。

 さらに長谷川さんは、銀色の箔押しが施された重厚なカードケースを取り出した。


「そして、間宮凌さん。昨日の第20層ボス討伐、ならびに今回のAランク特命依頼の完遂実績を受け、ギルド本部査定課より、正式な特例辞令が下りました」


 差し出されたのは、真新しい純銀製のライセンスカード。


【名前:間宮 凌】

【登録ランク:C】

【所属:第七外郭門管区 / アルス・テック社専属テスター】


「本日付をもちまして、探索者ランク『C』への特例昇格となります! おめでとうございます!」


 長谷川さんの澄んだ声が響いた瞬間、周囲の探索者たちから爆発的なざわめきが巻き起こった。


「おい、マジかよ! Cランク昇格だと!?」

「半年前まで過疎地でネズミ狩りしてた底辺下請けが、もうCランクかよ!」

「アルス社のチート新兵器に乗っかってるだけだろ」


 羨望とやっかみが混ざり合った、トゲのある声。

 タケが顔を真っ赤にして拳を握りしめた。


「おいテメエら! 凌がどれだけ泥臭く体を張ってきたか、何も知らねえくせに勝手なこと言ってんじゃねえぞ!」


 タケの怒声に、周囲がたじろぐ。

 俺の胸の奥でも、チリリと苦い熱が燻った。


 下請け時代、手柄をエリート探索者に横取りされ、「所詮はゴミ掃除の下請け」「一生泥水を啜ってろ」と笑われてきた記憶が一瞬よぎる。


 だが、上着のポケットに触れると、そこには保育所の連絡帳があった。朝、満面の笑顔で見送ってくれた鈴の小さな温もり。

 俺は胃の底へ深く息を呑み下し、拳の力を抜いた。


「よせ、タケ」


 俺はタケの肩に手を置き、静かに首を振った。


「言わせておけばいい。怒鳴り返したところで、鈴のミルク代が1円でも増えるわけじゃない。ランクが上がれば、それだけ危険な義務と責任が増える。浮かれてる暇はねえよ」


 タケは悔しそうに息を吐き、俺の横顔を見て肩の力を抜いた。


「凌。お前、本当に父親の顔になったな」


 俺は新しい銀のカードをポケットに収め、長谷川さんに軽く会釈した。

 周囲の雑音などどうでもいい。俺がやるべきことは、鈴を安全に育てるために、確実に生き残る力をつけることだけだ。


「行くぞ。次は佐伯の親父のところだ」


   *


 ギルド出張所の裏通り。古びたレンガ造りの老舗『佐伯鍛冶店』。

 ガラガラと引き戸を開けると、工房の奥で、白髪交じりの頑固そうな親方が煙管をくゆらせていた。50代半ば、煤にまみれた筋骨逞しい腕を持つ、下町随一の腕利き鍛冶職人だ。


「なんだい凌、騒がしい連中を引き連れて。仕事の邪魔だ」


「親父、頼みがある。俺の得物を一から鍛え直してほしい」


 俺は刃こぼれした刃渡り30センチの解体ナイフと魔導拳銃を台に置き、台車の布を剥ぎ取った。

 黒光りするアダマン・ボアの金剛甲殻と、巨大な螺旋状の衝角が現れる。

 佐伯の親方は煙管を落とし、無言で衝角へ歩み寄ると、手近な金槌で力任せに叩きつけた。


 キィィィン!


 火花が散ったが、角には傷一つなく、逆に金槌の打撃面が無残にボコッと凹んだ。


「大馬鹿野郎!」


 佐伯の親方が怒声を張り上げた。


「Aランク変異魔獣の衝角じゃねえか! うちの魔導炉の最高火力でも溶けねえし刃金が入らねえ! 普通の金槌で叩きゃ腕の骨が粉々に砕けるわ! こんなもん打てるわけねえだろ!」


「親父、普通のやり方じゃ無理なのは分かってる。だから、俺の魔力を使う」


「あん? お前の魔力だと?」


「俺の魔力変換効率は80パーセントだ。俺が角に魔力を通し、高周波の微細振動で金属繊維の目を内側から解す。親父が槌を振り下ろすインパクトに合わせて、俺が共鳴波を叩き込む。そうすりゃ、超硬度を保ったまま刃の形へ鍛造できるはずだ」


 親方は目を剥き、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「槌を打つ衝撃とお前の微細魔力がコンマ1ミリでもズレてみろ! 魔力回路が逆流して、両腕が肘から吹き飛ぶぞ!」


「吹き飛ばさねえよ。解体屋を舐めるな。何千頭もの魔物の腱と骨を捌いてきた手だ。親父の鎚音くらい、完璧に合わせてみせる」


 俺は親方の目をまっすぐ見つめ返した。

 ここで怯んで妥協するわけにはいかない。

 沈黙の後、親方は盛大に息を吐き、巨大な魔導焼き入れ槌を引っ張り出してきた。


「へっ、口の減らねえ小僧だ。腕が吹き飛んでも恨むんじゃねえぞ!」


「ああ。頼む!」


 ゴオオオオッ!


 魔導炉に青い業火が燃え盛る。

 灼熱の炉の中で赤熱した金剛角を金床に据え、俺は素手でその根元を掴んだ。

 全身の魔力回路を極限まで励起させる。


「微細振動、共鳴開始!」


「打つぞ! オラァッ!」


 ドガァァァン!


 親方の渾身の槌打ちと、俺の80パーセントの魔力振動が、寸分の狂いもなく交差した。

 火花が天井まで吹き上がり、強烈な反動が手首を激しく揺さぶる。

 傍らで見守っていた雫が、思わず身を乗り出した。


「信じられない。炎と打撃の衝撃の中で、先生の魔力波形が一切乱れていない。不純物のない、完璧な循環だわ」


 天才魔導士の雫すら息を呑む極限の集中の中、超硬度の角の表面に、刃の切っ先となる美しい稜線が刻まれていく。


「打て! もう1発だ!」


「おおおおぉぉぉっ!」


 ドガァン! ドガァン!

 熟練の親方と元解体屋の、魂を削るような打擲の音が響き渡った。


 数十分後。

 荒削りを終えた漆黒の刀身が冷水に浸され、ジュウゥゥッと激しい水蒸気が立ち上る。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 全身汗だくになった親方が、荒い息を吐きながら刀身を見つめ、満足そうに笑った。


「見事だ。小僧、てめえの魔力制御は化け物だな。繊維の目が一切死んでねえ」


「親父の、腕前のおかげだ」


 俺は息を整えて答えたが、腕を下ろした瞬間、指先がピリピリと細かく痙攣した。

 前腕の筋肉が熱を持ち、骨の芯までジンジンと痺れている。魔力の逆流こそ防いだものの、超硬度素材を打ち据える衝撃の反動を、肉体で受け止めた代償だった。


 佐伯の親方はその震えを鋭く見咎め、呆れたように鼻を鳴らした。


「手先、痺れてやがるな。魔力の反動をテメエの筋肉で無理やり抑え込みやがったか」


「これくらい、かすり傷だ」


「馬鹿野郎が。強がりやがって。作業台の引き出しに特製の魔力鎮痛湿布がある。さっさと貼っとけ」


 親方はぶっきらぼうに言ってタオルで汗を拭った。


「この素材なら、大型ナイフじゃなく肉厚の鉈、それと大口径の魔導拳銃に仕立て直すのが一番生きる。仕上げの焼き入れと調整に3日くれ。お前さんの腕に見合う、最高の獲物に仕上げてやるよ」


「ああ。3日後、楽しみに待ってる」


 俺は親方と固く握手を交わし、湿布を貼った腕の痛みを心地よく噛みしめながら、熱気渦巻く工房を後にした。

 手持ち武器の進化への確かな手応えを胸に、俺たちは次なる目的地、アルス・テック社のラボへと向かった。


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