第030話:Cランク昇格の波紋と、鍛冶屋の難題
翌朝、午前8時半。
認可保育所『アストラル・キッズアカデミー』の玄関で、鈴を預ける。
「りょー! ばいばー!」
「ああ、夕方には必ず迎えに来るからな」
元気に手を振る鈴の後ろ姿を見届けてから、俺は第七外郭門ギルド出張所へと向かった。
エントランス前では、すでに葵と雫、そしてタケが待機していた。
「おはよう間宮さん。昨日のアダマン・ボアの討伐ログ、ギルド本部へ送信完了しているわ。今日は正式な素材納品と査定ね」
「ああ。さっさと終わらせるぞ」
ロビーへ足を踏み入れると、朝から多くの探索者たちでごった返していた。
だが、俺たちが受付カウンターへ近づいた瞬間、周囲のざわめきがピタリと止まり、異様な視線が一斉に突き刺さった。
ネットで同接30万超えの世界トレンド1位になった謎の歩兵探索者が、目の前に現れたのだから無理もない。
「間宮さん、お待ちしておりました!」
窓口で待っていた長谷川さんが、引き締まった敬意を込めた眼差しで立ち上がった。
俺は持参した大型冷却コンテナから、アダマン・ボアの金剛甲殻、アルス社に引き渡した分を除く予備の変異腱、そして深紅の中枢魔力核を並べた。
「ギルド特命指名依頼、アダマン・ボア討伐の納品素材だ」
「はい! ギルド公認ドローンの監視記録と照合し、確かに確認いたしました! 依頼達成です! 成功報酬の3000万円、ただいま口座へ送金いたしました」
ピロロロッ、と端末が澄んだ電子音を鳴らす。
さらに長谷川さんは、銀色の箔押しが施された重厚なカードケースを取り出した。
「そして、間宮凌さん。昨日の第20層ボス討伐、ならびに今回のAランク特命依頼の完遂実績を受け、ギルド本部査定課より、正式な特例辞令が下りました」
差し出されたのは、真新しい純銀製のライセンスカード。
【名前:間宮 凌】
【登録ランク:C】
【所属:第七外郭門管区 / アルス・テック社専属テスター】
「本日付をもちまして、探索者ランク『C』への特例昇格となります! おめでとうございます!」
長谷川さんの澄んだ声が響いた瞬間、周囲の探索者たちから爆発的なざわめきが巻き起こった。
「おい、マジかよ! Cランク昇格だと!?」
「半年前まで過疎地でネズミ狩りしてた底辺下請けが、もうCランクかよ!」
「アルス社のチート新兵器に乗っかってるだけだろ」
羨望とやっかみが混ざり合った、トゲのある声。
タケが顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
「おいテメエら! 凌がどれだけ泥臭く体を張ってきたか、何も知らねえくせに勝手なこと言ってんじゃねえぞ!」
タケの怒声に、周囲がたじろぐ。
俺の胸の奥でも、チリリと苦い熱が燻った。
下請け時代、手柄をエリート探索者に横取りされ、「所詮はゴミ掃除の下請け」「一生泥水を啜ってろ」と笑われてきた記憶が一瞬よぎる。
だが、上着のポケットに触れると、そこには保育所の連絡帳があった。朝、満面の笑顔で見送ってくれた鈴の小さな温もり。
俺は胃の底へ深く息を呑み下し、拳の力を抜いた。
「よせ、タケ」
俺はタケの肩に手を置き、静かに首を振った。
「言わせておけばいい。怒鳴り返したところで、鈴のミルク代が1円でも増えるわけじゃない。ランクが上がれば、それだけ危険な義務と責任が増える。浮かれてる暇はねえよ」
タケは悔しそうに息を吐き、俺の横顔を見て肩の力を抜いた。
「凌。お前、本当に父親の顔になったな」
俺は新しい銀のカードをポケットに収め、長谷川さんに軽く会釈した。
周囲の雑音などどうでもいい。俺がやるべきことは、鈴を安全に育てるために、確実に生き残る力をつけることだけだ。
「行くぞ。次は佐伯の親父のところだ」
*
ギルド出張所の裏通り。古びたレンガ造りの老舗『佐伯鍛冶店』。
ガラガラと引き戸を開けると、工房の奥で、白髪交じりの頑固そうな親方が煙管をくゆらせていた。50代半ば、煤にまみれた筋骨逞しい腕を持つ、下町随一の腕利き鍛冶職人だ。
「なんだい凌、騒がしい連中を引き連れて。仕事の邪魔だ」
「親父、頼みがある。俺の得物を一から鍛え直してほしい」
俺は刃こぼれした刃渡り30センチの解体ナイフと魔導拳銃を台に置き、台車の布を剥ぎ取った。
黒光りするアダマン・ボアの金剛甲殻と、巨大な螺旋状の衝角が現れる。
佐伯の親方は煙管を落とし、無言で衝角へ歩み寄ると、手近な金槌で力任せに叩きつけた。
キィィィン!
火花が散ったが、角には傷一つなく、逆に金槌の打撃面が無残にボコッと凹んだ。
「大馬鹿野郎!」
佐伯の親方が怒声を張り上げた。
「Aランク変異魔獣の衝角じゃねえか! うちの魔導炉の最高火力でも溶けねえし刃金が入らねえ! 普通の金槌で叩きゃ腕の骨が粉々に砕けるわ! こんなもん打てるわけねえだろ!」
「親父、普通のやり方じゃ無理なのは分かってる。だから、俺の魔力を使う」
「あん? お前の魔力だと?」
「俺の魔力変換効率は80パーセントだ。俺が角に魔力を通し、高周波の微細振動で金属繊維の目を内側から解す。親父が槌を振り下ろすインパクトに合わせて、俺が共鳴波を叩き込む。そうすりゃ、超硬度を保ったまま刃の形へ鍛造できるはずだ」
親方は目を剥き、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「槌を打つ衝撃とお前の微細魔力がコンマ1ミリでもズレてみろ! 魔力回路が逆流して、両腕が肘から吹き飛ぶぞ!」
「吹き飛ばさねえよ。解体屋を舐めるな。何千頭もの魔物の腱と骨を捌いてきた手だ。親父の鎚音くらい、完璧に合わせてみせる」
俺は親方の目をまっすぐ見つめ返した。
ここで怯んで妥協するわけにはいかない。
沈黙の後、親方は盛大に息を吐き、巨大な魔導焼き入れ槌を引っ張り出してきた。
「へっ、口の減らねえ小僧だ。腕が吹き飛んでも恨むんじゃねえぞ!」
「ああ。頼む!」
ゴオオオオッ!
魔導炉に青い業火が燃え盛る。
灼熱の炉の中で赤熱した金剛角を金床に据え、俺は素手でその根元を掴んだ。
全身の魔力回路を極限まで励起させる。
「微細振動、共鳴開始!」
「打つぞ! オラァッ!」
ドガァァァン!
親方の渾身の槌打ちと、俺の80パーセントの魔力振動が、寸分の狂いもなく交差した。
火花が天井まで吹き上がり、強烈な反動が手首を激しく揺さぶる。
傍らで見守っていた雫が、思わず身を乗り出した。
「信じられない。炎と打撃の衝撃の中で、先生の魔力波形が一切乱れていない。不純物のない、完璧な循環だわ」
天才魔導士の雫すら息を呑む極限の集中の中、超硬度の角の表面に、刃の切っ先となる美しい稜線が刻まれていく。
「打て! もう1発だ!」
「おおおおぉぉぉっ!」
ドガァン! ドガァン!
熟練の親方と元解体屋の、魂を削るような打擲の音が響き渡った。
数十分後。
荒削りを終えた漆黒の刀身が冷水に浸され、ジュウゥゥッと激しい水蒸気が立ち上る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
全身汗だくになった親方が、荒い息を吐きながら刀身を見つめ、満足そうに笑った。
「見事だ。小僧、てめえの魔力制御は化け物だな。繊維の目が一切死んでねえ」
「親父の、腕前のおかげだ」
俺は息を整えて答えたが、腕を下ろした瞬間、指先がピリピリと細かく痙攣した。
前腕の筋肉が熱を持ち、骨の芯までジンジンと痺れている。魔力の逆流こそ防いだものの、超硬度素材を打ち据える衝撃の反動を、肉体で受け止めた代償だった。
佐伯の親方はその震えを鋭く見咎め、呆れたように鼻を鳴らした。
「手先、痺れてやがるな。魔力の反動をテメエの筋肉で無理やり抑え込みやがったか」
「これくらい、かすり傷だ」
「馬鹿野郎が。強がりやがって。作業台の引き出しに特製の魔力鎮痛湿布がある。さっさと貼っとけ」
親方はぶっきらぼうに言ってタオルで汗を拭った。
「この素材なら、大型ナイフじゃなく肉厚の鉈、それと大口径の魔導拳銃に仕立て直すのが一番生きる。仕上げの焼き入れと調整に3日くれ。お前さんの腕に見合う、最高の獲物に仕上げてやるよ」
「ああ。3日後、楽しみに待ってる」
俺は親方と固く握手を交わし、湿布を貼った腕の痛みを心地よく噛みしめながら、熱気渦巻く工房を後にした。
手持ち武器の進化への確かな手応えを胸に、俺たちは次なる目的地、アルス・テック社のラボへと向かった。




