第027話:神速の遠隔解体と、全世界トレンド1位
「Aランク相当の地上魔獣を、本当に4人だけで倒しちゃったわね」
葵が魔導ライフルを下ろし、額に滲んだ汗を拭った。
「先生のビット、本当に素晴らしい切れ味です!」
雫が声を弾ませ、小走りに駆け寄ってくる。
だが、俺は勝利の余韻に浸る余裕など1秒も持ち合わせていなかった。
左手首の時計に素早く目を走らせる。
13時40分。
「息を整えるのは後だ。地上魔物はここからが本番だぞ」
「えっ? 本番?」
きょとんと首を傾げる雫を尻目に、俺は装甲車の荷台へ駆け寄り、倉田チーフが積み込んでくれた大型の特殊冷却コンテナを引っ張り出した。
「ダンジョンの魔物と違って、地上の奴らは光になって消えねえ。放置すれば己の体温で肉が焼けちまって、血が回って臭みが移る。素材の価値を1円も落とさねえよう、鮮度が最高の今すぐ完璧にバラす」
俺は一つ深く息を吸い込み、宙に静止している2機のレイヴンへと意識を集中させた。
戦闘モードから、極限の精密解体モードへの切り替えだ。
「行くぞ」
シュバッ!
俺の両手の細やかな指先の動きに合わせ、2機のレイヴンが空飛ぶ解体包丁となって神速の舞を始めた。
目にも留まらぬ超高速の刃先が、ボアの分厚い金剛甲殻の継ぎ目を滑るように走り、肉を一切傷つけることなく1枚ずつ外皮を剥ぎ取っていく。
続いて、関節の軟骨の隙間に刃が滑り込み、骨と肉を瞬時に分離。
レイヴンの高周波刃は、アルス社の技術陣が喉から手が出るほど欲しがっていた極太の変異腱を、毛羽立ち一つなく完璧な1本の繊維として美しく摘出した。
さらに、露出した極上の肉塊を、俺の熟練の職人技がブロックごとに切り分けていく。
鮮やかな深紅の赤身の間に、白くきめ細やかなサシが美しく走る、極上の天然霜降り猪肉ブロック。
わずか5分。
全長6メートルを超える巨大な魔獣が、完璧に分類された最高級の素材と極上の精肉へと姿を変え、特殊冷却コンテナの中へと美しく収められていた。
素材の歩留まり、完全なる100パーセントだ。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁ!」
タケが文字通り目玉をひん剥いて叫んだ。
「お前、ビットをそんな器用に包丁として使ってんのかよ!?」
「神業です! アカデミーの精密制御魔術を遥かに凌駕しています!」
雫も信じられないものを見るように言葉を失っている。
装甲車の通信スピーカーからは、遠隔データを受信していた倉田チーフの絶叫が轟いていた。
『おい凌! 嘘だろ!? あの変異腱と金剛甲殻、傷一つねえ極上品じゃねえか! ビットを遠隔包丁にする探索者がどこの世界にいるんだ! 最高だ、お前は最高の職人だよ!』
スピーカーの向こうで、倉田チーフと瀬名が狂喜乱舞してハイタッチを交わしている音が聞こえる。
だが、その驚愕は、アルス社のラボの中だけには留まらなかった。
ピピッ、ピピッ、ピピピッ!
装甲車のコンソールパネルで、葵の携帯端末が突如としてけたたましいアラート音を鳴らし始めたのだ。
「えっ、ちょっと、何これ!?」
葵が慌てて端末の画面を開き、息を呑んだ。
「間宮さん、上! 上空を見て!」
「あ?」
俺が空を見上げると、千切れた雲の切れ間、肉眼では辛うじて点にしか見えない遥か高空に、2機の小型ステルスドローンが静止していた。
1機はギルド本部の公認査定ドローン。
そしてもう1機は、今朝のクロードの配信を見て、ゴースト歩兵のスクープを狙って追跡してきた大手動画クランの超望遠偵察ドローンだった。
今しがたのAランク討伐と、息を呑むような神速の遠隔解体ショーの一部始終が、全世界へとリアルタイムで生中継されていたのだ。
葵の端末には、ネットの配信プラットフォームの急上昇フィードが怒涛の勢いで流れ込んでいた。
同時接続数は一気に30万人を突破し、コメント欄が文字通り爆発している。
『うおおおおお! ガチでゴースト歩兵の特命出撃だ!』
『Aランクのアダマン・ボアを4人で瞬殺したぞ!?』
『って、おい! あいつ何してんだ!?』
『ビットを遠隔包丁にして肉を解体してるwwwww』
『嘘だろ!? ビットで皮剥ぎと骨外し!?』
『手元一切ブレてねえぞ! 神速の解体ショーかよ!』
『素材の歩留まり完全100パーセントだぞ! 国宝級の職人技じゃねえか!』
「ま、また生配信で全世界に中継されてるわよ! 同接30万超えのトレンド世界1位!」
「チッ、うるせえハエが飛んでやがるな」
葵が頭を抱えて叫ぶ中、俺は上空のドローンから面倒くさそうに視線を外した。
「動画だの配信だの、相変わらず暇な奴らだ。ほっとけ。それより鮮度が落ちる前に冷却ハッチを閉めるぞ」
「あ、相変わらずどこまでも塩対応ね」
葵が呆れつつも小さく吹き出した。
「ふう、これで鈴に美味い肉が食わせてやれるな」
俺は息を吐き、コンテナの密閉ハッチをしっかりと閉じた。
そして、ふと腰に差した大型解体ナイフを抜き、その刃先をじっと見つめた。
刃先には、アダマン・ボアの金剛骨格に弾かれた際の、痛々しい刃こぼれが深く刻まれている。
太腿のホルスターにある量産型魔導拳銃も、連射でマズルが過熱して黒く煤けていた。
「よく今まで保ってくれたな」
俺は心の中で小さく呟いた。
下請け解体屋時代から、どんな泥水の中でも俺を支えてくれた相棒たち。
だが、中層の奥や防壁外の過酷な戦場へ挑むには、手持ちの初期装備は明らかに力不足だった。
ビットの力だけに頼るわけにはいかない。俺自身の接近戦の要となる獲物が、今こそ必要だ。
「どうしたの、間宮さん?」
葵が心配そうに覗き込んできた。
「いや、なんでもねえよ。今回の依頼報酬と、昨日のボスの換金で金はある。それに」
俺は冷却コンテナに積まれた、ボアの硬質な金剛甲殻と角の先端に触れた。
「この極上の金剛素材もある。地上に戻ったら、ギルド裏の佐伯の親父のところへ行って、俺の得物を一から鍛え直してもらうさ」
「鍛冶屋の佐伯さんね! いいと思うわ。間宮さんの腕に見合う、最高の獲物を誂えましょう!」
葵が笑顔で俺の背中をポンと叩いた。
手持ち武器の限界を知り、新たな力への渇望を抱いた俺の胸には、次なる戦いへの静かな闘志が宿っていた。
「よし、帰るぞ。17時のお迎えに遅れちまう」
「「「了解!」」」
極上の素材と肉を積み込み、装甲車『アイアン・キャリー』は夕暮れが迫る都市へと向けて走り出した。




