第025話:漆黒の戦装束と、防壁外への出撃
依頼の手続きを済ませ、タケと一緒にギルド出張所の正面エントランスを出た直後のことだった。
キュルルルッ、ズズゥゥン!
けたたましいスキール音とともに、ロータリーへ1台の巨大な鉄の塊が滑り込んできた。
分厚いダークチタンの耐弾装甲で覆われた六輪駆動車。アルス・テック社製の最新鋭大型遠征魔導装甲車『アイアン・キャリー』だ。
「うおっ、なんだこのいかつい装甲車!?」
タケが飛び退いた瞬間、運転席のガルウィングドアが跳ね上がり、タクティカルスーツ姿の葵が颯爽と飛び降りてきた。
続いて助手席からは、白髪交じりの頭をボサボサに逆立てた倉田チーフが、血相を変えて転がり出てくる。
「凌! 間に合ったか!」
「倉田チーフ、それに葵。どうしたんだ急に」
倉田チーフは荒い息を吐きながら俺の前へ詰め寄ると、俺の格好を頭のてっぺんから爪先までジロジロと凝視した。
そして、顔を真っ赤にして頭を抱え、ロータリーに怒声を響かせた。
「おいおいおい! お前、まさかその下請け解体屋時代のボロボロ作業用パーカーとヨレヨレのカーゴパンツのまま、Aランクの防壁外へ行くつもりじゃねえだろうな!?」
「いや、長年着慣れてるし動きやすいから、これで十分だろ」
「十分なわけあるか大馬鹿野郎!」
倉田チーフの怒鳴り声に、ロータリーを歩いていた探索者たちがビクッと肩を跳ねさせて振り返る。
「地上の変異魔獣を舐めるな! 迷宮の魔物と違って、地上の奴らは過酷な太陽光と大気中の変異魔素を浴びて、爪も牙も突進力もケタ違いに凶暴なんだぞ! そんな布切れ一枚の作業着で行ったら、掠っただけで肉ごと骨を粉々にへし折られるわ!」
「まあまあ、チーフ。間宮さんは合理的だから、使える服を大事にしてるだけよ」
葵が苦笑いしながら割って入り、装甲車のリアハッチをバンッと豪快に跳ね上げた。
そこから、重厚な金属音を立てて密閉式アルミコンテナを引きずり出してくる。
「間宮さん。これを使って」
「なんだこれ?」
「開けてみな! お前にやる!」
倉田チーフが顎で促す。
俺がコンテナの電子ラッチに手を触れてロックを解除すると、プシューッという微かな冷却ガスとともに、漆黒の戦闘服が姿を現した。
深みのあるチャコールブラックに染められた、無骨で洗練された耐刃タクティカルジャケットと、マルチポケットパンツ。
貴族探索者が着るような悪目立ちする金属アーマーの仰々しさはなく、極限まで機能美を突き詰めた、最高峰の作業服のような佇まいだった。
「これは」
「アルス・テック社製、実戦特化型タクティカルスーツ『レイヴン・ワーカー』だ!」
倉田チーフが胸を張って、自慢げに鼻を鳴らした。
「うちがレイヴンの専属テスター用に、極秘で開発を進めていたプロトタイプだ! 特殊魔導ケブラー繊維と耐衝撃ゲルを何層も積層し、Aランク魔獣の爪の直撃すら大幅に殺す! だが、一番の目玉はそこじゃねえ!」
倉田チーフは分厚い指先で、スーツの生地をパチンと弾いた。
「お前の『魔力変換効率80パーセント』を一切邪魔しねえよう、全身に超高純度の微細魔導糸を編み込んである! お前が身体強化を使った瞬間、魔力がスーツ全体へ滞りなく循環し、全身のバネと瞬発力をそのままアシストする仕組みだ!」
「間宮さんの寸法、前にスキャンした生体データを元に、私が徹夜で最終アジャストしておいたわ。右腰には愛用の30センチ解体ナイフ専用の耐熱本革シース、左右の腰にはレイヴン専用の電磁クイックドローマウントを完璧な角度で配置してあるの。ほら、早く着てみて!」
葵に背中を押され、俺は装甲車のキャビンに入って素早く袖を通した。
外へと降り立ち、軽く屈伸してみる。
驚いた。
見た目の重厚さからは信じられないほど軽い。まるで第二の皮膚のように、吸い付くように全身へフィットする。
生地は防刃ベストより遥かに頑丈なはずなのに、肘や膝の曲げ伸ばしに一切の引っかかりがない。
右腰には長年使い込んできた相棒の大型解体ナイフが滑らかに収まり、左右の腰には試作ビット『レイヴン』2機が、いつでも抜き放てる絶妙な傾斜で固定されている。
胸元や太腿のポケットには、解体用の骨切り鋸や採取瓶、魔石パウチがピタリと収まる設計になっていた。
「うおおお! 凌、めちゃくちゃかっこいいじゃねえか!」
タケがまじまじと俺の全身を見回し、感嘆の声を上げた。
「ピカピカした成金の鎧と違って、いつもの作業着の渋さと機能美を残したまま、完全に一流のプロ戦闘員って面構えだぞ!」
「ふふ、やっぱり似合うわね」
葵も満足そうに腕を組み、小さく笑った。
「どう、間宮さん? 動きにくくない?」
「いや、驚いた。肩も腰も突っ張る感覚がまるでない。軽く身体強化の魔力を流してみたが、抵抗どころか、全身の筋肉の連動がスムーズになるのがわかる。解体道具の配置も完璧だ。ありがたく使わせてもらう」
「がはは! 職人のお眼鏡に適ったなら何よりだ!」
倉田チーフが満足そうに顎髭を撫でて笑った。
新しい防具の感触を確かめていると、ロータリーの向こうからバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「先生! お待たせいたしました!」
銀青色の綺麗な長髪を揺らしながら、上品な魔導ローブを纏った少女が息を切らしてやってくる。
如月雫だった。
「雫? なんでここにいるんだ」
「ギルドから昨日の第20層ボスの報酬送金通知が届いて、出張所に来たんです! そうしたら受付の長谷川さんから、先生がAランクの特命依頼を受けたと伺いました! 私もお供いたします!」
「如月さん、防壁外は中層よりも過酷よ? アカデミー首席のお嬢様についてこられるかしら?」
葵が少し片眉を上げて、挑戦的な笑みを浮かべた。
雫は負けじと胸を張り、結晶の杖をキュッと握り直す。
「神崎さんこそ、先生の足を引っ張らないでくださいね! 私の氷結魔法なら、どんな巨大な猪だろうと丸ごと凍りつかせてみせます!」
「おいおいおい、美人2人に挟まれて荒野へ遠征かよ凌! どんな役得パーティだよ!」
タケがニヤニヤしながら肘で俺の脇腹を小突いてきた。
「うるせえ。お前が前衛で一番体を張るんだぞ、余計な軽口叩いてないで気合入れろ」
「へいへい、わかってますよ!」
タケが肩を竦める。
倉田チーフが満足そうに頷き、装甲車の生体認証キーを葵に手渡した。
「よし、これで全員揃ったな! 装甲車は好きに使え。走行データとバイタル監視、現地ドローンの遠隔バックアップは、俺と結衣がラボから常時サポートする。極上素材を保管するための大型特殊冷却コンテナも荷台に積み込んであるぞ。全員、絶対に無事で帰ってこい!」
「了解です、チーフ! 任せてください!」
葵がビシッと敬礼して運転席へ乗り込み、エンジンを力強く唸らせた。
「行くぞ」
俺は腰のレイヴンと大型ナイフの柄を確かめ、装甲車のハッチを開けた。
「鈴の保育園のお迎えは17時だ。それまでにきっちり特命を片付けて、極上の猪肉を持って帰るぞ」
「「「了解!」」」
力強い返事とともに、タケと雫もキャビンへと滑り込んだ。
見送る倉田チーフに軽く手を挙げ、装甲車は低い重低音を響かせてロータリーを滑り出す。
前方で、分厚い第七外郭防壁の巨大ゲートが、重々しい地響きを立てて開かれていく。
その先にあるのは、見渡す限りの赤茶けた荒野と、未知なる変異魔獣が蠢く防壁外アウトランドだ。
俺たちの新しい装備と連携を試す、本格的な遠征任務が始まった。




